視界不良にご注意ください
高校生活最後の日。
今までと何ら変わりはない朝なのに、こんな俺でもなんだかしみじみしちゃうもんで。
・・・この制服も最後か。なんてなんでも最後だからとか思っちゃう。
「しかしまぁよりによって・・・」
俺はダイニングの窓を見ながらつぶやく。
「・・・この晴れの日に」って校長せんせーの祝辞にあったような気がするけど。
俺の卒業式・・・土砂降りです。
「将文の日頃の行いじゃないの?」
最後の卒業式だからと気合入れて、着物を着るつもりだったらしい母さんが俺を睨み付ける。
「俺だけのせいでここまで降るかよ」
「あんたならありえる」
トーストとベーコンエッグを並べながら母さんはまじめな顔をして言う。
「・・・それが愛する息子に言う言葉ですか、お母様」
「卒業式に自転車でずぶ濡れだなんて、将文らしいといえば将文らしいわね」
先にテーブルについてトーストをかじってた姉ちゃんまでそういって俺をからかう。
なんか・・・卒業式気分台無し。
「お姉様。それが愛する弟に向かって言う言葉ですか」
「あたしも母さんも将文が可愛いからほんとの事を言ってるんじゃない」
・・・いたぶってるの間違いじゃないですか?
口でこの二人にかなうはずもなく、もくもくと朝飯を食べだした俺にかまわず2人は会話を続ける。
「将文も高校卒業かぁ。あんなビービー泣いてた子が大学生になるんだもんねぇ」
・・・泣かしてたのはあなたです、お姉様。
「ほんとよ。小学校入った時は毎日毎日お姉ちゃんに泣きながら引きずられて登校してたわよね」
「そうだったわ。毎日恥ずかしかったー」
「その子が18だなんてねぇ」
「まあ、中身は何も変わらないけどね」
俺を見ながら笑うなって。
「ところで今でも第二ボタン下さいとかあるの?」
珈琲を飲みながら、ふと母さんが言った。
・・・第二ボタン?
「第二ボタン?」
二つ上の姉ちゃんも知らなかったらしく聞き返す。
「母さんが学生の頃はね、好きな男子の詰襟の第二ボタンを貰うっていうのが卒業式の一大イベントだったのよ。もてる男子なんかは第二ボタンだけじゃなくて全部のボタンが無くなってる子もいたわ」
へえ。って何だその人気投票。
それもボタンなんか貰って何に使うんだ?なんかのまじないか?
「でも今は詰襟の学校も少ないじゃない?ブレザーだと第二ボタンとか言ってもねぇ」
第二って上から?下から?
ベーコン咥えながら、どうでも良い事を考えていたら。
「ああ。ネクタイ下さいっていうのと同じかぁ」
姉ちゃんが思い出したように笑いながら言った。
「ネクタイっ?!」
思わず聞き返した俺に姉ちゃんがにやりと笑った。
「そう。卒業式に好きな男子のネクタイ貰うのよ。・・・って聞いてきたって事は、将文ネクタイの予約されてないのね?」
姉ちゃんそんなところに推理力発揮しなくていいです。
「よ、余計なお世話だ」
「認めたし」
にやにや笑いながら姉ちゃんが言った。
・・・ううっ。返す言葉がない。
「将文が帰ってくるのが楽しみだなぁ。ネクタイ無くなってるといいね、母さん」
「本当ね。くれぐれも言っとくけど」
びしっ。
母さんが俺の目の前に人差し指を突きつけた。
「誰も貰ってくれなかったからって、ネクタイ捨ててくるんじゃないわよ」
・・・さすが姉ちゃんの親だけあるわ。その推理力。
「いってきまーす」
何でいきなり卒業式のハードル上がってるんだか。
普通に何も考えず卒業式楽しみたかったんですけど・・・。
玄関を出て、最後のご奉公をするはずだったちゃりんこに一人愚痴てみる。
今日はさすがにずぶ濡れになるわけには行かず、歩いていくことにした
いつもの通学路は雨のため視界が悪い。
ちゃりなら15分。
徒歩で30分。
最後の登校ならゆっくり歩いてみるのも悪くないかな。
とても散歩を楽しむ、という気分にはなれないけど。
それでもこの道をこの時間に通るのが最後だと思うと少し寂しく思う。
買い弁する時のご用達のコンビニ。
殆ど弁当か学食だったけど、帰りに腹が減った時にもお世話になりました。
松谷と店の前で飲み物買ってだべったり。
ここで、斎ちゃんのアイスも買ったんだっけ。
放課後わざわざ一緒にちゃりんこで、コンビ二まで来て。
文化祭の練習をしてたすごく暑い日だったな。
土砂降りの雨のせいで視界が揺らいでいる。
・・・そう。絶対雨のせいで。
正門までの最後の角を曲がると、いつものように斎ちゃんの後姿が見えた。
斎ちゃんもオレンジのちゃりんこはお留守番らしい。
その後姿を見て、姉ちゃんの言った言葉を思い出す。
『卒業式に好きな男子のネクタイを貰うのよ』
もしかして。
・・・斎ちゃんは今日誰かにネクタイを貰うのだろうか。
誰かに予約してるんだろうか。
どうして、俺。
息が苦しい感じがしちゃうんだろ。
「・・・がい?おい、ながい?」
傘に当たる雨の音がとても大きすぎて。
声をかけた松谷にも気付かず、俺は斎ちゃんの後姿を見ていた。
そう。
松谷に気がつかなかったのは。
雨の音が大き過ぎたからだ。
きっと、そうだ。