歌姫にはご用心
今俺の目の前には、斎ちゃんがいる。
俺の前に座ってチーズバーガー食ってる。
今まで一緒に飯食ったことがないわけじゃない。
つーか。何回もある。
・・・教室で。
それは一緒に食ったとは言わないって突っ込みはなしで。
俺的には一緒に食ったと思ってるんだからそれで良いのだ。
だけど。
今斎ちゃんは目の前にいる。
これって、これって『初でえと』って奴ですよねっ!
「・・・永井食べないの?」
『初でえと』の響きに酔いしれる俺に、斎ちゃんはポテトを咥えたまま尋ねた。
「食うよ。ってか斎ちゃんそれで足りるの?」
チーズバーガーセット380円。斎ちゃんが300円出したから俺は80円のおごり。
男として、・・・それってどうなんでしょ?
初でえととしては、ありなんでしょうか?
「足りるよ。ありがとね」
ありがとって、俺80円しかおごってないし。
「こんなもんでごめんなぁ」
「こっちこそ奢って貰ってごめんな」
お互いそう言うと、思わず二人して笑った。
・・・何で俺たち謝ってるんだ?
「永井早く食べなよ。せっかくのフリータイムが減っちゃうじゃん」
「おう。そうだな」
せっかくのフリータイムが減っちゃう・・・そう思ってくれるんだ。
俺は嬉しくなってビックマックにかぶり付いた。うん。今まで食べた中で最高の味だ。
・・・単にフリータイムが、せっかくなのに減っちゃうって意味じゃねぇ?
そう松谷に突っ込まれるのは後日の話。
今は俺、なんか幸せです。
「・・・すっげぇ」
カラオケに場所を移して。
部屋に入ったとたん嬉々として曲を入れた斎ちゃんの歌は・・・。
なんつーか、マジでした。はい。
本気で歌ってました。それもすっげぇ早いダンスナンバー、体でリズム刻みながら。
「何がすっげー?」
一曲歌ってオレンジジュースに口をつけて斎ちゃんは俺を見た。
「・・・斎ちゃん、歌うめぇな」
「そう?カラオケ久しぶりであんまり声がでてないけど?」
・・・それは何のいじめですか?この後歌う俺へのハードルあげですか?
あんな本気のダンスナンバーの後に、歌う身にもなってください。
俺はデンモクを取り上げると、かるくジャニーズなんか入れてみる。
うまくなくても歌いなれていれば、それなりに聞こえるでしょ。
歌いながら斎ちゃんを見ると、次の曲選びながらやっぱり体がリズムを刻んでいる。
と。
斎ちゃんが俺を見た。
曲はサビの高音手前。緊張しまくり。
ああ。なのに。
(うまいじゃん)
斎ちゃんは口ぱくでそう言うと、にっこり笑って見せた。
・・・あう。その瞬間俺の声は裏返りました。
高音失敗したわけじゃないっす。
だからそんなに弾けた様に笑わないでください。
「いや~。永井の歌って初めて聞いたわ。うまいじゃん」
もう感想は良いから・・・。
そんな俺の微妙な表情を読んだのか、斎ちゃんが俺を覗き込む。
「ほんとだって。うまかったよ?」
向かい合わせとはいえ、今までになく近いんだからさらに近づいてくんなよ。
・・・襲うぞ。こら。(そんな勇気はないけど)
「さ、斎ちゃんがダンスうまいのは知ってたけど、歌もうまいんだな。リズム感があるからかな」
どもりながらも、大人ぶって頼んだアイス珈琲を一気に口に含んだ。
・・・にが。
「ああ。それはね」
デンモクを叩きながら斎ちゃんはなんでもないように答えた。
「ダンス本気でやってた頃、ボイストレーニングの先生についてたのよね」
「ぼ、ぼいすとれーにんぐぅ?」
それって、マジじゃないっすか!?
マジでプロの指導受けてたってことじゃん!
なにそれ、俺かなり自虐的じゃねぇ?
プロに指導受けてた子にカラオケ挑んだって事っすか?
・・・はぁ。自爆。
「そんなすごいもんじゃないよ?何年か前の話だし」
「確かに斎ちゃんのダンスはすげーもんな。文化祭で俺びっくりしたし」
そうだ。斎ちゃんを初めて知ったのは高2の文化祭だった。
俺は違うクラスだったけど、斎ちゃんのクラスに松谷がいてダンスの出し物やるって聞いて応援しに行ったんだっけ。
その時に明らかに他と違う動きをする子がいた。それが斎ちゃんだ。
めっちゃくちゃ目立ってた。
だから3年で同じクラスになったとき覚えてたんだ。
ダンスやってるって言うから派手なタイプかと思ってたのに、普段の斎ちゃんはどっちかって言うと地味で。だけど誰とでも仲良くなっちゃって。
・・・こうやって思うと、俺この1年斎ちゃんばっか見てたような気がするな。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・まだ全然ダメダメダンスだよ」
「いやいや。マジかっこいいよ。足も長くて、すっげーかっこいい」
俺がそう言うと、斎ちゃんの頬がぱあっと赤くなった。
「足・・・太いのが悩みなんだけど?」
うわ~マジで?
俺、ヤバイとこふんじゃったの????
「いや、太くないって」
焦って俺は続ける。
「斎ちゃんの太ももはダンスやってる人の太ももだよっ。細いよっ」
・・・あ、あれ?
「マジかっこいいって!!!その太ももはダンスやってる人の物だっ!!俺にはわかるっ!」
・・・あれれ?
俺なんか墓穴掘ってない?
「・・・永井それ、ほめてんのかどうか微妙」
そ、そうっすよね?
ああ。掘ってしまった穴に入ってしまいたい・・・。
「つーか永井ってさ」
斎ちゃんはオレンジジュースに顔を伏せながら言った。
「なんか下ネタ言う人だったんだねっ」
・・・・・・。
斎ちゃぁん。
俺、まだ下ネタなんか言ってないっすよ・・・・・・。
そりゃ、太もも連発しちゃったけどさっ!