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綜錬の剣―ドブ浚いの少年が世界樹に至るまで―  作者: とんび


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5



 ライがいかに大森林初心者といえども、ただ歩いていくこと自体に支障はない。

 進んでいく中で、もらった紙面に描かれた素材を探し、丁寧に採取を続ける。


 もちろん熟練者から見ればつたない手さばきではあっただろうが、それでも借り受けた革袋に、少しずつ採取物が積み重なっていく。


 時折暗い森の奥から聞こえてくる甲高い声は、一体どのようなモンスターのものだろうか。

 ライには知る由もなかったが、その声に恐怖を抱くこともなく、探索を進めていく。


 最外縁部には他の探索者も見受けられた。

 会釈を交わしながら、彼らの見落とした採取物が無いか探り、次の場所へと向かう。


 そんなことを繰り返しながら、ゆっくりと時間は過ぎていった。


 どれくらいの距離を進んだのかよく分からない。

 木々が陽の光の多くを遮ってしまうので時刻も曖昧だ。


 あまりボヤボヤして日が傾いてきた辺りで引き返したら、きっと帰路を進むうちに森の中は真の闇に包まれるだろう。ただでさえ森の中は暗いのだ。


 そのことを推測できたライは、木々の隙間から見える太陽を苦労して探しながら、中天を過ぎたあたりで引き返し、陽が落ちる寸前で大森林を出ることに成功した。


「なにもなかったな……」


 闇の中で立ち往生せずに済んだことにほっとしつつ、そんな呟きが漏れる。


 武器を持たなければ立ち入りを許されない。

 油断したものが簡単に命を落とす。


 そんな風に聞かされていた大森林での探索は、もちろん最外縁部という最も危険の無いエリアだったとはいえ、ライにとっては肩透かしのような内容であった。


 振り返って大森林を眺めても、威容は威容のまま。

 けれど、最初の時よりも「やっていけそうだ」という感じはある。


 その感覚になんだか嬉しくなって、ライは足取りも軽く探索者ギルドへ足を向けた。

 途中の洗い場で泥を落とし、素材買取所まで戻ってきて、本日の成果を差し出す。


「ま、こんなところだな。これでいいか?」


 買取所のハゲ頭の中年親父が提示した金額は、銀貨一枚と数枚の銅貨。

 客観的にはそこまで高い買取金額でもなく、高い収入でもない。

 しかし昨日までドブ浚いをしていたライにとって、その労力にさして違いの無い探索で、倍以上の賃金を得られることは驚愕の一言であった。


「おい、これでいいのかって聞いてんだ」

「あ、うん。これでいい」


 ハゲ親父の催促を受け、こくこくと壊れたように頷きを返す。


 宿泊代も得た上に、これでは貯金すらできてしまう。

 たった一本のナイフでこれほどに変わるのかと、ライは驚きを隠せなかった。


 その後、ライは受付に行って銀貨を一枚受付台に載せた。


「どうしたの?」

「昨日の、借金を返そうと思って」


 ディアナはくすりと笑みを浮かべた。


「今日だってそんな儲けてないでしょ? ちゃんと装備も整えて、明日も食べていけて、大丈夫って思ってから返しなさいな」

「でも」

「そうじゃないとゲラルフさんが余裕の無い人間って思われちゃうから、ね? キミみたいな子にお金を貸して、今日明日返せっていうのは度量が疑われちゃうのよ」


 彼女の説明にライは素直に頷けなかったが、自分ではなく、ゲラルフの評判に関わると言われれば抗弁はしづらいところがある。

 それでも受け入れづらく唇を尖らせていたが、ディアナも引き下がる様子はなく、仕方なくライはその銀貨を引っ込めた。


「今日はモンスターと戦った?」

「いや、戦ってない」

「じゃあまだまだ探索は序の口ね。最低限、最外縁部でよく出会うモンスターに全て出会って、ぜんぶに全戦全勝できるようになったくらいで返すのがいいんじゃないかしら」

「ぜんぶって、どれだけいるんだ?」


 出された条件に対する素朴な疑問である。

 そのライの質問に、ディアナは指を一つずつ立てながら教えてくれた。

 曰く、


 額に角があるウサギ、ホーンヘア。

 口吻が異常に長く鞭のようにして攻撃してくる巨大な蛾、スラッシュモス。

 毒性の粘液を噴射してくる巨大なナメクジ、ベノムスラッグ。


 これらの三種が、最外縁部でモンスターとしてよく出くわす生物であるらしい。

 

「モンスターってのはね、大森林のマナを吸収して強力化した生物の総称なの」


 蓄えられたマナは、何らかの形で生物の戦闘能力を上昇させる。単純なところで言えば体長が数倍になったり、あるいは鋭利な角が生えたり、毒性を持ったりと言った特徴として表出するらしい。


「気をつけなくちゃならないのは、普通の生物と比べて単純な変化が見て取れないようなモンスターね」


 ディアナはだんだん興に乗ってきたようで、舌の回転も留まることを知らない。

 とはいえライにとっては重要な情報ばかりで、彼は食い入るようにその話に聞き入った。


「もちろんモンスターではない普通の生物ってパターンもあるけど、そうじゃなかった時にとっても危険だから、初めて出会う生物はよく観察しなくちゃダメよ? 魔法を使ってきたり、妙な特殊能力を持ってたりするから」


 見分け方は、表皮にくっついているマナが結晶化したものらしい。

 そんな危険な生物をじっくり観察する時間なんてあるのかとも思ったが、どうやらモンスターと言っても、ちょっかいをかけなければ攻撃されることは少ないようだ。もちろん、これにも「縄張りを持つようなモンスターでなければ」という注釈はついたが。


「……わかった」


 ライはそれだけ返事をして、探索者ギルドを後にした。


 そうして帰路につきながら、色々と考えを巡らせる。

 今日は何事も無かったが、ディアナの口ぶりからも大森林が危険な場所であることは確かなのだろう。

 色々と考えることや注意することも多く、ライは少々うんざりした気持ちになった。


 ただ、そんな考えは長くは続かない。

 帰りに立ち寄った屋台で串焼きを買い込み、口にすれば考えも改まるというものだ。


 今日の稼ぎで今日の食事と寝床を賄える。

 なんて嬉しいことなんだろうと、少し前に買取所で得た金額に驚いたばかりじゃないかと、そんな風に思った。


 少しくらい面倒そうな仕事がなんだ。

 自分はもう探索者なんだ。


 明日買取所でもらえるだろう報酬を思い浮かべ、ライは懐のナイフを握りしめ、宿への道を歩いて行った。



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