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 デアデリング大陸の南方。

 そこにゲネア皇国と呼ばれる国家がある。

 五大強国の一つに数えられる彼の国は、薄氷の浮かぶアルスランド洋を一望できる、大陸の南岸を我が物とする大国。降り続ける雪とエーテルの結晶で国土を覆い尽くされた冬の国。

 エデニア大神巨塔からはちょうど北に位置しており、戦時には真っ先に攻撃の標的になった不運な土地でもあるが、ゲネア皇国はその国土を覆い余りあるエーテル結晶のおかげで豊かに栄えている。

 また結界魔法技術とエーテル運用技術が特に発展していて、ゲネア皇国・セプテムグレイ王国・セルジニア帝国・エルバーン教国・ナルドール同盟圏と連なる五大強国の中でも二番目に武力を持っていることで知られている。


 そんなゲネア皇国の中央に存在する首都サルバリム。

 そこは周囲を剣山のように鋭くとがった山々に囲まれている、難攻不落の城塞都市である。

 二千年近く雪に支配された土地でありながら、不思議と街中は雪が解けて地面が見えるくらいの暖かさがあり、道を行き交う人々の服装も気候に対してわりと薄手なように思える。

 大通りの真ん中には炎を纏う巨大な宝石剣の飾り物があり、そこから続く道の先には長い階段と、さらにその向こうには氷柱つららを逆さまにしたような外観の宮殿がそびえ建っている。


 またサルバリムには国一番の大きさの冒険者ギルドが存在しており、そこに併設された酒場では、昼間から酒を浴びる冒険者たちを見つけることが出来るだろう。

 冒険者とは言ってしまえば何でも屋。

 多種多様な仕事が集まるギルドから依頼を受け、それをこなすことで報酬である金銭を手に入れる者たち。詩人のうたう「定職につかないその日暮らしの連中」とは口汚い言い方だがあながち間違いでもない。

 とはいえ、街の外においては彼ら以上に頼りになる存在はいないだろう。整備された街道すら魔獣のせいで安全とは言い難く、山道や森の中ではそれらが数えきれないくらいに跳梁跋扈している。そんな環境では、冒険者たちは闇夜を照らす月明かりのように心強い存在であるのだ。


 まあ詩人の言様はさておいて、仕事柄不安定ではあるが、一度に大金を稼ぐことも可能なのが冒険者のメリットでもある。ギルドで受ける依頼以外にも、遺跡で金銀財宝を手に入れるという手段でお金を稼ぐことが出来るのが、冒険者を目指す若者が絶えない理由でもあるだろう。

 いわゆる一攫千金、というやつである。


 そんな夢と現実が入り乱れる冒険者ギルドにて、今日も今日とて衆目を集める一団があった。

 その一団──「タラスク」という名の冒険者パーティは、冒険者ならば知らぬものはいないと断言できるほど有名な存在だ。

 その理由の一つとして、パーティリーダーが『千手の剣聖』の異名を持つグレア・ブレイズマイマンであることが挙げられる。

 冒険者ギルドが発足してから早数百年。グレアはその当初からギルド内に席を置いており、今まで積み上げてきた功績は数知れず。

 冒険者の間では彼女は伝説のエルフ族だろうという噂がまことしやかにささやかれているが、実際のところ、それを確かめようとする数多の視線は彼女の纏う黄金の全身鎧に遮られている。


 メンバーの全員が女性であるということも理由の一つだろう。

 男のほうが多い冒険者という職業においてそれは非常に珍しいことであり、それゆえ「あのパーティに混ざってみたい」という憧れの対象として見られることもあった。


 そんなグレアの率いる「タラスク」に所属しているのは彼女を除いて他三名。斥候のキオスク・リベルタ、魔術師のフォーチュン、結界術師のファリン。


「んで、どうすんのさリーダー。この依頼受けるの?」


 冒険者ギルドの一角。

 テーブルに座るファリンが、一枚の紙をピラピラと揺らめかせながら隣に座る黄金鎧に話しかけた。

 その一際ひときわ目立つ黄金の重鎧じゅうがい──場違いとまで言えてしまうような外見のグレアは、顎を手をあてがってううんと考える素振りを見せる。

 依頼書であるその紙に書かれている内容は、首都近郊に出現した転移門を破壊してほしい、というもの。そしてその依頼書は、ゲネア皇国軍本部が「タラスク」を指名してギルドに提出したものだった。


「……受けたいが、やるなら私一人が好ましい」

「まーたそれだよ!」


 ゆっくりと口を開いてそう話すグレアに、ファリンはどんとテーブルを強く叩いて抗議する。


「いつになったら私達のこと信頼してくれるのさ! これじゃ何のためにパーティ組んでるのかわけわかんないよ!」

「……ファリンに同意。グレア、私たち頼ってくれない」


 抗議するファリンにフォーチュンも賛同する。

 グレアたちが「タラスク」を結成してから今日まで半年、これと似たような会話を彼らは今まで何度も繰り返してきた。


「まあ、待ちな。グレアだって悪気があるわけじゃない。あたしらを心配してるんだろ」

「それが余計なお世話だって言ってんの!」

「分かってるさ。だから待てって言ってんだ」


 キオスク、フォーチュン、ファリンの三名は、もともと「黒百合」という名のパーティを組んで活動していたメンバー同士である。

 グレアの足元にも及ばない程度ではあれ、彼女たちもそれなりの強さを持って冒険者として生きてきた。

 危険な依頼をこなせば「黒百合が咲いた」なんて言われるくらいには名も売れてきていたパーティだ。

 そんな彼女たちがどうしてグレアとパーティを結成することになったのかと言えば、単純にグレアの出した募集にいの一番に手を付けたからである。

 とはいえグレアと彼女たちの関係性は、半年の時間が経過しても馴染んだとは言い難いだろう。


「……」


 グレアは腕を組んだ姿勢に変え、思考にふける。

 目の前の依頼書。そこに書かれてある「転移門」とは、悪魔族が地獄界から人界に出てくる時に使うドアのようなもの。

 それゆえそれら転移門の周辺には悪魔族が少なからず集まっていると考えて間違いはなく。

 ──そして端的に言って、悪魔族は手強い。

 自分一人ならば何の問題もないだろうが彼女たちにとってはそうではないだろう、というのが彼女の本音だった。


 グレアだって別にファリンら「黒百合」を信頼していないわけではない。

 ただ、名が売れすぎたグレアのもとに届く依頼は、そのほとんどが彼女の知名度と期待値に見合った難易度と危険度のもの。

 そこに彼女たちを巻き込むというのは、グレアにとってはなかなか気の引けることであった。


「──グレア」


 その声に、グレアは考え込んで下を向いていた顔を上げる。

 彼女の名を呼んだのはキオスクだった。キオスクはテーブルを挟んだ彼女の正面に座っており、そこからグレアを真っ直ぐ見据えていた。


「なあ、今日であたしらがパーティ組んでどんくらいだっけ」

「……半年、だったか?」

「そうだな。そのくらいだったかもな」


 キオスクは軽く息を吐く。

 思い返すこと半年前。キオスクたちはギルド内のパーティ募集エリアにて、新しく貼り出された募集用紙を眺めていた。

 募集期間の新旧更新の時期であり、ギルド職員が掲示板に用紙を貼っていくのを追従しながら見ていた彼らは、ちょうどたった今掲示された一枚の募集用紙に目を留める。

「前衛職、腕に自信あり。なるべく女性のいるパーティを希望」とだけ書かれたその募集用紙は、紛れもなく剣聖グレア・ブレイブマイマンのものだった。

 彼らは驚きながらもすぐにその用紙を持って受付に行き、それから数日を経て、奇跡的にグレアとパーティを結成するに至ったのである。

 しかしながら、それからの半年でグレアが彼女たちとこなした依頼はたったの五つ。パーティを組んでいるはずなのに、ほとんど「剣聖」と「黒百合」で別れて依頼を受けている状態。

 まさか自分たちがあの「剣聖」と一緒に戦うことができるとは、なんて喜んでいたこともあり、実際のその後については残念な気持ちにならざるを得なかった。

 

「……グレア、あんたは強い。最強とまで謳われるあんたとパーティを組めて、本当に、心から嬉しく思ってる。けど──」


 彼女は一度躊躇うように口を閉ざしたものの、ファリンとフォーチュンのほうを見て、グレアから少し目を逸らすようにしながら口を開く。


「けど今は、それ以外の感情も少しあることを分かってほしい。「後悔」とまではいかない薄く濁った感情を抱くようにもなってきたんだ」


 気まずく申し訳なさそうな様子を見せるキオスクだったが、グレアはその言葉について何となくの心当たりがあった。

 察していた、というべきか。

 パーティを組み始めた当初。その頃はみなグレアに活気に満ちた笑顔を浮かべていたはずが、今はどこか、諦めたようなくすんだ表情を見せることが多くなっていた。

 そしてそれが恐らく自分のせいなのだろうということも、グレアは何となく理解していたのである。


「……なあ、今回だけでいい。本気で、あたしらをあんたに付き合わせてくれないか。その結果で今後を決めてもいいと思うんだ」

「それは……」


 グレアは言葉を詰まらせる。

 キオスクからこのように言われたのは初めてのことであり、彼女はそれにわずかに動揺してしまう。

 いつもならなんだかんだと上手い具合に話をつけてグレアを送り出してくれる彼女が、今日は真剣な面持ちでグレアに話しかけていた。


「頼む。今のままじゃ、パーティとして必ずどこかで破綻してしまう。それだって、あんたほどのもんなら理解してるはずだ」


 キオスクの眼差しをグレアはじっと見返す。

 曇りなき瞳である。砂を高温で溶かしてガラス玉にした時の、その熱がそのまま残っているかのような、熱い焔の如き昂ぶりを秘めた瞳。

 彼女キオスク風に言うのなら「マジのガチ」というやつだろう。


「……分かった。皆で行こう」 

「よしきた!」


 どうするか決めなくてはならないと片隅で考えもしていた時分。そのような双眸に見つめられてしまっては、流石のグレアも迷う腹を決めざるを得なかった。

 グレアは椅子から立ち上がって依頼書を懐に収めると、皆に出立の準備をするように告げる。まったく、それを聞いたファリンの喜びようは半端ではなかった。

 宙に浮くぐらいの強さでフォーチュンを引っ張りギルドを飛び出した彼女は、意気揚々と大通り沿いの魔法具店へと向かう。

 キオスクはそれを見て苦笑いしながら、グレアと共に装備の入念なチェックを始める。

 それは冒険者パーティ「タラスク」として、彼女たちがようやく一丸となって動き始めた瞬間であった。


 そんなグレアたちが首都で動き出したのと時を同じくして。

 ゲネア皇国の南海岸──アルスランド洋沿岸部では、一組の男女が雪を踏みしめながら歩いていた。


「にしても少し冷えるのう。お主は寒くないか?」

「寒いですよグレイル様。足の先から骨の髄まで、寒さで凍ってしまいそうです」


 真っ白な世界を歩いているのはエデニア大神巨塔の女主人グレイル・リア・ヴァルプルギスと、その住人の一人であるタームテール。

 彼らは遠路はるばる空を飛んでここまでやってくると、色々と準備を終えて、街の方を目指してテクテクと移動していたところであった。

 そんな両者の服装はと言うと、グレイルは黒い厚手のローブとブーツを着用し、耳当てをつけた上からフードを被っている防寒装備な一方で、タームテールは法衣の上から大きな布を羽織っているのみである。


「そんなに寒いのなら、お得意の呪符とやらでどうにかすればよいではないか?」

「そう便利なものでもないのですよ、私の術は」

「まったくしょうがないのう……」


 ごそごそとバックパックをまさぐるグレイルは、そこから一着の大きな外套がいとうをバサリと取り出す。

 分厚いマンモスの毛皮で仕立て上げた、保温性撥水性抜群の一品である。


「これでも着ておけ」

「おお、ありがとうございます。時に……これにはなにか、魔術機能が施されていたりはするのでしょうか?」

「一応は神代の遺物じゃぞ? そんなもの要らぬわ。なんでもかんでも魔法だ魔術だなんだのと、少しはそのままの良さを知るがよい」


 森と森の間の道なき道を、二人のザクザクと雪を踏みしめる音だけが響き渡る。

 雪と風が吹いており、進むたびに彼女の顔に雪が当たって、言いようもない不快感が地味に蓄積されていく。

 特に目に入ってくる雪ほどうざいものはない。

 結界を使用すればそれら全てを弾くことも出来るのだが、グレイルはあえてそれをしていなかった。


「ここから街までどのくらいあるんじゃろうなぁ……」


 ポツリとグレイルがぼやいた。

 疲れるというようなことは全くないにしろ、このような天気では歩くのも憂鬱になってしまう。

 タームテールは手印を組み、術を使っておよそ二里先の景色を見通す。雪で見えづらくはあるが、大きな外壁と門のようなものが彼の術に映る。


「まだだいぶかかると思われますが……こういう場合、先に霊脈を探すという手もあったりします」

「なーにを言っておるんじゃおぬしは。なぜそんなもの探す必要がある? 街に向かうだけじゃろうが」

「通信の確立など、したほうが良いかとも思いまして」

「文通の指輪があるじゃろう。もしや付け忘れてきたのか? だとしても意味が分からぬが」

「まあなんでしょう。言ってしまえば陣地を作成する、ということです。万が一の避難所のようなものがあれば心に余裕もできましょう」

「なるほど? わからん」 

「くふふ」


 さてそんな会話をしながらも、グレイルは自身の感知範囲の中で動き回る複数の気配に意識を向けていた。

 四から五体はいるだろうか。

 やがて、その気配が彼女たちの歩いている場所のすぐ横の森に近づいた時、彼女は静かにその方に視線を向ける。

 タームテールも遅れて気配に気が付いたようで、グレイルの見ている方向と同じ地点に顔を向けた。


「おやこの気配……話の途中ですが、どうやらワイバーンが出たようですね」

「おぬしの目は節穴か。ただの獣ではないか。あんなもの、適当に威嚇しておけば逃げていくじゃろ」


 グレイルは気配のするほうを一瞥すると、人差し指を弾き、その先にあった樹木近くの雪山を盛大に抉り飛ばす。

 不可視の一撃。

 直後、そこからキャンと悲鳴のような鳴き声が上がり、二匹の魔獣が跳ねるように森の中へと走り去っていくのが見えた。

 それに合わせて他の気配も散り散りにいなくなる。


「お見事ですグレイル様。まるでレイガン・・・・のような御業みわざ

「ほめるな。この程度、寝ていても出来るわ。そういう言葉は別の時に欲しいものよな──れい……? なんじゃ?」


 戯れ言に混ざる耳慣れぬ言葉が脳内を一巡し、彼女は立ち止まってタームテールを見上げる。


「おやご存じありませんか。まあ狭間の話。覗き見てみれば斯様に面白いものも存在いたしますゆえ」

「おぬし、また意味のわからぬことを……」

「くふふ、いえ失礼。少々口が過ぎましたね。お気になさらず」


 シュンシュンとなにか構えるような体勢で含み笑いをするタームテールにグレイルは少しばかり苛立ちを覚えた。

 正面に向き直り、先を歩く彼女はひとり深呼吸をし、そう言えばこいつタームテールはそういうやつだったと思い返す。

 時おり意味不明なことを言い出しては、不必要にこちらを混乱させてくる。口が回るのは本来良いことのはずなのに、こいつに限ってはそれが悪さを働いているのだ。

 今日はまだ全然マシなほうだが、これが行き過ぎると会話すら成り立たなくなるから厄介なもの。


 ところでなぜグレイルとタームテールが徒歩で街まで向かっているのかと言えば。

 彼らの今の目的が周辺地域を散策がてら観光ちょうさすることであり、どこからどう見られても不自然の無いように街に向かう必要があると考えたからである。

 結界で雪風を防がないのもそのため。ローブに付着した自然な雪を演出するためであった。まさか門の手前で雪をかけ合いっこしたり、わざと雪に飛び込んでごろごろと付着させるわけにもいくまい。

 想像しただけでも……それはあまりに不審すぎる。

 またそれらの理由から両名とも高度な認識阻害魔法を使用しており、そのおかげで彼らはその魔力に至るまで全くの別人のように見えていることだろう。

 ちなみに設定ではタームテールが父親でグレイルが娘である。身長差の関係もあり、それがちょうどよく見えるという理由だった。


「グレイル様、例の柱が見えてまいりましたよ」


 しばらくして彼らの視界に、複数の黒く太い金属製の四角柱が見え始める。

 雪の中でもはっきりと見えるそれは大きさも相まって、街にかなり近づいたことを教えてくれる目印となっていた。


 ──結界魔法。


 グレイルの魔力視がドーム状の淡い光を捉える。

 街を囲むようにして建てられたそれらの謎の柱が結界魔法を展開するための要柱として存在していることを、一ヶ月近くの入念な偵察を経てグレイルたちはすでに理解していた。

 分析ではこの結界について、複数の効力を発揮する複合結界であること。またその効力が「雪風や寒さの大幅な緩和、魔避け、魔法防御」の三つであることまでが判明している。


「あの内側に入れば寒さも和らぐじゃろう」

「そのようですね。そろそろ暖かさが恋しくなっていたところですよ」


 グレイルたちは柱を見上げながらその脇を通り過ぎ、結界の内側へと侵入した。


「おっと」


 次の一歩を踏み出そうとして、足元を見たグレイルは歩みを止める。

 結界の外側と内側。今まで歩いていた雪原から慣れ親しんだ雪のない地面に変わるちょうど境目。どうやらそこはかなりの絶壁になっているようだった。

 長年に渡たり積もり積もった雪で形成された高い崖。

 彼女はタームテールに気をつけるように促すと、一足先に飛び降りて地面へと着地する。

 そうして振り返り内側から見上げてみれば、その積もりに積もった雪の断層はかなり高く、だいたい三十メートルほどの高さまで形成されていた。

 降りてきたタームテールも、見上げては僅かばかりの感嘆の声を漏らす。


 とはいえ、進む先にはそれよりも遥かに高い壁が存在している。雪原を越えた彼らの行く手を遮るように現れたその黒い壁は、街を守るべくして建てられた魔術防壁である。

 二人はその中に入る門を求めて、防壁の外周を沿うように歩く。

 踏みしめる地面は溶けかけた雪が少し残っている程度の、雨が降ったあとくらいの状態であり、対比した雪原の歩きにくさを改めて実感させてくれる。


「はいそこ止まるにゃ! ユーたち何しにここに来たのにゃ!」


 しばらくして、街に入るための大きな門の前にたどり着いたグレイルとタームテールの両名。

 アーチ状の柱が連立する道を抜け、彼らが門扉を通ろうと近づいた時、そんな声とともに防壁の上から何者かが颯爽と飛び降りてくる。その声の主は二人の前に超回転しながらすたっと華麗に着地すると、腰に手をあてがって威勢よく仁王立ちを決めた。

 縦に割れたような瞳孔の蒼い瞳。顔と同じくらいの大きさの猫耳に、腰の後ろで揺れる長い尻尾。

 紛れもない獣人種。彼女は自身の瞳の色と同じ、透明感のある蒼い金属製の鎧を装備しており、腰の両側には二本のカトラスを吊り下げている。


 おそらく門番であろうその褐色金髪な獣人を前に、二人は互いに目配せをすると、次にタームテールが声高らかに話しかけた。


「ご安心ください門番殿。私たちは決して、決して怪しいものではありません。遠路はるばるここまでやってきたしがない一般皇国民でございますよ」

「いっぱんこうこくみんですっ!」


 タームテールの言葉に合わせ、グレイルは彼の外套にひしとしがみつき、あどけない声色と舌足らずな喋り方で子供らしさを演出する。

 それを聞いた門番は訝しむように二人を視線で舐め回すと、目を細めてむーと小さく唸るような声を出す。


「本当かにゃあ? 怪しい奴ほど怪しくないっていうもんだしにゃ。まあまずはその上着を脱ぐのにゃ。手荷物チェックだにゃ!」


 カトラスを抜いてそう命令してくる門番。グレイルは仕方あるまいと素直に背負っていたバックパックを地面に置き、雪まみれのローブやら手袋やらを地面に脱ぎ捨てる。中に着ていた服は普段のドレスではなく、赤紫色の厚手のタイツに、フリルの付いた白の長袖ワンピースという格好である。

 濡れそぼったローブは雪も含めて相当な重さだったようで、脱いだ瞬間に羽が生えたように体が軽くなった。

 タームテールも同じように外套を脱いだのだが、その中はいつもの黒い法衣。門番はその法衣が気になったのか、先ほど同様に目を細めて訝しむ。


「ユー、なんか変な服だにゃ。そんな服ここいらで見たこと無いにゃ」

「これはこれは、何をおっしゃいますのやら……東の国ではわりと目にする普通の装いですとも」

「なんで東の服なんか着てるのにゃ? やっぱりなんだか怪しいにゃあ。私の野生センサーが反応してる気がするのにゃ」


 門番はそんな風に怪しむが、決定的な証拠があるわけでもなく。

 バックパックの中を見てみたところで、その開き口には・・・・・・・特に怪しい物など入っていない。


「おかしいのにゃ……。怪しいはずなのになにも出てこないのにゃ……。麻薬でも持ってれば良かったのににゃあ」

「くふふ、何を仰いますのやら。そんなもの持っているわけがないじゃあないですか門番殿。私たちは嘘偽りなく、善良優良ゴールド免許な一般皇国民なのですから」

「……まさか本当にただの一般人なのかにゃ? 私の嗅覚が外れるなんて珍しいこともあるもんだにゃ」


 一通り彼らの荷物をあらためたあとで、門番はむんと腕組みをし、その考えているのかいないのか分からないような顔付きでしばらく立ったまま硬直する。

 どうなることやらと心配をするグレイルとタームテールをよそに、しばらくは何かを思案していたであろう門番。

 彼女は急にその顔と人差し指をギュイっと二人に向け、鼻を鳴らして声を張り上げた。


「しょうがないにゃ。追い返す理由もないからユーたち入れてやることにするのにゃ。ようこそ氷洞の街フィリップスへ!なのにゃ! あとは勝手に通るといいのにゃ!」


 捨て台詞、なのかもしれない。

 彼女はそう言い残すと土を舞い上げて跳躍し、登場したときと同じようにくるくると超回転しながら、あっという間に防壁の上に姿を消してしまう。


「……行ったか。どうやら通っていいらしいぞ」

「その、ようですねぇ。少しばかり冷や汗をかきましたよ」


 門番がいなくなったのを見届けて、二人はいそいそと荷物を拾い上げる。付着してしまった泥や枯れ草をはたき落とし、忘れ物がないかを確認する。

 上着はすでに着る必要がないほどの暖かさがあるため、彼らはそれを片腕に抱いて歩き出した。


「どうも疑われていたのはおぬしだけのようじゃったがな。おぬし、少しはそのきな臭ささを消したほうがいいぞ」

「くふふ、無茶をおっしゃる」


 勝手に通れと言われた大きな門扉を押し開けて、その向こう側に足を踏み入れる二人。入ればすぐに街並みが広がっているというわけでもなく、ランプに照らされた通路を、その先にある逆光で白く光る出口へと進んでいく。

 そうして二人は通路を抜ける。


 出口の先は石畳のちょっとした広場のようになっていた。

 そこには安全柵がぐるりと設置されていて街を見下ろすことができ、ちょっとした展望台のような役割も持っているようだ。

 グレイルはその柵の前に立ち、視界に広がる街の景色を一望する。

 広大な盆地の上に造られた街。

 どうやらそれが、ここ氷洞ひょうどうの街フィリップスであるらしい。




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