お客様お時間です
楽しい時間って何でこうも早く過ぎちゃうんだろ。
何曲かお互い歌って、ドリンクバーでお代わりして。
・・・勿論、斎ちゃんに歌で勝負挑むなんて自虐的行為はできないので俺はさらっと流して。
斎ちゃんのど元が白くて俺は少しどきどきしたりして。
・・・ああ。どうせ『下ネタ野郎~』ですから。俺。
でも、ほとんどはなんと言うこともなく話してたような気がする。
クラスの奴の話とか、松谷の話、バイトの話、受験の話。
斎ちゃんとだったらいつまでも話していられたけど。
7時までのフリータイムを一時間残して俺たちはボックスを出ることにした。
「7時には家に着かなきゃいけないから」
そう言った斎ちゃんに、俺は驚いた。
「斎ちゃんち、門限あるの?」
今時高3になった子に、門限あるなんて・・・。
やっぱ斎ちゃんってお嬢様なのか?と、俺の中で『斎ちゃんお嬢様疑惑』がもくもくと持ち上がる。
それと共に怖そうなお父様のシルエットなんかも浮かんできて少しびびってる自分が情けない。
「ん~。門限って言うか」
斎ちゃんはドリンクバーのメロンソーダを飲みながら、何でもない事のように言った。
「親が7時までには戻っておいでって言うし」
・・・それを普通は門限って言うんじゃないでしょうか?
「親に心配かけたくないじゃん」
7時過ぎたら親が心配するって、だったらクラスの殆どのやつの親は心配しすぎてどうにかなっちゃうんじゃないだろうか。
「それで夜の打ち上げは来ないんだ?」
「それもあるけど」
恥ずかしそうに斎ちゃんは笑った。
「夜出歩くの怖いじゃん」
・・・なんですか、そのかわいすぎる発言はっ。
その上照れ笑いとは、なんかもう反則なんですけどっ。
「打ち上げとか行きたいな~とかおもわないん?」
「思うこともあるけど、基本めんどくさいつーか。夜遊びに行くとか今じゃなくてもいいじゃんって思うんだよね」
「今じゃなくても?」
「うん。どうせ大人になったらできるわけだし」
まあ・・・そりゃそうですけど。
「それに打ち上げって実はお酒出てるでしょ?」
ど、どきっ。
「そういう所に居たくないってのが本音かなぁ。自分はそういうのしたくないし、見て見ぬふりできないし」
斎ちゃんの目が、俺をしっかり見ていて。
俺はなんだか『この子誤魔化しが利かないな』と思う。
斎ちゃんの目はメイクなんかしてないのに、目力に負けそうになる。
そしてその目がふっと三日月形になって。
「それにこんなまじめな奴が行ったら、皆しらけちゃうじゃん?」
そう言いながらにっこりと斎ちゃんは笑った。
俺はそれを見て、上手く言えないけど。
斎ちゃんってすげぇなと思った。
俺がもっといい言葉を知っていれば、上手く言えるんだろうけど。
今の俺は『すげぇ』としか言い表せなかった。
今まで何でも『すげぇ』で済ましてたことを、残念に思った。
『すげぇ』って使いすぎてて、もっとすごいって伝えたい時にどうしていいかわからない。
・・・それを、俺は残念に思った。
「あ~もう暗くなってるな~」
外へでると、斎ちゃんはそういって背伸びをした。
「暗いから怖いんじゃねぇ?」
俺は少し意地悪に斎ちゃんをからかう。
「今は平気」
も、もしかして俺がいるからっすか?
・・・なんてね。
「人がいっぱいいるからね」
・・・やっぱりな。いや、わかってましたけどね。
斎ちゃんが迷うといけないからまた駅まで送る。
駅までは5分もかからない。
後5分で『初でいと』はおしまい。
・・・2回目がなきゃこれ1回目にならないんだよなぁ。
なんて俺は思いながら歩く。
「ここから帰れるから。ありがとね」
駅の北口で斎ちゃんは俺に振り返った。
「おう」
「今日はありがとね」
「おう」
「んじゃ」
そういって改札に向かおうとした斎ちゃんを引き止めるように俺は声をかけた。
「斎ちゃん」
ん?ともう一度振り返る斎ちゃんに俺は言った。
「俺・・・」
「何?」
「俺さ・・・」
俺は腹を決めた。
ここだ。ここで言うんだ。
「俺・・・君が代歌ってないよ?」
「ああ~~~~~~~っ!!!」
にやり。俺は笑う。
「何で言わないのよっ」
「わざわざ自分から歌いますっなんていうかよ~」
「言えばいいじゃん」
「斎ちゃんが忘れてたんだろ~」
斎ちゃんは頬を膨らませて怒っていたが、ふと思いついたように言った。
「じゃあさ」
・・・なんで仁王立ちなんですか?
「もう一回行こう。次は君が代歌ってよね」
よっしゃ~!狙い通り!!!
「お、おう」
はい。俺完全に狙いました。
罰ゲーム忘れたふりして、2回目ゲット♪
「んじゃ、またね」
小さく手を振ると斎ちゃんは改札に向かっていった。
こうして俺の1回目のでえとは終わった。
2回目があるから(ま、ある意味作った?)これは1回目。
できれば・・・。
二回目はそのスニーカー履かずに来てください。
よろしく。