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綜錬の剣―ドブ浚いの少年が世界樹に至るまで―  作者: とんび


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4


 翌朝。

 宿で目を覚ましたライは、自身がなぜこんなところに居るのか、かなりの混乱を来すことになった。


 警戒するようにベッドで身を潜めて、昨日の自身の行動を思い返す。

 そうして徐々に思い出してきた。


「そうか、俺……ナイフを拾ったんだ」


 枕元に置いてあるその小さな刃物が自身の人生を変えたのだ。

 誰かに誘拐されたのではないことに安堵の息をつき、身支度を始める。


 と言っても持ち物など、宿代を差し引いた残金とナイフで全部ではあるが。


 彼は階下へと降り、宿の食堂で食事を摂った。

 一日に一食ありつけば御の字というライにとって、「朝食を摂る」という感覚は謎に満ちていたが、食事を目の前にしてしまえばそんなものは些末事だ。

 かきこむようにして出てきた芋煮を吸い込んで、彼は宿を出た。


 もちろん、向かう先は探索者ギルドである。


「おはよう……ございます」

「あら、早いわね」


 受付でディアナに挨拶をして、きょろきょろと周囲を見渡す。

 

 これから何をすればいいのか。

 それが分からないことに、ディアナを前にしてライはようやく気付いたようである。


「今日は昨日みたいな特別なクエストは無いからね。採取依頼でもやるのが良いと思うわ。最外縁部の採取依頼は細かいのがいつも出てるから」


 そんなライのことに、言わずともディアナは気付いていたらしい。

 苦笑を浮かべながら、絵が描かれた三枚の紙を取り出して受付台の上に置いた。


「猩々苔、リミナ草、夜見茸……最外縁部だとこのあたりかしら。薬草の類で一番需要があるし、根気があれば一日分の稼ぎには十分なるしね。ほかにも依頼の出てる素材は掲示板に貼り出してあるから、興味があったら見ていくように」


 大森林は世界樹を中心に、最も遠いエリアを「最外縁部」、そこから中心に行くにしたがって「外縁部」「隣接領域」「迷宮化領域」と区分けして呼称される。外縁部からは人間を殺傷しうるモンスターも出現するため、ライの実力で踏み込んでは危険だと、ディアナからそんな説明もあった。


「外縁部は見れば分かる……んですか?」

「親切な先輩冒険者が目印を付けてるところもあるらしいけど、基本的には感覚頼りになるわね。まぁその辺の危機管理ができないうちは、森の外が見えるところから、あんまり奥に踏み込まないのが良いと思うわ」


 言いながら、ディアナは説明に使用した三枚の依頼票を手渡した。

 依頼表は貼り替え用のもので、特別に持って行ってもいいらしい。採取依頼は基本的に依頼票を使用せず、そのまま素材買取所に持っていけばいいようだ。


 ディアナから『最外縁部』の文字を教えてもらい、掲示板でその文字が含まれる依頼票をいくつか眺めてから、ライは大森林へと向かうことにした。


 勝手口から外に出て、井戸や洗い場を横目に進んでいく。


 大森林までの道のりは、歩いてみると思いのほか短いものだった。

 森があまりにも巨大すぎて縮尺を測り間違えていたのだろうか。

 ともあれ日が昇り切る前にたどり着くことができて、ライは少し安心する。


 大森林の中は平坦な地面に木々が立ち並んでいるのだろうと、遠目には想像していた。

 しかしいざ森の中に入ってみれば、起伏はかなり激しく見通しも悪い。


 人間の背丈を超える岩がゴロゴロあり、さらに両手を広げてもまだ余るほどの幹の木々が立ち並んでいる。

 木々の葉は人の胴体ほどもあり、生い茂って陽の光のほとんどを遮るため、森の中は薄暗い。

 岩と木の幹にびっしりと生えている苔の匂いが充満し、臭いわけではないが、森の中はむせかえるような緑の匂いに包まれていた。


 その光景、ライは大森林と名付けられたその理由を理解した。

 その森の中にある物体それぞれの大きさが、あまりにも人間にはそぐわない。

 ちっぽけな人間であると思い知らされるようだった。


 立ち並ぶ木々の先、その暗がりから今にもモンスターが出てくるのではないかという不安が付きまとった。

 湿ってぬかるんだ地面を踏みしめて、暗がりの奥を中心にして円を描くように、ライは最外縁部を歩いて行った。


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