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第五話 「高校入学と高校野球」

 主人公ハルトがプロ野球選手を夢見てソフトボールから軟式~硬式野球へと取り組み、活躍してプロ野球選手となる物語。しかし、プロ野球選手として全盛期の時期に病に倒れ、プロ野球選手としては選手生命を絶たれてしまう。

 だが、いつも寄り添ってくれる妻ナミがハルトを支え、苦悩を一緒に乗り越え、プロ野球選手ではなく、指導者として歩み続けて行き、プロ野球選手を育てるという新たな目標に向かって走りだす。

 ナミは今度のマンションはどの辺になるのか興味はあったが、「金持ちの家は凄い事するよなあ」といつも驚いていた。

 今度の高校の制服はブレザーにスラックスなのでサイズ合わせに洋服店へ先生の奥さんと出掛けていた。

 おかんは仕事の都合で来れないらしい。

 俺はブレザー何て初めてで何かしっくりこなかったが、サイズを調整してもらい、動きやすいように仕上げて貰った。

 洋服店の方に「走ったりするので動きやすいのがいいです」と張り切って言うと困った感じだった。

 奥さんは笑っていたが俺には笑い事ではなかった。

 服は明後日仕上がり、試着して良ければ貰って帰って来るつもりだ。

 鞄はおかんからリュックを買って貰い、俺は基本走るので、走ってもいいようにした。

 靴は基本ローファーとしてるが、部活が体育会系の生徒はスニーカーでもいい事になっていて、何故かナミが買う事になっていた。

 「俺にはスポンサーが着いている」と調子に乗って勝手に思い込んでいた。

 野球のグラブはきれいに手入れをしていたが革の強度が弱くなっていて監督やコーチに相談したが修復できないと話していた。

 硬式用は五~八万円位するし、簡単に買える物では無い事は承知の上だ。

 俺は「道具じゃない技術だ!」と思い込んでジッと我慢して使っていた。

 何か変な予感が・・・。「俺の心が透けて見えるのかコイツは?」と思う程、ナミは「高校野球だから新しいグラブ買おうよ」と言い始めた。

 ラッキーなのかアンラッキーなのかわからないけど、俺のスポンサーだからそうした方が無難だ。

 四月二日にナミの引越先のマンションに呼ばれた。高校と大石先生宅の中間当たりで駅が目の前だったし、十六階建の角で広いバルコニーが付いている部屋だった。

 「相変わらず凄い所に住む奴だ」とナミを羨ましがる俺だ。

 二LDKで七十六平米は一人で使う部屋ではないと思った。

 何かテレビが前のよりかなりデカくなっていたし、凄いソファがあってゲームチェアの凄い奴が三脚もあった。全てが圧倒され俺には別世界であった。

 「ハル、学校帰りの勉強はここでやるからネ」とほぼ強制的だ。

 俺は素直に「うん、わかった」と言うしかない。


 その後、スポーツ店に行き、硬式用の内野グラブを見てどれか一個を決めてナミがブラックのクレカで支払うのだ。

 店員さんが「型はつけてありますが何かあれば持って来ていただければ修正しますよ」と言ってくれた。

 ナミに「いつも有難う、まさかグラブがこんなに高いとは思わなかったし、申し訳ないよ」と言うと「いいの、いいの。先行投資だから」と訳のわからない事をいうのだ。

 このグラブの金額は八万円を越えていた。

 「ヤバッ、試合でエラー何かできないよー」と思えてきた。


 BC高校の入学式を迎えた。

 おかんと大石先生の奥さんが入学式に来てくれた。

 ナミの所は母が来ていたようで、式が終わってから初めてお目にかかり、お互い挨拶をした。ナミの母は「ナミから話しは聞いております。お節介が過ぎていないですか?いつも仲良くしていただき、有難うございます」と言われ、「凄く腰の低い人だね」とおかんと奥さんは話しており、おかんは「いつも息子に勉強を教えていただいて、その他にも色々お世話になり、申し訳ありません、有難うございます」と言っていた。

 挨拶を終え、お互い別れて帰宅した。

 おかんは大石先生宅に寄り、おかんは奥さんと少し話しをし、昼飯を一緒に済ませるとおかんが「ハル、高校生になったらスマホいるかい?兄いにも高一の時に買ってあげたけど」と言うのだ。俺は正直にナミからスマホを中学二年の時から今まで借りて使っていると話すと「必要なら人のを借りずにきちんと欲しいと言いなさい」と怒られてしまった。

 当然ではあるが、おとんやおかんにこれ以上負担を掛けるのはイヤだった。

 すると先生の奥さんが「ナミさんから借りているのは初めて知ったけど、多分ナミさんがハルト君との連絡方法のために持たせたと思いますよ、ハルト君はナミさんに断れなくて使ってたんでしょう、もう高校生だし自分の物を買ってもらってこれはナミさんに返したら」と話してくれた。

 おかんはそれを聞くと「ずーとそのまま借りるのは良くないからナミさんに返しなさい。ハルに新しいスマホを買ってあげるよ、その代わり安いやつだよ」と言っていた。

 その後、おかんとスマホを買いに行き、俺のスマホが手に入った。

 「おかん、有難う」と言うと「ナミさんに早く返しなよ」と言っておかんは家に帰って行った。

 俺は先生宅に戻り、買ったばかりのスマホを奥さんに見せ、携帯番号を教え、メール等の設定を一緒にやっていた。

 その後、ナミに連絡し「俺、スマホ買ってもらったから借りているスマホ返すよ」と話して明日、学校で返す事にした。

 翌日、学校でナミに借りていたスマホと充電器を返し、新しい携帯番号とメールの設定をしていた。今日は野球部へ入部の挨拶をして、部長先生や監督・コーチ・マネージャーとの打ち合わせをしてから帰宅する予定だ。

 ここの野球部は水・土・日曜日は練習が無く、対外試合がある時は土・日曜日と話していた。

 大石先生は「昔は練習に休み等無かった」と話していたが、野球部の部長先生(二年の担任)は時代が変わり「身体を休める事も大事だ」と話していた。

 この事を大石先生や奥さん、ナミにも伝えた。

 ナミは早速、「水曜日は授業が終わったら一緒に勉強しよう」と話していたので、俺もそうしてもらうと助かると思った。

 しかし、土日もナミからの誘いがあり、色々な所に出掛けるようになった。

 俺は高校生になって小遣いは少し増えたがナミがほとんど支払ってくれるので、俺の小遣いは使う事も無く、銀行の預金口座に増えるばかりだ。

 おかんに理由は話していないため毎月小遣いを入金してくれた。


 野球部の練習を木曜日から本格的に行うのだが、ほとんどの部員は地元出身者はいなかったし、野球推薦の部員は全部員の三分の二を締めていた。

 俺は実家が同じ県内だが二十キロ程離れた町の出身なので下宿して通っているが、寮生活の部員は闘争心が凄い気がしていた。

 寮生活の部員は実家が遠い人が多いため、長期の休みでもない限り帰らないと話していた。

 また、部員構成は三年生が十六名、二年生が二十二名、一年生が二十六名の合計六十四名であり、マネージャー二名、スコアラー一名、監督とコーチ二名、部長先生となっている。

 ちなみに監督とコーチ二名は大石先生の教え子だと話していた。

 野球部は県内でも強豪校で知られていて、甲子園出場は春十一回、夏十八回で最高はベスト四が八回との事だ。

 このような実績もあり、プロ野球へ行った方も二十名以上との事で大石先生も期待している高校だ。


 練習は十五時~十八時まで行い、今は守備練習がメインで汗を流し、土で真っ黒になるため、練習後には校舎にあるシャワーを浴びてから駅まで走り、電車に乗り先生宅の最寄り駅で降り走って帰っていた。

 せっかくおとんから自転車を買ってもらったがほとんど乗っていないので、大石先生が良く乗っていた。

 水曜日の帰りはナミのマンションへ行き、十七時頃まで勉強して先生宅に帰っていた。

 雨の日はナミがタクシーで送ってくれるので助かっていた。

 高校での野球の練習は足腰を鍛え、持久力スタミナ勝負なのだ。

 監督は常々言う事がある「ここでレギュラーを勝ち取るには怪我が少なく、長期戦でも耐えられるスタミナが無い奴は難しい。千本ノックにも耐えられる肉体こそがレギュラーとなり、その先への道が開ける!」と良く話していた。

 さすがに千本ノックは実際には無いが、今のレギュラー陣は確かに凄い。

 三年生のある先輩は「練習した結果に嘘は無い」と話していて、居残り練習をしていた。

 俺はそういう事を聞くと居残り練習はできないが電車に乗る駅を変更し、少しでも長い距離を走ろうと思い、雨の日を除いて、走る距離を伸ばしていた。

 するとナミに「今ある定期券を解約した方がいいよ、もったいないから」と言われ、言われるまで全然気づかなかった。

 定期券代ははおかんがお金を出してくれていたのでナミの言う通りすぐにでも解約し新しい定期券に替えた。


 五月になると対外試合が何回か組まれていて、土・日曜日のどちらかで遠征して練習試合をしていた。

 夏の県大会に向けての実践練習みたいな感じだ。

 大型バス一台とマイクロバス二台で対外試合は移動していた。

 ちなみにナミの父はこの高校にスポーツ活動費として寄付金を納めているとコーチから聞いていた。金額はどうであれ「本当にナミの両親は凄げ~な」と思っていた。

 六月になるとテスト期間であっても野球練習を休む事が無く、一時間程度練習時間が短くなる程度だった。そんな中でも時間を作ってナミとの勉強は続けていた。

 

 テスト後はナミの所で自己採点と復習をして帰宅していた。

 二日間のテストが終わり、ナミの所で自己採点した後はゲームを時間が許す限りしていた。テストの自己採点では中学の頃に比べてかなり悪かった。

 しかし、クラス三十五人中二十番位なら良い方だと思っていた。

 「また、明後日から野球漬けだ」と思いながら帰宅した。

 

 もうすぐ、夏の甲子園に向けての県大会が始まる。

 大会前最後の練習試合があり、レギュラー以外でも守備や代打で試合に出場させると監督は話していた。

 ベンチ入り二十人中に俺も入っていて、守備ショートを七回に使ってもらった。ナミに買ってもらったグラブを手に二打席の打球を処理した。

 打席には立たず、高校生になって初めての試合でテンションは上がっていた。


 県大会が始まると平日での試合が多く、学校へは朝と夕方だけ行くようになっていた。

 一回戦は俺の出番は無かったが、チームは三・二年生中心で快勝だった。

 二回戦も一回戦と同じように二年生が出場し、一年生では俺ともう一人ピッチャーが守備に着く事になり、興奮して守備に着いていた。

 ピッチャーの彼は打たれたが、いい経験になったと思う。

 俺は守備もいいけど打席にも立ちたいと焦る気持ちを抑えていた。

 二回戦は大差で快勝し、次の三回戦は土曜日との事だ。

 三回戦は途中から雨が降ったり止んだりでグランドのコンディションは良くなかったが、何とか僅差で勝利する事ができた。

 大石先生や中学の野球チームだった監督やコーチが見に来ていた。

 準々決勝は平日で曇り空で蒸し暑く、体力を消耗しそうな中、試合を続けていた。

 この試合は接戦だったが、レギュラー以外の出場もあり、俺にも六回裏代打が廻って来た。

 一アウト二塁で相手チームのピッチャーは変化球攻めで俺はカットばかりしていたが、カウント三・二でカーブを左中間に運び二塁打で一点が入った。

 初打席初安打初打点となり、次の回はショートの守備に着き、気分は最高潮になった。

 試合は五対三で二点リードで九回表、リリーフピッチャーが踏ん張り何とか勝利した。

 明後日は平日の準決勝となり、試合には全校生徒が応援に来ると話していた。

 学校に戻るとナミを始め、クラスの皆が祝福してくれ、最高の気分なのだ。

 学校を出て駅まで走ると同じ高校の二年生や三年生の女子が俺を見て「明後日も頑張ってネ」と応援してくれた。

 「何か有名になった?」と浮かれ気味になっていると後ろからナミが声を掛けて来た。「少し浮かれていたでしょ?」と言われてしまった。

 一緒の電車でナミのマンションまで行き、ジュースを呑んでゲームをしてタクシーで大石先生宅まで帰った。

 先生は帰宅されており、俺を見て「今日はお疲れさん、ナイスバッティングだったよ」と励ましてくれ、「明後日のチームは優勝候補との噂だ」と話していた。

 俺は出場できるかわからないので、守備でも打席でも出場出来たら精一杯やるしかないと思っていた。

 すると奥さんから「失敗を恐れず、ハルト君らしさを出せばいいのよ」と言ってくれた。いつもこんなに良くしてくれて励ましてくれて本当に感謝しかなかった。


 準決勝の日は朝から雨になり、試合は延期となった。

 今日は普段の授業で放課後、野球部の部長先生がアナウンスで大会議室に集合との事だ。

 野球部全員が集まり、部長先生から明日も雨の予報で、もしかしたら準決勝はドーム球場を使うかもしれないと話していた。

 それはそれで凄い事と皆興奮していた。

 しばらく雨の予報との事で、明日ドーム球場での準決勝と決まった。

 練習も室内練習場が使える事になり、気分はプロ選手のような感じだ。

 準決勝当日、全校生徒はバス三台でドーム球場へ向かい、一塁側スタンドに陣取っていた。前列に吹奏楽部や応援団が並び本格的な応援をするようだ。

 試合前にストレッチやキャッチボール、守備と打撃練習をレギュラー陣を中心に行い、俺達補欠メンバーは見守っていた。

 試合が始まり、俺の高校は先攻なのだ。 

 相手チームの先発ピッチャーは立ち上がりが良く、三者凡退に終わった。

 一回裏、こちらも先発ピッチャーの変化球が冴えわたり三者凡退と両チーム投手戦かと思われたのだ。六回裏が終わり0対0だ。

 七回表に二連打で一・二塁の絶好のチャンスが廻って来て三番、四番のフォアボールとヒットで一点を返した。ノーアウト満塁。五番は三振で六番は内野ゴロとなり、ツーアウトで七番の所で監督が「ハル、行け」といきなり俺に廻って来た。「俺ッスか?」と驚きながらもヘルメットをかぶり、両手に穴の開きそうなバッテグロを付け、金属バットのグリップに滑り止めスプレーを掛け、五・六回素振りをして打席に入った。

 「ドームでの打席か?悪くないな」と興奮し初球が少し暴投気味に来た。

 二球目の外角低めを見逃し、二ボールで三球目を三遊間に打ち返し二点タイムリーの二塁打となった。二塁上で思い切り右手を上げガッツポーズした。 

 「気分、最高!」と俺は興奮していた。

 しかし、後続が続かず三対0で七回裏となり、俺はショートの守備にも着いた。

 人工芝のグランドは初めてでイレギュラーは無いが打球が早いような気がした。「いつもより少し早めに動いた方がいいな」と思い、打球の行方を良く見ながらワンテンポ早めに動きたかった。

 しかし、打球は一回来ただけだ。

 八回表は三者凡退となり、八回裏相手チームの攻撃となる。相手チームは内野にバント等の小技を使って内野のエラーを誘い塁に出る作戦を取ってきた。

 「そうはさせない」と俺はピッチャーの辺りまでダッシュしゴロを捌いてアウトにすると今度はヒッティングで内野の頭の上を狙われるようになり、前へ後ろへと攻められ、一・二塁となった。

 ピッチャーを中心にマウンドを囲み、ツーアウトで低めを攻めるピッチングをキャッチャーはサインを出し、内野ゴロを狙っていた。

 しかし、ピッチャーのコントロールが定まらず、レフト前ヒットを許し一点を返され、監督はピッチャーを交代し、この回は何とか一点に抑えた。

 最終回、俺達の攻撃で二番からだ。

 しかし、四番のヒットのみで0点のまま、最終回裏相手チームの攻撃だ。

 三対一で俺達は二点リードだが、安心はできない。気合を入れ守備に着き、いきなり俺の前に球が飛んでくる。ナミに買ってもらったグラブはどんな球でもグラブに吸い込んでくれ、アウトカウントを稼いでくれた。

 ツーアウトで最後の打者はライトオーバーのツーベースとなったが次の打者の球が俺の所に飛んできてしっかりとアウトにした。

 スリーアウトのゲームセットで勝利し、明日は決勝戦となった。

 皆ベンチに戻り抱き合いながら喜びを分かち合い、スタンドからは凄い声援が聞こえたのだ。一年生の俺は背中・両腕にいっぱいの荷物を持ちベンチを後にし、バスに乗り込む際に先輩達から「ハル!ハル君!」と声を掛けられ、何か夢のようだ。

 学校に戻り、大会議室でミーティングを終え、各自シャワーを浴び、着替えて、俺はユニフォームを部室の洗濯機に入れ、教室に入って行った。するとクラスの皆が「ハル!おめでとう!」と俺の身体をバシバシ叩いて手荒い祝福をされた。

 その後、授業にはならないのだが、テストの結果や成績表が貼られ、通知が渡された。

 ナミはクラスでダントツの一位、俺は通知を見ると三十五人中二十六位なのだ。これは俺も納得だし、ナミも「しょうがないよ」と言っていた。

 授業が早めに終わり、洗ったユニフォームをマネージャーやナミとナミの友達と干してから帰宅した。

 明日は決勝だが、学校を出る際にナミに拉致されマンションへ行き、一緒にゲームをしていた。おやつを食べながらコーヒー牛乳を呑み楽しんでいた。

 大石先生宅に帰宅し、ナミのマンションに寄ってゲームをして来た事や今日の試合の事を先生と奥さんに話していた。

 先生は息子さんの事を思い出し、俺を息子さんと重ねていたようで、あまり言葉が少なかった。その分、奥さんの話しは止まらずあれやこれやと話してきた。

 晩飯を済ませ、シャワーを浴び、早めに寝る事にした。

 翌朝、目覚まし時計でやっと起きて、疲れは無いがまだまだ寝れる感じだ。

 朝飯を済ませ、学校に行き、野球用具をチェックし、ユニフォームをテーブルに並べ、バスへ荷物を運び入れた。

 教室に入り、ホームルームだけ参加し、チームの皆と球場へ行った。

 今日も雨が降っていて、午後には雨は止むらしいが試合は昨日と同じドーム球場で行われる。バスから荷物を降ろし、ベンチへと運び入れ、ミーティング後にストレッチと軽く守備練習と打撃練習が行った。

 その後、軽めの昼飯を済ませて、監督・コーチからスタメンの発表と注意事項等の話しがあった。

 また、監督から途中出場予定選手も発表され、俺の名前が呼ばれた。

 ベンチで先輩達と話していた時、ふと自分の足元を見た時、右足のスパイクはかなり痛んでいた。「試合が終わったら貯金で新しいスパイクを買おう」と思っていた。

 球場のスタンドには両校の生徒達が応援のために入って来ていた。

 決勝戦の試合が始まり、俺達は先攻で緊張感が半端なかった。

 両チームの先発ピッチャーは立ち上がりから制球が良く、なかなか塁には出ても点が入らず、あっという間に五回裏が終わった。

 ヒット数は両チーム五本ずつで全く互角で試合は進んでいた。

 六回表、俺達のチームは三番のフォアボールから四番のセンター前ヒットと五番のライト前ヒットで一点を入れた。続く七番がフォアボールでノーアウト満塁となり、八番の所で監督に「ハル、行け!」と言われた。

 相手チームはピッチャーが交替になり、左ピッチャーだ。

 初球は大きくそれ、二球目の内角をファールにし、三球目のストレートをライトフライだったが一点が入った。ワンアウト一・二塁で九番にはまたも代打で二年の先輩が打席に入り、センターフライとなり、一塁・三塁となるが一番が内野ゴロとなった。

 六回裏は三者凡退で一対0のまま、七回表となるが、二・三・四番から快音が聞けず、七回裏となった。ここが本日の山場だった。

 相手チームはここぞとばかりヒットの連打であっという間に三点を入れ、ダメ押しで五番のツーランホームランが飛び出し、この回一挙五点を入れ、これが今日の試合を決めたのだ。五対一で俺達のチームは負けてしまった。

 試合が終わり、表彰式も終わり、観客席からの声援もあり、ベンチに戻ると、ベンチで悔しがる選手を監督とコーチが労い荷物を持ってバスへと移動した。

 俺自身は全く悔しくなかったし、逆にここまで試合に参加出来た事が嬉しかった。監督とコーチを始め、大石先生や奥さんやナミや両親に感謝しかなかった。皆バスに乗り込み、俺は「腹が減った」と呟くと静まり返った雰囲気が笑いへと変わっていた。「ハル、今日は○〇で食事会があるからもう少しの辛抱だ」と部長先生から言われ、皆の笑いを誘っていた。

 学校に到着し、バスから荷物を部室へ運び俺はユニフォームを洗濯し、他の一年と一緒にバットとヘルメットを磨いていた。

 自分のバックから着替えを出し、先輩達の後にシャワーを浴び、着替えてからユニフォームを干して自分のバックを持ち、バスに乗って食事会の会場へと向かった。

 会場には俺達の他に校長を始め、高校の関係者・監督・コーチが並び、高校野球夏の大会の食事会が始まった。

 俺達野球部員はテーブルが別にあり、食い物の山なのだ。片っ端から喰いまくり、高校の関係者のテーブルからも食い物が運ばれて来るほどだ。

 俺達野球部員は腹パンになり、マイクロバスを使ってそれぞれ帰宅するのだ。

 高校の関係者方は酒も入り賑やかになっていて、俺はバスに乗ろうとした時、監督と大石先生と眼鏡を掛けたスーツ姿の方が俺の方にやって来た。

 大石先生が「お疲れさん、良く頑張ったな。紹介しよう、この方がこの高校の野球部の支援をしてくださっているナミさんのお父さんだ」と話していた。

 俺は声を震わせ「初めまして、いつもナミさんにはお世話になっている、ハルトです」と挨拶をすると「君ですか、ナミから聞いています。我がまま娘とお付き合いしてくれて有難う」と言うのだ。

 ナミのお父さんは宴会の方に行き、俺はマイクロバスに乗って先生宅へ帰って行った。

 バスの中で、ナミの両親に会った事で俺の存在がわかって貰えたと思っていた。 

 先生宅に帰宅し、奥さんに今日の事を話し食事会の会場で先生に会い、ナミのお父さんと挨拶をした事も話していた。

 その時、試合が終わってからナミに会っていなかった事を思い出し、スマホを取り出すとナミからの着信やメールが届いていた。

 「ヤバい」となり、早速電話をして言い訳をしていた。

 ナミは凄く怒っていたけど、話しているうちに穏やかになり「ナミの父さんが食事会の会場に大石先生と来ていて挨拶したよ」と話すと「そうなんだ?うちは高校に支援金を出しているからじゃない」と話していたし、大石先生も「高校の野球部の支援をしてくださっている」と話していた。

 するとナミは「試合も終わったし、明日明後日休みで練習も無いでしょ?私に付き合いなさいよ」と言うのだ。俺は「いいけどちょっと買い物したいのがあるんだ」と言うと「何買うの?」と言うので「あッ!言ってしまった」となった。


 翌日、電車に乗ってナミのマンションに行くとナミの実家に寄ってから買い物に行くと言うのでタクシーに一緒に乗ったのだ。

 実家に到着すると俺はタクシーで待っていてナミがナミの兄と一緒にタクシーの所まで来たのだ。ナミは「私のお兄ちゃん」と紹介すると俺はタクシーから降り「初めまして、ハルトと言います、ナミさんにはお世話になっています」と挨拶をすると「ナミから話しは聞いていました。野球が上手いようでこれからも頑張ってください」と言われ、何か恥ずかしくなり照れていると「何照れてるのよ」とナミからツッコまれた。

 ナミのお兄さんは笑って俺達を見送ってくれた。俺はナミに「ナミの家族は皆優しい感じだネ」と言うと「人前ではネ」と怖い事を言うのだ。これ以上、突っ込んだ話しをしてはいけない感じだ。

 するとナミから「今日何買うのよ?」と言われ、「あッ!運転手さん、ATM寄って貰っていいですか?」と言うとナミは「何言ってんのよ、早く今日買う物言いなさいよ」と言うので運転手さんは困っていて、俺は「そこに止めてくれませんか」と言って車を止めて貰い、走ってATMでお金を引き出した。

 タクシーに戻り、ナミは「○〇百貨店までお願いネ」と運転手さんに言い、そこで降りた。ナミはしつこく「何買うの?」と言うので「俺のスパイク、もう買い替え時だから今日買おうと思ってお金引き出して来た」と言うとナミは「私が買うに決まってるじゃん」と訳の分からん事を言い出した。

 俺は「いつもナミから買ってもらうとおかんやおとんに説明つかないよ」と言うと「私が好きで買っているんだからいいの」と突っぱねるのだ。

 「イヤ~、それ説明になってないぞ」と言うが、ナミは相変わらず言う事を聞いてくれないのだ。

 百貨店はナミが買いたい物があるらしく、俺は一緒に着いて廻り、荷物持ちなのだが、ナミは買い物を終えると「ハルのスパイク買いに行こう、この前グラブ買った所?」と言われ「うん」と言うとタクシーを呼び、二人でスポーツショップへ向かった。

 店員さんは俺達の事を覚えていて、俺が「スパイク欲しいんですけど」と言うと五・六足程持って来れて履き比べていた。

 俺は値段も見ながら選ぶが、横に居るナミは「履いていて一番良かったのはどれ?」と言うので「これだけどちょっと値段が」と呟くとナミは「これください」と店員さんに言って袋に入れて貰い、バッテグロも二組手に取り「ハル、手のサイズこれだっけ?」と言って店員さんに「これも一緒にお願いします」と例の凄いクレカを出して支払っていた。

 定員さんがスパイクシューズの手入れ用クリームをサービスで袋に入れてくれて「有難う」と言いショップを出た。

 俺はナミに「悪いよ、いつもこんなにしてもらって」と言うのだが、ナミは「ノープロブレム」と軽く言うだけだ。

 帰り道、カフェで昼飯をおごって貰い、ナミは行きつけのショップで服を見て買っていた。帰りはタクシーを呼び、ナミのマンションへ行った。

 いっぱいの荷物をナミの部屋に運び入れ、「これはハルに、これは大石先生の奥さんに」と買い物したものを分けていた。

 俺はスパイクシューズを袋から取り出し、もう一度履いてみると足に馴染む感じが良かった。ナミは「それで良かったでしょ」と言い、「うん、これ最高にいいよ」と言うとナミは満面の笑みだ。

 その後、ジュースを呑みながらゲームをしていたら俺はいつの間にか居眠りをして、野球の試合で疲れていた事もあり、昼飯も喰って眠くなっていた。

 どれくらい寝ただろう、起きて時計を見ると十六時で二時間くらいは寝ていた。

 起きるとナミはテーブルで何かを書いていた。起きてのぞき見するとナミは自分の将来の予想図を描いていた。その図には俺の名前があり、俺はナミと結婚しているように書いてあった。驚いて自分の目を疑うが、ナミは初めて自分の思いを俺にぶつけて来た。

 「私は将来、ハルと結婚したいと思っている。まだ、高一だけど私はそう決めている」と言うのだ。そしてナミから「好きだよ、中一の時からずっと好きだったよ」と告白され俺は『このタイミングで告られても困るが、断る理由も無いし、今までの事を考えたら「よろしくお願いします」としかいいようが無い』とナミの告白を受け入れた。

 これが結婚を前提と意識して付き合う始まりだった。

 俺の気持ちは揺れていたが、こんなに良くしてくれて俺は恵まれている事に感謝し、ナミと共に人生を歩もうと考えていた。

 高校一年の七月だが、両親にも大石先生・奥さんにもこの事を告げても「何言ってるの」となるのは目に見えていたので、ナミと俺の中でお互い高校を卒業してから両親やお世話になった方々に話そうと考えていたし、健全なお付き合いをするとお互い誓った。

 この事がナミの将来の予想図に今日の日付けで書いていた。

 思い返してみると中学入学から今までの生活でいつもナミに先導され、勉強面ではナミの影響は大きく、これからもっと良きパートナーだと思うし、ナミの存在は欠かせないと確信していた。


 高校は夏休みに入り、ナミは家族と二週間の海外旅行へ出掛け、俺は実家に二週間程行き、おとん、おかん、兄いと過ごし、その他は野球の練習をしていた。

 俺の身体は筋力が付いたのか体重が五キロ程増え、今まで以上に引き締まった身体になったと兄いに言われた。

 兄いは大学受験を目指し、勉強一本に集中していたが、俺と話していると今まで無い位俺をイジり出すのだ。ナミの話しをおかんから聞いた事もあり、俺をイジらずにはいられなかったようだ。

 俺はこれが本来の兄いだと思っていた。

 おとんは休みになれば相変わらず呑んべえになり、俺が実家に居る時は迎えに行き、おぶって帰って来た。

 夏休みも後半になると大石先生宅に戻り、宿題と野球の練習に明け暮れ、ナミが旅行から帰ってくると一緒に勉強したり、ゲームをしたりしていた。


 夏休みも終わる頃、野球部は新チームを編成すると監督が話していて、休み明け最初の練習後に発表するようだ。

 部員は三年生が抜けても四十六人いる中でレギュラーや二十人枠に入るのは大変な事なのだ。

 夏休みが終わり、リュックを担ぎ新しいスニーカー(ナミに内緒で購入)を履いて学校に出掛けた。

 久しぶりの授業で集中できなかったが、特選(特別推薦)の生徒でも成績が高校の基準以下なら進級できないと担任の先生から言われ、俺を含めた特選の生徒はフリーズしてしまった。

 また、授業料免除も無くなってしまうとあると話していたので、「これはヤバい、親に負担を掛ける」と思い、当然の事だがそれなりに勉強をしなくてはならない。

 この話しを聞いたナミは「ハル、部活もいいけど勉強もしようネ」となった。

 野球で調子に乗ると勉強しなくなる俺の癖をナミは知っていた。

 ナミは毎週の勉強スケジュールを厳しくしたいと話していた。

 野球の練習の無い日(水曜日と土日)は予定(用事等)が無い限り、ナミと一緒に勉強をするが基本となっていた。

 部活の練習が終わると監督から秋の大会に向けたレギュラー九名と控え(補欠)メンバー十一名が発表された。

 まずはファースト○〇、セカンド○〇、サード○〇、ショート・ハル、レフト〇〇・・・・。 「俺、呼ばれた?」と耳を疑い、コーチは「ハル、頼むぞ!」と言われ、「マジか?」となった。

 一年生のレギュラーは俺だけだが控えには五名程入っていた。

 部活が終わり、走って駅に行くとナミからメールの着信があった。

 「帰り、マンションに寄ってネ、お土産渡すから」と書いてあった。

 ナミのマンションに行くと何やらいっぱいの袋が置いてあり「これ全部持ってってネハルの実家の分もあるから」と言うのだが、「いつもこんなに悪いよ」と言ってもナミは「ノープロブレム」と言うだけだ。

 ナミに「いつも有難う、両親にもよろしく」と言うとナミは「ハイ、ハイ、わかりました」となった。

 まあ、いつもの事だが、せっかくナミに会ったのだから野球部の新チームで俺がショートのレギュラーになった事を報告するとナミは「凄いじゃん、やったネ」と喜んでくれるのだ。それに加え「秋の大会終わったらテストがあるから今度は二十位以内を目指そうネ」と言うのだ。

 その後、タクシーを呼んで貰い、いっぱいの荷物を持って大石先生宅に帰宅した。

 水曜日はナミと一緒に帰り、ナミのマンションで久しぶりに勉強していた。

 理数系からわからない所を一つずつ教えて貰い、理解するように何回も反復していた。

 覚えるまで時間は掛かるが、ナミは根気強く教えてくれ、感謝しかなかった。

 勉強に集中していて、腹の虫が時間を教えてくれた。

 「腹減った、帰ろ!」

 土曜日は部活があり、終わってからナミの所で勉強をし、翌日の日曜日も朝から夕方まで勉強していた。


 九月下旬には秋の大会があり、初戦から先発出場していた。

 俺は守備には自信があり、課題は安定した打撃なのだ。

 周囲は「ハルはいい所で打つよ」と言うが俺は代打でたまたま打てたとしか思っていなかった。

 レギュラーで三・四打席連続して安定して打てるか不安になっていた。

 中学の時とはレベルが違うし、この大会で俺の打撃はどうなのか、問われるのは確かだ。まぐれはそう長くは続かない。

 一回戦は先攻で俺は六番ショートだ。

 一回の表・裏は両チーム三者凡退で二回表に俺に廻って来た。四番が三振で五番はヒットで出塁し、俺はライトフライ、七番がヒットで一・二塁となるが八番が三振でスリーアウトとなった。

 四回裏に二点が入り、五回表は四番がセンターオーバーの二塁打で、五番がフォアボールとなり、一・二塁となり、俺は初球を左中間にツーベースヒットで一点を返し、七番がライト線ギリギリのツーべースヒットで二点が入り三対二と逆転となった。

 七回裏に二点が入り、三対四と逆転され、八回表、五番がフォアボールで出塁し、俺は右中間へツーべースヒットで二・三塁となり七番がライトへ逆転のスリーランホームランとなり、その後も二点が追加され、八対四となった。

 その後は両チーム共に点が入らず、八対四で勝った。

 二回戦は二日後の九時半からだ。

 二回戦は後攻となり、俺は二番ショートで出場した。

 一回戦とは打順がガラリと変更になり、ピッチャーも短いイニングで系統すると話していた。初回裏俺達は一番から五番まで連続ヒットで四点を上げ、二回・三回も二点・三点と打線が爆発し、七回コールド九対0で快勝した。

 三回戦は翌日で午後からで先攻となった。

 俺は二番ショートで初回から三塁打、二打席目は二塁打、三打席目は二塁打でチームは八対二で二回戦に続き快勝した。

 準々決勝は雨で一日順延となり、土曜日午前中の試合だ。攻撃は先攻で俺は二番ショートで出場した。初回は三振で、二打席目はライト前にヒット、三打席目はレフト線へツーベースヒットでチームは六対三で勝った。

 二回戦からチームの打線は好調で準決勝にも弾みがついた。

 翌日、日曜日の準決勝は、先攻で俺は九番ショートで出場した。一打席目はフォアボール、二打席目はレフトへ犠牲フライで一点、三打席目は右中間オーバーの三塁打でチームは六対四で辛くも逃げ切った試合だ。

 明日は雨予報なので決勝は火曜日の午後からとなった。試合には全校生徒で応援するようでどうしても勝ちたかった。

 監督から「明日は身体を休め、火曜日九時には学校で軽く練習をしてから決勝に望む」と話しがあった。

 明日はナミと勉強の約束をし、今までの復習をしていた。

 県大会と地区大会が終わって約一ヶ月後にテスト(二日間)がある。

 明日、決勝戦なのに珍しく頭の中から野球は消えていた。

 勉強を十五時頃終え、ナミとゲームをして十八時に大石先生宅へ帰った。


 決勝戦当日、グランドは整備され、天気も良く気分は絶好調だ。

 監督から「基本を忘れず、普段通り、声出して行こう!」と試合が始まった。

 先攻で、俺は三番ショートで出場した。

 一番がヒットで二番がフォアボール、俺はフォアボールで四番がセンターフライで一点が入り、五番がライト前ヒットで満塁となり、六番が左中間のツーベースで二点が入り三点となり七番がセンターフライで更に一点で四点となった。初回から四点は大きかった。

 相手チームはヒットは出るが点には結び付かず、六回表が終わり六対0となった。

 六回裏にソロホームランを許すもその後点は入らず、九回表に一番から四番までの連続ヒットでダメ押しの二点を入れ、ゲームセットとなり、八対一の快勝で俺は初めて優勝を経験した。

 応援してくれた皆に俺達は整列して挨拶をすると凄い声援で胸が熱くなっていた。

 大石先生と奥さん、ナミとおとんやおかんと兄いが頭に浮かんだ。皆に感謝だ。

 表彰式も終わり、試合後のミーティングを終え、バスに乗り込み学校へ帰った。

 学校へ帰ると全校生徒・教職員が体育館に集まり、部長先生・監督・コーチ陣と俺達部員が優勝の報告と皆への感謝を監督と新キャプテンが話していた。

 校長から労いの言葉をいただき、夕方の食事会に出掛けた。

 俺達一年生は道具を片付け、ユニフォームの洗濯とバットやヘルメットをきれいに拭き、部室の掃除を終え、差し入れの飲み物を呑んで休憩していた。

 その後、野球部全員はバスに乗り、食事会場に向かい、腹パンになり帰宅した。今回の食事会には大石先生やナミのお父さんは来られていなかった。


 その後、地区大会があり、そこで優勝または準優勝すると春の選抜甲子園に出場できるらしいと部長先生は挨拶で話していた。

 俺は「地区大会とテストか?」と憂鬱になりそうだ。

 翌日、ナミと会い、テストに向けての勉強と地区大会の事を話していた。

 地区大会は他県に行き、場所によっては宿泊する事もあるので、大会前と後をできるだけ勉強する日を作ろうと話していた。

 地区大会は三日後でこの日から授業後の練習を終えてからナミと一時間でも多く勉強する事にしていた。

 地区大会が始まり、初戦はバスでの移動で宿泊する事はなかった。

 初戦は後攻で俺は二番ショートで出場し、チームは三対0で勝った。

 地区大会は全部で三試合あり三試合目が決勝だ。

 二日後、二試合目は先攻で俺は三番ショートで出場し、チームは四対三で何とか勝つ事ができた。かなりの接戦だったので、決勝は不安しかなかった。

 翌日、決勝が行われ、先攻で俺は三番ショートで出場した。

 初回表、二塁で俺に廻り、右中間へ運び一点が入り、四番がライトスタンドにツーランホームランを打つと五番がセンターオーバーのツーベースで六番・七番とフォアボールと敬遠で満塁とし、八番がセンター前へ二点タイムリーでこの回一挙五点が入り、七回裏が終わり六対二だ。

 八回表は九番からでツーベースヒットを打つと一番が送りバントで三塁へ。

 二番がフォアボールとなり、俺の番がやって来た。

 監督から「四点リードでノーアウトだからハル、思い切り振ってこい!」と言われ、初球のやや高めを打つとセンターオーバーの二塁打となり、一点が追加され、七対二となった。続く四番もライト線へツーベースヒットで更に一点が追加され、八対二となった。

 相手チームも追い上げたが、試合が終わってみれば、八対四で十年ぶりの地区優勝となった。学校からの応援はごく少数だが、気分は最高潮だ。

 表彰式を終え、道具をバスに運び、学校へと向かった。

 学校へ着くと各教室の窓から皆が声援してくれ、急遽、体育館で地区優勝の報告会となった。

 秋の大会後と同様に全校生徒・教職員が体育館に集まり、監督から皆への感謝を延べ、理事長と校長から労いの言葉をいただき、大拍手で報告会が終わった。

食事会は土曜日の十一時から某ホテルの会場で行われると案内があった。

 野球部員はシャワーを浴び、着替えてからそれぞれ教室に入り、授業を受けた。放課後の練習は無く、ナミと一緒にマンションへ行った。

 ここ一・二週間で授業を受けれなかった所をナミに教えて貰っていた。

 二時間程してから気晴らしにゲームをし、十八時には先生宅に帰宅した。

 大石先生が帰宅されていて「ハル、おめでとう。良く頑張ったな」と優勝を祝福してくれた。

 奥さんは「今日はお祝いだからいっぱい食べてネ、ハルト君良く頑張ったよ、さっきお母さんから電話あったのよ、凄く喜んでたよ」と話しており、俺は「あッ、おかんに電話してなかった」とすぐにおかんに電話して優勝の報告した。

 大石先生と奥さんに「お母さんに電話するのを忘れるなんて、ダメよ」と叱られた。

 その後、晩飯を腹パンになるまで食べ、奥さんに「美味かったッス、ご馳走様でした」と言うと奥さんは「作りがいがあるわ」と笑って話していた。

 大石先生は言葉少なかったが息子さんが果たせなかった甲子園に一歩近づいている事を喜んでいるような気がしていた。

 俺は先生を甲子園に連れて行き、甲子園で一勝でも多く勝てるように頑張りたかった。


 学校ではテスト期間に入った。

 ナミと勉強した成果が出る事を願って、じっくりと問題を解いていた。

 一科目目終了し、ナミが「どうだった?」と聞いて来るが、俺としては返す言葉が出てこなかった。

 二科目目終了し、ナミは心配そうにそばに来るが「まあまあかな?」としか言えなかった。

 三科目目が終了し、本日のテストが終わり、いつものようにナミのマンションへ行き、予想採点をしていた。

 俺は前回のテストより自己採点が良く、ナミに感謝しかなかった。

 この調子で二日目も頑張れば、「目標点数と順位は達成されるかも?」と思っていた。

 二日目の方がすんなりと解答する事ができ少し自信があった。

 もし、これで前回のテストより良ければ、野球と勉強の両立もまあまあできそうな自信になると思っていた。

 ナミと一緒に帰り、自己採点をするとやはり点数は良さそうだ。

 「ナミ、有難う!一緒に勉強してくれたおかげだよ」と言うとナミは今までに無い程喜んで俺の胸に飛び込んできた。

 「やればできるよハル、やればできる!」と二人で喜んでいた。

 翌週、テスト結果が貼りだされ、俺のクラスはナミが不動の一位、俺は通知を見ると三十五分の十八位と書いてあり、目標二十位以内が達成できた。

 「ナミ、有難う!」とナミに感謝した。

 その後、ナミが近づいて来て「今日、練習無いよネ、ちょっと付き合ってよ」と言うのだ。

 授業が終わり、ナミと一緒に帰るのだが、途中タクシーに乗り、ナミのマンションとは違う方向に行った。「どこ行くんだ」と聞くとニヤリとナミは笑い、着いた先は何とプロ野球○〇チームのチーム(スポーツ)ドクター等が居る医療機関なのだ。

 「何するの?」とナミに尋ねると「ハルの身体を見てもらい、身体のメンテナンスや治療が必要か見てもらうの、甲子園に行く前にネ」と話していた。

 俺は看護師の指示通りに着替え、MRI等の検査機器で全身を見てもらっていた。あっち行ったりこっち来たりと約二時間程の検査だった。

 検査結果は明日以降ナミに連絡があるそうで、その結果を元に今後の練習方法等が見えて来るらしい。

 俺は「何でナミがこう言う事を知ってるんだ?」と聞くとナミの二番目の兄は大学生でスポーツドクターを目指しているらしいのだ。ナミはハルの事を話すとここを勧められたそうで、一番の理由は身体のチェックとメンテナンスとスタミナが保てる身体づくりに取り組む事を推奨しているらしい。

 これはどのアスリートにも共通する事なので、早い段階から取り組んだ方が良いとの事だ。ナミは「ハルを見てもらおう」と兄に相談して今日があるようだ。「俺の身体をそこまで気にしてくれているのか」と思うと俺は絶対野球でナミに恩返ししようと思っていた。

 二人でタクシーに乗り、ナミはマンションへ俺は大石先生宅に帰った。


 数日後、ナミからこの前の医療機関から検査結果が出たと連絡が入った。

 その日に二人で医療機関を訪れ、検査結果を聞くと右足首と右肘の靭帯に腫れが見られ、治療とトレーニング方法の説明があった。

 右足首は古傷を把握しているようで、今後のトレーニング方法等で改善が見られるとの事だ。「凄いなあ」と驚くばかりだし、ナミの先見の目には驚くばかりなのだ。

 色々と指導していただき、トレーニング方法の動画も教えていただいた。

 俺は監督やコーチに気を使いながら昨日教えていただいたトレーニング方法を取り入れていた。正直、今までの筋トレよりかなりキツかったが二・三ヶ月後に身体の筋力には変化が見えて来た。

 冬休みに入り、ナミは家族と十二日間程海外旅行に行くと話しており、俺は年末年始の一週間程実家に帰っていた。

 おとんは、相変わらず休みの日は俺の話しをつまみに外で呑んでいたようだ。おとんは嬉しいだろうけど、いつもおかんや俺に「呑み過ぎじゃねえ」と言われてた。

 兄いは「おとんに言った所で変化無し」といつも言うのだ。

 実家から帰る際、兄いは「甲子園行けるようになったら俺も行きたい」と話していた。「うん、わかった、俺も小遣い出すよ」と言うと兄いは「お金じゃないよ場所と日程だよ」と話していた。

 兄いは小遣いをしっかり貯金をしているようでそれなりに貯金はあるのかもしれない。

  

 一月末、選抜高校野球の出場校が決まり、うちの高校の出場が正式に決まったと野球部長先生が校内アナウンスで話していた。

 甲子園には十年ぶりの出場になり、校内は凄い盛り上がりだ。

 ナミが「ハル、おめでとう!」と言い、何か照れくさかった。

 皆からも会う度に「おめでとう」と言ってくれた。

 授業が終わり、部活の練習を終え、おかんや兄いに電話で「甲子園に行く事が決まったよ」と言うとおかんは涙ぐんでいたのか、声が小さく、喜んでいるようだった。

 



 子供達や子供を持つ大人にも野球を好きになって欲しくて、私なりの世界観をもって描いているものです。興味を持っていただけると幸いです。


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