5年後
「鈴木さん、来週までにこれ用意しておいてね。忙しかったら同じデスクの人に分担してもいいから。」
「はい、分かりました。」
カタカタとキーボードを打つ音、電話の鳴り響く音、隣の部屋から聞こえる打ち合わせの声。
いつもこの場所は音で溢れている。
忙しない広告代理店で働き始めて、初めはやめたいと何度も思ったけど、気付いたらもうすぐ5年が経つ頃か。
ふと目に入った桜の木の画像に、思わず手を止める。
あの日はこんな満開じゃなかったな。
あれからもう5年か。
小鳥遊がいなくなった日、まるでこの世界から消えてしまったかのようだった。
あの日の後、親も先生も同級生も、誰も小鳥遊のことを覚えていなかったのだ。最初からいなかったかのように。
証拠に写真を見せようとしたけど、卒業アルバムにも、今まで撮ったどの写真にも小鳥遊の姿は写っていなかった。
いや、一枚を除いては。
あの日、一分咲きの桜の前で撮った後ろ姿はたしかに写っている。
今ではその写真だけが、小鳥遊と過ごした時間の証拠だ。
「また夕陽に会うから!」と言ったときの小鳥遊の表情が忘れられない。
夕陽なんて、鈴木としか呼ばれたことなかったのに何でそう呼んだのかな。あの時聞いておけば良かった。
「夕陽ちゃん?ぼーっとしてるけど大丈夫?何かあった?」
「いや、何でもない。大丈夫だよ。」
隣のデスクの同期の声で現実に引き戻された。
「早くこれ仕上げちゃうね!」
「うん、二人とも終わったら久しぶりに飲み行こうよ」
「やった!いいね、行こう行こうっ」
とりあえず今は仕事だ。頑張るぞと自分の心に喝を入れる。
同期がいて、仕事は慣れてくると結構楽しくて。
社会人としては結構恵まれている方だと思うし、何も不満なんてない。
でも小鳥遊がいない、ただそれだけで、ずっと何かが抜け落ちたような感覚が消えないのだ。