後編
そして、とうとうやってきた2月14日月曜日。
タカシは朝練があって、今日は学校に行く時間は別々。学校の間は、友達や同級生の目があって、恥ずかしくて、渡すなんてそんなことはできない。
渡すなら、学校が終わった後、放課後、誰もいなくなった後。
……大丈夫大丈夫。何度もシミュレーションしてきたでしょ? カバンの中にチョコレートは入ってる。4日間、ドタバタしながらなんとか作ったチョコレート。ハートマークの上に、ホワイトチョコで「スキ」って描いた。初日のばったり出会ったハプニング以外にも、お湯とチョコが混ざっちゃったり、スキって文字が上手に書けなくて「ヌキ」とか「スモ」とか「又キ」とか、変な文字になっちゃったりとか、何度も何度も失敗した。それでも何とか出来たチョコレート。
今日、私はこのチョコレートをプレゼントして、タカシに告白するんだ。
学校に来てタカシと顔を合わせたとき、『おはよっ』といつもと同じようにタカシは声をかけてきてくれた。
この前の本屋での私の意味不明な行動は、特に気にしてないらしい……よかった。後は、放課後に上手く隆を呼び出して告白するだけ……。
授業を受けていると、なんだか今日は、時間の流れがいつも以上に長い気がした。刻一刻と近づいてくる放課後が待ち遠しいような、ずっと来てほしくないようなすごく微妙な気分。
はぁ……何でこんな苦しい気分にならなくちゃいけないんだろう。いっそのこと、いつもと同じ気分で「義理なんだからねっ」って渡しちゃおっかなという気分にもなる。振られちゃったらどうしよう……それだったらいっそ本当に義理として渡したほうが、今の関係も壊さなくてすむし……。
けど、タカシと付き合いたい、という気持ちは日に日に強くなってきてて、このままだと自分の気持ちが爆発して壊れてしまいそう。
今日1日、ずっとずっと授業中も休み中もそんな事ばっかり考えてて、先生の言葉も、友達の言葉も全然頭に入ってこなかった。
そしてとうとう放課後になった。
タカシは早々に席を立って、部活に行こうとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってタカシ!」
「ん? なんだ?」
「え、えっとバ、バレンタインなんだけど……こ、こ、これ」
そう言って、私はラッピングしたチョコレートをタカシに手渡した。
「おっ、ありがと! アケミからは毎年もらってて、習慣みたいになってるけど、やっぱりうれしいな」
違うの! 今年のは去年のとは全く違うんだから! 去年まではただの義理チョコだったけど、今年のは本命チョコなんだから!
「そ、それとね! 私、タカシに言いたい事があるんだ」
「ん? 何?」
きょとんとした顔で私の方を見つめるタカシ。バレンタインチョコを渡した時に言いたい事なんて、1つしかないでしょ!? なんでここまで話をして、タカシは全然気づいてくれないの!?
「あ、あのね……私、ず……ず、ず、ず、ず……ず、ず」
何度も何度も練習したはずなのに、ほんとにこの場面を何度も想像したはずなのに、いざ、タカシの顔を前にして言おうとしても、全然言葉が出てこない。
「ず?」
「ず、ず、ず、ず、……ずっ、ずっ、ずっ、ずっ」
ずっと前から好きでした! って言いたいだけなのに、タカシとなんて毎日顔合わせてるのに、なんでこういう言葉だけは口から全然出てこないの。
「ず?」
「ずっ、ずっ、ずっと――」
や、やっと最初の一言目が言えた、と思った瞬間、後ろから何かを持った女子が走ってきているのが目に入った。
「やほー! タカシ君」
確かあれは、サッカー部のマネージャー……明るくって可愛くって、サッカー部のアイドル、みんなの人気者。
「ん? なになに?」
「はいこれ、バレンタインチョコ。あ、期待しちゃだめだぞー。ただの義理だからねっ!」
「いや、かわいいマネさんから、チョコもらえるなんて思ってなかったから、義理でもめっちゃうれしいよ。サンキュな!」
なんだか私がプレゼントした時よりも、うれしそうな顔をしたような気がする……。
「はいはい、それじゃ私は他の部員にもチョコ配って回るから、それじゃね」
「はいよー、んじゃなー」
……き、きっと私のチョコは、タカシが言った通り、いつもの事でしかないんだろうな……。
「おっと、それでアケミ、何か言いたかったんだよな。えっと、なんだったっけ? 『ず?』」
そう言って、タカシは私の方を向いた。ようやく最初の一言目を言ったあの勇気は、間が空いてしまってどこかに吹き飛んでしまっている。
つ、伝えないと……何とかして、伝えないと……。
「……」
だ、駄目……緊張して声が出ない。
「おい? アケミ、どうしたんだよ。突然黙りこくっちゃったりして。さっきの続きはなんだったんだ? 『ず』の後は」
「……ず、ず、ず、ず」
よ、ようやく最初の一文字が言えたけれど、これ以上は緊張で何も言えそうにない。
「ず?」
も、もうダメ!
「ずっつきー!」
そう言って、私は思いっきり不意打ちでタカシに向かって頭突きをした。慌てたのかタカシは、私のプレゼントしたチョコを持っている右手でブロックしようとする。
あ、と思った時にはもう遅くて、思いっきりチョコに向かって私の頭は突っ込んでしまった。
突っ込んだとき、パリン、と大きく私のあげたチョコが砕け散る音がした。
「いって!? と、突然なんだよアケミ……」
「……べ、別に! 別になんでもないんだから! 私のそのチョコも、去年と同様、誰にももらえないんじゃないかと思って、可哀そうに思ってあげただけなんだからね! 可愛いマネージャーにもらえてよかったね! 部活頑張ってね! それじゃ!」
そう言い捨てると、私は背中を向けて、さっさと校門に向かって歩き出した。
「お、おい!?」ってタカシが叫んでいたが、私は完全に無視して校門の外に出て行った。
外に出て、タカシから私の姿が見えなくなると、他に下校している生徒の視線をすべて無視して、一目散に駆け出した。
どこへ、ということは何も考えてなかった。ただただ学校から離れたかった。
私はいつの間にか、河川敷に座っていた……。何でこんなところにいるのか、さっぱりわからないけれど。
バレンタインデー、道を歩く人はみんなにこやかな顔をしているってのに、私の顔は、とても泣きそうな顔をしている事が自分でもわかる。
「はぁあ……何でこんなことになってるんだろ」
まさか告白すらできないなんて。その辺の石ころを拾って、川に投げていた。
ぽちゃん、と今の自分の気持ちを表すかのように、跳ねもしないで、ぶくぶくと沈んでいく。
「大体、タカシが悪いんだよ。誰がどう考えたって、私の気持ち、分かるはずでしょ?」
ぶつぶつと、私は誰に伝えるという訳でもなく、ずっとずっと愚痴を呟いていた。
「結局私の気持ち、伝えることもできなかったし、好きって書いたチョコもきっと私の頭突きでボロボロになって、読むこともできないだろうし……また、きっと幼馴染の腐れ縁の関係が続くのかな……」
その関係でもいいかと思ってしまっている私がいる。わざわざもう一度冒険する気持ちも、当分は起きない。
今日、一生懸命なけなしの勇気を振り絞ったにもかかわらず、あんな状態だった……もう一度挑戦したって、きっとうまくいかないに決まってる。
「はぁあ……こんなに好きなのに……タカシの馬鹿」
「……ったく、誰が馬鹿だって?」
私がつぶやいたと同時に、後ろから声が聞こえた。
振り向いてみたら、告白しようとして、結局言えなかったタカシの姿があった。
「た、た、た、タカシ!? なんでここにいるの!?」
はぁはぁと、息を切らしながら、冬だっていうのに汗を流しながらタカシがそこにいた。
きっと私を探して、いろんなところ走り回ったって思うと、少し申し訳ない気持ちになった。
「そりゃ、こんなチョコレートもらって、探さないわけにはいかないだろ?」
そう言って、タカシは私がプレゼントしたチョコレートを取り出した。
私が頭突きしたせいで、ラッピングもぐちゃぐちゃになって、中身も粉々になっていたようなのだけど、タカシが直したのか、ハート形で、『好き』というメッセージも何とか復元されていた。
「そ、そ、そ、それは、そう! 冗談なんだから!」
「あ、そうなの? せっかくアケミも俺の事、好きだってわかったのに。冗談だったのか」
……へ、今なんと?
「た、たたたたたたった、たっ、たっ」
「落ち着けー、シンコキューシンコキュー」
……すぅ、はぁ……すぅ、はぁ……。
タカシに言われ、ゆっくりと深呼吸していると、ようやく落ち着いてきた。
「落ち着いた?」
こくこくと頭を動かして、返事をするが、それよりも何よりも聞きたいことがある。
「そ、それよりタカシ、い、今の」
「俺、アケミの事好きだよ。いつ言おういつ言おうってずっと考えてたんだけど、アケミに先を越されちゃったな。えっと、俺と付き合ってください」
えっ、えっ……えええええ!?
ウソ、ウソでしょ!? タ、タカシも私の事が好き?
「おーい、聞いてるかー? 返事してくれよ」
き、き、聞いてるけど! 頭の中がぐちゃぐちゃになっちゃって、な、何も考えられないの!
「わ、わ、私も、た、た、た……たたたたたあ」
タ、タカシに見つめられると、き、き、緊張しちゃって、言葉がうまく出てこない……ただ好きって言いたいだけなのに。この2文字を言うのがこんなに大変だなんて。
ど、どうしても口で好きって言うことができず、私はまた頭をこくこくと動かして、うなずいて返事に変えた。
「えっと……アケミ、それはOKということでいいのか?」
再度こくこくとうなずいて返事をする私。うなずいてる私を見て、喜んでるけど、少し反応に困っているタカシの顔があった。
しょ、しょうがないでしょ!? ど、どうしても言えないんだもん。恥ずかしいんだもん。
「……えっと……これからよろしくお願いします」
そう言って、手を差し出すタカシ。
「う、うん……わ、わ、私の方こそ、よ、よ、よ、よろしくお願いします!」
タカシの方は手を差し出してるにもかかわらず、私の方は慌ててしまって、何故だか思いっきりお辞儀をしてしまった。
近づいていたタカシの胸辺りに、勢いよく私の頭がぶつかる。
ドンッという強い音がしたかと思うと、タカシが引っくり返っているのが目に入った。
「いつつ……ったく、アケミ。告白も頭突きで、OKの返事まで頭突きかよ」
しょ、しょ、しょうがないじゃない!
まさか、こんなに上手くいくだなんて思ってなくて、頭の中パニックになってるんだから!
タカシはぶつくさと言いながら、起き上がって河川敷に座り込んだ。
ポンポン、と左手でタカシの横をたたいていたので、ちょこんと私はタカシの横に座り込んだ。
……夢みたい……これがもしも夢だったりしたら、ずっと醒めないでいてほしい。
そんなことを私は考えながら、しばらくの間、2人して無言でぼーっと座っていた。
今、私はどんな顔をしてるだろ? 呆けた顔? それとも泣きそうな顔? ううん、きっと笑顔になっている。きっと、にやけて人に見せられるような、いい顔じゃないだろうけど、きっと私にとっては最高の笑顔だ。
夕焼け空がとてもきれいで、いつまでもこうしていたい気分だった。
ふと、何かに気付いたかのように、『あっそうそう』とタカシが言った。何だろうと思っていたら、タカシは右手に持っていた、私がプレゼントしたチョコレートをおもむろに取り出した。
「なあ、アケミからもらったこのチョコ、今食べていいか?」
タカシが一生懸命直した、ハートチョコ……一度は壊れてしまったけれど、きちんとハートの形に戻ってる。
断る理由もなく、早くタカシに食べてほしかったから、こくっとうなずいた。
「アケミ、一緒に食べよっか?」
うんうんとうなずいて、タカシからチョコのかけらをもらった。
ぼろぼろでつぎはぎだらけのハートだけど、ハートはハート。一緒に食べたチョコレートは、とっても甘かった。
翌日。晴れてタカシと付き合えることになった私は、うきうきとした気分で学校に向かっていた。
まだ、恥ずかしくて手をつなぐとか腕をつなぐなんて、緊張して全然できないけど、ただの幼馴染から、恋人同士になれたってだけでも、心は弾んでいる。
最後にはき、き、き、キスとか……。
「も、もお! 私の馬鹿! な、何考えてるの!」
「……どした? アケミ」
あああ! 気持ちが口から出てきちゃってた。なな、何とかごまかさないと。
「な、なんでもないなんでもない! そ、それより! タカシってあの時すっごくタイミングよく現れたよね? ほ、ほらあそこの河川敷で私を見つけたとき」
「そりゃ、1時間くらい前にはもう、アケミの事見つけてたしなあ」
「……は? 何それ」
なんだかありえない言葉を聞いた気がする。はぁはぁと息を切らして、今やっと見つけました、という顔をしていたというのに……それが実は嘘だったと?
「あのタイミングが一番かっこいいかと思って。ナイスだろ?」
「……ち、ちなみにどのあたりから聞いてたの?」
「えっと……『はぁあ……何でこんなことになってるんだろ』ってところからだな」
タカシってば、最初っから見つけてたの!? 私の独り言がすべて、タカシに聞かれてたなんて……。
右手をあごに当てて、にやりと笑うタカシを見ると、だんだん腹が立ってきた。私があの時間、どれだけ悲しんでたと思ってるのよ。
「……このバカ! タカシなんて大っ嫌いなんだから!」
……でも、大好きだから。私は心の中でこっそりとつぶやいた。
お読みいただき、ありがとうございました。