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第8話 敵情視察



「かっせかっせ、魚里! かっせかっせ、魚里! 鯉のように跳ね上がれー!」



若きチアリーダー達が生気溢れる声援を贈ると、ボンボンを両手に掲げて、膝を折って高く跳ねた。白と赤が主体のチアユニフォームに包まれた彼女達は、まるで錦鯉のように鮮やかな姿である。



「かっせかっせ、魚里! かっせかっせ、魚里! 鯉のごとく飲み込めい!」



学生服を来た男子応援団達は、腹式呼吸を鍛え上げた野太く逞しい声援を贈ると、虚空に向けて正拳突きを繰り出した。黒い学生服に包まれた大柄な肉体の並びは、まるで巨大な真鯉の群れのようでもある。


さらには吹奏楽部のトランペットに、生徒達数百人の合いの手も絡む。

彼等の応援はスピーカーを通してダンジョン内に届けられる。応援は選手たちの力となるのだから。



ここは広島県クレ市にあるニコウヤダンジョン、高校生冒険者の地区予選だけでなく、プロ冒険者リーグのオープン戦などにも使われる本格派の中級者向けダンジョンである。

全十五階層のダンジョンではあるが、高校生冒険者の利用は5階層までに限られており、今はその3階層で、二つのチームが互いに競い合っていた。


両チームの戦いの様子は、巨大なメインスクリーンと、いくつかのサブスクリーンを通して、ダンジョン内のセーフティーゾーンに設けられたスタジアムへと中継される。

たかだか地区予選の一回戦にもかかわらず、スタジアムの右半分は、応援団を先頭に、魚里高校の学生達と、地元民達の熱気で大いに盛り上がっていた。



対して、対面の進学校の県立高校の応援スタンドは閑古鳥がないていた。

身を寄せ合うように、一箇所に固まっている応援団にも覇気はない。徹底的な蹂躙を前に、応援する気力すら起きないのだろう。ヒロシマでは1,2位を争う名門である魚里高校と一回戦から当たってしまったのは不遇としか言い様がない。



「最強最高魚里! 最強最高魚里! ダンジョンは我らの為にある!」



今、タツマとカヤは、魚里高校のスタンドの中でも最も活気のある場所へとセメント製の階段を降りていく。

二人を見つけたイクアラが、ここだここだと手を振った。



「遅かったな、二人共」



「待たせて悪かったな、イクアラ。ちょっと色々とあってな」



「ええ、本当に色々あったのよ。色々…」



掃除をしたり、オルタを泣き止ませるのに必死になったり、泣き止ませるためにタツマが意を決してもう一度味噌汁を飲んだり…。というゴタゴタがあったために、タツマ達は試合開始から30分も遅刻してしまっていた。

やつれきった二人の顔を見て、イクアラは遅刻の理由を問うことをやめた。



「で、試合はどうなんだ? イクアラ」



「ああ、やはり大したものだよ、ウチの一軍は。神妙先輩が抜けた穴を全く感じさせぬ程にな」



イクアラは中央の巨大スクリーンを指し示した。予想通りではあったが、モニターに映る光景は、魚里高校の一方的な勝ち試合だった。





「おーらよぉおっ!!」



魚里高校の最強の物理アタッカー、燃える鉄拳を持つ男こと、バーン・オー・ライクの拳が耐久力に優れたオークの頭蓋を撃ちぬいた。

腕にはめた手甲がオークの返り血で赤く染まれば、ニヤリと笑った口元からは、鋭い犬歯が覗いている。


バーンの種族は人狼。俗にいう狼男である。

狼男といっても、顔の骨格は人間そのものであるために、牙の鋭い、毛深い人間といった印象を受けるであろう。もっと言えば、狼よりも猿に似ている。

さらに、頭には敬愛する孫悟空の金の輪を嵌めており、朱色の中国系の道着を着込んでいるために、初めて見た人は孫悟空のコスプレをした猿の獣人にしか見えないだろう。


そんな格好のバーンではあるが、かれは別に斉天大聖の守護を受けているわけではない。

いつか斉天大聖から守護を受けることを信じての願掛けであったりするだが、その願いが届くかどうかは誰にもわからない。

そもそも何故、狼男が孫悟空を尊敬しているのかも疑問である。


守護神を持たぬバーンではあるが、種族本来の強さと好戦的な性格は、アタッカーとして十分過ぎる資質を持っている。

恵まれた巨躯と筋力で魔物を一撃で葬り去る、魚里高校随一のパワーヒッターであるバーン。彼の拳を前にしては、中級ダンジョンの浅層程度の魔物達は、一撃の元に沈んでいく。今もまた、あわれなゴブリンが彼の前へと飛び出した。



「せいやぁあ!」



4tトラックもかくやという衝撃が、矮躯のゴブリンを吹き飛ばす。

ゴブリンは壁に強かに叩きつけられ、まるでプレスされたママチャリのようにぐしゃりと潰れると、壁に染みだけを残して魔石となった。

バーンは振りぬいた拳の会心の感触に満足そうに頷くと、次なる獲物を探して駆け出した。



「こらバーン! ちゃんと魔石を拾わんかい! きっちり最後まで拾わにゃあ得点には、ならんのじゃ!」



そう言ってバーンを叱責したのは、太めの狸族の獣人であった。

彼は言葉とは裏腹に、口元をぬたりと緩めると、ひょうたん型の魔石入れに、バーンが倒した魔物の魔石を次々と放り込んでいった。頬からぴょんと伸びる数本のヒゲがヒクヒクと動いている。

彼の持つ小さなひょうたんは、とっくに許容量以上の魔石を収納しているはずであったが、一向に一杯になる気配はない。これが彼の固有アビリティーの一つ収容能力向上の効果である。

もぞもぞと屈んで魔石を拾い上げる彼の背中は、歌舞伎の引幕のようなの派手な縦縞のマントにすっぽりと覆われており。頭に被っている菅笠とあいまって、まるで巨大な饅頭のようにも見える。


彼の名は多留簿金太。そののんびりとした見た目に騙されることなかれ、魔石とみるや恐ろしく早く、そして狡猾に動く。

二年生にして、魚里高校きってのリードオフマンである金太は、特にスティールと呼ばれる技術に長けている。

敵が必死で弱らせた相手を、トドメだけを刺して魔石を奪う。それがダンジョン競技におけるスティールだ。彼のスティールの技術は高校生No.1とも言われており、別名、魚里のシーフとも呼ばれている。


タヌキ属という属性に加えて、旅人と商売、そして泥棒の神としても知られるヘルメスの加護を受けており、魚里高校きってのクセモノである。

魔石に目を取られすぎるあまり、たまにうっかりトラップにひっかかってしまったり、魔物からの反撃を受けてしまうのが、玉に瑕な選手ではあるが。



そのうっかりが、今この場でも発動してしまう。魔石拾いに夢中になっていたキンタを、背後から棍棒を振り上げたオークがおそいかかった。



「あ‥、やば…っ」



避けられぬと思ったそのオークの一撃は、しかしキンタに届くことはなかった。

振り下ろされたオークの棍棒は、巨大な手によって受け止められていたのだから。プロテクターもつけていない剥き出しの手の平に。



「おお! 助かったわい! アイアン」



アイアンと呼ばれた男は、小さく頷いただけで言葉を交わさなかった。アイアン・マン。鉱石族の男である。

鉄の鉱石族であるアイアンは、体の表面が全て鉄に覆われており、絶大な防御力を誇っている。鎧は胸当て以外は全くつけておらず、魔物の攻撃を肉体のみで防ぐ、魚里高校の最強のブロッカーだ。

彼の先祖はアイルランド辺りの鉱石の妖精の一族だったそうだが、戦国時代に鉄砲とともに、いつのまにかニッポンに渡って定住し始めたと言われている。

その自重故に素早い動きは苦手だが、彼の防御は誰にも破ることは出来ない。


見た目はニンゲンの体をそのままメタリック塗装したような身長2m50cmの大男であり、一見、よく出来たアイアンゴーレムにしかみえない。

しかし、ゴーレムと違い心があるし、ちゃんと喋ることも出来る、もっとも、彼がしゃべっている姿を見たものは殆どいない。その僅かな例外といえば、授業中に教師に当てられた時ぐらいだという。



アイアンによって、動きを完全に抑えられていたオーク、そのこめかみを遅れてフォローに入って来たバーンが撃ち抜いた。

オークは血しぶきを上げながら大地に沈み、魔石へと変わった。



「アホかキンタ! 魔石集めに夢中でやられてちゃあ意味ねえよ!」



「おまえには迷惑かけとらんじゃろが、バーン! 大体あのオークはお前の担当範囲から湧いてきたんじゃ! この猿頭が!」



「猿じゃねえ! 狼だっつってんだろうが!!」



そのまま、試合中だというのに、バーンとキンタの言い争いが始まる。アイアンは我関せずとばかりに、他のアタッカー達の補助に回った。





キンタとバーンの言い争う様はカメラに拾われ、モニター越しにスタジアムの観客にも余すところなく伝わっていた。



「…なんというか、随分と個性的なんだな。先輩たちは‥」



「狸と犬だもの、相性が最悪なのよ。二人共腕は一流なんだけど…。神妙君がいなくなった今、あの二人を上手く収められる人材もいないのよねえ。…というわけで、がんばってよね、タツマ君」



タツマがポツリと漏らした言葉を、いつの間にか側にいた厳島ミヤジが補足する。

本来はここにいるはずのない人物の登場に、タツマは一瞬呆気にとられた。



「‥へっ? 厳島コーチ? なんで一軍のベンチにいないんですか?」



厳島は客席に陣取っていた。彼女の周りでは二軍の選手たちが、魚里高校を力いっぱい応援している。

タツマ達を含め、二軍の選手はベンチ入りすることすら許されない。スクリーン越しに部の仲間たちを応援するしかないのである。

しかし厳島は、本来であればベンチ入りして、戦いが行われている第三階層で選手たちに付き添っているはずだ。そのためのコーチでもあるのだから。



「そのことなら大丈夫よ。今の私は二軍監督。五井監督にベンチに入るなと言われちゃったもの。今後一週間、一軍選手たちとの接触も一切禁じられたわ。今週末の試合のことで、選手たちに妙なことを吹きこまれたくないんでしょうね」



「それはまた‥、なんと言ったらいいか‥」



呆れて言葉を失うタツマに、冒険部の現状をよく知るカヤとイクアラが付け加える。



「五井監督の事を快く思っていない選手も多いのよ。週末の紅白戦、監督交代がかかっていると知れば、わざと手を抜く選手が出てくるかもしれないわね」



「人望が無いことを理解している辺り、自己分析はできているのではないか?」



イクアラの皮肉は痛烈ではあるが、事実でもある。

五井という男は癖の強い男だ。体育会系特有の、大胆で力押しな性格は彼の持ち味ではあるのだが、それに付随すべき寛容や度量の大きさというものがない。

選手としてならそれでも良かったのかもしれないが、監督として上に立つ者となると、その器ではない。


それに対し、厳島ミヤジの人気は高い。

純血のヒト族故に、冒険者としての前線に立った経験は皆無ではあるが、高校時代から魚里高校のマネージャーとして、現場の目線で選手と競技に接していた。

状況に応じた的確な判断力と、選手と同じ目線で接する彼女の人柄は、監督としての資質は十分に満たしていると言えよう。

厳島コーチが監督になればいいのにと、選手たちの間ではしばしば囁かれている事でもある。



「まったく‥、生徒に根回しして八百長させるとか、そんな姑息なマネはしないわよ。勝負は勝負、陰謀は陰謀、勝負に陰謀を持ち込んだりはしないわ。…策略は持ち込むけどね」



魔族さながらの笑みを浮かべる厳島に、タツマは思う。「五井監督が警戒するのも、無理は無い話だ」と。




その時、にわかにスタジアムがざわめき始めた。


スクリーンの映る先、魔物のリポップを現すピンク色のモヤの塊が大量に湧き始めたのだ。


ダンジョンには事故がつきものである。予測できない事態が起こりかねない。

今回のような魔物の大量ポップということも、稀にだが存在する。

そのような事態に対応するためにも、審判達がいる。

ダンジョン競技の審判達は、自身も歴戦の冒険者であることが義務付けられている。

アンパイアが危険だと判断した場合、試合は即中止され、彼等の指示の元にダンジョンから撤退することとなる。



アンパイア達の顔に警戒の色が浮かぶ。この先起こりうる事態の危険度を慎重に見極めているのだろう。

しかし厳島は、その数十にも及ぶ魔物のリポップを見ながら、鼻歌でも歌い出しそうな口調でこんな事を言ったのだった。



「ボーナスステージ到来ね」





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