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白い部屋

作者: 雲介
掲載日:2026/01/26

ある冬の日、アッパーマンハッタンの教会で行われたスープキッチン(炊き出し)で、ボランティアとして参加していた大学生のスマートフォンが盗まれる騒ぎがあった。ホームレスの少年が自首し、大学生が彼を許したことで、警察が出動したものの逮捕には至らず、騒ぎは収まった。

SNSでは大学生の寛容さを称賛するリポストがしばらく続いた。



「名前はミシェル・クルーガー、21歳です。ニューヨーク大学の三年生で、マーケティングを専攻しています。

「今回でスープキッチンのボランティアに参加するのは5回目です。貧困層といわれる人の中には、本当に気の毒な人たちが多くいるんです。ケガや病気で働けなくなったり、ドラッグから抜け出せない人も多いです。親の貧困が原因で、その子どもたちが学校に行けなかったり、虐待を受けているケースも多い。彼らは資本主義のひずみの犠牲者であり、セーフティネットからこぼれた人たちで、僕たちが目をそむけてはならない問題だと思っています。僕にできることは限られていますが、すこしでも彼らの力になりたいと思っています。ボランティアに参加したのはそういった理由からです。

「あの日は準備した食料を配り終えたあと、シスターや他のボランティアの学生と一緒に写真を撮りました。SNSに投稿して多くの人に見てもらえたら、食料や寄付金も集めやすくなりますし、ボランティアの人数も増えるでしょう?あの少年は僕が写真を撮っているのを見ていたのでしょう。鍋やカップを片付けている時にスマホをジーンズの後ろポケットに突っ込んだままにしておいたのは、自分の不注意です。気がついた時にはスマホはなくなっていました。

「あの少年が僕のスマホを盗ったことは、残念に思います。でも彼を責める気はまったくありません。きっとスマホに触ったことがなかったんでしょうね。みんなが持ってるものを、自分も触ってみたかっただけじゃないかな。彼の両親は亡くなっているんですか?気の毒としか言いようがありません。彼を責めないでください。悪いのは彼ではなく、彼がおかれた環境なのですから」



「・・・そいつのスマホを盗ったのは俺だよ。理由?とくにない。いかにもすってくれってポケットに入れてたからだろ。

「名前は、ピート・スミス、14歳、親はいない。7歳の弟がいる。だいたいハーレムにいるけど、追っ払われたら弟のビリーと仲間と別のとこに移動するんだ。だから住所なんかない。

「金もスマホも持ってない。今はスマホでなんでも払うんだろ?グロサリーストアも、デリバリーも、チップも。もう道にはコインなんか落ちてない。だから必ずパントリー(食料配給)とスープキッチンにいって並ぶんだ。

「あの日は三日間なにも食べてなくて、俺も弟もずっと腹をすかせてた。死にそうなぐらい腹がへってたから、三時間前に教会に行って列に並んだんだ。すごい寒くて、途中でビリーはお腹が痛いって言いだしだ。俺たちの後ろにはもう五十人くらい並んでた。俺はビリーに我慢するように言ったけど、あいつはトイレに行きたいって泣きだした。食べ物がもらえなかったら、飢え死にするかもしれない。ビリーは泣きやまないし、すごいイライラした。

「シスターとボランティアが食べ物を配り始めたから、俺はもう少しだけ我慢するようにビリーに言ったけど、あいつはもう限界で、教会のトイレに駆けていった。配給は並んでる人間しかもらえない。一人分でも腹いっぱいにならないのに、弟と分けるしかなかった。

「そのボランティアの大学生は、スープをカップによそって渡す係だった。俺がスープを受けとった時、ちょうどビリーが戻ってきたんだ。俺は弟にもスープをもらえませんか、ってその学生に頼んだんだけど、あいつは首を振って冷たく俺たちにどくように言った。ビリーは食べ物が目の前にあるのにもらえなくて、泣きだした。俺はすごい腹がたった。たった7歳の子どもが何時間も外で腹をへらして震えてるのに、スープの一杯ももらえない。きっとあいつは俺たちみたいに飢えて、みじめな思いなんかしたことないんだろう。でも諦めるしかなかった。こんなこと、これが初めてじゃない。

「配給が終わると、その大学生はスマホで食事をしているホームレスの写真を撮っていた。俺は写真を撮られたくなくて、弟をつれて帰ろうとした。でもビリーがいなくて探しまわった。きっと余った食べ物がないか聞いてまわってたんだと思う。その時に、あの大学生がかがんで、尻ポケットからスマホが落っこちるのが見えた。とっさに拾って走った。

「動機?弟に食べ物をくれなかったから。それで十分だろ?俺たちを野良犬みたいな目で見るのは、あいつだけじゃない。もう行っていいか?どうせあんたたちは、俺たちみたいなホームレスのガキの言うことなんか信じないんだろ」



真っ白な部屋に男がひとり、入ってくる。ウエーブがかった亜麻色の髪に薄い榛色の目をしている。白い薔薇の刺繍がほどこされた白く長い上着を羽織っている。

男は部屋の中央で腰をおろした。部屋にはなにもないにもかかわらず、男は椅子にでも腰かけているようだった。

男がパチンと指を鳴らすと、空中に巨大なモニターが現れた。モニターにはアッパーマンハッタンの教会が映っている。男がまたパチンと指を鳴らすと、映像が数倍速で逆再生されていった。


・・・おいビリー、どこからこのスマホもってきたんだ?だって兄ちゃん、あいつぼくにスープくれなかったから、しかえしだよ。そんなことしちゃいけない、神様が見てるぞ。そのスマホをこっちによこすんだ。誰かになにを聞かれても、知らないって言うんだぞ。うん、わかった兄ちゃん・・・

・・・ねえミシェル、教会でボランティアやってるんだって?いつから信心深くなったわけ?SNSで神対応とかリツイート回数ヤバくない?フォロワー数も前よりケタ違いになってるじゃない。まあね、就職とかいろいろ役に立つだろ?それにしても、あんたのサブアカ、エグすぎ!ホームレスの写真に#クズ #社会のゴミって、さすがにひどくない?なんだよ、本当のことだろ?神様が聞いて呆れるわ・・・


男がパチンと指を鳴らすと、映像とともにモニターがかき消えた。男は見えない背もたれによりかかり、しばし目を閉じた。

それから男は立ち上がり、部屋から出ていった。

他投稿サイトのコンテストに応募した短編。

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