第22話 変異体
「オルタ様ッ!?」
バケモノのローリングによって引きちぎられたオルタの毛は、およそ半分程の長さを失っていた。髪の毛が本体であるオルタにとっては自身の神気と力が半減したことを意味している。
オルタが失った半身。しかしその犠牲は無駄では無かった。
変異体のローリングは、間抜けにも仰向けに地に転がる形で止まっていた。
そしてバーンは、変異体のローリングにも怯むこと無く前へと進んでいた。
「サメに襲われた時の対処法は知ってるかあ!」
助走をつけ、右足を大きく後ろへと振りかぶる。
「鼻をおもいっきり蹴飛ばしてやるんだとよおッ!」
バーンはサメの鼻先に向けて、サッカーのフリーキックのような蹴りを放つ。
二台の車が正面から衝突したような凄まじい音が辺りに響く。
サメの鼻頭がぐしゃりと潰れる。物言わぬサメが、まるで悲鳴でも上げるように、身を捩り大きく口を開けた。
蹴ったバーンもその表情を痛みに歪めていた。軟骨であるはずのサメの頭が、恐ろしく堅かった。
「ぬぉおおッ!!」
間をおかず、バーンの左から回り込んだイクアラがバスタードソードが振り下ろす。口から鼻先にかけて頭部をナナメに縦に真っ二つにするつもりで振りぬいた大剣は、バーンの蹴りで跳ね上がった魔物の頭部を、今度は地面にたたきつける。
イクアラの戦神の加護と全体重を載せた一撃が、変異体の頭部をべコリと凹ませる。刃先が1m以上ある特大のバスタードソードと、サメの牙がぶつかり合う。
―ギイン―という、高い耳鳴りのような音が響くと、一本の大剣と一本の牙が折れた。
「カヤ! 目だ!」
イクアラの言葉を受けたカヤが、地を這うような低い姿勢から、加速をつけた棍の刺突でサメの左目を貫いた。さしもの変異体も目だけは鍛えようがない。
変異体は無音の咆哮をあげながら、痛みに悶えるように、棍が刺さったまま、仰向けの状態から体を捻り反転する。カヤは棍ごと、遠心運動で放り投げられた。
空に放り出されたカヤは、ぐにゃりという棍が曲がる感覚とともに、魔物の右目を潰した感触を得た。
そして今、仰向けからうつ伏せへと変わった魔物が反撃を始める。猛り狂った右手を一番近くにいたバーンに向けて大きく振りぬいた。
「ぼーっとすんなやぁ! バーン!」
バケモノの右手の動きは、金太によって予測されていた。金太はバーンの襟首を掴み後ろへと引きずり飛ばすと、自分とバーンの位置をぐるりと入れ替えた。
巨大な手の平が金太に横薙ぎに襲いかかる。それはまさしく、先ほどのアンパイアの焼き直しであった。
金太は無残にも、体と命を弾き飛ばされるのだと誰もが思った。
しかし金太は、自分を犠牲に仲間を救うような殊勝な男ではない。特注の匕首を迫り来る手の方向に垂直に立てると、バケモノの力を利用して、硬い皮膚と骨を一気に貫いた。
バケモノの右手の甲から血を纏った刃が生える。相手の勢いを利用する一撃を加えた金太は、力の方向を真逆に変え後ろへと飛ぶ、自分を襲う右手の勢いを、今度は逃げる為に利用した。
太った体にも関わらず、金太は軽業師のように宙を大きく飛んで着地した。
怒り狂うバケモノは両手で上半身を支え、エビ反りのような頭をもたげると、大きく口を開けて威嚇した。
いかし威嚇という行為は相手が怯まなければ意味は無い、氷の意思を持つウィリスにとっては今の変異体は格好の的となった。
大きく開いた口に、ウィリスは槍を全力で投げつける。全身が硬い皮に覆われたバケモノも口内は剥き出しである。ピンク色の肉壁に槍は確かに突き刺さる。さらには、バケモノが反射的に閉じた下顎が、槍の柄を突き上げて槍先をさらに喉の奥へと押しこんだ。
バケモノは再び仰向けとなり、地を這いながらのたうち暴れる。口の中に左手を押し込むと、槍を抜こうと柄を手で握る。
つまり今、魔物は完全な無防備である。
「俺だって、魚里の一軍なんだよッ!」
出遅れていたコールが、右回りでバケモノの左側面へと突進した。
コールの獲物は二本刀。二尺二寸の刃先が、サメのエラの穴の部分に狂うこと無く突き刺さった。
コールは突きを終えた姿勢のまま。両足で砂浜を踏み込み、刃をさらに深く奥へと突き刺そうとする。
バケモノは大きく暴れだし、頭部を激しく左右に揺さぶった。日本刀は横のブレには弱い。刃がまだ3寸もささっていないというのに、刀は根本からパキンと折れた。
武器を失ったコールは、これ以上の追撃は不可能と判断し離脱した。
「このぉ、サメめぇー!」
皆の闘志に引きづられた金敷が、勇気をふりしぼり、コールの折れた刃をウォーハンマーで思い切り叩きつけた。まるで金槌で釘を打つように。
エラに刺さっていた刃が深く魔物の肉の奥へと潜っていく。刃が肉を割り、血が噴き出る。
自身の成した想像以上の成果に、金敷が顔に一瞬だけ喜色を浮かべた。が、刹那の間もなくその目が恐怖で大きく開かれた。
金敷の頭部を影がよぎる。槍を外そうとしていたはずのバケモノの手は、気がつけば金敷に向かって振り下ろされていた。
未だ、仰向けの変異体は、寝転がってダダをこねる子供のような格好で、それでも確実に金敷の命を奪うであろう巨人の槌のような一撃を放ったのだ。
轢かれる寸前の猫のように固まっていた金敷は、思いもよらぬ方向から衝撃を受けた。
近くにいたコールが捨身のタックルを金敷にぶつけていた。2人はもつれ合いながら死の淵からギリギリで離脱した。
僅かに遅れた轟音。金敷がいたその場所で鉄製のウォーハンマーが粘土細工の用に潰されていた。あと僅かに遅れれば、金敷も同じ運命を辿っていたはずだ。
そしてコールと金敷の命がけの連携プレーは、ここでウィリスに、起死回生の一手を閃かせた。
「氷結!」
サメのエラから大量に吹き出す血に向かって、ウィリスは最後の魔力を使い、氷の魔法を唱える。
ソレは血を凍らせるだけの小規模な魔法。しかし、何よりも効果的だった。サメのエラが血の氷で固まり、呼吸器の半分が潰される。
8人全員による怒涛の連続攻撃を受けた後、ようやく立ち上がったバケモノは、分が悪いと悟ったのだろう。それ以上の追撃をやめると、タツマ達に背をむけて走りだした。
最後に巨大な水しぶきと共に、サハギンの変異体は再び海の中へと帰っていった。
そして海は、ゆっくりと静けさを取り戻していく。
変異体の消えた方角を見ながら、タツマは、狐に摘まれたような顔をしていたが、暫くしてようやく言葉を発した。
「退けた…のか?」
「逃げた…みたいね」
カヤも信じられぬというように、タツマの言葉に続いた。暫くの沈黙の後、ヒツジ属の獣人が、飛び上がりながら声を上げた。
「やった! やったよみんな! 変異体に勝ったんだよー!」
金敷の明るい声で、ようやく全員がその事実を理解した。その場にペタリと尻をつき、薄氷の勝利に胸を撫で下ろした。
サハギンの変異体は退けた。後は国の救助隊がやって来るのを待つだけだ。圧倒的な死の運命から逃れ、タツマ達は今、生きていた。
体中を支配し続ける緊張と恐怖を吐き出すように、タツマは長い息を吐く。そのタツマの目に、無残に浜辺に散らばったオルタ髪の毛が映った。喜んでいる場合ではないのだと気がついた。
「オルタ様! オルタ様! 大丈夫ですか!? オルタ様!」
タツマがオルタに呼びかけると。オルタは短くなった髪の毛でぐっと丸を作った。
本当に大丈夫かどうなのかは、タツマには分からない。それでも取り敢えず無事であるようで、タツマはひとまず安堵した。
「ごめんなさいオルタ様、俺、オルタ様の大切な髪の毛を…」
しかし、オルタが大量の髪の毛を失ったことには変わりない。オルタの髪の毛の伸びるスピードはタツマには分からないが、直ぐに伸びてくれるような単純な物ではないだろう。
オルタは短くなった髪の毛でタツマの頭を二度・三度なでた。
まるで母親のように自分を優しくなでてくるオルタに、タツマは成されるがままだった。
その後、オルタはすぐにタツマの元を離れると、髪の毛で砂浜をカサカサカサっと這いながら、ある場所へと向かって行った。
「アンパイアさん…」
そこには、変異体の犠牲となったアンパイアがいた。
血を吐き、痙攣するアンパイアは、誰がどう見ても危険な状態だった。ひと通りの救急訓練は受けているタツマ達であったが、医者ではない彼らには、手の施しようがなかった。いや、例えここに医者がいたとしてもどうしようもないだろう。
そのアンパイアに向けて、オルタが髪を触手のように伸ばしていく。黒い髪が青く、白く光りを放つ。
「回復魔法…。それも無詠唱で、超級の…」
魔法に明るいウィリスが、信じられない物を見たと目を見開いた。
回復魔法の使い手は少ない。それも上級以上となると、世界にも十人といない。おそらくは、世界中の誰よりも高度な回復魔法が、タツマ達の目の前で披露されていた。
ゴフッ、ゴフッと気道に絡まる血を吐いたあと、アンパイアは息を吹き返した。
気絶したままではあったが、呼吸が穏やかなものに変わっていく。
治療を終えたオルタは、ふたたびカサカサカサっと浜辺を這って、短剣と共にタツマの元へと戻ってきた。
「最高だオルタ様! 最高だよ!」
タツマがオルタに駆け寄って、オルタを短剣ごと抱きしめた。感極まったタツマの抱擁に、オルタは恥ずかしげに髪の毛を縮ませながらも、幸せそうにタツマの腕の中に抱かれていた。
浜辺は喜びに沸いていた。誰一人死ぬこと無く、変異体を退けたのだから。
彼らには喜ぶ権利がある。そのはずだった。
海を見ていた金敷が初夏だというのに、冬の風のように震えた乾いた声をあげるまでは。
「ねえ‥、私達勝ったんだよね? なんでアイツがまだ、あそこにいるの?」
金敷の指差す先には、島を周回するように、ゆっくりと泳ぐサメの背ビレが見えていた。
逃げたはずの変異体は、島から離れず、島の周りを泳いでいた。いや、離れずではない。まるで外から内へと渦巻きを描くように、変異体は少しずつ島へと近づいていた。
「あんにゃろう…、逃げたんじゃ、なかったのかよ」
バーンが舌打ちをする。変異体に注視していたウィリスがハッとなって声を上げた。
「海で氷を溶かしてる…」
ウィリスが凍らせたエラ部分の血液。血液でできた氷の固まりは、夏の海の中でゆっくりと溶けていた。
ウィリスの言葉を肯定するかのように、血の滲む海から、エラに突きささっていたはずのコールの刀の刃の部分が、高く遠くへと放り投げられる。タツマ達には手の届かぬ別の浮島の砂浜に、刃の切っ先が軽い音と共に突き刺さった。
さらには、バケモノの口内を貫いていた筈のウィリスの槍、右手に刺さっていた金太の匕首までもが、同じ砂浜へと放り投げられていく。
海を渡れぬタツマ達を、あざ笑うかのような所業だった。
「逃げたんじゃない…、体勢を整えていただけなんだ…」
タツマが乾いた唾を飲み込む。
サメは執念深い生き物である。一度狙った獲物は執拗に追いかける。獲物が諦めるその時まで、サメの狩りは、終わらない。
海に突き出る三角形のヒレは、タツマたちには死神の鎌にしか見えなかった。
▲
▼
「どうして動かないのよ!」
握った拳でハンドルを強く叩きつける。タツマ達の援護に向かっていた厳島とイリアは、途中の浮島で立ち往生していた。
死角になっていた岩の突起に車体の腹を完全に乗り上げてしまっていたのだ。
唸るだけのエンジン音と、タイヤが回る虚しい音だけが辺りに響く。
タツマ達のいる最後の浮島までは直線距離で700M。ルート上では、後3km以上残している。
「仕方ない! イリアちゃん、走…」
「走るわよ」そう言いかけた厳島であったが、彼女の乗る小型ジープが突然ガコンと宙に浮いた。そのまま平らな砂地の上に運ばれると、空回っていたタイヤの溝が、確りと砂を噛んだ。
リリーフカーは再び前へと向かって走りだした。
厳島とイリアが後ろを振り向くと、全身鉄の大男が二人に向かってグッと親指を突き上げていた。
真夏の太陽を強く反射する鉄製の唇に、力強い微笑みを湛えながら。
「ありがとうアイアン君! あなたはセーフティーゾーンまで避難しなさい!」
厳島はそう言うと、最早後ろを振り返らず再び前へと進んでいった。
『避難しろ』と言われたはずのアイアンは、厳島が残した轍を辿りながら2人を追いかけた。
鈍足のアイアンはジープに追いつくことはできないだろうが、そんな理屈は関係なかった。
自分もチームと共に戦いたいという心が、彼を前へと進ませていたのだから。
▲
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「…おい一年。お前、俺の足も見てくれるように頼んじゃくれねえか?」
サメの背ビレを歯ぎしりしながら見つめていたバーンが、タツマの方へと振り返った。
「先輩‥! その足!?」
バーンの道着、その脛の部分が異様に膨らんでた。
「バーン先輩、失礼!」
イクアラがバーンを素早く地に横たえ、道着の裾を膝までたくしあげた。
バーンの脛のちょうど中頃が、まるで木の瘤の用に肥大しており、そこからぐにゃりとありえない曲がり方をしていた。
「オルタ様! お願いします!」
オルタは既にタツマの手から離れて、バーンの元へと走り寄っていた。
「バーン先輩、歯を食いしばって下さい!」
イクアラが両手でガッチリとバーンの足を握ると、曲がった足を、力ずくで正位置に戻す。
バーンは狼の牙をむき出しにしながら歯ぎしりする。歯の隙間から唾が噴き出るが、声は決して上げなかった。
イクアラが両手で固定したバーンの脛に、オルタの髪が伸ばされる。
青い光が、バーンの足に染みこんでいく様子が、昼の明かりの下でもよく見えた。
光は二十秒ほどで収束した。バーンは「よしっ!」と立ち上がる。両足を地につけた瞬間、バーンはギリリッと奥歯を噛んだ。
「…ッ! …オルタ様だっけか、すげえなこりゃ! ありがてえ! これでまた動けるぜ!」
『また動ける』そう言い切ったバーンに、オルタはふるふると髪の毛を横に振った。
「バーン先輩! 例えどんな高度な回復魔法であろうとも、破壊された組織と骨を完全に元に戻すことなど不可能です! 無茶はおやめ下さい!」
イクアラの言葉に、オルタは今度は髪を縦に降った。
「これだけ動けりゃ十分なんだよイクアラァ。それによぉ、アイツは足の回復なんざ悠長に待っちゃくれねえぜ」
バーンの目の先には、先程よりもさらに近い位置で島を回る変異体の姿があった。
変異体から海へと流れる血液の赤い筋が徐々に細くなっていく。驚異的な回復力だった。
変異体が恐れられる理由の一つがここにある。変異体が現れた場合は、プロの最強の冒険者チームが編成され、その討伐に向かうのが常である。
その折、彼らは必ず一度の襲撃で変異体を滅ぼすよう、入念な準備をしてから変異体に挑むのだ。
回復し、学習した変異体は、一度逃せばより強くなって帰ってくると言われている為だ。
一度目の攻撃で変異体を殺しきれなかったタツマ達。
髪がちぎれ、骨が折れ、剣が砕け、棍がまがり、匕首を手放し、槍と魔力を失い、刀を折られ、槌を潰された8人には、二度目の攻撃を凌ぎきるビジョンなど思い浮かびはしなかった。彼等にはもう、戦う術が残されていないのだから。
ゆったりと泳ぐサメの三角形のヒレは死神の鎌の切っ先である。
死神の鎌の全身が海中から姿を表した時に、自分達の生が終わってしまうのだろうと、タツマはぼうっとした頭で考えた。
―ぺしぺしぺし―
まるで死に魅入られたように変異種を見つめていたタツマは、オルタに頭を優しく叩かれる事で我に返った。
オルタはタツマの注意を引くと、今度は自分の依代である短剣をぺしぺしと叩いた。その後、変異体のいる方角を髪で指し示した。
「……オルタ様?」
訝しむタツマに、オルタは再び同じ行動を繰り返した。短剣を叩き、変異体を指さす。ただそれだけを繰り返すのだ。
「ひょっとして、この短剣でアイツと戦えってことなのかしら?」
カヤの言葉にオルタはぐっと丸を作った。
「オルタ様、いくらなんでもこれでアイツとやりあうのは厳しいですよ。イクアラのバスタードソードだって折れちゃったんですから」
タツマの持つ黒い短剣は刃渡り僅か20cm。刃は薄く、包丁並みの長さしかない。そもそも、オルタ自身も包丁として使っている。
割りとよく切れる包丁ではあるが、あのバケモノの皮膚を貫けるとは思えなかった。カヤもイクアラも、オルタの意図が読めずに首をひねる。そんな中一人だけ、タツマの持つ短剣を見て取り乱す程に驚く者がいた。
「お、おい! タツマじゃったか? お前ソレ、どこで手に入れてきたんじゃ!?」
金太がタツマの方へと駆け寄ると、食い入るように短剣を見つめ始めた。
「あ、いえ…、オルタ様と出会った迷宮で石に刺さっていたんです。オルタ様と一緒に」
今にも飛びかかってきそうな金太の剣幕に、タツマは上半身を思わずのけぞらす。見知らぬ人間にマジマジと見つめられていたオルタは、恥ずかしかったのか、その身をするるっと短剣の中に隠した。
「…おいタツマ、ちょいとこの剣、貸してもろてもええか?」
「えっ? あっ、はい。どうぞ」
断る理由もない。タツマは刃の側を手に持ち金太に短剣を手渡そうとした。
しかし、金太の手は何かの壁に阻まれるように、剣の柄を握ることはできなかった。
「…あれ? なんで?」
要領を得ないタツマに対し、金太は「まさか‥ホンモンか?」と呟くと、その場を離れ、浜辺から大きな石を拾った。それを両手で抱えながら、再びタツマの元へと戻って来た。
「おいタツマ。お前その剣でこの石斬ってみい」
「は…?」
今度はタツマが驚く番である。石など剣でそうそう斬れるものではない。タツマは首と手を全力で左右に振る。
「いやいやいや無理ですよ! こんな薄い刃じゃ折れちゃいますって! 俺、剣の達人でもなんでもないですから!」
「四の五の言わずにやってみんかい! ええか? 斬れると思うて斬ってみい。瓜でも切るつもりで斬ってみいや。タヌキに化かされたと思うてのお」
金太がぬたりと不敵な笑みを浮かべる。金太の細い目を見ていると、タツマはなぜか試してみようという気になったてきた。
「ええか? タツマ。これは瓜みたいなもんじゃあ。いや、瓜そのものじゃあ。よお熟した瓜じゃからのお、その短剣でもスッパリと切れるぞお」
金太の不思議な声音に、タツマは本当にその石が瓜に見えてくる。
いや、最早瓜にしか見えない。
美味しそうな瓜だから、みんなで分けて食べようと、タツマは思った。
「ほれ、切ってみい」
タツマは黒い短剣を何の力も込めずに振るう。それこそ、熟しきった柔らかい瓜を切るつもりで。
よく熟れた瓜が真っ二つに別れて落ちる。
―ドスン―という音で、タツマは我に返った。
下を見ると、ラグビーボールほどの石塊が、墓石のようなつるりとした断面を残し真っ二つに分かれていた。
「…………ええっと、これは一体どういうことでしょう?」
タツマの脳は目の前の現象が理解できない。自分はタヌキにばかされていたのだろうか、今でも化かされているのだろうか。
タツマだけではない、その場にいた全員が何が起こっているのか解らず、ただ呆けていた。
そんな中、一人だけ得心し、ぬたりと笑う男がいた。
「おまえ、これ神剣じゃあ。鍛冶神ヘーパイストスが打ったホンマモンの神剣じゃあ」