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「お前、そろそろ剣を抜いてみるか」
その日、素振りと型の練習をひとしきり終えた後、唐突にトラッドが言った。
「いいのか?」
「まぁ、もう少しすりゃ手足も伸び切るだろうしな。影響も少ないだろ」
トラッドに拾われた時のライの年齢は十二歳。三年の修行を経て現在十五歳となっている。
しっかり食事を摂り始めたこともあり、この三年でライの体は劇的に成長した。その体形変化の最中に実践で剣を振ることは、変な癖がついてしまう可能性がある。そう考え、トラッドはここまで大森林での抜剣禁止を命じていた訳である。
もちろん、まだライの体は成長するだろう。しかしこれまでの成長に比べれば、そこまで大きな変化があるわけではない。その上で、トラッドは抜剣を解禁する判断をしたようだった。
「分かった。じゃあ、午後は大森林に行ってくる」
「いや、まてまて」
ライとしても、最外縁部のモンスターとすら戦えないことに、フラストレーションが溜まっていたのだろう。
急くように言ったライを、苦笑しながらトラッドが制止した。
「今までは戦いを避けるように言いつけていたからな。大した準備もさせてなかったが、これからは訳が違う。戦いに臨むなら、相応もんが必要だ……ってことで、ついてこい」
訓練をしていた長屋の中庭から、二人して家の中に戻る。
そしてトラッドの自室で、ライはいくつかの装備を手渡された。
「これは?」
「俺が若い時に使ってたやつだ。腕甲と胸当て、下垂れにブーツ……」
言われながら、一つずつ身に着けていく。
多少のダボつきはあるが、装備を終えるとまるで一端の剣士のような見た目になる。
「こいつを調整に出して、身の丈にあったもんを身に着けてから実践をやれ。いいな?」
「……分かった」
抜刀は先延ばしになったが、ライの瞳は期待に目を輝かせたままだった。気持ちを切り替えさせるように、トラッドは「午後は体力錬成だ。いつもより厳しめに行くからな」と言った。
モチベーションの上がった今ならば、辛い訓練にも耐えられる。そしてその辛さは、これまでの茫洋としたものではなく、剣を抜いて実践に臨むという具体的な未来に向けたものだ。
ライとして、トラッドと同じ考えだった。そうして二人の意図が重なって、その日の訓練は過去最高に厳しいものとなった。
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数日が経ち、装備の調整が終わった日。
ライはトラッドから丸三日の時間を与えられた。
存分にやってこい。トラッドのそういう考えがライにも理解できた。
早朝から家を出たライはまっすぐに探索者ギルドへと赴いた。
受付に行き、ディアナに声を掛ける。
「へぇ、じゃあいよいよってことなのね」
抜剣のことを伝えると、そんな反応が返ってくる。
ライは首肯し、背負う剣の柄に少し触れた。
「時間が経つのも早いものねぇ。ずっと変わらないように思ってたけど」
ディアナがしみじみと言った。
確かに、三年の年月が経過したと言っても、探索者ギルドの顔ぶれが大きく変わったというわけではない。もちろん危険と隣り合わせの大森林であるが故、怪我や引退で多少変化はあるが、基本探索者は安全第一なのだ。
一番変わったところなど、言っている当の本人の左耳に、婚姻の証であるイヤリングが追加されたくらいのものである。
「ま、ライ君ずぅっと頑張って来たし、きっちり大戦果を挙げてくるといいわ」
「そこは安全のことを言うべきだと思うけど……」
「いやぁね、冗談よ。キミと私の仲じゃない……じゃあ、気を付けていってらっしゃい」
「ああ」
そんな会話を交わして、ライはギルドを後にした。
大森林に入ったライは、早速剣を抜いて走り出す。
抜剣を許されたと言って、トラッドからなんの指導も無かったわけではない。
剣を抜いた状態での走力を鍛えるように言いつけられていた。
それは逆に言えば、現在のライの体力であれば、最外縁部のモンスターなど訓練の片手間で倒せるということでもある。
三年前にディアナに教えてもらった頻出三種のモンスターと出会ったライは、どれも一刀のもとに切り捨てた。
走り寄り、攻撃の意思を見せるモンスターに斬撃を浴びせる。
それだけで簡単に終わってしまう。
トラッドから常日頃「切る相手を想像して斬撃を放て」と言われていた。
そのイメージ通りに振るわれた斬撃は、吸い込まれるようにモンスターを両断した。
ホーンヘアが三羽、スラッシュモスが一匹、ベノムスラッグが一匹。
それが正午を過ぎたあたりまでにライが狩ったモンスターである。
あまりに容易く狩れるのはライとしても拍子抜けだった。むしろそれらを探し出すために走った距離の方が大変だったともいえる。
これだけの数を狩り、素材が採取袋の満杯を越えて溢れ始めていたため、ライはその日初めて日のあるうちに探索者ギルドに戻るのであった。
今後は一日一回の更新となります。




