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綜錬の剣―ドブ浚いの少年が世界樹に至るまで―  作者: とんび


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 二日目。

 ライはこれまで使っていた荷物袋よりも大きいものを購入して大森林に臨んだ。


 モンスター討伐は採取よりも素材の(かさ)が大きい。

 もちろん今日も同数を狩れるかは不明だが、昨日想定より早く帰路に就いたことを考えれば、必要な準備であった。


「さて、今日は少し外縁部寄りに行ってみるか……」


 珍しく独り言を言うライは、昨日に引き続き少々テンションが高いようである。

 

 三年前のガレナウルフとの遭遇は、彼にとって苦い経験だ。

 ただ、リベンジの機会を得たいという望みも彼は持っている。その一方で、安全を考えることは重要だと、ディアナからもトラッドからも逐一指導されてきた。それらを全て加味したものが「外縁部との境界域で、漏れ出てきたモンスターを狙う」という探索方針だったのである。


 探索範囲が外縁部に近いのであれば、安全性は昨日より落ちる。

 そのためライは、この日は走らずに大森林を探索することにした。


 いつも走ってばかりの大森林をゆっくりと歩くのは久方ぶりかもしれない。

 そんな感想を抱きながら、彼は外縁部の暗がりを見つめながら先に進んだ。


 大森林は広大だ。しかし繰り返し探索をしていれば日帰りの範囲ならば、勝手知ったるものである。

 最外縁部と外縁部との境界線も把握できている。


 いつもよりも危険に近しいところを探索していたが、この日の大森林は静かなものだった。


 薬草類を採取でもしようか。

 あまりにも遭遇が無く、浮気心も浮かんでくる。

 けれどそこも鍛錬と思い直してライは剣を握り直した。


 そうして陽が中天を過ぎ、傾いてきてライが帰路についてしばらくした時。


 ライはそれに遭遇した。





 ======





 それは大森林の奥。ライの居る最外縁部よりも中心に近い場所、すなわち外縁部の暗がりから聞こえてきた。


「……怒声?」


 太く、長く尾を引く音である。


 人に似た声を上げるモンスターは鳥類型、猿人型に居ると聞いている。

 けれどそうした危険を示唆するものではないと、その声を聴いたライは直観した。


 もちろんそれが聞こえたのは自身にとって未知の領域、外縁部の奥である。

 多少の逡巡はあったが、それが聞き覚えのあるもの・・・・・・・・だったことで、ライは決心した。


 駆け出して境界域を抜け、外縁部へと突入する。


 人間が線引きしたものであるがゆえ、その風景自体に代わり映えはない。

 けれどどこか空気が濃密になったように感じたのは、ライの気のせいだろうか。


 そのことに深く考えを巡らせる間もなく、いくつかの茂みを越えてライはそこに辿り着いた。


 最初に目に飛び込んできたのは血溜まりだった。


 そこに倒れ伏す人影。そしてそのほど近くに、金属質を思わせる灰色の毛並みの狼も倒れている。

 そして正面に見える血溜まりを挟むようにして、左右に三人の探索者と八匹の狼が対峙している。


「た、助け……っ!」


 目が合った一人の探索者が息を呑んだのが分かった。

 ライも同じ感想を持っただろう。


 そこに居たのは、あの日ライがガレナウルフを引き連れて迷惑を掛け、暴力をもってライにその報復を行った探索者たちだったからだ。


 奇しくも同じガレナウルフ、同じ探索者たち。

 彼らの視線が、ライが茂みから飛び出した瞬間の期待の感情から、諦念へと変わったことがライにも理解できた。

 彼らとライとの間柄は非常に悪い。あの一件以来三年間、一言も言葉を交わしたことは無い。


 しかし、状況を把握したライの判断は一瞬だった。


「はぁっッ!」


 荷物袋を放り出し、大きく二歩。

 最も手近な狼との間合いを詰め、そこから踏み込んで上段から斬撃を放った。


 刃と銀毛のぶつかる金属音は一瞬。

 狼の首が落ちる。


 更に一歩踏み出して下から斜め上に別の一頭の胴を払った。


「ギャィンッ!」


 首を落とされたものと異なり、二撃目を受けたガレナウルフは少しもがいたのち、内臓を露出させて痙攣しながら息絶えた。


「お、お前……なんで……」


 一人の探索者が疑問の声を上げる。


 恨みがあるのではないか。

 ライに投げかけられた言葉の裏にある問いはそれだろう。


 ライは今日に至るまでに、ディアナやトラッド、長屋の大家、その娘など、関わる者たちの多くに同様の質問を投げかけられてきた。

 そしてそれらの問いに、必ず彼はこう答えてきたのだ。


「お前たちには借りがある」


 自身の犯した失敗。

 自身の掛けた迷惑。


 報復は済んでいるとしても、そしてその報復自体への負の感情があったとしても。


 彼は自身の成したことを払拭する機会を、ずっと待ち続けていたのだ。


「助ける、必ず」


 端的に言い、ライはいまだ残る六匹のガレナウルフを前にして剣を握った。

 その手には、その瞳には、戦意が(みなぎ)っていた。


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