28
「うそでしょ……」
信じられない光景だった。
大森林の、木と土と苔で構成される茶緑の風景の中で。
ライの纏う赤白のオーラは異質に浮かび上がって見える。
もちろん、右へ左へ、敵を屠るための斬撃と共に移動する彼そのものを目で追うことは困難だ。
しかしながら、ライの残影はセリアの視界に朱色の帯として焼き付いた。
そうして敵の数と同じだけの斬撃が放たれ、戦いが終わる。
「はぁっ、はぁっ……」
纏うオーラが消え去り、後には肩で息をするライが残される。
脱力したように取り落とした剣が、落ちた衝撃で力尽きたように粉々になった。
「勝ったのか、俺たちは」
「そう……みたいね」
セリアは探索者たちと共に大きく息を吸い、長いため息をつく。
遭遇時に一人欠け、ゲイズフードが仲間を呼んで混戦になってから、今の今まで強いられてきた緊張がようやく解けたのだ。
「……っと、いけないいけない」
気が抜けてふと意識を失いそうになったのを、セリアは頭を振って耐える。
死んだ探索者の数は五人。
セリアまで倒れては、帰還はより困難になるだろう。
治癒術師である彼女が居れば、そしてわずかでも治癒術が使えれば、傷だけでなく体力を回復することもできるのだ。
「帰る準備をしなくちゃね」
「あんたは休んでてくれ、ランベルトを起こせるならそれが一番良い」
「分かったわ」
生き残った二人の探索者――アリアスとティットが、ライと協力して遺体を移動させ始める。
穴を掘って埋めるだけの余力も自分たちには無いと、皆理解していた。
「タダ働きは御免だからな、ちょっと時間もらうぜ」
「良いけど、小分けにしなさいよ。帰れなくなるくらいなら捨てることになるんだから」
素材を持ち帰ろうとするティットに向かって、セリアは小言を言った。
そんな自分に、少し落ち着きを取り戻してきているんだとセリアは一つ安心する。
戦闘開始時に放り出した荷物から、水筒と携行食を取り出して口にする。
治癒術が使えないか、目を瞑って意識を集中してみる。
(まだ、駄目みたいね)
仕方なく、簡易に背負い紐を作ってランベルトを運搬することになった。
偉丈夫と言っていい体躯の男は、戦闘中は頼りになるが気絶していると邪魔の一言である。
アリアスたちとそんな冗談を交わして、セリアは帰路を歩き始めた。
「……」
ライは、押し黙って先頭を歩く。
大きな傷を負っておらず、自分は元気だというのが彼の主張だったが、その横顔に浮かぶ疲労は著しい。
無理もないと、セリアは思った。
あれだけの強力な強化術を使ったのだから当然だ。気は生命力であるがゆえ、体や武器の強化に使い、消耗しきった時の影響は魔力や聖気功の比ではない。
拾った代わりの剣を握り、一言も語らずに進むライは、実際には危うい状況なのだろう。
けれど、彼の力は帰還のために必要なのだ。
アリアスもティットもそれが分かっているから、無理をさせていると知っていて何も言わなかった。
もちろん、彼は自分たちの先頭に立って戦い抜き、敵を打倒したのだ。
その彼に気遣いを掛けることは、彼の矜持を傷つけることに他ならない。
セリアたちは会話も少なく、大森林の中を進んでいった。
======
帰還の道ゆきは、感覚としては果てしなく。
しかし意外にもモンスターとは一切出会わなかった。
アリアスは「親玉を倒した影響かもな」と言っていて、ライもそうなのだろうと納得する。
無我夢中で剣気を使い、打倒した巨体の大きさに、後から自分でも驚いたほどだ。
ゲイズフードの首、その口や牙の大きさを思い出しながらライは黙々と歩く。
そうしているうちに、ライは視界の先に明るい景色が見えてきたことに気が付いた。
「森の……外か?」
「そうよ、もうすぐだから頑張りましょう!」
セリアに励まされ、重い足を懸命に動かす。
手に持った剣があまりに重く感じて、今すぐにでも放り出したいほどだった。
ほどなくして、大森林の出口に辿り着いた。
ティットが大きくため息をついて、荷物を下ろす。
「ギルドの人間を呼んでくる。皆はここで待っててくれ」
自分たちの疲弊を鑑みてのことだろう。
その提案は、あまりにも嬉しいものだった。
「助かる……もし今荷物を代わりに運んでくれるなら、嬉しさで小躍りするかもしれない」
「珍しいわね、ライ君がそんな冗談を言うなんて……って」
なんだか力が抜けて、膝をつく。
体を支えるのも億劫になって地面に倒れ、ライの視界はゆっくりと暗転していった。
慌てるセリアの声を聴きながら、セリアだって「きゃあ」なんて悲鳴を上げるのは珍しいじゃないかと、ライはぼんやりと思っていた。
よろしければ、ブクマ・評価をお願いいたします。
【連絡事項】リザルトまで行かなかったので明日も更新します。




