第12話:11:00、償いにもならない
「三樹、ちょっと」
後輩たちをおれのもの宣言してしまってから、なんだかソワソワした雰囲気に当てられ、妙に居心地が悪くなってしまった。
それはともあれ、三樹と一華さん双葉さんを連れて生徒会室を出て隣の教室に。
「個人的に、三樹に聞きたいことがある」
「なんですか。なんでも言ってください。できることとできないことはありますけど」
覚悟決まりきった神妙な表情の後輩に、若干ビビる。
いや、今からひどい話をするから、後ろめたいんだ。
「人の、命の値段って、いくらだ?」
「それは……。先輩が聞きたいのは、模範解答ですか? 私の考えですか?」
「建前でも本音でもいい。三樹の考えを聞きたい」
「そうですね……。人の命に、値段は付けられません。これが建前」
「本音は?」
「人それぞれ値段は違います。その時その時で価値が変動するので、適正な値段が付けられない。それが本音です」
「じゃあ、三樹のお姉さん二人の値段は?」
「質問の意図が分かりかねますが……。億単位でも桁が足りないレベルの価値はあります」
「…………そうか」
「はい。コンプレックスの原因でもありましたが、自慢の姉でした。誰に対してでも胸張って自慢できる、すてきな、姉、でした…………」
尻すぼみになる三樹の言葉を受けて、毒性の汚泥を吐き出すような気分で、ある事実を述べた。
「………………はぁ、…………おれの両親の、命の値段は、100万円だった」
「…………は、い?」
可愛い後輩相手に、何を言っているのかと思いはしても、漏れ出た気持ちは止まらない。
「おれが高校に入学したその日、事故で両親が亡くなった」
「存じています。お悔やみ申し上げます」
「ありがとう。その事故は、対向車がカーブを曲がりきれずに反対車線に大きくはみ出して発生したもの。ガードレールを突き破った親の車は、ぶつけた側の運転手が崖側に押し込んだことで転落していった」
「…………な…………ん…………」
まさに絶句。二の句を継げない三樹に、追い打ちをかける。
「暴力団 石嶋組。 この街のヤクザだが、そこのドラ息子がやらかした。その時の様子を録画したドライブレコーダーの映像と聞き取りした状況を克明に語った人物が、おれに持参したのが、200万円。両親二人分で、一人100万円」
「………………」
三樹は絶句して、言葉を発することはない。
けれど、おれから目を離すこともなかった。
「100万円。それが、人一人の命の値段だ」
「…………そ、それは、」
「そして」
E-フォンを操作して、ショップからある薬剤を購入する。
「蘇生薬。死者を甦らせる奇跡の薬」
ごくり、と三樹が喉を鳴らす。
文字どおり、のどから手が出るほど欲しいものだろう。
「E-フォンのショップで買うと、1本、100万円。それを、2本」
2本とも、三樹に握らせる。
三樹は目を見開いて、手のひらに収まる液薬の小瓶を見つめている。
「欲しかったら、くれてやる」
「対価はなんですか。なんでもします。体が欲しいなら脱ぎます。死ねというなら死にます。ほかの子の方がいいなら命がけで説得します。説得できなくても無理やり連れてきます」
「いらない」
「な、ん……」
「なにも、いらない。こんなことしても、償いにもならない」
「…………先輩」
「両親が死んだあと、おれが生きてこれたのは、双葉さんを含めた何人かが寄り添ってくれていたからなんだ。その双葉さんを、おれは助けることができた。でも、しなかった。寄り道したんだ」
「……見捨てることができなかったんですね。ほかの、誰のことも。……すごく、先輩らしいです」
「……でも、間に合わなかった。救えたのに、救わなかったんだ」
「いいえ。間に合いました」
三樹は、はっきりと、断言した。
「先輩は、間に合いました。今ここに、二人の姉が揃っていることが、その証拠です」
それは、慰めでも、ごまかしでもなく。
「先輩が恐れているのはなにですか? 姉たちに、どうしてと責められることですか?」
後輩の、あまりの剣幕に、たじろぐ。
「そんなこと、私がさせません。あなたは多くの人を救い、手が届く人の誰も取りこぼさなかった。その事実を、否定などさせません。誰であっても、姉であっても」
燃え盛るような、強い強い意志。
「つい昨日の、ほんの一瞬で、地獄のような世界に変わってしまったのに。そこから救い出してくれた人を、誰が責め立てるというのですか。そんなこと、この私が許しません。今はなんの力もない身ですが、武家である御剣家の末席に名を連ねる者です。あなたを否定するものなど、誰であっても私が許さない。あなたの心は私が守ります」
叩きつけるような、想いの数々。
気がつけば、頬を流れる雫を、双葉さんの指が拭っていた。
魂が震えるような啖呵を切った三女を、長女が抱きしめていた。
命尽きた、屍鬼の身であっても。
「…………すまん。なんでこんなこと言ったのか、正直自分でもよく分かっていない。……ただ、一つ、頼みがある」
訝しげな三樹に、これを読んでくれとメモ書きを渡す。
・称号《万に及ぶ魔物殺し》。
:自ら望んで万の屍を築いた証。
お前は修羅道に堕ちるだろう。
お前の道の先には、終わりなき闘争が待っている。
・称号《人斬り》。
・称号《人修羅》。
:人のまま修羅道に堕ちた存在。
お前は人の心を忘れ人のまま鬼へと相成った。戦い続ける呪われた業からは逃れられない。
しかし、それでもお前は人なのだ。
その事実は誰にも否定できない。否定などさせない。
:スキル《修羅の血潮》、スキル《業鬼》、スキル《鬼の剛体》
・称号《屍山血河》。
:お前はこれからも屍を山のように積み上げ、敵の血が河のように流れるだろう。
その道を選んだのはお前自身だ。
それによって救われた命が数多ある事実は、誰にも否定できない。否定などさせない。
お前はこれから幾多の強敵と対峙し、困難に直面するだろう。
その道を斬り拓く力を授ける。
・修羅の血潮:血を流し、浴びるたびにスタミナが回復し能力が一次的に上昇する。
その道を血で染め上げろ。それが修羅の道。
お前が選んだ道だ。
・業鬼:消えぬ業を刻まれた鬼。呪いと精神汚染を無効化する。
呪いごときにこの身は蝕めぬ。
誰もお前を止めることはできない。
・鬼の剛体:鬼の如き強靭な肉体。毒、麻痺等の身体的状態異常に強い耐性を持つ。
「…………先輩、これは?」
「1日目が終わり、日付が変わったとき、得たものを鑑定スキルで見た詳細だ。それに書いたように、おれはもうニンゲンじゃないらしい」
「……いいえ。あなたは人間です。私が保証します」
「ありがとう。その点に対しての問答ではなくて、宣言なんだ。……おれは、この命燃え尽きるまで、おれが守りたい人を守るために、敵を倒し続ける。この身が、この道が、どれほど血で汚れようとも」
ただの宣言。地獄のようなこの世界で、そうあり続けるという、宣言。
「だが、修羅道に堕ちたこの身が、大切な人たちを傷つけることは、許されない。我慢ならない。それだけは認められない」
強大な敵を容易く屠る絶大な力を、何かのきっかけで、大切な人たちに向けられるとしたら。
そんな、ありもしないような、ほんの少しの、不安。
「もしおれが、悪鬼に成り下がったら、屍鬼と成り果てたら、大切な人たちに刃を向けてしまったら」
胸を掻きむしりたい衝動に駆られながらも、心が凪いでいるという、矛盾。
そこから生まれる、不安。
「その時は、三樹、お前がおれを殺してくれ」
「その時は、あなたを殺して私も死にます」
「それじゃダメなんだ。生きていてくれなきゃ。三樹一人だとおれを止められないかもしれないから、だから」
「それじゃあ、先輩も生きていてくれなきゃだめです。姉妹3人で、いいえ、みんなで、あなたを止めます」
ぐっと、突き出した三樹の手に、一華さんと双葉さんの手が重ねられる。
「たとえあなたが悪鬼羅刹に成り果てようと、冥府魔道に堕ちようと、必ず私たちが連れ戻します。人間に戻してみせます」
3人揃って、自身の胸に手を置き、宣言する。
「それで、私たちが受けた恩を、ほんの少しでも返すことができるのなら。必ず成し遂げます。……だから」
一度、大きく息を吸い、吐き出して、決意宣言。
「だから、覚悟していてくださいね。必ず私に惚れさせます。私たち姉妹がいないと生きていけない体にしてあげます。あなたの身も心も、私たちみんなで守りますから」
可愛い後輩からの、力強い言葉を、ゆっくりとかみしめる。
「…………うん。いつも、いつでも、頼れる先輩でいたかったけれど。すごく、励まされた。情けない先輩ですまんな」
試したとか、そんなつもりじゃない。
要塞化したことで気が緩んで、小さな不安が無視できなくなったのか、後輩の女子にすがりつく情けない先輩になってはいなかっただろうか。
ごまかすように三樹の頭を撫でれば、
「…………あれ? なんで? 私今、わりとガチの告白をしたつもりなんですが……?」
なんか、妙に困惑していた。




