29
ライが目を覚ますと、そこはトラッドの自宅、そのベッドの上だった。
「あ! 目が覚めたのね!」
彼の視界に、手ぬぐいのようなものを持って覗き込むようにしているリリーが映る。
気遣わしげな表情に、ライは状況を思い出してきた。
「そうか……おれ……」
「ライくん、丸一日眠ってたんだよ?」
まったくもう、と苦笑し、リリーはトラッドを呼んでくると言って去っていった。
ギルドで倒れた後、どのようにして戻って来たのかは分からないが、リリーが看病してくれていたのだろう。
そんな風に思いながらライは体を起こそうとして、
「ガァっ、いっ……てぇ……」
全身に走る痛みにようやく気が付くことになった。
そして、トラッドから知識としては聞いていた「気の使用による反動」の話を思い出す。
確かに、あの気を使った後に疲弊が押し寄せた記憶はある。しかし、反動がここまでのものだとライは思いもしていなかった。
「だいぶん辛そうじゃねぇか」
「トラッド……」
いつの間にかやって来たトラッドが、小さな袋をもって立っていた。
「反動の大きさはお前が気の扱いに不慣れってのが大部分だろうが、それだけ強大な力を使ったってことでもある」
言いながら、トラッドは袋に手を突っ込んで握りしめ、ベッドサイドのテーブルに細かい金属のようなものをパラパラと落とした。
それは、ライがあの気を使った後に崩壊した、鋼の剣の残骸だった。
「すまんトラッド、それ借りてたのに……」
「そんなことはどうでもいい。こうなった経緯を話せ」
有無を言わせない様子に、ライは素直に従った。
混成異常個体群、ゲイズフードたちとの戦いの顛末である。
全て語り終えた時、トラッドは俯いて下を向いていた。
両掌で顔を覆い、なにがしかをブツブツと呟いている。
「……っふふふ、ハハハ。なんてこった……」
「どうしたんだ、トラッド」
「どうもこうもあるか!」
やおら顔を上げ、トラッドが叫ぶ。
その顔には喜色が浮かんでいる。
「お前は気と魔力と聖気功、それを纏め上げて剣気として扱ったんだな?」
「まあ、そうだ」
「なぜそうした」
「気だけじゃ足りないと思ったんだ」
「どうやった」
「よく分からない。剣気を会得しないと死ぬと思った。だから三つ纏めて剣に叩き込んだら、なんか上手くいったんだ」
矢継ぎ早な質問に答えていくと、トラッドは再び笑い出す。
腹の底から、心からおかしそうな笑いだった。
「そうか……ネタバラシをしてやると、実はその三つのエネルギーを融合させる方法は、お前が剣気を扱えるようになったら次に教えようとしてたことなんだよ」
「そう……なのか?」
「そうじゃなかったらわざわざ魔力と聖気功を扱えるようになんてするかよ。まさか気の制御の前段階なんて説明、真に受けてたんじゃねぇだろうな?」
完全に真に受けていたライは、言い訳も無く押し黙る。
その様子にトラッドはフンと鼻を鳴らし、続ける。
「三気を綜べて練り上げる。三気綜錬……綜錬気功と言うんだ、それは」
「綜錬、気功……」
トラッドの言葉を反芻する。
彼の話が本当なら、ライは一足飛びに教えを先に進めたことになるようだ。
「綜錬気功は……理想論だ。いや、理想論だった。俺がまだ剣士をやっていた頃、追い求めて得られなかったものだ。まさか、こうも容易く習得するとは」
更に話を聞いていくと、どうやらトラッドがライに剣術を教えることにした本当の理由は、綜錬気功を会得する英才教育を施すためだったらしい。
彼がその理想論に至ったのは一体何歳のころだったのか。その後悔をやり直すために、何も持たない少年への指導を、彼は求めたのだろう。
「早く目の前で拝ませて欲しいもんだ。まぁ、今のお前の体じゃ無理だろうが」
話を聞く手前ノロノロと体を起こしていたライを見やって、トラッドが言った。
彼の言う通り、今のライの状態ではまともな歩行も難しいだろう。
「しばらく鍛錬も探索も休め。少しは体を動かした方が良いから、その辺を少し散歩でもしてこい。運動ってほどのことはするなよ」
言って、トラッドは部屋の隅に置いてあった杖をライに手渡した。
トラッドが老師に会ってくると言って去り、ライは一人になる。
痛む体の調子を確かめるように、ゆっくりと動かし、立ち上がった。
トラッドに言われた休息の散歩がてら、ライは探索者ギルドに行くことにした。
帰って来たあとの状況が気になったからである。
そして杖を突きながらギルドに辿り着くと、ライはディアナに歓声を上げられた。
その黄色い声に周囲の探索者も彼に気づき、次々に賞賛の声を投げかけていく。
それは当然というべきものだったが、ゲイズフードを含む脅威度の高いモンスターの討伐は、探索者ギルドで話題になっていたようだ。
「セリアさんたちがね、それらを成し遂げたのがライ君だって、言ってたのよ」
「いや、俺だけの力じゃないんだが」
ライはゲイズフードの素材買取の金を受け取りながら、ディアナとそんな会話を交わした。
手渡された袋にはズシリと重みを感じるほどの硬貨が入っている。
これで素材報酬のみ、つまり緊急クエストの報酬が別にあるということだ。しかもその報酬は、モンスターの脅威度も相まって相当な額になる可能性が高いらしい。
発現させた綜錬気功、倒したモンスターのこともそうだが、自分がそれほどのお金を手にすることに、ライは実感が湧かなかった。
「おう、英雄さんのお帰りか?」
手に持った硬貨袋の重みを確かめるようにしていると、後ろから声がかかる。
振り向けば、そこにはゲラルフが立っていた。
「ゲラルフ、久しぶりだな」
「そうだな、いったい何十日ぶりか……。それより、隣接領域のモンスターを一人で討伐したんだって?」
「いやまぁ、そうみたいなんだが……あまり実感はないんだ」
「ふうん、そういうものか」
何十日では効かない日数ぶりの再会である。
ゲラルフのパーティは大森林に入ると、何日も隣接領域に籠って出てこない。ライも毎日ギルドに訪れているわけでもないため、予定が奇跡的に合わなければ顔を合わせることが無いのである。
「そういえば」
ふと思い出して、ライは硬貨袋に手を突っ込んで銀貨を一枚取り出した。
「これ、大分前に借りたやつ。そろそろ受け取ってくれるだろ?」
修行に費やした三年を合わせても、二人の遭遇は最初に出会ってから十回に満たない。その貴重な顔合わせのたびにライは返金を申し出てきたのだが、これまで何くれと理由を付けて受け取ってもらっていなかった。
そして今回も、いつもと同じようにゲラルフは肩を竦める。
「いや、まだいいや。お前には貸しておいた方が面白そうだ」
「そうか……分かった」
なんとなくそう言われる気がしていて、ライは素直に銀貨を引っ込める。
ゲラルフも素材報酬を受け取りに来ていたらしく、彼とはそこで別れ、ライは探索者ギルドを後にした。
異常個体群が多発する、ガレナウルフに端を発した事件はこうして幕を閉じた。
ライは体が癒えるまで散歩がてら毎日ギルドに通ったが、事件の影響かモンスターとの遭遇が著しく減っていると、ディアナからそう聞いた。
実際、異常個体群発生に伴って多くの探索者が活発に活動を行い、討伐されたモンスターはかなりの数に上る。また事件でメンバーの欠けたパーティが増えたことにより、そもそもの探索者の人数が減ったこともあるのだろう。
ランベルトは療養中。
セリアはもう回復したみたいだが、しばらく休むと言っていた。
つまり、ライのパーティも休業ということになる。
ライはトラッドから運動という運動を禁じられ、握る剣も粉砕してしまったため、そこから何日も火が消えたような日々を送ることになった。
けれど彼の心の中では、あの爆発的な力、三気を融合し剣気として発現させた力のことが何度も反芻されていた。
綜錬気功……もう一度あれを発現させたい。
そうできる体力が戻るまで、ライはゆっくりと体を癒すことになるのであった。
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【連絡事項2】明日から休載します。帰省している間の分が書けたら再開となるので、再開日は未定です(一週間くらい?)




