遺跡
某文学賞に前回応募して落選した作品です。
供養の意味も込めて。
人里から少し離れたこの土地で遺跡が見つかったのは一年ほど前のことだった。
当時大きな地震があり、周辺で多くの山崩れや地割れが起こったが、そのとき埋もれていた遺跡の一部が現れたのだ。
石がきれいに階段状に積み上げられていて、もしかすると古代文明の遺跡ではないかと、発見当時は大騒ぎになった。
多くの研究者が詰めかけ調査が行われたが、どうやら古代文明ではなく昔の城跡のようなものだということがわかり次第に熱は冷めていった。
今では関心を寄せる人はほとんどいない。
そのような人気のなくなった遺跡ではあるが、今も時々調査のため研究チームが訪れている。
「せんせー、そろそろお昼にしませんかー」
助手が教授とスタッフを呼ぶ。
教授は立ち上がって腰を伸ばし、みんなに休憩を告げた。
スタッフはそれぞれ作業を切り上げて昼食に向かう。
この助手は野戦食のプロを自称しているが、腕は確かである。
軍でアルバイトをしていたというのもまんざら嘘ではないかもしれない。
昼休みの後スタッフが現場に戻ると、助手は教授にたずねた。
「せんせー、本当に見つかるんでしょうか」
心配そうな声の助手に、
「あともう少しだからなんとかなるよ」
教授は明るく答えた。
この自信はどこからきているのだろうか。
ところがその次の日のことである。
スタッフが外壁らしきものを掘り当てたのだ。
その後みんなで作業をしたところ、かなり大きな区画を掘り出した。
この新しい発見にチームは沸いた。
その日の夜はもうお祭り騒ぎであった。
特に教授がとっておきの酒をみんなに振舞ったので大いに盛り上がった。
そのまま全員が酔いつぶれて寝てしまった後、教授は一人で新しく見つかった外壁に向かった。
教授は懐から小さな本くらいの大きさの箱を取り出し、慣れた手つきで操作した。
すると外壁の一部が動いて通路のような空間が現れた。
教授はその中に入ると、その通路を進んでいった。
通路の突き当りで教授が箱をかざすと扉のようなものが現れ、そしてその扉がひとりでに開いた。
扉の先は大きな会議室ほどの広さの部屋となっており、その中にはいくつかの机が整然と並んでいた。
教授はそのまま部屋の中に入り、中央近くにある机の上に箱を置いた。
しばらくすると机の上に光が現れた。
光は次第に広がっていく。
机が明るさで満たされると次に右の方のエリアが光り出し、そして左のエリアも光り始めた。
沈黙に包まれていた部屋は地上のように明るくなった。
教授はその動きを一つ一つ確認していた。
その時、
「せんせー、何してるんですかー?」
教授が振り向くと、入口のところに助手が立っていた。
助手は寝ていたはずだが、と教授は少し不思議に思いながら話しかけた。
「ああ、君か。何でもないよ。いや、どうしてもこの部屋が気になって来たらこんな感じになっていてね。私はもう少し調べてみるから君は帰って寝ていいよ。本格的な調査は明日にしよう」
しかし、助手は教授の言葉を聞かず、意外な事を言い出した。。
「せんせー、駄目ですよー。でもここで止めたら少しだけゆるしてあげますよー」
教授は何か言おうと開いていた口を閉じ、じっと助手を見つめた。
そして右手を懐に入れたかと思うと銃を取り出し、躊躇なく撃った。
銃声が部屋中に響き渡る。
しかし、撃たれたはずの助手は倒れることはなく、空間が揺らいでいるだけだった。
しばらくして空間の乱れが収まると、そこには別の人間が立っていた。
「教授、お久しぶりですね」
この宇宙にはさまざまな世界が並行して存在している。
今と少しだけ違っている世界、人類が生まれていない世界、人類以外が文明を作った世界など、無数の可能性が広がっているのである。
教授はその並行世界について研究していた。
しかし教授のいた世界の中央政府は、彼の研究を危険と判断し中止を命令してきた。
研究が止められることを嫌った教授は、それまでの研究をもとに並行世界への転移装置を急いで製作した。
そして警察が教授の身柄を取り押さえようとする直前、教授は装置を完成させ研究施設ごと他の並行世界へ逃げたのだった。
まあ、テストなしで本番を行ったのはさすがに無理があったようで、研究施設は予定と異なり教授とは少し離れた場所に転移しまった。
行方不明の研究施設を探しだすのに大変な苦労することになったというわけだ・・・
「君はあの時の刑事か」
「そうです、あなたを見つけるのに苦労しましたよ」
「どうやってこの並行世界に来たんだ。他に研究している者はいなかったはずだ」
「並行世界への旅行についてはあの時点で政府が完成まであと少しのところにいたのですよ。もちろん世間には内緒で。ところが教授の研究が先行していることが判明したのです。このままでは政府が技術を独占できないと判断し、あなたに圧力をかけて研究をやめさせようとしました。しかしあなたはそれを拒否し、さらに政府の予想より早く技術を完成させてしまった。逃げられたので悔しかったですが、政府もようやく並行世界へ飛ぶ装置を完成させましてね。ぜひ私の手で教授を捕まえたいと、そう志願したわけですよ」
「そこまで内情を明かしていいのか?」
「大丈夫です。あなたを逮捕しますから」
その言葉を待っていたかのように、入口からさらに数人の警官が現れた。
「そういえば助手に化けていたようだが、彼はどうした?」
「まだ寝てるはずですよ。姿を借りただけですから」
「それは良かった」
教授がそう答えた時、部屋の機器が明るく輝き始めた。
「教授・・・これは、既に起動させていたのか・・・」
予想外の事態に刑事たちは狼狽した。
「大丈夫、君たちには何も起きないから」
教授はにこやかに答えた。
虹色の光が更に強くなり、
「それでは失礼するよ」
教授の声と共に光が消え、広い空間だけが残された。
「くそっ、また逃げられた」
目の前でまたも教授を捕まえ損ねたのだ。
腹立たしいことこの上なかったが、なんとか平静を取り戻し教授がどこに転移したか部下に調査を命じた。
この部下たちも自分と同じように前回教授に逃げられているので逮捕に執念を燃やしている。
「教授はこれだけの痕跡を残していますから、今回も発見は容易かと思います。すぐに追いつくことができるでしょう」
「ああ、必ず捕まえてやる」
「・・・と彼らは思っているだろうな」
転移を終えた教授は、椅子に座ってゆったりとお茶を飲んでいた。
教授が刑事たちの追跡に焦っていないのには理由があった。
前回の転移は並行世界間を移動したもので、その痕跡がわかれば同じように装置を使って転移することができる。
刑事たちが利用したのはこれだった。
しかし今度の転移は並行世界の間の移動ではなく、並行世界の中の事象移動である。
少し時間を巻き戻して、刑事たちが来なかった世界に転移したのだ。
起動時に念のために仕掛けておいたこのプログラムが役に立った。
刑事たちは別の世界線にしか飛べないので、ここに彼らが来て教授を邪魔することはできない。
あちらからするとずるいとしか言いようがないだろう。
それにだいぶ怒らせたようだから、しばらく元の世界には戻れないな。
教授はカップを置いて外に出る。
今日もよく晴れていて仕事が捗りそうだ。
昼休みの後、
「せんせー、本当に見つかるんでしょうか」
と心配そうな声の助手に、
「あともう少しだからなんとかなるよ」
教授が答える。
その次の日、未知の外壁が見つかった。
(おわり)