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初撃で二頭を屠れたのは運がよかった。
複数のガレナウルフを同時に相手取って、ライはそんな感想を抱いた。
ガレナウルフの残りは六頭。
決してそれらが一斉に飛び掛かってくることは無いが、連携した波状攻撃に、ライは回避だけを強いられる。
幸いにもトラッドに鍛えられた足腰の強さと体術により、攻撃は受けずに済んでいる。
しかし今のままでは反撃の糸口が無いのも事実だった。
「すぐ立て直す! それまで耐えてくれ!」
後ろから探索者の声が聞こえる。
探索者たちを含めれば、単なる人数比で言えば六対四。全員が戦線に復帰できなくとも、味方が一人でも増えれば大きく変わることは間違いない。
しかしながら、ライはその言葉を務めて無視した。
増援があることに意識を向けては恐らくそこまで乗り切れない。集中力を切らしてはいけない。的をライに絞ったガレナウルフの攻撃は、それほど苛烈だった。
「くっ……」
先鋭化する意識の中で、回避行動を取りながらもライは考えた。
狼たちの動きは、トラッドの振るう剣閃に比べれば生ぬるい。にもかかわらず攻撃に移れないのは、自身の動きが悪いからだった。
ライにとっての戦う術は、トラッドとの訓練の中にしかない。
フラッシュバックする訓練の光景の中に答えが無いかと、必死の中でライは祈った。
『逃げるな、とどまれ』
幾合かを経たのち、とあるトラッドの言葉が、脳裏で反芻された。
彼の剣技は対モンスターを想定したものだ。
彼我の身体能力や対格差が大きい場合、間合いの差もそれに比して大きくなる。
であれば相手の攻撃を避け、自身の攻撃を当てるには回避行動の直後が最も適切であると、彼は語った。
回避は攻撃のために行われ、攻撃の動作そのものが回避行動となる。
そんな理想論。
何度も繰り返されるガレナウルフたちの攻撃は、連携精度からくる規則性がある。
攻撃に移っているガレナウルフ……その近くに、攻撃後の隙をフォローする個体が控えている。
動体視力と周辺視。明確にそうと教えられた訳ではないが、戦いの中でライはその使い方を体得しようとしていた。
身を低く伏せ、体を入れ替え、飛び退る。
それらの動きの中でほんの半動作、ライはその場に踏みとどまった。
爪の先が目前に迫るような距離である。
すなわちそれは、彼の攻撃範囲でもあった。
「ここだっ!」
最小の回避から繰り出された袈裟切りが、ガレナウルフの胴体を両断した。
続いて飛び掛かるガレナウルフだが、ライの放った斬撃は連撃の型の初撃である。
即座にもう一つ踏み込んだライは牙や爪をすり抜けてガレナウルフの懐へ。
硬いあばらの下から差し入れるようにして突き刺した剣が、その内臓を破壊した。
「す、すげぇ」
戦線に復帰してきた探索者の驚嘆の声を聞きながら、ライは刀身についた血を払った。
これで四対二。
「はあっ、はあっ……防御を……頼む」
「あ、ああ。分かった」
息を荒らげながらも、端的に言ってライは剣を構え直す。
もともと六頭の波状攻撃を捌いていたのだ。
一頭でもひきつけてくれれば三頭。であればライが攻撃する隙は大いにあるだろう。
これまでの戦いを見ていた探索者にも、それが理解できた。
「も、もう一息だぜ……!」
「ああ!」
そう互いに声を掛け合って、戦いに決着をつけるべく、ライは再び駆け出した。
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一般的に言って、ガレナウルフの強さは数に依存する。
外縁部を探索するような探索者であれば、基本的に一対一で負けることはないだろう。
しかしながら、一人で複数体を相手取るとなれば、場合によっては隣接領域に踏み込める探索者ですら死ぬ危険がある相手なのである。
基本的に探索者はパーティを組むものである。
それゆえこうした脅威はあまり知られていなかったりする。
また社会性のあるモンスターであるからか、ガレナウルフは狩りの獲物を慎重に判断することも理由の一つだろう。パーティと群れの数が同数程度であれば、被害を計算して睨み合いだけに終始することしばしばなようだ。
一方、奥地で傷ついたパーティが帰還時に壊滅する原因の一つとして、浅い領域でのガレナウルフからの襲撃が数えられている。
今回ライが遭遇したのは、まさにそうした一幕だった。
「奥の方でデカい蛇型のモンスターに一人殺られてよ、四人で帰還してたとこに奇襲を食らったんだ」
ガレナウルフたちを倒し切った後。
死んだ者を埋葬する穴を掘りながら、探索者の男――バリスが言った。
襲撃により食らいつかれた一人が喉笛を噛み切られ死亡。食いついたガレナウルフ一頭は殺せたが、疲弊していた三人で残る八頭の相手はかなり厳しいものがあったらしい。
「そんで、救援にきたのがお前さんだったってわけだ」
「そうか……」
言葉少なに、手の動かせる全員で墓を掘り、死体を置いて埋め戻す。
街中への搬送、葬儀の費用。そうしたものが必要になるため、大森林で死んだ探索者の多くはこうして大森林に埋葬される。
ある種大森林に挑む探索者の信仰のようなものでもある。
ライもそれを理解していたが、こうして他の人間の墓を掘るのは妙な気分だった。
「珍しいのか?」
「まあな。スラムじゃ、色々なものと一緒に燃やされるだけだった」
スラムで出た死者は、ゴミを燃やすついでに火葬され、共同墓地の一角に灰を撒かれる。もちろん一応の配慮というか、死体は別で燃やされるが、火葬した日は残り火を使うことができなくなる。ネズミや虫などを焼いて食べられなくなるから、ライは火葬が嫌いだった。
もし……自分が死んだらどうなるのだろうか。
なんとなく、トラッドは墓を作ってくれないような気がする。
もし死ぬとすれば大森林だから、森の生き物に食わて朽ちるのだろうか。
それは少し良いかもしれないと、ライはそんな風に思った。
「もし俺が死んでたら、こいつと同じように森に埋めてくれ」
「……ああ、覚えとくよ。俺も同じだ、忘れんなよ」
唐突なライの宣言に、バリスが答える。
死んだ探索者の、もうすでに土の下にある顔をもう一度思い浮かべる。
死んだのはあの時、ライの胸倉を掴んで最初に拳骨を落とした男だった。
「ロイドってんだ。これは覚えてなくていいぜ」
「ああ、分かった」
ライがあの時に掛けた迷惑は、実際に戦闘して改めて多大なものだったと理解できた。襲撃時の一撃で喉笛を噛み切ってくるような相手を突然引き連れてきたのだ。それは激昂もするだろう。
不思議な因縁のある男だったな。
あの時の拳骨の重さをようやく理解しながら、ライはそんな風に思った。
覚えなくとも良いと言われたが、自分はこの男の怒った顔、そして拳骨の熱さと痛みを、きっと忘れないだろうなとも。
手のひら大の石を小さな墓標代わりとして置き、ライたちはその場を後にした。
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