第2話:12:00、県立要第一病院攻略戦
心せよ。
目の前に広がる光景は、地獄だ。
生者が生きるために死者を殺し、死者が殺すために生者を殺す、終わらない地獄。
お前は、生きるために、戦い続けなければならない。
だが、お前は自由だ。選ぶ権利がある。
戦わずに、逃げて隠れて引きこもることができる。
戦い続けて、誰かを救い、共に歩むことができる。
お前は、自らの意思を行動で示した。誰よりも早く。そのために、進む道を選択する権利を得たのだ。
お前がどんな道を選ぼうとも、その道の先に幸あれかしと祈っている。
12:00
目についたバケモノどもを倒せるだけ倒しながら移動して、県立要第一病院に到着。
要市で一番大きな総合病院で、広い敷地と駐車場があり、薬局が隣接している。すぐ隣には病院関係者が住む高層アパートがある。
何かあったときは北区の個人病院を頼っていたので利用したことはないが、いつも多数の患者が訪れると聞いたことがあるので、ある程度予想はしていたが……。
控えめにいって、地獄だった。
小鬼のゴブリンや二足歩行の豚人間オークがそこら中にいて誰彼かまわず襲い、血と死体で溢れていた。
無惨に殺され、倒れ伏す人たちも、時間の経過とともに起き上がり、立ち上がり、人間、バケモノ問わず無差別に襲いかかる。
死者が群がれば、ゴブリンだけでなく巨漢のオークも倒され、それもまた起き上がり、別の死を生み出している。
控えめにいって、地獄だった。
状況の確認に数秒を要し、行動目標の設定にまた数秒、深呼吸して、合わせて10秒。
目の前の地獄に、吶喊した。
行動目標:鏖殺。
生きた人間以外の動くモノすべてを、鉈で斬り捨て、斧で叩き割り、鉄板入りブーツで蹴り砕き、殺して、殺して、殺した。
ふと、気づく。
動く死者に、共通点がありそうなことに。
動く死者は、年寄りが多い。
病院の、患者だろうか。
E-フォンが震える。
周囲の安全を確認してから、E-フォンを取り出しロック画面を解除する。
すると、ショップのアイコンに赤マーカーが付いて点滅していた。
・各ショップ
:道具・薬品
:武器
:防具
:銃火器・車両・燃料等
:衣類・生活雑貨
◯:スキル
:特殊
:※売却
ショップからスキルを選択すると、オススメ! といくつかのスキルがピックアップされている。
・鑑定
・修繕
・解錠
・洗浄
・消臭
・気配察知1
・気配遮断1
・消音1
・生活魔法(着火、流水、涼風、肥土)
スキルの説明をざっと見た感じだけでも、あると便利なスキルばかりだ。全部取得する。そしてすぐに動く死者を《鑑定》してみる。
・屍鬼 レベル1 タイプ:不死
:世界改変の衝撃に耐えられず命を落とした老人の死体。
屍鬼となって起き上がり、生者を襲う。
スキル《鑑定》の結果、動く死者は屍鬼という存在に変わってしまうようだ。
外見からは分からないが……。
・ゴブリン レベル3 タイプ:亜人・鬼・悪魔・妖精
:緑色の肌、長い鼻と耳、醜い顔立ちで頭に角がある小鬼。
悪食にして残虐。女性や動物の雌を攫い苗床にして増える習性を持つ。
ドロップ:小鬼の角、ランダム穀物1kg、ランダム野菜1kg、所持武器防具
離れたところにいる死体を棒でめった打ちにしているゴブリンを鑑定してみると、ドロップアイテムまで表示されるのが分かる。
そのゴブリンは、一斉に起き上がった周囲の屍鬼によってめちゃくちゃに惨殺され、肉片になるまで徹底的に損壊されていた。
……屍鬼となった人たちにも、恨みつらみはあるのかもしれない……。
気を取り直して、駐輪場の自転車を屍鬼の集団にぶん投げていたオークの首をはねる。
数秒後、オークは食品トレーに入った豚肉の塊10kgと、豚の鼻のようなオークの鼻に転じる。
生の豚肉をアイテムボックスに収納しつつ、ふと思い立って視線の先にいたオークに接近し両手足を斬り落とし、屍鬼の集団へと蹴り飛ばす。
すると、屍鬼たちはそこら辺に転がっているものを武器の代わりにして、オークをめった打ちにしていた。
消火器で殴る屍鬼、割れたガラスをナイフのように突き刺す屍鬼、がれきで殴る屍鬼。
観察などしている場合ではないとは思いつつも、ふと、道具を使う看護師らしき屍鬼を鑑定する。
・屍鬼 レベル3 タイプ:不死
:魔物に襲われ、無念の死を遂げた看護師の死体。
屍鬼となって起き上がり、武器を手にし生者を襲う。
………………鑑定結果が、違っていた。
今度は、離れた場所から屍鬼の集団に襲いかかろうと近寄ってくる剣で武装したオークを鑑定してみる。
・オーク レベル5 タイプ:亜人・悪魔
:二足歩行の豚のような容姿、肉の詰まった膨れた腹、太い手足は怪力を生み出し武器を扱い防具を身に纏う。
悪食にして残虐。女性を攫い苗床にして増える習性を持つ。
ドロップ:豚鬼の鼻、豚肉ランダム部位10kg、ランダムジビエ肉1kg×5、所持武器防具
……少しレベルが高い。集団であっても、屍鬼たちは負けてしまうだろうか。
戦闘結果に興味はあったが、観戦している場合ではないのでサクッと殺処分して真空パックされたジビエ肉1kg×5と豚の鼻と刃こぼれした鉄の剣をゲットしアイテムボックスに収納する。
突進してくるオークに、集団で立ち向かおうとしていたように見えた屍鬼たちは、新たな獲物を見つけたとばかりに襲ってきたので、全部殺処分してアイテムボックスに収納する。
屍鬼は時間が経つと復活……再生? してまた襲いかかってくるので、動かない死体に戻った屍鬼も回収しておくと後が楽になりそうだ。
暴れるだけ暴れて、殺せるだけ殺して、動くモノがいなくなった病院の敷地内。
強化された聴覚は、未だに悲鳴を拾い続けている。
ふと、窓から見える、逃げ惑う人と追うオーク。
階は3階。これから病院内に侵入したなら、到底間に合わない。
だから、走った。
そして、跳んだ。
病院の3階の窓を、外から蹴破り、院内に侵入。
オークの頭を後ろから叩き割った。
直後に吹き出す、汚くて臭い体液。
まともに浴びてしまい、顔をしかめていると、オークに追われて転んでしまった女性看護師は…………。
……悲鳴もあげず、脱力、気絶して、その……。
……名も知らない女性の尊厳なんてわりとどうでもいいが、その惨状は見なかったことにして、取得したばかりのスキル《洗浄》で色々綺麗にした。
気絶した女性看護師をそのまま放置するのも忍びなかったので、手斧は腰に差し女性を左手で肩に担いで移動する。
階段で2階に降りると、大量のバケモノどもが我先にと進む様子が目に入る。
女性を担いだまま可能な限り音を消して接近し、ゴブリンの集団に後ろから奇襲を仕掛ける。
逃げ惑う人を追い立て、血と暴力に酔ったゴブリンどもは奇襲に気づかず、次々と斬り捨てることができたが、逃げる人の移動に合わせてゴブリンどもも移動するので、いちいち追いかけなければならず時間がかかってしまう。
(いちいち念じるのが面倒だ。アイテムボックス自動で収納しろ)
意思をぶつけるように念じれば、倒したゴブリンのドロップアイテムは自動でアイテムボックスに収納できるようになった。
そのため、意識をゴブリンの殲滅に集中することができて、倒す勢いがさらに速くなる。
……途中から、女性を降ろして両手に武器を持てば、殲滅速度はさらに増すことに気づきはしたが……。
スキル《鑑定》で見えたゴブリンの生態的に、気絶したままの女性を放置はやはりまずいと我慢する。
ゴブリンの数が減り、逃げるだけだった人たちもなんとか反抗を試みるようになったことで、殲滅速度がさらに上がる。
反抗するために何人かが振り向く。それにより、ゴブリンの後方からおれが迫っているのが見えたことだろう。
幾人かは悲鳴や奇声をあげた。
一人は雄叫びをあげてゴブリンに飛び蹴りをぶち込んでいた。
バカかお前!
一人だけ、悲鳴や奇声よりも目立つことをして、ゴブリンどもの気を引きやがった。
さらにギアを上げる。
もはや、見つかったとしても問題ない程度までゴブリンは減っていた。
集団の中に吶喊し、飛び蹴りかました男を斬り殺さないように気をつけながら、全方位に死を振りまく。
ほどなくして、ゴブリンはすべて斬り捨てることができた。
・《千に及ぶ魔物殺し》:ポイント+10000、全能力+10、スキル《活力》《剛力》入手。
「……きみ、……その、すごい状態になっているけれど、大丈夫かい? ケガは? その女性は?」
息を整えるために肩で大きく呼吸していると、飛び蹴りかました男が声をかけてくる。
「…………気絶してるだけで、生きてる。放置したら殺されると思って。…………ああ、すごい状態って、バケモノどもの体液で汚いな。……《洗浄》」
スキル《洗浄》は優秀で、くせぇ体液まみれだった体がスッキリして、ベトベトだった服や装備が洗いたてや新品のように心地よく感じる。
「……ほら。看護師の服着てるしこの人も病院関係者だろ。この辺のバケモノはだいたいブチ殺したと思うから、あとはそっちでなんとかしてくれ」
「き、きみは、どうす」
「きみ! そんなに強いなら、我々を安全な場所まで護衛してくれ! 金なら払う!」
体を綺麗にして、飛び蹴り男に担いでいた女性を渡すと、集団をかき分けて出てきた大柄の男が、偉そうな態度で偉そうにのたまう。
「しるか」
「な、なんだと!? 我々は、医師と看護師だぞ! この大変な状況下では、絶対に失くしてはならない存在なのだぞ!?」
「うるせーな。近くに小学校あるだろうが。お前、ガキを見殺しにてお前らを守れってか。笑わせんなよクソが。オトナのくせに」
利己的に騒ぐバカに苛立ち、腰に差していた斧を抜く。
「もう知らん。勝手に死ね」
苛立ちを、壁にぶつける。
鉄筋コンクリート製の壁は、蹴り一つで人が通れるほどの穴が開いた。
身を乗り出そうとして、背中に声がかかる。
「ありがとう! 助かった! 何もできない我々の代わりに、どうか、多くの人を救ってくれ!」
声に振り向けば、飛び蹴り男が悲痛な顔で拳を胸に叩きつけていた。
「……E-フォン。……バケモノを倒したことがあるなら、念じれば手元に現れる。それがきっと、助けになる」
本当は、1分1秒が惜しい。だが、気骨があるヤツなら、きっかけ一つで生き延びるかもしれない。
それはきっと、あとで、別の形でおれの、誰かの助けになる。
なんとなくそう感じて、ヒントだけを放り投げる。
行きたい場所がある。
懇切丁寧に教えてやる時間など、ないのだ。
早く行きたい。行かなきゃ。
……でも、全部全部見捨てて最短距離を最速で駆け抜けて、たどり着いたとして、
…………全部、見捨ててきましたって、どのツラさげて、佐藤先生に言う?
その時、先生がどんな顔するか考えて、吐き気がする。
見捨てられるんなら、とっくに見捨ててんだよ。
知らない他人より、知ってる大事な人を助けに行きたい。守りたい。そばにいたい。
…………でも。
逡巡は、ほんの数秒。
蹴って壊して開けた穴から、飛び降りて。
駆け出した背中に、声。
「ありがとう! 気をつけるんだぞ! 死ぬなよ!」
なんとも言い表せない思いが浮かび、口元が緩むのを自覚した。
それはこっちのセリフだよ。バーカ。
そっちこそ、死ぬなよ。




