第4話:17:00、ショッピングモール掃討戦
あぁ、どうしてこうなっちゃったかなぁ。
私はただ、買い物に来ただけなのに。
周囲では、悲鳴が鳴りやまず、犠牲者が起き上がり、さらなる犠牲者を生んでいる。
控えめにいって、地獄のような光景ね。
ファンタジーな漫画や小説に出てくるような、ゴブリンとかオークとかが、突然人を襲うなんて……。
角が生えた大柄で筋肉質なアレは、オーガとかかなぁ。
入口守るのも、もう私1人だし、力尽きて倒れた人は、角の生えた犬……ううん、オオカミみたいなバケモノに引きずられていったし、ほかの入り口はどうなってるかな……。
……たぶん、もう。
ゴブリンは素手でも問題ないけど、オークはモップの柄じゃあ倒すの大変だし、そろそろこのモップも壊れそう……。
結構がんばったけど、ここまでかなあ。
スタミナが保たないからなぁ。
自分の呼吸がうるさくて音が聞こえにくいくらいだし。
戦えない人たちを見捨てて逃げればよかったのに、それができないから、こうなってるんだよねぇ。
悔しいなあ。槍があればなあ。
明朱鷺、私の相棒があればなあ。
でも、普通に銃刀法違反だし、外には持っていけないからしょうがないよね。悔しい。
お父さん、お母さん、お祖父さま、お祖母さま。
ごめんなさい。不出来な娘は先に逝きます。
双葉、三樹。
ごめんね。私はここまでだよ。
あとは、お願い。
あぁ、体が、モップが重いなぁ……。
御剣流槍術・双虎。
……やっぱり、人の身じゃあ、鬼に敵わないね……。
悔しいなぁ。でも、悲鳴なんてあげてやるものか。
人間舐めるな。
17:00
小学校を出たあと、移動しながら見つけたバケモノは足を止めずに仕留める。
並走しているのは、霊馬とかいう人魂らしきナニかが周囲を飛び回る半透明な馬に乗る若い婦警さんの屍鬼と、西部劇に出てきそうなガンマン風の男。
ガンマン風の男、いつの間にか《愛馬召喚》、《リロード》というスキルを取得していて、愛馬という名のサイドカー付きバイクに乗って並走している。
……お前ほんまなんやねん。
馬に乗って矢を射る流鏑馬やってる婦警さんとかいう時点で情報量多過ぎなのに、愛馬がバイクとかそれほんとなんなん?
スキル《拳銃》が進化して《散弾銃》とか、武器なのかスキルなのかわけわからんわ。
お前ほんまなんやねん。
口に出すのもなんか悔しくて、頭の中だけでツッコミ入れまくっていると、グッとサムズアップして進路を変えやがった。
すぐに銃声が聞こえてきたので、敵を感知して進路を変えたようだった。
あいつほんまなんやねん。
……あのガンマン屍鬼が向かった先、ショッピングモールがある……。
そして、銃声が鳴り止まない。
「進路変える。目標、要ショッピングモール」
3秒考えて、南に進路を変える。
道着姿の婦警さん屍鬼も、慣性とか無視して直角にターン決めて追いかけてくる。
進路を変え数分、ショッピングモールの大きな看板が目に入ったとき、ショッピングモールの敷地から豹のような獣に乗り槍や剣を持ったゴブリンが複数、ガンマン屍鬼に襲いかかっていた。
・ゴブリンライダー レベル11 タイプ:亜人・鬼・悪魔・妖精
:緑色の肌、長い鼻と耳、醜い顔立ちで頭に角がある小鬼。
悪食にして残虐。女性や動物の雌を攫い苗床にして増える習性を持つ。
幾多の戦闘を経て成長し、獣の背に乗り制御する術を得た上位個体。
ドロップ:小鬼の角、ランダム穀物4kg、ランダム野菜4kg、所持武器防具、騎乗の鞍、ゴブリンソード
・ライドパンサー レベル12 タイプ:獣
:騎乗用の黒豹。誇り高い孤高の獣だが、友誼を結べば背に乗れるライドモンスター。
肉食。鋭い爪と牙、強靭な顎、周囲の環境に溶け込むような毛皮が特徴的で、成人男性を乗せても速度が落ちない。
ドロップ:黒豹の尾、黒豹の毛皮、黒豹の牙、黒毛皮迷彩服、騎乗の鞍、従魔の鞭
・ガルム レベル21 タイプ:獣・火
:額に角が生えた大柄な狼。炎を吐く。
肉食。鋭い爪と牙、強靭な顎、槍のような角が武器で、口から炎を吐く。
火属性に耐性を持ち物理防御も高い。
火属性/火耐性6、物理耐性1、土属性弱点4
ドロップ:炎狼の爪、炎狼の牙、炎狼の角、炎狼の毛皮、ランダム防寒着、火爪のナイフ、炎牙の短剣、炎狼角の槍
「《死霊召喚》。いくぞ、バケモノどもは鏖殺だ」
ネクロマンサーのスキルとレベルアップにより強化された眷属たちが、ゴブリンライダーに立ち向かっていった。
『アオオォォーーン!』
戦闘開始直前、角が生えた狼が遠吠えをあげ、進路を変えた。
ゴブリンを乗せた黒豹どもはそれに従い、背に乗るゴブリンどもを振り落として角が生えた狼の後を追う。
「逃がすか」
スキル《鑑定》で見えた情報は、今この狼を見失うと面倒なことになると告げていた。
速度を上げ、追い縋り、一閃。
悲鳴すら許さずに、角狼の首をはねた。
銃弾と矢が他の黒豹を射抜けば、眷属たちの武器が振り落とされたゴブリンどもの命を終わらせていた。
「いくぞ」
足は止めず、声をかけて眷属を促す。
ショッピングモール北側入口の1つでは、あるショーが繰り広げられていた。
人間を、生きたまま、バラバラにしていく悍ましいショーが。
手足を折られ、もがれ、はらわたを引きずり出され、首をもぎ取られた女性の遺体。
その首を、戦利品のように掲げる、鬼。
周囲のゴブリンどもは血に酔い、熱狂し、嗤いながら奇声を張り上げていた。
バラバラにされた女性の、目から、血が一筋。
涙のように、地面にしたたり落ちる。
「…………てめえ、」
言葉が届くよりも先に、斧を振るう。
手が斬り落とされたことで、女性の首から手を離す鬼。
斧を手放し、女性の首を受け止める。
……その表情は、歯を食いしばって耐える、人の意地が見て取れた。
「クソが。同じ目に遭わせてやる。……いや、」
「倍返しだ。人間舐めるなよ」
知らず、女性の最後の言葉を諳んじた。
その怒りに応えるように、眷属たちは奮起してゴブリンどもに襲いかかる。
・オーガ レベル24 タイプ:鬼
:額に角が生えた大柄な鬼。
雑食。好戦的で粗暴。強靭な肉体と丈夫な表皮が鎧のようにその身を守り、怪力から繰り出される打撃は岩をも砕くが、角がなくなると力を失うとされる。
物理耐性を持ちスタミナも高い。その肉体こそが武器。
物理耐性4、精神異常弱点8
ドロップ:鬼の角、鬼の牙、鬼の血、鬼の皮、鬼の骨、鬼骨刀
鑑定で見えた内容は、ずいぶんと危険なものに見えたが……。
片腕をあっさり斬り落とされたオーガは、怯えて尻餅をついている。
「言ったろうが。倍返しだと」
背を向け、這って逃げようとするオーガの、腕を折り、足首を踏み砕き、膝を蹴り砕き、鉈の柄尻で背骨を砕き両手足を斬り落と
「……なんのマネだ?」
女性の眷属たちが、武器を捨て、しがみついていた。おれの体に。
道着姿の婦警の眷属が、それ以上はいけないとばかりに、首を横に振る。
苛立ちが、怒りが、つのる……ドンッ!
声を上げ振りほどこうとした瞬間、ガンマン眷属が散弾銃をオーガの頭に撃ち込んでいた。
ジャコ、ドン! ジャコ、ドン! ジャコ、ドン!
散弾銃の弾がなくなるまで撃ち込まれたオーガの頭は、原型を留めないほど破壊され尽くしていた。
これで怒りを鎮めろとばかりに。
「…………すぅ…………はぁ…………」
怒りなど、鎮まるわけがない。
昨日まで、なんの不安もなく、ただ幸せに暮らしていただけだというのに。
その幸せを、突然踏み躙られ奪い尽くされる理不尽を思い知ったこの身が、目の前で繰り広げられている、これ以上ないほどの理不尽を、どうして見過ごすことができようか。どうして怒りを鎮められようか。
ほんの数ヶ月前のことだ。
両親を失った理不尽を、耐え難きを耐え燃え盛る怒りを飲み込んだのは、ただ、この身に力がなかったがゆえ。
理不尽を踏み潰す力があれば、この身が力尽きようとも、クソヤクザどもを血祭りにあげていたというのに。
なんの罪咎もない、ただこの場にいただけの人が、どうしてここまでされなければいけないのか。どうして体をバラバラに引き裂かれ無惨に殺されなければならないのか。
この無念は、おれがやらずに誰が晴らしてやれるのか。
鎮まらない、鎮められない怒りを、肺に集めて呼気とともに吐き出すように、深呼吸を重ねる。
ふと、道着姿の婦警の眷属が、弓を置き弓掛を外しておれの頭を抱きしめてきた。
バケモノどもの血と屍で、屍山血河を築いても、亡くなった人は戻ってこない。
幸せに生きてきた人たちが、笑顔のまま明日へ征くことは、もうない。
この理不尽、どうしてくれようか。
歪む視界に、ハンカチが添えられる。
屍鬼となっても、なお、人の心を失わない眷属たち。
……いや、レベルアップとともに、取り戻したのだろうか。その心を、少しずつ。
なれば、前に進もう。
バケモノどもは鏖殺だ。
その血と屍で、道を築いてやろうぞ。
その先に、地獄が待っているとしても。
今のこの世界ほどの地獄では、あるまいて。
抱えたままだった女性の頭と、バラバラにされた体を集めて、スキルを行使する。
スキル《修繕》。壊れたモノを直すスキル。
人の亡骸が、モノ扱いされているようで、沸き立つ感情に、視界が歪む。
歯を食いしばり、拳を握りしめて、次のスキルを行使する。
スキル《死霊操術》。遺体や屍鬼や死霊を操るスキル。
槍術や体術を持っている名も知らぬ女性は、スキル《鑑定》の結果、強化前であるにも関わらず眷属たちの誰よりも強い。
静かに眠らせてやれるほど、余裕があるわけでもない。
使える駒は、使わせてもらう。
名工が鍛えた槍、化学繊維のツナギ状強化服に、防刃ベスト、獣型の魔物の皮で作られたしなやかで丈夫な手袋に、足音を小さくする効果のついたブーツ。
ほかの眷属たちと同じような装備をしたその女性は……。
御剣、一華。
耐え難きを耐え、燃え盛る怒りを飲み込んですごすことができたのは、コンビニバイトを始めた次の日から、毎朝ずっと声をかけてくれた人がいたからでもあって。
自暴自棄になりそうだった、綱渡りのおれの心を繋ぎとめてくれていたのは、生徒会長の御剣双葉先輩もで。
目の前にいるこの女性は、御剣双葉先輩の姉だった。
ビシ、と、ナニかにヒビが入る音が聞こえた気がした。
…………ああ、本当に。
どうして、こうなったんだろう…………。
どこまでも理不尽な、この、クソったれな世界。
怒りは、鎮まるどころか、増すばかりだ。
「…………鏖殺に、してやる…………」
爆発寸前の怒りを孕ませたまま、敵対的なイキモノの気配蠢くショッピングモール内へ、吶喊した。
その隣では、屍鬼となった恩人の姉が、見事な腕前で槍を振るっていた。
沸き立つ怒りをぶつけるように、バケモノどもの血と屍で、屍山血河を築いた。
ショッピングモール内に、生存者はいなかった。
命が散った証だけが、そこかしこで無惨に散りばめられていた。
バケモノどもの悲鳴が鳴り止むまでに、しばらくの時間を必要とした。




