第14話 それぞれの宣戦布告
「ええい! コール! お前はウィリスのフォローと魔石拾いだ!」
「金敷さん! タツマくんのフォローをお願い! タツマ君! 魔石は気にせず、倒して倒して倒しまくりなさい!」
スピーカー越しに、両監督の指示が迷宮内に響き渡る。タツマとウィリスの後を、両チームのサポーターが追いかけて行く。
視界が広く、トラップもなく、強力な魔物もいないこのオノミチ水道迷宮においては、慎重な探索などは必要ない。
いかに早くフィールドを駆け抜け、相手よりも早く、より多く魔物を倒すことのみが求められるのだ。
オノミチ水道迷宮には計4種類のモンスターが生息している。
魚の胴体に鱗に覆われた手足が生えたサハギン。堅いゴツゴツとした甲羅をもつ蟹岩石。砂浜に生息する大きなゴカイのような形状のオーシャン・ワーム。クラゲのような形をしたスライム系モンスターであるジュエリーフィッシュ。
どれも小型で、ある一定の力量をもつ冒険者なら問題なく倒せる敵である。
もっとも、それらを一撃で倒すとなると、名門・魚里高校の中でも限られたごく一部の選手しか成し得ない事ではあるが…。
「おらぁああ!」
「フンッ!」
イクアラとバーンが海から上がってきた二匹の蟹岩石を、それぞれの拳と剣で一撃のもとに葬り去った。
蟹岩石は、この迷宮の中では最大の耐久力を持つモンスターだ。魚里随一のパワーアタッカーであるバーンは、自分の一撃には絶対の自信を持っている。
故に自分の一撃に迫る程の一閃を繰り出す、名も知らぬ二軍選手の力量には驚きを隠せなかった。
「おいおい!? なんでてめえみてえなのが二軍で燻ってんだぁ? 一年坊のリザードマンよお!」
先達からの賞賛混じりの問いにも、イクアラはいつもの調子で淡々とで答える。
「大した理由はありません。入部したその日に監督に逆らっただけですよ」
なんでもないことのように言い放ったイクアラの言葉に、バーンは一瞬、泡でも食わされたかのように呆けたが、その後、雲にも届きそうな大声で笑い始めた。
「ハーハッハッハァッ! そりゃあ最高に分かりやすい理由だなぁ! バカは嫌いじゃねえぞぉ! おいリザードマン、お前名は?」
「イクアラ・スウェートです。バーン先輩」
「覚えたぞイクアラァ! 存分に楽しもうじゃねえか!」
2人に浮かぶのは動と静の対照的な笑み。しかしその質は、戦闘本能に由来する全く同質のものである。
2人は魔石拾いをチームメイトに任せ、次の浮島へとかけ出した。
オノミチ水道迷宮は、主に3つのルートに分けられる。
左右を弧を描くように外回りの進路を作る二本の外周ルートと、中央の浮島をジグザグに走らせた一本の中央ルートである。
イクアラとバーンがとった進路は一番距離が短い右回りのルート。タツマとウィリスが行くのは中央のルート。
そしてカヤと金太は、左回りのもっとも距離の長いルートを選んだ。
カヤと金太。魚里高校最速の2人は、島と島を殆ど飛ぶような足捌きで駆け抜けている。
傍から見れば、2人の間だけ別の重力が働いているかのようにも見えるかもしれない。
二人のいる浮島に、海から一匹のジュエリーフィッシュが浜に上がって来る。
「シィッ!」
金太を置き去りにしたカヤが 鋭い息を吐きながら、波打ち際のジュエリーフィッシュを棍で横薙ぎに弾き飛ばした。
「ナイスパスじゃあ! 天狗の嬢ちゃん」
その言葉はもちろん皮肉である。
まるでカヤと最初から打ち合わせしていたかのように、金太は弾き飛ばされたジュエリーフィッシュの先で待っていた。
そのまま一歩も動くことなく、飛んできたジュエリーフィッシュの核を、懐から取り出した匕首であっさりと切り裂いた。
相手が倒しきる前にトドメだけを奪う。これが金太の十八番、スティールだ。
「リードオフマンはのぉ、速いだけじゃあ務まらんのじゃ」
金太とカヤを比べるならば、カヤの方が幾分速い。しかし、技術と勝負カンにおいては、金太の方が遥かな高みにいる。
相手の動きの癖や魔物の特性を判断し、最も少ない動きで最良の結果を生み出す。それが多留簿金太のプレイである。
その彼の特性は、誰かにマンツーマンでついた時にもっとも効果的に発揮される。高校生No.1と言われるスティールの技術によって。
『いやらしい選手』そう呼ばれることを金太は好む。魔石を目前で奪ってやった時の相手の悔しげな表情が、何よりも快感に思う。性根の捻じれた男なのだ。
ジュエリーフィッシュの魔石を掴みながら、金太はぬたりとした笑みでカヤの方を振り返る。
しかし、悔しそうに金太の魔石を見つめているべき少女は何処にもいなかった。
「はぁっ!」
気合の声が上がった方に首をむけると、既にカヤは一つ先の島へと進み、新たに海から湧いてきたジュエリーフィッシュの核を、今度は一撃で貫いていた。
金太に向かって振り向いたカヤは、赤い髪を炎のように翻しながら、高い温度の声をあげた。
「だったら! もっともっと早く動きます!」
それだけを言うと、カヤは金太の事などまるで眼中にないかのように、次の獲物へと走り出した。
金太の特徴であるぬたりとしたいやらしい笑み。その笑みから、余裕と嘲りが消えていく。
「くっくっ…、上等じゃぁあ! 天狗の嬢ちゃん!」
韋駄天とヘルメス。東洋と西洋の俊足の神の守護を受けた2人が、最も距離の長いルートでぶつかり合う。
ほぼ、互角の戦いを繰り広げる左右の両翼に対し、中央のルートを進むタツマとウィリスの間では、じわじわと差が広がり始めていた。
「氷結!」
水中に漂うジェリーフィッシュを、ウィリスの魔法が凍りづけにする。ジュエリーフィッシュを閉じ込めた氷が、固化による比重の違いで海面へと浮かぶ。その氷を、遅れてやって来た黒い髪の鞭が中身ごとバラバラに砕いた。
「ポイント、一軍ゼッケン10番!」
審判の判定は、ウィリスのポイントを示していた。最初のウィリスの魔法により、既にジュエリーフィッシュは致命傷を受けていたという判断が下されたからだ。
死体に鞭を打っても、スティールは成立しない。
ここ、オノミチ水道迷宮は、水と氷の魔法使いであるウィリスにとってはもっとも相性のよい迷宮と言えた。
水性系の魔物が浜に上がる前に、氷や水の魔法で攻撃できるウィリスに対し、タツマは海の中の魔物に対しては有効な攻撃手段を持ってはいない。
タツマの武器であるオルタの髪の鞭は、その特性上、海面との衝突時に大きく威力を削がれてしまう。水中の魔物達に対しては、タツマは決定力を欠いていた。
もっとも、それが陸の上となればまた別の話である。タツマの目はすでに次なる獲物を探している。
タツマの観察力は、こと魔物に関しては非常に注意深い。砂浜に生まれた僅かな砂の揺らぎをタツマは決して見逃さない。
「そこだっ!」
砂浜から、頭だけをひょっこりと出したのはオーシャンワーム。巨大なゴカイのようなモンスターの頭部を、まるで稲でも刈るかのように、オルタの髪が刈り取った。
遅れて魔物に気付いたウィリスは詠唱を始めることもできなかった。
タツマの広い視界と身体能力に合わせ、オルタの長い射程が加わった素早い攻撃は、陸上に限ってはウィリスの水魔法をも凌いでいた。
海のウィリス、陸のタツマ。しかし、この構図は五分とはならない。
「捻り水!」
ウィリスの魔法により海に生まれた激しい水の渦が、海中にいたサハギン2体を襲う。
水の渦は螺旋状の水柱へと形を変えて、空に向かって高く伸びる。そして、ぐるりと向きを変えると、水柱の先端へと押し出されていたサハギンを無慈悲に地上へと叩きつけた。
背骨と身を粉々に砕かれたサハギン達は、しばらく痙攣を続けた後、二つの小さな魔石に変わる。
「…クッ! 海の中じゃ手出しする隙もない!」
押されているのはタツマだった。現状のポイント獲得数は、6・4か、7・3でウィリスに分があった。
ここオノミチ水道に生息する4種のモンスターは、浜に住むオーシャンワーム以外は基本的に海中に生息している。
冒険者が近づいた事を察知すると、海から浜に上がって攻撃を加えてくるのが、それら水性系モンスターの習性なのだ。故に、通常ならばモンスターが浜まで上がって来るのを待っているのが、この迷宮における常套手段となる。
しかしウィリスの水魔法は、モンスター達が陸に上る前の先制攻撃を可能としていた。そして海にすむモンスター達の総数は、オーシャンワームの数よりも多い。
つまり、海を得意とするウィリスと浜を得意とするタツマが互いのフィールドで戦った場合、ウィリスのリードは当然の帰結ということだ。
「だけど…、負けないッ!」
タツマがウィリスに勝つには、相手のフィールドに踏み込むしかない。例えそれが、危険な賭けになるとしても。
タツマは突然足をとめると、プロテクターごと上着を脱ぐ。
靴を脱ぎ、ズボンをひざ下から、迷うこと無く切り裂いて行く。
防具を全くつけていない無防備な体は、まるでこれから海水浴でも始めるような軽装となった。
タツマは詠唱を始めていたウィリスを尻目に砂浜を駆ける。そして海に突き出した岩場を蹴ると、高く大きく空へと跳ね上がった。
「タツマ君…、あなた何をッ!?」
ベンチの厳島が驚愕と焦りの声を上げた。海の中で肉弾戦を挑むなど、自殺志願者か只の馬鹿かのどちらかである。それもほぼ、半裸の状態で。
後ろからタツマを眺める格好となっていたウィリスの瞳も、わずかに縦に開かれた。
「ひゃっほうっ!」
それは恐怖を振り払う為だったのだろうか。戦いに酔った脳細胞が、タツマに間抜けで楽しげな掛け声を上げさせた。
タツマの叫び声は、まるで小学生が度胸試しと称して、高い堤防から海に飛び込む時のあの歓声に似ていた。
空中でぐるりと転身すると、タツマは手から海へと侵入する。両手にはオルタを引っ込めた状態での黒い剣が握られている。
つまりはナイフ一本だけで、魔物の待つ危険な海へと飛び込んだ。
水面が弾け、泡が散る。青い海に赤い血の色がシミとなって浮かんだ。
程なくして、赤い点の中央からタツマが再び水面に顔を出した。タツマの肩には、大型のブリの程の大きさのサハギンが担がれており、背びれの側には黒い短剣が突き刺さっていた。
タツマが本能的に行ったこの行為は、インドネシアでは古くから伝わる漁法である。
陸地から、体重と位置エネルギーを加えた飛び込みで魚を貫くこの漁法は、飛び込み漁と呼ばれており、海鳥達が空から海中の魚を取る原理と同じである。
とは言っても、タツマはその事を知っていたわけではない。勝利への渇望と、子供のような遊び心が、自然とそれを思いつかせ、体を動かしたのだ。
タツマはサハギンであった魔石をサポーターに放り投げると、岸へとあがり、ウィリスに向かって再びの宣戦布告をする。まるで楽しいことを見つけた子供のような笑顔で、ウィリスに対し、気を吐いた。
「負けません! 例え海の中でも!」
タツマの全身全霊の宣戦布告とパフォーマンスにウィリスは再び、確かに笑ったのだ。
【試合経過・試合開始後40分】
一軍 98ポイント
二軍 64ポイント