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きっかけはライ自身の成長にあるだろう。
駆け抜ける距離が増え、採取できる範囲が広がるほどに、得られる報酬が頭打ちになっていった。
ライの探索できる範囲内のことではあるが、採取速度に素材の生育速度が追い付かなくなってきたのだ。
もちろん最外縁部の中でも更に遠方、あるいは他の探索者の目に付かないところを探索するすべを身に着ければ、問題は解決できただろう。
しかしながら、ライはそうした解決策よりも先に、最外縁部から外縁部へと一つ奥に足を踏み入れてしまった。
モンスター狩りはまともに行った試しがなく、その脅威への意識が薄かった。
そのことも関係しているのだろうか。
闇の奥から聞こえるモンスターの声を、ほんの少し軽視してしまった。
ほんの少し、森の奥に進んで採取範囲を広げることを優先してしまった。
そうしてそのほんの少しが、致命的な状況を作り出してしまったのだ。
「グゥルルルルル!」
木々の影からライの目の前に現れたのは、灰色の毛並みの狼だった。
唸り声をあげるその体躯は、通常と比較して大きくはない。
逆立った毛並みはわずかな光量を反射して鈍く光っている。それが三体。ライをにらみつけて距離を測っていた。
「……っ」
ライもこの状況はマズいと感じていた。
三体の狼は、それが大森林の外であっても手に余る相手である。
そのうえ恐らく、これらはモンスターと呼称されるレべルの存在なのだろうと、彼は直観していた。
そしてそれゆえに後退りし、狼たちに攻撃のチャンスを与えてしまった。
「グルルゥアアァァ!」
「ぐぁっ……!」
正面から突進を受けて、後方へ弾き飛ばされる。
受け身は上手くいったが、体の各所を堅い地面や転がる石に打ち付ける羽目になった。
「いっ……てぇっ……」
うめき声が漏れた。
打撲はもちろん、腕からの出血もある。
金属をも想起させる硬質な銀毛に触れた前腕部が、削り取られ酷い擦り傷のようになっていた。
ナイフを盾にしたが、防ぎきれなかったのだろう。
その刀身にも狼の銀毛に削られた跡が残っている。
痛みに苦しみながらも、それに耐えライはすぐに立ち上がった。
彼に突進した狼は正面、その後ろから左右を狭めるようにして二匹が距離を詰めてくる。
狼たちはライを痛めつけ、最後に組み敷いて殺そうという判断なのだろう。
その慎重さが、ライが今ぎりぎりで生きながらえている理由だった。
「わっ!」
ライは咄嗟に大声を出し、足元の小石を掴んで狼の背後に放り投げた。
背後に何かあると思わせることを狙ったその機転は、功を奏した。
狼の気が逸れた一瞬を見逃さず、ライは一目散に走りだす。
正面には巨木、その横には大岩。その間をすり抜けて、ライは全力で走った。
岩々を飛び移り、木の幹を蹴って走った。
苔を踏んで滑るかどうかなんて考えている余裕はない。
背後には狼の息遣いや唸り声が近く、今にもその爪が服の端を引っかけるのではないかと、そんな恐怖が追いかけてきていた。
打ちつけた脇腹が呼吸のたびに悲鳴をあげていたが、ライは無視して走り続けた。
「……ん? なんだ、おい!」
「後ろ!」
途中、他の探索者に行き会ったがそれでも止まることはしない。
後ろから「連れてきやがったのかよ、クソっ!」と聞こえたが、自分の身の安全のことしか頭になかった。
大森林を出て、ライはようやく一息つくことができた。
井戸まで我慢することもできず、洗い場で水を飲む。
そして怯えながら素材を買取に出し、ディアナへの挨拶もそこそこにギルドを出た。
町の喧騒に包まれて、ライにようやく余裕が戻ってくる。
そしてさっきすれ違った探索者のこと、つまり彼らが無事だっただろうかと思い至ったちょうどその時、彼らもライを見つけて迫ってきた。
「てめぇ、さっきはやりやがったな! いきなりガレナウルフなんぞ連れてきやがって、殺すつもりか!」
ライの胸倉を掴むやいなや、直ぐに拳が振り下ろされる。
その様子に周囲の人から小さな悲鳴が上がるが、探索者の男が気に留める様子はない。
男は頬に付いた爪痕、そこから流れ出る血をぬぐいながら、何度もライを殴りつけた。
被害が出ていたらどうするつもりなのかと、自分のことしか考えてないのかと言いながら、仲間も一緒になってライを殴る蹴るで痛めつけた。
止めようとした者もいたが、町の人々の中には探索者のご法度について知っている者もいる。
あれはモンスターを引き連れて他人を危険に晒した報いなんだと、そう説明されていた。
もちろん小さな子供に暴力を振るう様は、見ていて気持ちの良いものではない。
ただ、町の人々もそれが探索者の流儀なのだと納得して、その場を後にしていった。
探索者たちは、しばらくライを痛めつけた。
そうしてようやく気が済んだのだろう。
ライから採取袋と銀貨、更にはナイフまでをも奪って去っていった。
迷惑料だと吐き捨てられたが、痛みに喘ぐライには反論する気力も無かった。
ただ、もし反論できたとしても彼はそうしなかっただろう。
痛みの中で、自身が他者を危険に晒した事実を、ずっと噛みしめていた。
うずくまるライに追い打ちをかけるように、雨が降り出していた。
傷にしみる雨粒は、ライの罪を露わにしていくようで辛かった。
薄れゆく意識の端で、傘を持った人物が傍に立っていることに気づきつつも、ライはそのまま意識を閉じるのであった。
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