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あの日に会いに行く  作者: ときのアメ
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1日目

最後のチャイムが鳴る。

幾度となく聞いた音、でも今日は少し重く優しく響くような気がする。

明日からはこの音を聞くことはない。


長ったらしい校長先生のお話を聞き終えて、卒業生の記念写真を撮った。これから各々の教室に戻って、クラスで記念写真を撮る。


やっぱりアイツがいない。


教室に戻って気付いた。

私の隣の席が空いている。


出席番号12番 小鳥遊(たかなし) (はる)


小鳥遊が高校卒業式に来ないというのは、最初から分かっていた。行事の日は大抵休む。ただ、やっぱりいないのかと思いつつも、卒業式ぐらいは来るかと思っていたのに。


「鈴木さ〜ん、あっ優陽の方ね」


先生に呼ばれる。私の名前は

鈴木(すずき) 優陽(ゆうひ)だ。

男子っぽい名前で間違えられやすいが、

女子である。

もう一人、同じ苗字の鈴木(すずき) 羽美(うみ)がいるため、少しややこしい。


「これ、いつも悪いんだけど小鳥遊さんの家に届けてくれない?こんな日ぐらいちゃんと来てほしかったわ」


「はい、いいですよ〜」


家が近所だからサボり癖のある小鳥遊が休む度、私がその日の配布物を届ける。

これ、と言われて渡されたのは卒業証書。


はぁ、今日は卒業証書か。こういうのは普通自分でもらいにくるものなのに。


「おはよう、鈴木」


「あれ?来たの?」

「小鳥遊さんっ、今頃来たの?」


いつの間にか、小鳥遊が後ろに立っていた。

先生も私も突然のことで驚く。


「いや、朝からいましたよ。先生気付きませんでした?」


「ほぅ私が気付かなかったのか…

じゃあ何で卒業式終わったのに自分で卒業証書持ってない?」


「それは……何ででしょう」


「まあいいけど、そろそろ集合写真撮るから2人とも並んどいてね」


「はーい」


絶対にバレる嘘をついた小鳥遊を若干、軽蔑の眼差しで見ながら、列の後ろの方に並んだ。

私の視線を感じたのか、小鳥遊はにやりとはにかんだ笑顔を浮かべてこちらを見る。

そして私の前に並んだ。

写真は苦手だったけど、今日ぐらいはと思って、頑張って笑みを浮かべる。


「は〜い、皆笑顔でねー、はいっチーズ!」


カシャ


これが高校で撮る最後の写真。

なんだか感慨深い。


「おい、お前何ボーッとしてんの?写真終わったから、もう帰っていいってよ」


「小鳥遊は感慨深さとかない?高校最後の日なんだし…」


「あーそういう感じね。まあとにかく帰ろうぜ」 


「帰るか〜」


なんだかんだ、当たり前のように一緒に帰ってくれるのは、実は結構嬉しい。


校舎から出ると、暖かい日差しが眩しく思えた。

学校が午前中に終わった日の帰りの空が晴れているときのこの雰囲気が好きだ。


不思議と心が軽くなるような、

そんな程よい暖かさと眩しさ。


校門脇の桜はほんの少しだけ咲いている。

今はまだ少し寒いけど、私たちが大学に進学したり、就職したりして、新しい生活を始める頃には

満開になるのだろうか。

何となく、小鳥遊の後ろ姿を一分咲きの桜越しに撮った。


「今なんかした?」


「いや、別に。桜の写真撮っただけだよ」


「そっか」


あれ?ほとんど咲いてない桜撮って何が楽しいんだよ、ぐらい言ってくると思ったのに。


「小鳥遊、どうかしたの?」


「いや、何もないけど」


「…そう?」


なんかいつもと違う感じがしたんだけどな。

その後は部活のこと、先生のこと、これからの進路のこと、他愛のない話をしながら帰った。

いつも通りの話なのに、小鳥遊は何だかいつもより嬉しそうで、つられて私も嬉しく話続けた。


「…じゃあな。」


「うん、またね。」


高校最後なのに普通のやり取りになっちゃったな…

でもこの感じがいいのか。


なんて考えながらお互いにクルッと背を向けて別れる。


「あのさっ」


突然、小鳥遊が大きい声を出すから、思わず振り返った。


「なに?」


小鳥遊は夕陽越しに立って真っ直ぐこちらを見ていた。なんだかその姿が幻想的に見えて、思いがけず緊張してしまう。


「……俺、絶対また優陽に会うから!」


「…あ…うん、わかった」


それだけ言って、小鳥遊は帰ってしまった。

ご近所なんだし、また会うに決まってるのにって言おうと思ったけど……

小鳥遊の声も瞳もあまりにも真剣で、ただ分かったとしか言えなかったのだ。


次の日、小鳥遊の家を訪ねた。うちの父が出張のお土産を買ってきたから、小鳥遊に渡しに行こうと思って。


でもそこには小鳥遊の姿は無かった。

というか、家の中には誰もいなかった。

家具すら無い。

空っぽの家があるだけだった。


引っ越し?

何も聞いてないのに。

ただ呆然と立ちつくす。


マドレーヌが床へ音を立てて落ちて、空っぽにやけに響き渡る音に胸がキュッとなった。


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