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第12話 仁義なき贈り物





海の匂いがする。



ここはヒロシマ県オノミチ市にある、管理ダンジョン・オノミチ水道迷宮、その名の通り、水路が複雑に入り組んだフィールドダンジョンである。

フィールドダンジョンとは、地上に剥き出しになった一階層しかない迷宮の総称だ。

真水に海水が混じるこの場所は、床面が飛び石のような無数の島から形成されており、それぞれの島は、木製の橋によって数珠繋ぎになっている。

情緒のある景観ではあるが、これでも江戸時代から続く歴としたダンジョンである。

通路には壁面が一切なく、見晴らしのよい広さ5キロ平方メートルほどの空間を形成している。

ダンジョンと人界の境目は、厚い霧に阻まれており、外からは中の様子を伺うことはできない。霧は結界となっているために、入口以外からは迷い込むことも抜け出すこともできない。



オノミチ水道迷宮には、初級の水性系モンスターが数多く生息しており、モニターが無くとも一度に全部見渡せるという特性から、高校生冒険者の実習や、練習試合の場所としてしばしば利用されている。

今日も、高校生冒険者達がこの迷宮に集まっていた。

今日は丸一日、魚里高校ダンジョン部の紅白戦の為に貸し切りとなっているのだ。



「いいなー! 貴様らぁ! 二軍なんかに絶対に負けるんじゃあないぞ!」



「みんな、絶対に勝ってね! 貴方たちなら勝てるわ! 信じてるからね、ね?」



ただの紅白戦、たかが紅白戦。

しかし監督たちの意気込みたるや、まるで本番の甲子園さながらであった。この戦いには、一軍監督の退陣と、二軍監督の貞操がかけられているのだから無理もない。


もっとも、その事を知っているのは選手の中ではタツマ達三人だけである。

他の選手達は、一軍二軍を含めて、一軍選手達の調整の為の紅白戦だと思い込んでいる。

タツマ達以外の二軍選手には諦めムードが漂っており、一軍の選手たちは既に楽勝気分であった。



「なんであんな気合入ってるんだ、監督は? 負けるわけねえだろうが、二軍なんかによぉ」



「それも気にかかるんじゃがなあ、厳島コーチが二軍監督やっとんのも腑に落ちんのお。…まあ、魔石さえ手にはいりゃあどうでもええわい」



バーンと金太の二人がぼそぼそと囁き合う。

二人共、監督の為に勝とうなどという殊勝なことは考えてはいないが、勝利は微塵も疑っていない。その二人の間に、鈴を転がすようなソプラノが割って入った。



「そんなこと無いけん! 二軍の皆はとっても強いんよ。だってタツマ君がおるけぇ!」



何が嬉しいのか、イリアはニコニコと明るい笑みを浮かべていた。

いつもとは若干違うイリアの雰囲気に金太は違和感を感じる。

イリアという少女はもっと控えめな少女だった筈だ。何か心境の変化でもあったのかと、勘ぐった。

対して、何も考えていないバーンはイリアに尋ねる。



「誰だあ? その、タツマってのは?」



「友達だよ!」



イリアが嬉しそうに、答えた。







「…タツマ君、秘策があるっていっていたけど、本当に大丈夫なの?」



「はい、一応…」



厳島の問いに答えるタツマの口調は重い。

イリア・スーラを止めるための策は用意してある。その為に昨日は練習を休んでまで準備を進めたのだから。

一軍のイリアの方へと視線を向けると、イリアはタツマの視線に気付いたのか、ぶんぶんと手を降ってきた。小さく手を振り返しながら、タツマの胸はギリリと痛んだ。



「…でも、悩んでいるんです。本当にこんなことをやっていいのか。イリアは‥、あいつは、いい奴なんですよ…」



苦悩するタツマに向けて、イクアラとカヤが声をかけた。



「ふむ、何をする気かは知らんが、勝負とはそういうものだ。相手の弱点を突くのも立派な戦いだぞ」


「うん、それにここで勝てなきゃ甲子園に行けなくなるのよ。イリア達は負けても次があるけど、私達は負けると次がない」



カヤの言葉にタツマははっとする。

そう。負けてしまえば自分だけではなく、カヤとイクアラまで甲子園に行けなくなるのだ。この戦いが自分ひとりの戦いではないのだと、今更ながらに気がついた。

二人が二軍落ちしたのはタツマの責任である。ならば二人を一軍へと押し上げる為に、タツマは全力を尽くさねばならない。

例えそれが、誰かに後ろ指を刺されるような行為だとしても…



「そういうことよ。それにね、弱点があるのなら、練習の内に曝け出しておいた方がいいのよ。他校に見つかってしまう前にね。それがイリアちゃんの為にもなるんだから」



「イリアの…ため?」



「ええ、弱点がわかれば修正のしようもあるわ。後のフォローは任せなさい! そのためのコーチでもあるのだから」



厳島が力強く胸を叩く。タツマの最後の迷いは消えた。







「それでは、ルールは通常の高校生冒険者用のルールで、試合時間は90分。両軍一列に並んで…」



出発地点のセーフティーゾーンに、一軍、二軍、総勢18人のスターティングメンバーが一同に並ぶ。

一チームの人数は9名。交代は可能であるが一度交代した選手が再びフィールドに戻ることはできない。

120分という時間の中で、チームが一丸となって出来る限り多くの魔物を倒し、獲得した魔石の量と質を競う。それが現代におけるダンジョン探索である。



「礼!」



審判の号令に合わせ、両軍の選手が深く頭を下げる。

ダンジョン競技はスポーツである。故に、スポーツマンシップに則った正々堂々としたプレーが求められる。

まずは相手への敬意を示し、互いの全力を尽くすことを誓い合う礼。

その儀式は同チームの紅白戦だとて、決して疎かにしてよいものではない。例え顔見知りであっても、礼は尽くすべきなのだから。



互いに見知った顔の並ぶ両軍の中に、しかし一人だけ、一軍選手の殆ど誰も知らない顔があった。



「誰だぁ? あいつは」



黒髪黒目の少年。見るからに純血の人族の存在に、監督である五井が訝しんだ。五井は二ヶ月前にクビにしたタツマの事などすっかり忘れていた。

「まあ、どうでもいいか」と、五井は思う。名も知らぬ二軍選手の事など、わざわざ気に留める必要もない。

一軍の選手達も同様で、すぐにタツマから視線を外した。

一軍の中ではただ一人、イリアだけがキラキラと輝く瞳でタツマを見上げていた。



「試合‥、始めぇ!」



審判のコールに合わせて、サイレンの音がなる。

このサイレンが再び鳴らされるのは、試合終了の合図の時だ。


広いダンジョンを縦横無尽に駆け回るダンジョン競技に、休憩などは存在しない。自分たちが休みたくとも、モンスター達は休ませてくれないのだから。

休みが必要であったり、他の選手と交代したい場合は、セーフティーゾーンまで戻ってくるしかない。



サイレンを合図に、全員が一斉にセーフティーゾーンからかけ出した。セーフティーゾーンからは浮島へとむかって3つの橋が伸びている。3つの橋を、ちょうど6人ずつ、18人を三等分した人数が渡っていく。


その橋の上、一軍選手の三人が、それぞれ自分をマークする三人の選手に気がついた。



「ほう、マンツーマンかよ? おもしれえ! 俺と張り合うつもりかぁ? リザードマン!」



「バーン先輩、胸をお借りする!」



狼の獣人、バーンをマークしたのはイクアラ・スウェート。



「ウィリス先輩! お相手願います!」



カヤの気合の一声に、ウィリスは一度だけ視線を向けたが、再び前を向いて走りだした。



そして、魚里のエースナンバーを背負う少女には…



「うわっ、タツマ君と勝負なん?」



「ごめんイリア! 今から俺は君にとてもひどい事をする! でも、でも! できればその後も友達でいて欲しいんだ!」



悩みを振りきったタツマがそこにいた。イリアはタツマの挑戦に、満面の笑顔で答える。



「あたりまえだよ! タツマ君とはずーっと友達じゃけん! 手加減はせんでええけんね!」



「ありがとうイリア、そして…、許してくれ!」



タツマはそう言うと、背負っていたリュックの中から大きな物体を取り出した。

袋から出てきたそれは赤ヘルのマスコットキャラ、アークデーモン。タツマがUFOキャッチャーでイリアに手渡した物よりも、二回り程大きなぬいぐるみは、子供用の応援用ユニフォームを着こんでおり、背中には背番号1が輝いていた。


イリアの目と、口が大きく開かれる。



「ああー! それは赤ヘルのサムライこと田前選手の引退記念限定バージョン、背番号1のアモンさん!! なんでタツマ君がもっとるん!?」



タツマはイリアの問いには答えず、そのぬいぐるみをぽーんとセーフティーゾーンのある砂浜へと放り投げた。



「ほーらイリア、プレゼントだぞー」



「ホントぉっ!? くれるん?」

 


最初の島へとわたっていたはずのイリアだったが、まるでフリスビーを追いかける犬のように、アモンさんを追いかけて、両軍ベンチのあるセーフティーゾーンへととって返した。

その様子に、監督と控えの選手達を始め、既に試合を開始していた筈の他の選手の一同も、皆、足を止めて呆気にとられていた。



「な・な・な、何をやっているのタツマ君! 時間稼ぎのつもり!?」



「タツマ…、それが作戦…?」



「ふむ…、追い詰められて頭でもやられたか? タツマ」



厳島達の心配と呆れを余所に、イリアはセーフティーゾーンへと戻ると、タツマの放り投げたアモンさんを両手で掲げた。

まるで子供を高い高いするような格好で、ユニフォームを来たブサイクなアークデーモンを幸せそうに持ち上げていた。

イリアは嬉しさのあまり、今が試合中であるということを忘れていた。

そこには、欲しかったものを手に入れたという喜びと、タツマからもらったプレゼントという、イリアだけが知る付加価値があったのだから。



…しかし、イリアのとろけたような笑顔が、次の瞬間に水に落ちた蝋のように固まった。

アークデーモンの腹から、突然黒い短剣が生えたのだった。



「ひぃぅッ!?」



イリアは両手を掲げた状態のまま一歩も動けずにその光景を眺めていた。


アモンさんのふくよかな腹が裂かれていく。ブチブチっとユニフォームのボタンを弾き跳ばしながら、黒い短剣は腹を食い破っていく。

白いユニフォームにどす黒い赤が広がり。縦に裂かれた腹の隙間から、シクシクシクという泣き声と共に、大量の黒い髪の毛がじゅるじゅると蠢くさまがのぞいて見えた。

髪の毛が動く度に、まるでアモンさんのはらわたが喰い破られているかのように、ぼとぼとと、肉片がこぼれ落ちていく。


これが、タツマの作戦であった。ぬいぐるみの中に、オルタだけではなく、ミンチ肉や、豚レバーまで仕込んでいたのは、タツマの用心深い性格と芸の細かさが伺えた。



「ッ!?!?!?!?」



イリアはもはや声も上げられなかった。引きつけを起こし、ピンと体を伸ばすと、そのまま仰向けに倒れていく。


無慈悲に地面にぶつかろうとしたイリアの背中を、いつの間にか後ろに周っていたタツマが受け止めた。

タツマは気絶したイリアの体を、セーフティーゾーンの砂浜に静かに横たえると。白目を剥いたイリアの瞼を手でそっと閉じ、口元の泡を自分の服の裾で拭った。



タツマは地に両膝をつけ、まるで祈るような形で頭を下げた。



「ごめんイリア…、目が覚めても、オレのこと友達と呼んでくれるかな…」



「呼べるわけないでしょうが」



オーダーを忠実に実行したはずのタツマの頭の旋毛に、厳島のハイヒールがザクリと突き刺さった。






 【紅白戦の個人成績】



イリア・スーラ(一軍)  得点0ポイント(開始一分で退場)







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