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修行が一つ先に進んだことで、トラッドに与えられた自由時間の三日目は撤回された。
そしてトラッドがその剣をライに見せた翌日より、早速新たな修行が開始される。
最初に連れていかれたのは治癒院である。
ライははじめ、昨日金属剣を振ったことで膝を痛めたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「よう、院長はいるかい。トラッドが来たって伝えてくれ」
勝手知ったる様子で受付にそう告げ、待合室でしばし待つ。
そして別室に通された先に居たのは、深緑の髪を後ろで一つに括った年かさの女治癒術師だった。
「今日はどうしたの? 膝を痛めたってわけじゃないみたいだけど」
「リーネ、悪いが貸しを返してもらいに来た」
トラッドにリーネと呼ばれたその女性は、怪訝な表情を浮かべる。
「いきなりね。もう取り立てる気も無いのかと思ってたけど」
リーネに視線を向けられ、ライは会釈を返す。
彼女はすぐにトラッドに向き直って、小さくため息をついた。
「……もしかしてこの子に?」
「まあな」
「そう……まだ諦めてなかったのね」
リーネが言って、その場に沈黙がおりる。
二人の間で過去に何かあったようだが、ライには事情を推し量ることはできない。
そのため二人のやり取りの成り行きをじっと見つめるしかなかった。
「ま、分かったわ。……それで、どれくらいを考えてるの?」
「手ほどき程度で十分だ。治癒術を習得できりゃそれに越したことはねぇが、聖気功が感じ取れれりゃそれでいい」
「分かったわ」
そのそれで話は済んだらしい。
やはり詳しい事情は分からなかったが、少なくとも「聖気功」というものの習得が、次の修練になるようだ。
「ライと言います。よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
「とりあえず、今日は顔合わせだ。明日にでもまた、ここが閉まった後くらいに連れてくるからよ」
そう言ってトラッドが退室する。
すぐに聖気功の修行が始まると思っていたライは面食らったが、リーネに会釈をしてトラッドの後に続いた。
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次に連れてこられたのは、裏町の一角にある古ぼけた民家である。
そもそも次の目的地があったことも驚きだが、久々に訪れた裏町のあまりの変化の無さにもライは驚かされた。
薄汚れていて、ドブの臭気がうっすらと漂い、すれ違う人間の視線は荒んでいる。
自分もこの風景の一部だったのかと思うと、ライは不思議な気分だった。
「ジジイ! 生きてるか!」
言いながら、トラッドが勢いよく扉を開ける。
彼に続いて中に入ると、うず高く積まれた書籍の奥に置かれた机で本を読んでいた老人が、顔を上げて怪しげな笑みを浮かべているのが見えた。
「シシシ……何年振りか、珍しい客じゃの。何の用だい」
「貸したもんを返してもらいに来たぜ」
「はあ? わしゃお前さんにはなーんも借りとりゃせんぞ」
読んでいた本を閉じ、言いながら老爺は抽斗からキセルを取り出して火を付け、吸い始める。上を向いてゆっくりと吸い込んだ煙を吐き出したあと、彼はトラッドに視線を戻した。
「死にそうなのを助けただろうが」
「ふぅむ……そりゃパーティでの戦いの中のことだろう? そんなもん貸し借りにするんじゃねぇや。それが通じるのはリーネくらいのもんだろうさ」
「そう言うなって。……まあ、なんでもいいか。それよりこいつに魔力の扱いを教えてやってくれねぇか? 魔法は覚えなくってもいいが、魔力が知覚できるくらいにはしてくれ」
なんでもいいのか、とライは思ったが、老爺の方も気にした風ではなく、値踏みするようにライに視線を寄こしてくる。
「へーえ、ほうほう。そうかねそうかね。シシシ……憐れな小僧じゃな、トラッドの酔狂に付き合わされるなぞ」
「じゃ、日中こっちに寄こすから頼むぜ」
「相変わらず強引なヤツよな。まあええわい、お前さんの酔狂にはわしも興味はあったからのう」
そういってもう一度キセルを吸い、煙を吐き出す。
「ライと言います。よろしくお願いします」
ライがリーネの時と同じように挨拶をすると、老爺は可笑しそうに「シシシ」と笑った。
結局老爺の名前は聞きそびれたが、トラッド共にその場を後にした。
すみません、とある小説にハマって何日か執筆をさぼってしまいました。
引き続き書き進めていくので、よろしければブクマ・評価をお願いいたします。




