15
家に戻ると、そのままの流れで中庭での訓練に移った。
トラッドも昨日と同様、自身の剣を腰に差している。
またあの剣技が見れるのかと言う期待はあったが、同時に彼の膝も心配になるライである。ちらと視線を向けると、トラッドはそれに気づいたようで苦笑を浮かべた。
「今日は本気で剣を振ったりしねぇよ。何日かに一回は見せるつもりだが、膝を休ませねぇとな」
「そうか、そうだな」
治癒院の予約とも言っていたので、その都合もあるのだろうとライは納得した。
「で、だ」
剣を振るわないと言いつつも、トラッドは剣を抜き放ち、水平に持ってライに突き付けるようにする。
「今日顔合わせさせた二人から、聖気功と魔力についてお前には学んでもらう。そのうえで、お前が最終的に会得すべきはこいつだ」
ひゅぅっ、とトラッドは鋭く息を吸い、吐いた。
素早く体を動かす時のような、そんな呼吸である。
こいつとは何なのだろうか。
ライにはすぐわからなかったが、目の前に突き付けられたほの青い刀身が、うっすらと湯気が立ち上るような、淡い光を纏っていることに気が付いた。
「トラッド、これは……?」
気を抜くように大きく息を吐き、トラッドは「これが『気』だ」と、そう言った。
この世には人に扱える不可思議な力が存在している。
聖気功と魔力。それに加えて、人間の中にあるこの『気』というものがそうであるらしい。
『気』という力は、いわば生命力だと、トラッドは語った。
強い意志と肉体に宿り、体をより強く素早く動かすための助けとなる。
この力は多くの場合、先ほどトラッドが示したように可視化されることは無い。人間が自分の限界を超えた力を出そうとした時に、体の内側で知れず働いているものだと言う。
「もう一度見てろ」
同じように、トラッドが発光現象を起こす。
改めて見てみれば、トラッドの肉体もまた、同様にオーラのような光を纏っていた。
「気ってやつは本来肉体を強化し補助するもんだ。だが俺のように、正確に知覚し制御することができりゃ、防御膜にしたり、剣の切れ味や衝撃力、間合いを伸ばすことにも使えるんだ」
言って、トラッドは片手で軽く剣を振る。
手だけの力で振るったように見えたが、剣筋は鋭い。
重量のある金属剣が、まるでちゃんばら遊びに使う木の枝のようだった。
「この力を完全に制御する。これがお前の次の目標だ。聖気功と魔力の修練は……もちろん治癒術なんかが使えるようになりゃそれに越したことはねぇが、そうやって同じように目に見えない力の知覚ができりゃ、気の知覚も早くなるだろ。気ってのは体の強化に使うだけなら一番簡単だが、こうやって制御するのは一番難しい力だからな」
一生を掛けても、ただ怪力を発揮するだけに終始する者も多いらしい。
これを武具に纏わせられるレベルになれば、もはや一人前を越えた剣士になれると、トラッドはそう語った。
そして……その先。
トラッドは自身の持つ剣の先を見つめながら、ライの目指すべき未来、その展望を語った。
自分語りのような、あるいは彼の哲学のような、そんな長い話である。
それは、『剣気』と言うものの存在にまつわる話だった。
剣に纏わせる気。
言葉の意味だけ見れば、特筆するものでもなく、先ほどトラッドが見せたものと同一のものだろうと、そう捉えられる。
しかし、それだけのものではないと。
世の中に「剣気」と言う語句はあっても、「槍気」も「弓気」も無いのだと。
トラッドは語調も強くそう言った。
語句が無いことがなんなのだと、ライは思った。
トラッドはそれが、人間の気と剣とに特別な関係性があることを示していると、そう認識しているらしい。
剣士ゆえ、剣への特別視が無いと言えば嘘になると、トラッドは自虐的に言った。
しかしそれでも信念を持ち、長い修練を積んだその果てに、彼は剣気の神髄を見つけたのだという。
剣は人の真の気を映す鏡である。
それが、トラッドの見つけた真理であるらしい。
この辺りで、ライには単なる思想の話なのか事実なのかが曖昧になってきていた。
それでも続けるトラッドが言うには、剣に気を当て反射させると、その数十倍の気となって肉体に戻ってくるらしい。やはりその理屈もよく分からないが、それは気が増幅されたのではなく、剣という鏡に映った剣士自身、それが真に持つ気を、剣士が知覚できるようになるということのようである。
途中から眉間に皺が寄っているライを見て、トラッドは「すまん、言ったところで分かんねぇよな」と苦笑していたが、さもありなん。
まとめると、剣を関与させて気を制御することで、他の武器を扱う戦士より大きな気を扱うことができる、ということのようだ。
確かにそれが事実なら、凄いことではある。
けれど神髄であるがゆえ、結局は自身の修練をもって自覚するしかないようだ。
やってりゃだんだん分かってくるとトラッドは言ったが、そもそもの気を制御する段階ですらないライとしては、先は長そうだという気にしかならなかった。
もちろん、強くなれるのであれば彼にとって是非もないことではあるのだが。
そうして、ライの新たな修行の日々が始まった。
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