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綜錬の剣―ドブ浚いの少年が世界樹に至るまで―  作者: とんび


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13


 トラッドの家に戻って来たライは、彼にことの顛末(てんまつ)を報告した。


「ふうん、そうか」


 目を細め、思案するように顎に手を当てて、無精髭をじょりじょりと擦る。


 初の戦闘。それ自体は予定調和ではあるが、外縁部の魔物複数と立ち会うことまでは、トラッドにとっても想定外である。

 更に人死(ひとじ)にに遭遇することも、ライにとっては初の経験となる。大森林における探索者の死は、頻発するものでもないが決して珍しくはない。とはいえ今回のように直に目撃したことが、ライの精神に与える影響をトラッドは黙考した。


「ま、大森林に挑んでんだから、そこで死ぬのも(ことわり)ってもんだ。……それより、ガレナウルフ六頭たあ大したもんじゃねぇか。俺が教えてんだから外縁部の魔物の一体や二体には、遅れは取らねえと思ってたけどよ」

「倒したのは八頭だ」

「あん? 六頭だろ。同時に相手してねーんだから、お前が倒したのは二頭と六頭だ」


 ライの戦闘能力を評価するのであれば、通しで倒した数ではなく、同時に相手した数を考えるのは当然だろう。

 トラッドの理屈の通った反論を受け、ライは押し黙る。


「にしても……全部で九頭か? 送り狼にしちゃ数が多いな」

「送り狼?」

「ああ、そうだ。あいつらは小賢しく知恵が回るからな。大森林の外に向かって進んでる二足歩行の動物おれたちには疲労が溜まってて、襲いやすいってことを知っていやがるんだよ」


 ちらちらと姿を見せながら、つかず離れずついて来て容易に追い払うこともできない。

 そうして精神的に追い詰めて、隙を見せたところで襲い掛かる。


 そういうヤツらなのだと、トラッドは説明した。

 しかも彼によれば、恐らくという枕は付くが、最外縁部であれば同種族の援軍が大した脅威にならないことも知ってそうだとのこと。つまり、最外縁部で活動する探索者の力量も、理解しているということだ。


「なんで知ってるのかは知ねぇけどよ。まあそれで、最外縁部まで()()()()()()、ってことで『送り狼』なんて呼ばれているわけだ。大森林の外には出してくれないが」


 何がおかしいのか、トラッドはクックッと喉を鳴らして笑う。

 送り狼に遭遇した探索者を馬鹿にするというより、何かを思い出しているようだ。


 恐らくトラッドも被害に遭ったことがあるのだろうなと、ライはそんな風に思った。


「九頭というのは多いのか?」

「まあな。ガレナウルフの群れはオス一頭とメス二頭の三頭が基本だ。力の強いオスならもう一頭ぐらいメスが追加されることもあるが、多くてそのくらいだ。親離れも早ええから、子が一緒に居ることも無い。一頭でうろついているのは、大体そういう親離れした若い個体だな。……そう考えりゃ、九頭の群れが異常ってのは分かるだろ?」


 トラッドの説明に、ライは首肯を返す。


 異常な数の群れであったことについては、探索者ギルドにも報告済みである。

 そう告げると、トラッドも「それならまあ、いいか」と納得した。


「なんかの前触れじゃねぇといいが、だとしてもギルドが動くだろ」

「前触れ?」

「経験則だが、見慣れないことが起き始めると、良くも悪くも立て続けに起こるもんなんだよ、大森林ではな」


 怖くなったか? とトラッドがライに質問を向ける。

 ライは首を振ってそれを否定した。


 トラッドとの約束、強くなりたいという想い。

 それらライの根本原則は、異常な数の群れやそれによって起こった人死にで揺るぐものではなかったようだ。


「……少し……大森林の奥に、興味も湧いた」


 小さく呟いたライの言葉に、トラッドが口角を上げてニヤリと笑みを浮かべる。


「へぇ、お前、自分を試したくなったか」

「まあ、そうだ」


 危険を目撃し、体験しても、迷宮の奥に潜むそれ以上の危険に挑みたいという意思。

 それはガレナウルフの群れとの戦いで、ライが自分の強さに一定の自信を持ったことの証左だった。


「はっははは! そりゃいい! お前がなぁ!」

「なんだよ」


 膝を叩いて喜ぶトラッドに、ライが唇を突き出して不満を露わにする。


「いやいや、悪いって言ってんじゃねぇ。……じゃあ鉄は熱いうちってもんだ、お前ちょっと裏庭に出ろや」


 唐突に言われ片眉を吊り上げるライ。

 それを促して立たせ、トラッドはライを先に裏庭に行くよう指示した。


 そして裏庭で待っていると、一度だけ見たことのある、自身(トラッド)の剣を持ってトラッドが現れた。


「なにをさせるつもりだ?」

「まあ見てろ」


 剣を腰に差し、トラッドはその場にしゃがんで怪我をした膝に布のようなものを巻き付け始める。

 そして立ち上がり、おもむろに剣を抜いた。


「……ッ」


 ほの青い刀身の、美しい剣だった。


(それだけじゃない)


 美しいと感じたのは、その剣を持つ、トラッドの姿を含めてのものだと、ライは理解した。


 普通に立って歩くことはできると言っても、やはりどこか、膝を庇っているところがある。

 三年間トラッドと共に過ごしてきて、ライはそれを知っていた。


 しかし剣を抜いたトラッドは、一分の隙も見当たらない、完璧な立ち姿でそこに居た。


 トラッドは少し移動し、ライと距離を取る。


 そして両手持ちで上段に構え。

 ゆっくりと、剣を振り下ろした。




 剣が空を切る高い音が、遅れて聞こえる。





「……え?」


 あんなにもゆっくりと振られた剣が()()()()()()()


 すなわちあの斬撃には相応のスピードがあったということである。

 そのことに気づいて、ライは困惑した。


「トラッド、今のは」

「今日のところは一手だけだ。治癒師の予約もしてねぇからな、杖がなきゃ歩けねぇような生活はごめんだ」


 膝に巻いた布を外しながらトラッドが言った。

 要するに、彼は膝の負担を度外視した剣閃を放ったのだ。

 木の枝を使ったちゃんばらでは見ることのできない、金属剣による一撃を。


「型の稽古はこれから減らす。お前にはこれから、今みてぇな剣を使えるように、指導する。いいな?」

「あ、ああ……」


 驚きを隠せないライに対し、


「具体的には……お勉強の時間だ。楽しい楽しい、お勉強のな」


 トラッドはそう言って、可笑しそうにへっ、と鼻で笑った。


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