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番外編 カヤVSアカエイ。ホワイトデーの戦い(頂き物の挿絵アリ)

時期外れな番外編ですが、これはホワイト・デーの時期に、カヤの支援絵をろんぐばれーりばー様から頂き、書き上げたエピソードです。


時系列的には、一章の前。高校生活開始の前の話になります。





「遅いわよ。タツマ」






挿絵(By みてみん)





防波堤の上からカヤが勝ち誇った顔で、見下ろしている。

遅れてやってきたタツマは謝るように頭を下げると、両手を膝につき、乱れた呼吸を繰り返す。



「…くそっ! 長距離で…ッ、負けた!」



「作戦勝ちね。ペースメーカーありがと、タツマ」



タツマとカヤがあの堤防で出会ってから三年近くが経った。往路の5キロのランニングの後に300m走。そして復路5キロのランニング。

テスト期間や受験直前を除き、二人の堤防での300m勝負は続けられていた。もっとも、これまでタツマが勝ったことは一度もない。


ただしこの日だけは、ちょっとだけいつもと事情が違った。カヤが5キロのランニングで勝負をしようと言い出したのだ。

短距離ではカヤに勝ち目のないタツマではあるが、長距離ならば自信がある。カヤの瞬足の要である韋駄天の加護も、長時間連続で使えるような能力ではない。

タツマはカヤの誘いに飛びついた。勝ち目はあったし、負ける気など毛頭なかった。



しかし結果は、見ての有様である。

4キロ地点までタツマをペースメーカーと風よけにして巧妙に走り続けたカヤが、ラスト1キロで一気にスパートをかけた。

それまで温存していた加護を使ったカヤに、タツマは追いすがることはできなかった。



「くそっ、こうなったらこっから家まで勝負だ!」



「いやよ。私もうへとへとだもの。というかタツマ、勝負の前の約束もう忘れてる?」



カヤが綿密な作戦まで立てて、タツマとの5キロ走に挑んだのは理由があった。今日の二人の勝負は、ある物を賭けて行われていたのだから。



「ああ、そっか…、雪白亭のバウムクーヘンだったか?」



「それっ!」



明るい声と共に堤防から飛び降りる。赤い髪がふわりと膨らむと、トンッと小さな音をたててコンクリートに着地した。風のように軽い足取りだった。



タツマ達がいる堤防から1キロほど離れた場所にある喫茶店。そこのバウムクーヘンが絶品らしい。ホワイトチョコのかかった真っ白いバウムクーヘンは、店長が本場ドイツで修業してきた本物の味わいだという。


但し値段もそれなりである。紅茶とバームクーヘンのセットで一人前1000円。

タツマはポケットに手を入れる。ジャージの中に入れてある二枚の1000円札。汗でわずかに湿った2000円は、名残惜しいがもうすぐ消える。



「じゃあ行くか」



「うんっ!」



カヤは上機嫌で頷いた。

カヤが上機嫌な理由は勝負に勝ったからでも、バウムクーヘンをただ食いできるからでもない。



今日は3月14日。ホワイトデーなのだから。



イベント事に疎いタツマがお返しをくれるとは思えない。だからカヤは今日の勝負に景品をかけた。互いの条件がフェアとなる長距離走でタツマに挑んだ。

勝ったことで、ホワイトデーの甘露を口にする大義名分を手に入れた。



たかだかホワイトデーのお返しに、こんな遠回りをせねばならぬのが、タツマとカヤの二人なのだ。

事実、タツマは今日がホワイトデーであることなど気にも留めていなかったし、カヤにバレンタインのチョコレートのお返しをしようなどとも考えていなかったのだから。

そもそもタツマは、バレンタインデーにカヤからチョコをもらったことに気が付いていない。

ひどい男ではあるが、今回に限ってはタツマに非があるわけではない。気が付かなくとも無理はない。



一か月前のバレンタインデー。カヤがタツマの家にやってきて鍋いっぱいに作ったビーフシチュー。隠し味にチョコレートが入っていたことなど、タツマでなくともわかるものではない。

足は誰よりも速くとも、恋の道に関しては一直線とはいかない。ぐずぐずと、遠回りが続けるのがカヤという少女であった。



雪白亭までの道のりも遠回りをする。クールダウンに海岸線を歩きたいとカヤが言い出した。

二人は堤防越し吹き付けてくる海風を浴びながら、のんびりとおしゃべりしながら海沿いの道を歩いていく。



「楽しみだよね。高校生活」



春はすぐそこにある。合格通知は一週間前に届いている。



「ああ、高校の冒険者部は中学とレベルが全く違うからな。楽しみだぜ!」



ブルンと右腕を回しながらタツマが言った。



「今度は、一緒のクラスになれるかな?」



「そういやカヤとは一年以来一緒のクラスにならなかったな。イクアラとは2年と3年で一緒だったのに」



「一緒のクラスになって、三人一緒に一軍に行こうね!」



「ああ、絶対になろうぜ! 魚里の一軍!」



会話はそれで一度途切れた。しばらくの無言。しかし、嫌な間というわけではない。

三年間、遠回りしながらゆっくりとカヤが近づいて行った間がそこにある。



波の音と風の音がよく聞こえる。

カヤの心臓の音まではタツマには聞こえない。

波だけは、引いたり寄せたりを繰り返す。


波の音がカヤは好きだ。

引いたり寄せたりしながら、それでもきっと満ちているのだから。



「止まれ!! カヤ!」



ビクリとカヤの肩が震えた。何事かとタツマを睨むと「シッ」とタツマが唇に手を当てた。

タツマが突然足を止めた理由は、すぐにわかった。



「…たすけてくれー……おーい‥おーい…」



風に混じってか細い声が聞こえる。堤防を越えた向うから、確かに誰かが助けを呼ぶ声がする。



「カヤ!」



「ええ! 私にも聞こえたわ!」



タツマとカヤが頷きあうと、堤防に飛び乗った。堤防の向うはテトラポットが続いている。

「助けてくれー」と言う誰かの必死な声が、今度ははっきりと聞こえた。しわがれた声は、老人の物であろう。



「大丈夫ですかー!」



タツマとカヤが堤防の上を走ると、テトラポットへと降り立つ。老人もタツマたちの声にすぐ気づいた。



「おおっ! 誰かわからんが! 早くこっち来て助けてくれー!」



「待ってください! すぐに行きますから!」



複雑な形のテトラポットの足場をカヤとタツマがスイスイと進んでいく。身の軽さと器用さでいえば、中学生冒険者のレベルではない。

二人はすぐに、老人の元へと駆け付けた。




「大丈夫ですか、おじいさん!?」



「おおー! 助かったわい兄ちゃん、タモぉ持ってくれんか、タモ! 相当なオオモンじゃあ! みんさい、この竿のしなりっぷり!」



老人の持つ長い竿が大きく曲がっていた。




・・・・・・・・



・・・・・・・・



「…なんじゃあ、ただのでかいエイかいな。人騒がせな」



人騒がせな老人は、上がってきた獲物を見てがっくりと気を落とした。巨大なエイがタツマの持つタモ網の中で暴れていた。



「でも、エイって食べられるんですよね? すごいですよこれ! 大物じゃないですか!」



タツマが子供のように目を輝かせて言った。大きな魚というものにはロマンがある。

しっぽまで合わせれば体長は1m50cm程はあるだろうか。



「まあ、食べられんこともないがな、ワシはエイは好かんのよ。仕掛けもボロボロになっちまうしのぉ。ほいじゃ、リリースじゃな」



人騒がせな太公望は、危険なエイの尾を長靴で抑えながら、針を外す。

しかし、老人がエイを海に帰そうとする前に、タツマがその手を押しとどめた。



「おじいさん、もしよかったら…」









カヤは堤防の裏で、一人待っていた。

助けを呼ぶ老人の竿を見た途端、嬉しそうに駆け出したタツマとは正反対に、カヤは呆れて海岸線の道へと戻ってきていた。



「…全く、人騒がせにも程があるわよ……」



堤防に背を預けながら、コツコツと靴の踵を鳴らしている。

タツマを一人置いて来たのは、早く済ませろというカヤの無言のアピールである。

カヤとしては、早くタツマと雪白亭のバウムクーヘンを食べに行きたいのだから。



結論から言えば、カヤはタツマから目を離すべきではなかった。

放っておけば何をしでかすか分からぬ男を、決して一人にしておくべきではなかったのだ。



「おーいカヤー!」



堤防の切れ目から、タツマが道路へと上がってくる。肩に巨大な何かを担ぎながら。



「見てくれよこれ! こーんなでっかいエイもらったんだぜ!」



タツマは手に入れた獲物を両手でビローンと広げてカヤに見せた。しっぽを中ほどから切られた巨大なアカエイが短い尾をビッチビチと右に左に振っている。



「気前いいよな! 一匹丸ごとくれたんだぜ! 20キロはあるんじゃねえか、ヒレだけでも相当な大きさだぜ!」



腹の方をカヤに見せるアカエイは、名前に反して真っ白である。法事で使う座布団よりも一回りは大きなアカエイが、ビッチビチと身を捩っている。しっぽが揺れるたびに、切り口から血がピチピチとしたたり落ちている。


エイの白い腹を見せつけながら、喜々として語るタツマに向けて、カヤが白い目で、低い声を放った。




「ねえタツマ…、そんなの持ってケーキ食べに行く気?」




タツマの口から「あっ」という間抜けな声が漏れた。

エイの生命力はとても強い。タツマの腕の中で、アカエイは今だ元気にビッチビチと暴れていた。









「ただいまー」



覇気のないあいさつと共に玄関を開ける。

あれから2時間ほど経ったであろうか。日も暮れ始めた頃にカヤは帰宅していた。

気は重たく、胃も重たい。

気が重たいのはエイのせい。胃が重たいのはバウムクーヘンのせいである。


あの後、タツマを置いてカヤは一人だけで雪白亭へと向かった。



「エイは鮮度が落ちるとすぐに味が悪くなるわよ。早く持って帰ったら? 私は一人でバウムクーヘン食べに行くから」



タツマはカヤにポケットの2000円を渡そうとしたが、「いらないわ。遠回りした私が悪いんだし」とだけ言い残し、エイを抱きしめ続けるタツマを置き去りにして、雪白亭まで走り去った。



今日はホワイトデーの日曜日。カップルたちがごったがす店内で、カヤはカウンター席の隅に一人で座り、バウムクーヘンを4つも食べた。

ホワイトチョコレートでコーティングされた、甘くてしっとりと柔らかいバウムクーヘンを、もう甘いものは見たくもないと思うほどに食べた。



「おかえりー、カヤ」



台所から母の声が聞こえる。料理を作っているのだろう。

晩御飯はいらないと、カヤは母に断りを入れるために台所への玉のれんをくぐる。



「見て見てカヤ、今日の晩御飯はアカエイよ」



カヤの天敵は食卓まで占領していた。

「(なんでまたエイなのよ!)」と、叫びだしそうになったのを堪えた。エイに罪はあっても、母には何の罪もないのだから。



「…今日はご飯いらない。お風呂入ってくるね」



ただでさえなかった食欲も完全に失われた。踵を返し、風呂場へと向かう。



「あらそうなの? せっかくタツマ君がもってきてくれたのに」



ぴたりと足を止めてもう一度踵を返すと母の元へと駆け寄った。

台所のシンクからはみ出るほどの大きさのエイが、白い腹をカヤに見せていた。

さすがにもう動いてはいなかったが、タツマが持っていたあのアカエイに間違いない。



「なんで……、タツマが?」



「この前のビーフシチューのお礼だって、タツマ君言ってたわよ。カヤにもよろしくって。ご両親が亡くなったのに真っ直ぐないい子よねえ。料理ができたらおすそ分けにもっていってあげてくれない?」



カヤの母は切り取ったエイヒレをカヤにびろんと広げて見せた。



「ヒレだけでも本当に大きいわ。煮つけにしようかしら、それとも男の子だから唐揚げの方がいいのかしら?」



「煮つけ! 煮つけがいいの! 甘くてやわらかい煮つけがいいの!」



「あら? じゃあそうしましょうか。圧力釜で甘く柔らかく煮ましょうね」



カヤが生まれて初めて貰ったホワイトデーのお返しは、白い腹の大きなエイだった。







リアル(稲刈り)が忙しいので、二章の投稿は10月1日からになります。

ちょっと待っててくださいねー。

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