第6話:20:00、平坂家自宅にて
要市を南北に分断する三途川に架けられた橋を渡り、北区旧市街地へと移動する。
北区にはバケモノが少ないことを不思議に思いながらも、特に問題なく自宅まで到着する。
屍鬼となって強化された一華さんと双葉さんは、霊馬とバイクの速度に問題なくついてこれている。
レベルが高いのもあるが、素の身体能力も高いのだろう。
「ここが、おれの自宅だけど……」
「うん」
「初めてだなー。あ、舞は毎日通ってたんだっけ?」
「……う、うん」
「毎日助かってたよ。本当に」
雑談しながら家に入ろうとして、まずは先に自宅を《拠点》化して安全を確保することを優先する。
北区に来てからバケモノどもを見かけなかったから、油断していた。
E-フォンを操作して《拠点》化を選択し大量のポイントを支払うと、自宅が見えなくなった。
おれは所有者なために、見えなくてもそこに自宅があると分かるが、二人にはそうでもなかったようで、
「消えた!」
「わあ、消えちゃったね」
大層驚いていた。
「入って」
眷属たちをアイテムボックスに収納して、驚く二人を促して、自宅に入る。
一階は、リビング、キッチン、バス、トイレ、和室。
二階は、おれの部屋、両親の部屋、物置にしてる空き部屋。
一通り案内して、自室以外はどこでも好きに使っていいと言っておく。
「遅くなったけど、何か食べよう。なにがいい?」
「ラーメン?」
「ピザ?」
キッチンに移動してからE-フォンを操作して、何種類か適当にデリバリーを選択。
「好きなの選んで」
適当に選びすぎて、自分でも迷ってしまう。
三人して迷った末に、おれは焼肉弁当、東さんはサンドイッチのセット、西園さんはみそラーメンを選んでいた。
「あ、美味しい」
「ラーメンも美味しい!」
腹が減りすぎてて、弁当一つでは全然足りなかった。
「足りなかった。……ん、ピザを食べよう。みんなで」
「食べるー!」
「わ、私も」
世界が変わり、たった1日でたくさんの人が亡くなったというのに。
信じられないほど穏やかな時間が過ぎていった。
「さて、これからだけど、考えていることはある。ただ、二人の意見も聞いておこうか」
「…………あのー」
「なに? 西園さん」
「シャワー、浴びたいかなー……と」
「…………そうだな、失念してた。まず、二人にポイントを渡すよ。それで必要なものをショップで揃えて。日用品はショップにだいたいあるから。1ポイント100円くらいの計算だよ」
風呂のスイッチを入れてからE-フォンを操作して二人に10000ポイントを渡す。
100万円相当。普通なら大金だけど、最初にゴブリン倒した時に1億ポイント得ているから、今では大した出費ではない。
「えっ、こ、こんなに……?」
「必要なもの揃えていたら、あっという間になくなるでしょ」
東さんは驚いてて西園さんは固まってるけど、この家に、二人にとって必要なものはなにもない。
シャンプーやボディソープだって、お気に入りを使いたいだろうし、化粧品とかは男のおれじゃあまったく分からないし。
そんなやり取りをしていたら、風呂があっという間に沸いてチャイムが鳴った。
「西園さん、先入ってきなよ。バスタオルくらいなら……ちょっと待ってて。……はいこれ」
正直おれも《拠点》化した自宅の機能を完全に分かっているわけではない。
ただ、西園さんが風呂に入る前に、洗濯機の機能だけはチェックしておいた。
「洗濯機、洗い物入れておけば一瞬で乾燥まで終わるってさ」
「……それは……助かります……」
西園さんがなんかそわそわしてるが、今日初めてまともに会話した男の家で風呂入るとかなったら、そうなるか。たぶん。知らんけど。
正直時間が惜しいので、西園さんが風呂に入ってる最中に、東さんに今後の話をしておく。
おれは数日の間街中を移動して敵を倒して周ること。
二人はその間ここにいて、情報を集めてほしいこと。
いずれ規模の大きい拠点を用意するので、そこに移動すること。
細かいこと、気づいたことは、その都度E-フォンのチャットかメールで連絡することなど。
「それと、二人を鑑定スキルで見てみた結果、能力の適性が分かったから、書いておくよ。参考にして」
・東舞 レベル5 タイプ:人
:要市立第一高校1年A組。サイズはC。
好感度はB。(好意)
大人しく押しに弱いが責任感が強い性格。
魔法の素質がある希少な存在。
素質:水、風、光
適性:付与術師、僧侶
・西園美麗 レベル5 タイプ:人
:要市立第一高校1年A組。サイズはD。
好感度はC。(友人)
明るく奔放で他者を引っ張るが寂しがり屋な面もある。
魔法の素質がある希少な存在。
素質:火、風、光
適性:魔術師
鑑定結果のメモ書きを渡すと、東さんはなんか悲鳴を上げそうになって口をふさいだみたいになってた。
「どしたの?」
「な、なんでもないよ」
「そう?」
「うん」
E-フォンで睡眠代替薬を購入する。
正直もう使いたくないものだが、意を決して飲み干し、普段の睡眠時間の6時間と念じれば、疲労と眠気がなくなり、だるさが消え、体力が回復したのを実感できた。
・代替睡眠時間 12h/24h
「…………それ、大丈夫?」
「……正直大丈夫じゃない。でも、今動かないとまずいと思うから」
「行くの?」
「行ってくる」
「気をつけてね」
「うん。さっきの話、西園さんにも言っておいて」
「分かった」
「じゃ」
短いやり取りを繰り返して、家を出る。
やるべきこととやりたいことを頭に浮かべて、まずは南へ戻るルートを進む。
「上がったよー。……って、平坂くんは?」
「行っちゃった」
「なにそれー。せっかく、結構な覚悟決めてたのにー……」
しょんぼりしてる親友を見て、ホッとしつつもちょっと笑みがこぼれた。
「大丈夫だよ。平坂くん、全然その気なかったし」
「分かってるけど、女の子としては複雑ですよー」
ここが絶対的な安全圏と言われて、信じている自分に苦笑する。
そうであってほしいという願望も込みで、今の安全をかみしめる。
「みー、平坂くん的には、E-フォンのチャットとかで情報を集めておいてほしいみたい。あと、このメモ書き読んでおいてね。適性が書いてあるって」
「えーなになにー。サイズってこれ合ってるんだけどー」
「鑑定スキルってすごいよね。……ショップで買おうとすると、100万円相当だよ……」
「うわエグ。はー、あたし適性は魔術師かー……。正直もう戦いたくないんだけど……」
「たぶん、そういうわけにはいかないんだよね」
「だよねー」
親友との何気ないやり取りに、表情がゆるむ。
「てか、平坂くんどこいったん?」
「睡眠代替薬って書かれたヤバそうなドリンク飲んで出てったよ。…………夜通し行動するつもりかな?」
「マジか。あたしらここでのんびりしててもいいの?」
「よくはないと思うから、言われたことやろっか」
「だねー。…………罪悪感がハンパない」
美麗の声が急に真剣なものになって、ドキリとする。クラスメイトや友人知人先輩先生を置いてきたのだから、罪悪感は本当にそう。
「舞もお風呂入ってきなよ。汗流すだけでもだいぶ違うよ」
「うん」
世界が変わり、バケモノに襲われて、生徒教師問わず何人もの人が亡くなったというのに、私たちはエアコンが効いた家で、お風呂に入れるし服もあっという間に洗濯できる。
普段当たり前に享受していた幸せが、今は信じられないほどの贅沢になっている。
残してきた子たちの、なんとも言えない視線を思い出すと、胸が締め付けられる思いだった。
「上がったよ」
「おー」
ちゃんと洗いつつ早く出ることを意識して簡単に済ませてお風呂を出ると、親友はさっそく情報収集をやっているようだった。
「どう?」
「チャットがあちこちに立ち上がってて、コメント拾うだけで結構情報集められるかも」
詳しくはメモ書き見てと言われたので、見てみるとすでに結構な枚数になっていた。
「舞、悪いんだけどさ、メモを場所ごと、時系列順にまとめてくれない? チャット欄追ってくとわけ分からなくなっちゃう」
「うん、分かった」
美麗が書いたメモを見て、コメントの時間順に並べ替えてレポート用紙にまとめていく。
思ったより色んな情報が挙がっていた。
特に、開設された避難所やバケモノの情報は有用だと判断できる。
刻一刻と変化していく避難所の状況とバケモノの基本的な情報、鑑定スキルで見えた情報、上位種の情報など、避難所ごと、バケモノごと、色んな情報を集めてはまとめていく。
人探しのチャットとコメントは、特に情報が錯綜していて、必死に探している人と煽ったり既に亡くなっているとのコメントが付けられたりとで、心が痛い。
「舞、これヤバい」
「…………ウソ…………」
渡されたメモ書きは、警察署が襲撃されたことと壊滅したというもの。
襲撃者がバケモノなのか、人なのか、そこは定かではないけれど……。
ただ、警察署となれば……。
「拳銃とか、持ってるやついるかも」
「…………それは、本当にまずいよね」
「平坂くんにメール」
「う、うん」
美麗に言われるがまま、E-フォンを操作して気をつけてとメールを送る。
すぐに、ありがとうと返事が来た。
まだ、それほど時間も経っていないのに、無事だというのがすごく嬉しい。
「あのさ、舞」
「うん、なに?」
「……待ってるのって、つらいね」
「……ん、そうだね」
しばし無言で情報を集めまとめていくと、気づくこともある。
「ねえ、みー。北区の被害はほぼゼロで、西区は被害大きくて、東と南はそこまででもない感じ?」
「あ、ごめんちょっと、分かんない。でもそうかも? 今たしかに西区の被害情報ばかり拾ってる」
「西区、なんかある? ……岩戸山?」
「それどっちかっていうと、北区じゃない?」
防衛線決壊、撤退。
魔物多数、崩壊間近。
ビル屋上で防衛戦、耐えきれない。
西区でのコメントは、どれも悲惨なものばかり。
要第一高校は、強敵を平坂くんが倒してくれたからまだなんとかなっている感じだけど、どこまで保つか。
「これも……ヤバい」
「……あ……」
要市立第一中学校、ほぼ壊滅。
一部が生徒会室で引きこもっている程度。
外へ逃げた生徒は、安否不明。
助けて。
私の弟と、美麗の妹が、要第一中学校に在籍している。
心臓が、締め付けられる。
「これは安心材料」
美麗がよこしたメモ書きは、要市役所の現状を説明したもの。
多数の避難民を収容し協力して防衛に当たっていること。
生き残るために役所職員率先して武器を取り戦っていること。
備蓄している水と食料が豊富なことなど。
たしかに、安心材料ではあった。
家族がそこに避難していてくれたら、だけれども。
「あと、これは面白い」
「面白いって……あ、たしかに」
ちょっと不謹慎なことかもと思ったら、パトカーから警官が出てきて銃を乱射、バケモノに追われてる人を助けたという話。
助けられた人たちは、バス型のパトカーに詰め込まれて市役所の避難所に送り届けられたという。
この話の、面白い、という点は、この警官隊、どうやら屍鬼で構成されているのでは? という疑問が出ていること。
というのも、戦闘、救助と搬送、全部が一切無言で行われたのだという。しかも無表情で。
「ちょっと調べてみたんだけどさ、スキル《アイテムボックス》って、死んで起き上がった屍鬼の人も入れれるっぽいね」
「生徒会長含む平坂くんと一緒にいた人、この家に入る前に急にいなくなったよね」
「なんか、《ファーム》ってスキルもあるみたいでさ、アイテムボックス内でもレベルアップするみたいよ?」
「じゃあ、すごく強いんじゃないかな? その人たち」
「かもね」
平坂くんは、さっそく色々やってるみたい。
私たちも、がんばらなきゃね。
女子二人の夜は、更けていく。




