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第17話 浜辺のヴァルキューレ



水の飛沫が舞う。



海へと飛び込んだタツマの短剣が、通常種のジュエリーフィッシュの核を突き刺した。



たかが一ポイント、されど一ポイント。

タツマは着実にウィリスを追い詰める。何度も海に飛び込んでは浜へと這い上がり、その度に激しく体力を奪われながらも。



「‥はぁっ、…はぁっ」



タツマの息は荒い。ウィリスの詠唱よりも先に海に飛び込み、魔物を倒しきる。それは並大抵の仕事ではない。

持久力だけには自信があるタツマではあったが、繰り返しの全力運動と、体に纏わりつく海水の重みが、体に疲れを蓄積していた。



「ぐっ‥、水…」



喉を潤すために水のボトルを取り出そうとした時に、ようやくタツマは背中に何も背負っていないことに気がついた。



「げっ……、アホかよ、俺は」



タツマのバッグは、タツマが服と防具を脱いだ時に、遥か後方の浜辺に置き去りにしたままだ。せめて水のボトルだけでも持ってきておけばと思ったが、後の祭りである。



「須田くん! これっ!」



その時、タツマ愛用の水のボトルが良く通る声と共に投げつけられた。タツマはボトルを右手で掴むと、チームメイトに向けて片手を上げる。



「わりい! 金敷!」



「私、荷物持ちぐらいしかできないけど! 頑張ってね須田君!」



タツマのサポートについていた金敷は、タツマが何も指示しなくとも、置き去りにされていたタツマのリュックを担いで来ていた。

チームメイトの献身に、タツマは再び体から力が湧いてくる。タツマは単純な男だ。応援を力に変えてしまうような。



時計の針は残り40分。タツマは水を一気に飲み干すと、口を手の甲で一度だけ拭い、空のボトルと、先ほどのジュエリーフィシュの核を金敷に放り投げる。

金敷の「一点ゲット!」という明るい声に確かな手応えを感じながら、獲物を求めて次の浮島へとかけ出した。 



先の琥珀色のジュエリーフィッシュの争奪戦で、流れは確実にタツマ達二軍へと傾いていた。

適度な精神的高揚によって生まれた集中力は動きを研ぎ澄まし、視界を広く保ってくれる。

それはタツマだけではない、他の二軍選手達も同様である。疲れを忘れ、体が無意識に動き、自分でも驚く程のプレーが出来る。チーム全体の歯車が噛合い始める。それが流れに乗るということだ。



タツマとウィリスが見落としたジュエリーフィッシュが、のんびりと浜に上陸する。

コール・スクワルトと金敷絵笛の競り合いは、先にジュエリーフィッシュに気付いた金敷が僅差ながら競り勝った。

金敷の細めのウォーハンマーが、ジュエリーフィッシュの核を叩き潰した。



「私も1ポイントゲットだよ!」



今日初めてとなるの自らの得点に、金敷は喜びの声をあげた。

さらに、タツマのプレーの効果は流れを産んだだけではなかった。



「氷槌!」



タツマが給水している間に、ウィリスは既に次の島へとたどり着いていた。

ウィリスの得意の氷魔法が、砂浜に身を伏せていた蟹岩石に向かって放たれる。


ガツンと、岩と岩がぶつかり合うような硬い大きな音が立つ。氷のハンマーは、蟹岩石の急所である甲羅の窪みを外していた。

これまで狙いを決して狂うことがなかったウィリスの魔法のコントロールがここに来て初めて乱れた。

ウィリスは再び詠唱を開始したが、その時には既にタツマが追いついていた。



「オルタ様ッ!」



遅れて放たれたオルタの髪が蟹岩石の弱点の甲羅のくぼみを叩き潰す。審判の判定は、タツマ達二軍のポイントを示していた。



「よしっ、次だ!」



勝利の雄叫びを取るタツマに対して、ウィリスは肩で大きく息をしていた。



常に全力でプレイするタツマの体力の消耗は大きい。しかし、それ以上にウィリスの魔力の消耗は大きかった。 


魔女の血筋であるウィリスの魔力量は平均よりもかなり多い部類だ。しかし、本物の魔族であるヴァンパイアや、純血エルフのイリア達と比べると、その総量は5分の1から10分の1程度に過ぎない。

ウィリスには大型魔法を何度も唱えられるような魔力はない。魔力量には種族限界があり、いくら努力家のウィリスとて魔力量だけは増やしようがないのだ。

その代わり、ウィリスは魔法のコントロールと鋭さを徹底的に磨きあげてきた。

少ない弾数で、いかに効率よく魔物を倒していくか、それが魔法使いウィリス・野呂柿の戦い方である。

その生命線であるコントロールが、ここに来て初めて乱れたのだ。



ウィリスの不調の原因はタツマにあった。

タツマの徹底的なマークが、ウィリスに魔法の無駄撃ちをさせていた。本来であれば、一撃で仕留められる魔物に、二度・三度と魔法を使用する必要に迫られていた。

タツマの攻撃を封じるために、ウィリスはオーバーペースで魔法を使い続けていた。その代償に、ウィリスの魔力は今、枯渇しかけていた。



「マズい!」



ウィリスの異変をいち早く見抜いたのが、コーチであり、現在二軍監督でもある厳島ミヤジである。双眼鏡越しに見たウィリスの表情は、いつもの無表情ではあったが、色を失っていた。



「ウィリスさん! 今のペースで魔法を使えば、魔力が尽きてしまうわ。魔力欠乏症になる前に魔法の使用をやめなさい!」



現在二軍監督である厳島ではあったが、一軍選手のことも誰よりも気にかけている。

一軍に勝ちたい気持ちはあるが、それよりも選手のことが大事である。スピーカー越しに、厳島の必死な声がダンジョンに響いた。



「こら、厳島コーチ! 勝ちたいからと一軍の選手に勝手なことを吹きこむな! おい! ウィリス、やれるな! やるんだ!」



対面ベンチの五井も、拡声器を手にを手に取りウィリスを叱咤した。

五井は有能な男ではないが、最低限の戦況判断ぐらいはできる。今、ウィリスを下げてしまえば、流れに乗った二軍を抑えきることはできないだろう。

自分のクビがかかっている状態で、ウィリスを下げる気などは毛頭なかった。



「バカですかあなたは! 魔力欠乏症は魔法使いにとって非常に危険なんです! 神妙くんの二の舞いをさせる気ですか! とっとと交代要員だしてウィリスさんをベンチに下げなさい!」



「ウィリスは何も言っとらんだろうが! 魔力なんぞなくなっても根性がありゃどうにかなるわい! 倒れるまでやれぇ! ウィリス!」



「魔力と体力を同列で語らないで下さい! お願いウィリスさん! 無茶はしないで! あなたの為に! チームの為に!」



スピーカー越しに2人の口論がダンジョン内に飛び交う。それを聞いていた選手たちはどう思ったのだろうか。

イクアラが眉を潜め、バーンが舌打ちをした。カヤの顔が歪み、金太が溜息を吐いた。

タツマは縋りつくような表情でウィリスを見上げる。当のウィリスだけは相変わらずの無表情だった。



厳島の必死の言葉がウィリスに響いたのかどうかは解らない。

ウィリスは誰よりも魔法の練習をしてきた。だから彼女は自分の限界という物を知っている。幼い頃は魔力欠乏症で病院へ運ばれた経験も何度かあった。

これ以上の魔法使用は危険、その事を誰よりも理解していたのは、他でもないウィリス本人なのだ。

色を失った唇が、荒い吐息を繰り返す。



ベンチと選手、全員の視線を集める中、ウィリス・野呂柿は静かに砂浜に杖を刺した。



「ウィリスさん!」



「ウィリスゥー!」



2人の監督がウィリスの名前を叫んだ。一人は安堵、一人は怒りの声で。


杖を手放したウィリス。それは魔法使い、ウィリス野呂柿の戦いが終わったことを意味する。

一軍・二軍の選手たちは、足を止めて、呆然とその様を見つめていた。ウィリスが杖を手放す姿など、今までだれも見たことは無かったのだから。


元、とは言え名門魚里高校のエースナンバーを背負っていたウィリス。彼女がここまで追い詰められたのは、高校に入ってからは初めてのことだった。

その理由は、タツマの目を瞠るような奮戦だけではなかった。今のウィリスには欠けていたのだ。背中を任せることの出来るチームメイトが。


どんなに優れた選手であっても、魔法使いは一人では戦えない。魚里高校の攻守の要であった神妙九児。彼のフォローがあったからこそ、ウィリスは二年間、エース魔法使いとして戦ってこられたのだ。



「ウィリス先輩…」



タツマの表情は暗い。ずっと倒したかった目標を倒したはずなのに、心は全く喜びを感じなかった。

試合終了まであと30分以上残している。こんな終わりを、望んでいたわけではなかった。


タツマとウィリスの距離は僅か二メートル。タツマがウィリスを見つめている。

ウィリスは相変わらずの無表情で、何を考えているかはわからない。悔しいのかどうかすらも、タツマには解らない。


タツマにとって、ウィリスと本気で勝負できるのは、この紅白戦が唯一で最後のチャンスである。

しかしウィリスにとってはただの練習試合、しかもチームメイト同士の。

タツマのように一軍昇格がかかっているわけでもなければ、絶対に相手を倒したいなどと思っているわけでもないだろう。



ウィリスの氷のような無表情。



勝った筈のタツマが、泣きそうに顔を歪めていた。最初からタツマなど眼中になかったのだと、思い知らされた。

試合開始から今まで、ウィリスのきゅっと閉じられていた口が開かれるまでは。



「強くなったね」



耳を疑った、その声がどこから聞こえているかもわからなかった。強くなったと言われた? 一体誰に?

ありえない話だが、そこには目の前のウィリス・野呂柿しかいなかった。



強くなった? いつと比較して? タツマとウィリスの出会いなど、一度きりしかない。

三年前の中学の時の地区予選。それが最初で最後である。

タツマが完敗して、ウィリスが「ナイスプレー」とだけ言った、あの一度きりだ。

信じられない話だが、ウィリスもタツマの事を覚えていたのだろうか。3年前の取るに足らないルーキーでしかなかった自分の事を。

ウィリスの口はなおも動く。



「…でも、私だって、負けないもん」



「………もん?」



間抜けな語尾とウィリスの外見とのそぐわなさは、まるで下手な吹き替え映画のようだった。

しかしタツマにとっては語尾も問題だったが、その言葉の内容も問題だった。杖を置いたウィリスが負けないとはどういうことだろう。

ウィリスが自分を覚えていた事も、彼女の言葉の内容も、タツマにはまるで現実感がなく、幻でも見ているような気になった。



真昼の太陽の下タツマの見る白昼夢は、次に淫夢へと変わる。



ウィリスは突然身に纏っていたジャケット脱ぎ始めた。軍服のようなジャケットが地面にバサリと落ちると、あろうことか、ジャケットの下に着込んだインナーにまで手を伸ばした。



「いぃいいっ!?」



口を真横に結んだまま、タツマが驚きの叫びをあげる。

ウィリスがぐいっと思い切りよく脱いだのは黒いタンクトップ。ウィリスの白い綺麗な手が、空にむかって生地ともにしなやかに伸び上がる。

シャツの襟から空と同じ色の髪の毛がバサリと落ちて来る。汗を存分に吸い込んだタンクトップが、砂浜に無造作に投げ捨てられた。



つまり今、タツマの目の前に下着だけをつけたウィリスの豊満な胸がさらけ出されていた。



タツマの顔は熱湯に放り込まれたタコのようにみるみると赤くなっていく。見てはいけないと視線を下にむけると、ウィリスの形のよいヘソが目に止まり、さらに視線を下へと逸らさねばならなかった。


驚いたのはタツマだけではない。双眼鏡を覗く五井も厳島も、後を追っていた筈のコールや金敷も、皆足を止めて、ウィリスの突然のストリップショーに肝を抜かれていた。

しかし驚愕もストリップショーも終わらない。ウィリスは革靴をぽいと脱ぎすてると、ズボンのベルトまでをも外し始めた。



「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい!! 何で下着になるんですかっ!」



夢だろうが、現実だろうが、流石にこれ以上は不味い。タツマは視線を自分の足元まで下げながら、抗議の声を上げる。

しかしウィリスは、ケロリとした声音でこう答えた。



「‥これ、水着だから」



「へっ…? 水…着??」



躊躇いもなく脱いだズボンが放り投げられる。タツマはウィリスの白い足から視線を除々に上にあげていく、ウィリスの股間を覆う布地、それは確かにナイロン製の水着だった。

ブラジャーだと思っていたものも、よく見れば同じ柄の水着だった。頭の上のベレー帽と同じ柄の、白と黒のまだら模様のビキニだった。

最後にそのベレー帽を脱ぐと、髪留めから開放された一房の長い紫の髪がハラリと落ちた。



そして今、ウィリスの姿は紛うことなき海水浴客となっていた。大胆な水着を着たモデルのようなスタイルの女性。もしここが本物の海水浴場ならば、他の利用客の視線を一心に集めていたことだろう。

男という生き物は、下着姿を見るのは犯罪だという認識はあるが、水着は見てもよいと思っている。免罪符を得たタツマはウィリスの水着姿にぽーっと目を奪われていた。


そんなタツマを他所に、ウィリスは砂に突き刺した杖に向かって小声で何かを唱え始めた。呪文ではないその言葉は、アビリティー発動の為のキーワードであった。



戦乙女ヴァルキューレの槍!」



ウィリスが氷のような鋭い声で杖に呼びかける。地面に刺さっていた杖が、その姿を青く、長い槍へと変える。

ウィリスは槍を手に取ると、ウィリスの水着姿に間抜けにも目を奪われていたタツマの側を走り抜ける。タツマが遅れて振りむくと、ウィリスは既に海へと飛び上がっていた。


ウィリスはタツマがそうしたように、しかしずっと美しいフォームで空中で弧を描くと、両手に握った槍の先からひとつの生き物のように、海のなかへと潜っていった。

その姿は海を跳ねるイルカのように美しかった。イルカと評するには、カジキマグロのような長い槍がついていたので適当ではないかもしれないが。



手本のような飛び込みから生まれた静かな水音。そして暫くの静寂。

再度の水音と共にウィリスが海中から頭を出すと、その槍の先にはサハギンが体を貫かれた状態で突き刺さっていた。

青い槍の穂先で暴れていたサハギンは、二度三度尻尾で槍の柄を打つと、魔石へと代わり、ウィリスの手の平へと落ちた。

魔法使いのウィリスが、タツマと同じ方法で魔物を仕留めていた。タツマは一歩も動けず、ウィリスのパフォーマンスをただ、見ていただけだった。


タツマだけではない。両軍の選手も、ベンチも、全員が驚きの表情を浮かべていた。

あのウィリス・野呂柿が槍をもって戦う姿など初めて見たのだから。そしてその姿が、異様にサマになっていたのだから。



「ウィリスさんが…、槍…?」



タツマの疑問にウィリスが答える。今日のウィリスは、殊の外饒舌だった。



「私の守護神…、ヴァルキューレ」



ウィリスの柔軟体操を見ていた時、タツマはウィリスがアタッカーもやれるのではないかと思ったことがあった。

タツマの想像は正しかった。ヴァルキューレの一人、霧のミストの加護を持つウィリスのアビリティーは3つ。

ひとつは今、ウィリスが手に持つ武器、霧の槍。2つ目が身体能力向上。そして3つ目が戦意高揚である。

およそ魔法使いというよりも、アタッカーに相応しいアビリティーの数々をウィリスは戦乙女として名高い女神から与えられていた。

それにも関わらず、槍で戦う姿をウィリスはこれまで誰にも披露したことがなかったことは、別に能力を隠していたわけではない。ただその必要が無かっただけだ。


神妙九児がいた頃の魚里高校ではフォローに回るだけで十分であったし、魔力が付きかけるほど執拗にマークされたこともウィリスにはなかった。

ドイツの魔女の血筋であるウィリスに、『アタッカーとして戦え』などと、誰も指示したことがなかったのだから。

『魔力が尽きてもベンチに下がるな』その指示を遂行するために、ウィリスは自分にとっての最善の選択をしたとも言えよう。五井の迷采配は、思わぬ所で名采配となった。



「……? なんで、動かなかったの?」



場を驚きが支配する中で、ウィリスは無表情に、しかし首を僅かに傾けながらそう訪ねた。ウィリスにとっては、タツマが追ってこなかったことの方が不思議であった。



三年前、まだウィリスが中学の三年生であった時に、今と同じように魔力欠乏寸前まで追い詰められた経験がある。

その時は試合終了のサイレンに救われた。スコア的には圧勝であったが、ウィリスにとっては辛勝だった。

振りきっても振り切っても、喰らいついてきたヒト族の小柄な少年の事を、ウィリスはよく覚えていた。

当時の2人の身長差は20センチほどあり、ウィリスの目には頭頂部ばかり映っていたが、タツマの目の色だけは良く覚えていた。試合終了のその瞬間まで、決して瞳に諦めの色を宿すことをしなかった少年の目を。

良い選手は良い選手を覚えているものだ。例えそれがまだ荒削りの原石で、誰も名を知らぬ無名選手であったとしても。



「ツンツン頭君には……、負けないよ」



水と氷の魔法使いは、タツマの方へと近づくと静かな声音でそう宣言した。

中学の頃、カヤにバフンウニと称されていたタツマの髪型。髪を伸ばしたタツマはもはやツンツン頭ではないが、名も知らぬ少年の事を、ウィリスは心のなかでツンツン頭君と読んでいた。

セレクションでタツマの姿を見た時にあの時の少年かと疑った。互いに目を合わせて、目の光を見た時に、それは確信へと変わった。



「覚えててくれたんですか…? 俺のこと」



ウィリスは声を出さず、頷くだけで答えた。口元は僅かに孤を描いている。



無表情で知られるウィリスではあるが、無感情ではない。

この紅白戦、実は誰よりも楽しんでいたのがウィリスだった。

魔力が尽きてもベンチに下がりたくなどなかった。槍の扱いには魔法ほど自信があるわけではないが、楽しい勝負を終わらせたくはなかった。


五井のベンチに下がるなという無茶な指示に、一人だけ喜んでいたのが、他ならぬウィリス本人だった。



「今回も……、私が勝つもん」



タツマがウィリスにそうしたように、ウィリスはタツマに宣戦布告をする。

白い肌から水を滴らせながら、90パーセントの無表情に、10パーセントの笑顔を混ぜて。


青い槍がひゅっと回ると穂先から水が弾ける。

身長178cmの長身が、砂浜から伸び上がるように立っている。

雪のように白い肌の上を、水滴がなぞり、流れ落ちていく

薄い水色の髪が濡れて、首筋にしっとりと張り付いている。程よい筋肉で締まった肉体と、溢れ落ちそうな胸と腰の肉感の奇跡的なバランス。

美しい肉体を覆うナイロン製のビキニが、夏の太陽の光を強く反射している。


水着と槍というミスマッチ、それが何故かしっくりと来る、戦乙女の姿であった。



「いやいやいや! 槍はともかく、なんで服の下に水着なんて着てるんですか!?」



タツマが顔を真赤にしながら叫んだ疑問は、皆が知りたいと思っていたことだ。

今日の試合は只の紅白戦の筈だった。一軍にとっては、調整の為の軽い練習試合である。それがここまで苦戦するなど、だれも予想だにしていなかった。

それなのに、ウィリスは自分の魔力が尽きるまで追い詰められる事も、水の中での争いとなることも、全て想定済みだったというのだろうか。


タツマ以外には水性系モンスターと、水の中で戦おうなどという馬鹿な冒険者はいない。

その行動まで全て予測済みだったなど、普通に考えてあり得えない。



「まさか…、『予知』!?」



それを可能とするものに、タツマには一つだけ心当たりがあった。

『予知』。それは世界でもほとんど持つ者のいないレアアビリティーの一つである。未来を知る力は現代社会においてはもっとも危険な能力とみなされている。故に予知能力者達は、国により厳しくその存在と能力を管理されているのだ。予知の持ち主などとは、おいそれと出会えるものではない。

ウィリスの何にも動じない無表情は、まるで全てを知っていたと言われても可怪しくはない、凄みと深みがあった。





「下着…、全部洗濯されてたんだもん」



「………………………………ああ、そうですか」







試合時間は残り30分。タツマとウィリスの戦いは終わらない。




【途中経過、試合開始から90分時点】

 一軍 175ポイント

 二軍 158ポイント






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