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第23話 その手で掴みとったもの。


「おまえ、これ神剣じゃあ。鍛冶神ヘーパイストスが打ったホンマモンの神剣じゃあ」



「へっ? 神剣って‥、何ですか?」




「ウチはのお、骨董品屋やっとるんじゃ。一割のホンモンに9割のニセモン混ぜた由緒正しき骨董屋よぉ」



「は‥、はぁ?」



「そんな骨董業界にのぉ、120パーセント紛いモンじゃから、絶対に買い取るなと言われとるモンがある。それが神剣よ。お前が持っとる短剣と同じでな、ヘーパイストスの名が彫られた武器の数々よ。その全てが、神剣どこらか魔剣ですら無い、只のナマクラのニセモンじゃがのお」



「……ええと、じゃあなんでコレが本物だと?」



金太がもう一度、ぬたりと笑った。



「簡単じゃあ、神剣に切れんもんはない」









空が高い。

夏の入道雲がモクモクと湧き始める。

青い空の下、白い砂浜の上で、8人の戦士達が輪になって円陣を組んでいる。



「ええか? あのバケモンのアホみたいに硬い骨と皮膚を貫けるんはタツマの神剣だけじゃ」



「それはもうわかったがよぉ、あの剣じゃいくらなんでも短すぎやしねえか?」



「‥うむ、急所をつければあるいは、といったところでしょうか…」



「魚の急所なんてわかんねえよ。おいカヤ、知ってるか?」



「後頭部から背中への繋ぎ目よ。どの魚も同じだから、多分サメでもイケるはず」



「…問題は、どうやってツンツン頭君が、そこに剣を突き立てるか…」



「全長8Mのバケモノだからな、さっきのように転ばせられるといいんだが…」



「だったらさ、こう、魔物が走ってくる所に綱をピーンと引っ張るっていうのは?」



8人で一回りした作戦会議、最後の発案者に向けてギロリと7人の視線が集まった。

金敷が「ごめんなさーい…」と涙まじりの声をあげた。



「…いや、ひょっとして悪くはない案かもしれんぞ?」



「頭沸いてんのかイクアラぁ? 大体綱なんてどこにあんだよ?」



「綱なんかよりも丈夫なものが有りますよ、ほら、あそこに」



イクアラが指さしたその先には、変異種に食いちぎられたオルタの長い髪の毛が、浜辺に残されていた。

長さ15Mの神気を纏った丈夫な髪の毛が。






「……よしっ! 作戦はこうじゃ! まずはワシが奴を誘導する」



「で、俺たち6人が髪の毛で編んだ綱を持って、両サイドに三人ずつで待機する! おめぇら、俺が合図したらおもいっきり引っ張れよ!」



「バーン先輩、コール先輩、カヤが左へ、私、ウィリス先輩、金敷さんが右へ。力と体格の配分を考えるとこんなものでしょうか?」



「ああ、ヤツが倒れたところを、俺がどうにか飛び乗って、サメの急所にこの剣を突き立てる!」



「バケモノが金太さんではなく、綱の引き手に襲いかかる可能性は?」



「…ないとは言えない。でも、サメは群れから逸れたものを優先的に狙うはず…」



「引き手に襲いかかればアウトか…、ハハッ‥、賭け事は苦手なんだけどな」



「い、祈れば大丈夫ですよ! だって私達には、本物の女神さまがついてますから!」



金敷の言葉に、8人の視線がタツマの鞘に収まっているオルタへと集まった。

オルタの髪の一房が、するるっと伸びて丸を作った。



作戦は、決まった。







タツマ達がいる島の形は楕円形である。楕円形の片方の先端に金太が立っている。


金太から100M程離れた場所、島のおよそ中央に6人の綱の引き手が、そのさらに10M奥にはタツマが一人で待機している。

気を失ったままのアンパイアは、反対側の浜辺へと退避させてある。

この作戦、最初の難関はいかに正しい位置に金太がバケモノを誘導できるかにある。足の速いカヤではなく金太が囮役を買って出たのは、魔物を上手く引き寄せる技術に関しては、金太の方が遥かに上だからだ。



岬の先端で金太は海を見ていた。バケモノがゆっくりと島を外周している。

金太は自分の腕を、尖った犬歯で思い切り噛み切った。血がぼたぼたと海へと流れる。

サメは血の匂いに敏感な生き物である。呼吸する必要のないサメの鼻が、大きく発達しているのは血の匂いを嗅ぎ分けるためなのだから。

ゆっくりと泳いでいた変異体が、進路を変え、金太の方へと急スピードで近づいて来る。



「ワシは釣りが得意でなあ。食っても美味ないサメっちゅうのが残念な所じゃが」



海中からサメの頭部が水と共に隆起してくる。まるで陸に乗り上げる潜水艦のように、波と砂を掻き分け、バケモノが浜へと上陸する。



「こっちにこんかい! このサメ頭が!」



金太とサメの100Mの追いかけっこが始まった。8人全員の命をかけた追いかけっこが。

魔物を引き寄せる場合には、二つの重要なポイントがある。ひとつは魔物の視線を自分に釘付けにすること。

ただ逃げるだけではだめだ。まっすぐに駆けるだけでは、魔物に獲物以外の物を観察させる余裕を与えてしまう。左右に揺さぶることで、逆に相手の目の焦点を自分だけに向けるのだ。

そしてもう一つは、決して魔物から離れすぎないこと。魔物の爪が届きそうで届かない、ギリギリの場所を見極めて逃げつづける。それも後ろを振り返らぬ状態で。

よく効く“鼻”を持つ金太にとって、この役目は天職とも言えた。



「お前は砂でも喰らっとれや!」



走りながら、金太は砂を大きく後ろへと蹴りあげた。何の効果もない只の挑発である。変異体の視線は忌まわしき獲物にくぎ付けとなっていた。

魔物の牙が届けば一撃で終わり、死の淵をギリギリで踊るような金太の100M走は、6人が待つその場所のど真ん中へと正しく後続の獲物を導いた。

金太はバケモノに綱の引き手の存在を気に留めさせることなく、最高の位置でゴールテープを飛び越す。



僅かに遅れてゴールへと足を踏みれたバケモノ。そこには、砂の中に隠されていた特製のゴールテープがあった。



「今だぁッ!」




バーンの合図とともに、6人が全力で髪の綱を引っ張った。




「「「ぉおおおお!!!」」」



「「「ぇえええす!!!」」」




三人と三人が、掛け声と共に綱を全力で引きあう。

大声を出すと身体能力が一時的に増すという研究結果がある。綱引きの掛け声というのも決して馬鹿にはできないものだ。ましてやそれが、命のかかった場面であれば。

砂の中からピンと飛び出した黒い綱が、バケモノの右足首を絡みとる。変異体の右足一本に対して、6人の人間が挑む綱引き勝負が始まった。

バーンとイクアラ、先頭の2人の巨漢が、足で地面に杭を打つように、深く強く両足を踏ん張った。



「っらああああああ!」


「ぬぉおおおおおお!」



引きずられては終わりだ。イクアラとバーンの全身の筋肉が、血管が破裂しそうなほどに膨れ上がる。

先頭の2人の足が、膝の辺りまで砂に埋まる。

つんのめる形になったバケモノの身体が、グラリと前へと揺れる。



「そのままだ! 倒れろ!」



バケモノが倒れる先で待っているのはタツマ。

バケモノが地に伏すその瞬間、唯一のチャンスを狙っていた。

迫りくるダンプカーのような突進にも、仲間を信じタツマは一歩も逃げ出さなかった。

タツマの目の前にゆっくりと倒れこんでくるバケモノ。ホオジロザメの黒い背中の稜線がタツマの目にも見え始めた。



「倒れろぉ!」



それだけを祈り、信じて、タツマは短剣を握りしめていた。

バケモノがグラリと地に倒れ伏すと思われたその時、バケモノは大きく左足を踏み出した。

巨大な足が砂浜に杭のように突き刺さる。魔物の上半身がグラグラと揺れたが、倒れない。

両足を縦に大股に割いた不安定な状態で、それでもバケモノは耐え切った。

タツマの手の届きそうなほどまで俯いていたはずの鮫の頭部が、ぐりんと持ち上がる。

まっ白い正面の皮がタツマの眼前に現れた。

独眼になった鮫の黒い片目が、タツマの存在をはっきりと捉えた。



変異体でもっとも恐ろしいのは、その学習能力である。

変異体を一度で倒しきれと言われているのは変異体に学習させる隙を決して与えないためだ。



バケモノは学習していた。

小さな敵達の前では決して地に倒れてはならぬということを。

地に伏さなければ、彼らの刃は自分には届かぬということを、一度目の攻防から学んでいた。

故に、ギリギリで踏みとどまった。


バケモノの頭が持ち上がる。あれでは手は届かない。

作戦が失敗したのだと、理解した。

鮫の頭部がピンク色に裂ける。タツマを飲み込む為の口が、大きく開かれる。



バケモノは学習していた。地に倒れさえしなければ自分が負けることはないと。目に映る生き物達は全て容易い獲物だと。

しかしバケモノは、学習していない未知の攻撃に対しては無防備だった。



カヤ達は見た。バケモノの背中に突然太陽が咲いたのを。滅多なことでは傷つかなかった筈の鮫の背中の皮が閃光と共に大きく爆ぜたのを。



光の後に訪れるのは爆音。閃光と爆音に、6人の綱の引き手達の目と耳がやられた。



目が見えず、音も聞こえず、何が起こったかも解らず、それでも6人は己が成すべきことを、誰も見失わなかった。

結果、6人の動きがそろった。



三人と三人が、一斉に綱を引きながら後ろへと駈け出す。後ろと思われる方向へと全力でかけた。バケモノを地に倒れさせる為に。

背中を何者かに吹き飛ばされ、後ろ足を6人の小さな人間に一気に引きづられたバケモノは、最早体勢を維持できなかった。

命の綱引きが、遂にバケモノを地に倒した。



「・・・・・・・・!」



唇が裂けるほどに大口を開けたタツマが、何事かを叫ぶ。

その声は誰にも聞こえなかった。

タツマ自身にも聞こえなかった。

彼の耳も、先の光魔法の一撃でやられてしまっていたのだから。

耳の死んだタツマ、しかし目だけは死んでいなかった。バケモノの背中に炸裂した光魔法は、ちょうどバケモノを挟んで正反対の位置にいたタツマの視力を奪うことはなかった。


タツマの目だけは、死んでいない。

ヒトの黒い小さな瞳でバケモノをしっかりと見上げる。

自分の方へ倒れてくる鮫の頭を飛び上がりながら躱すと、頭部に馬乗りになる。両手に握るのは黒い神剣。鮫の急所である後頭部と背中の繋ぎ目に、タツマはそれを振り下ろす。


『絶対に切る』タツマの意思を受けた刃はあっさりと鮫の皮を貫いた。皮が裂け、肉が割れ、血が滲む。

柄まで剣を埋め込んでも、タツマはまだ止まらなかった。

これではまだまだ浅すぎる。

やはり誰も聞こえぬ叫び声をあげながら、右手を短剣ごと深く深く埋めこんでいく。バケモノは後頭部の異物を振り落とそうと、体を左右に激しく揺らす。

腹を視点に頭と尻尾を激しく左右に振るが、オルタの髪がバケモノの頭部に絡みつき、必死でタツマの体を支えていた。

のたうち回り、鮫肌と砂浜が激しく小擦れ合っていたが、その音もやはり、誰にも聞こえない。



短剣を持つタツマの手が肘まで埋まると、ついに動脈へと届く、サメの急所から、血がクジラの潮吹きのように吹き出した。

タツマの顔が、髪が、体が真っ赤に染まっていく。

何かを叫ぶタツマの口に、塩辛く生臭いどろりとした血が侵入していく。

それでもタツマは止まらない。バケモノがその動きを留めない限りは、タツマもその動きを止める気はない。

そこにあるのは命と命の真剣勝負。投げ出した方が命を失う。





真っ赤に染まるタツマの像を、遥か200M離れた場所からイリアの瞳が映していた。

先ほどの変異種の背中を大きく吹き飛ばした光魔法は、彼女の最強の単体攻撃魔法だった。

威力と射程はあるが、コントロールと制御に難があると言われていたイリアが、この土壇場で最高の一撃を生み出した。

遥か遠距離からのストライクの一撃、奇跡のようなレーザービームを。

イリアの目は、太陽神の加護を全力で使用した時のみに現れる金色の光を宿していた。

ぐらりとイリアの体が揺れる。

ポテンシャル以上の魔法を使った反動か、それとも安堵からなのか。イリアは今日二度目の失神をした。

エルフ族の小さな体が隣にいた人物に支えられた。



「大したものね、貴方も、彼も」



厳島の呟きは誰にも聞こえない。




音のない世界で、タツマは最早人の形をなくすほどどろどろに血を浴びていた。

あれほど暴れていた変異体の動きが、徐々に単発的なものへと変わっていく。

その様は、まるで命を途切れ途切れに再生させる、壊れたレコードのようだった。



タツマの右手が肩まで埋まった時、最後の尻尾の一振りが揺れて、ついにバケモノは動きを止めた。タツマもようやく止まった。



皮が消え、肉が消え、骨が消え、タツマが砂浜へとどさりと落ちる。変異体といえども、他の魔物と同じで、滅べばただの魔素に帰る。

バケモノがいた砂浜には、バスケットボール程の大きさがある巨大な魔石と、いくつかのドロップアイテムだけが残された。



目の光がまだ取り戻されぬ内に、カヤが走りだしてタツマに一番に飛びついた。続いて、イクアラ、ウィリス、バーン、金敷、コール、金太と次々に上からタツマに伸し掛かっていった。容赦も遠慮もない祝福が、タツマの体を押しつぶす。

団子のように固まる8人の間に、一軍二軍の垣根などもはやどこにもなかった。





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