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少年が日々のドブ浚いの仕事を終え、洗い場でようやく汚れを落とした帰路。
握りしめた硬貨でようやくありつける食事に期待しながら歩いていた時のことであった。
「てめぇ、なにしやがる!」
「うるせぇ! 死にやがれ!」
大通りから二つほど離れた、薄汚れた裏町の路地である。
そこにケンカをする二人のチンピラがいた。
少年は巻き込まれないよう、とっさに物陰に身を潜める。
こんなことは、裏町では日常茶飯事だ。
だから気づかれないうちにそっと立ち去るのが通例のこと。
しかしその時の彼は伸された男が倒れ伏し、ケンカが終わるまでそこでじっとしていた。
決して恐怖や危険を感じて身がすくんだわけではない。
繰り返すが裏町で生きる彼にはいつものことだからだ。
では、なぜ彼がその場を後にしなかったのか。
それは彼が目撃したからだ。
チンピラの片方が持っていた銀色のナイフ。
それがもみ合った際に手から零れ落ち、争いの中で蹴り飛ばされ、広く深い用水路――ドブの中へ吸い込まれていったのを。
勝った男が負けた男のポケットから財布を抜き取って去った後、少年は物陰から飛び出すようにして駆け出し、一直線にドブへと飛び込んだ。
この町の水路には排泄物は流れされていない。しかし生活排水やゴミなどが垂れ流され、流量のある主要水路から離れた裏町の水路では、いつも腐臭が漂っている。腐った廃棄物のぬめり、発酵熱で生暖かいその中に顔を突っ込んで、彼はナイフの落ちた場所を探った。
「……あった……!」
手に触れた硬質な感触を握りしめ、水面から顔を上げて思わず感嘆の声を上げる。
陽の光にかざしたナイフの刀身が、鈍く光を反射していた。
腐敗した物体に塗れた、手入れのされていない低品質なナイフ。少ない稼ぎで余裕のない生活を送る少年にとって、それは代えがたい輝きであった。
なぜならば、大森林探索規約の第一条にこう記されているのを、彼は知っていたからだ。
『汝、寸鉄を帯びぬもの、大森林での探索を行うなかれ』
そうして、裏町で生きる身寄りのない少年は、新たな人生を手にすることになった。
本日は3話まで投稿予定。




