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 エデニア大神巨塔の損傷修復が完了してから数時間後。

 グレイルによる招集が掛けられ、第百九十一階層の円卓の座に住人たちがぞろぞろと集まった。

 円卓に用意されているのは十四席。

 それぞれの席の前にはコーヒーやら紅茶やら緑茶やらトマトジュースやら、座る者に合わせた潤いが用意されている。

 それらの準備をしたメイドたちは自分たちの役割を終え、すでに部屋を退出したあと。


 席には主人のグレイル・リア・ヴァルプルギスを筆頭にナハト、ユーロ、パッチモン、クイーン、ドトーノが自分の席についており、ゴラの席には彼の代わりにクェドラという少女が肩身狭そうに座っている。

 それ以外には、噂話の種には事欠かないレルレロ・ベンジャミンという男。彼は黒いペストマスクに白いロングコートという、まるでペスト医師と見紛うような見た目の奇抜な服装をしている。

 そしてタームテールという名の男が一人。首元まで覆う白布で表情は見えず、その布を頭にかぶった頭巾で固定している。

 着用しているのは黒い法衣ほうえだ。


 数えてみれば、この場につどったのは計九名。

 十四ある席には五つほど空きがあることになる。


「集まったか? では始めるとしよう」


 やがて定刻を知らせる時計の音が鳴り響き、席に座ったメンバーの顔を確認したグレイルが、扇子をパチリと鳴らしながらそう切り出した。

 円卓の座に空席があるのは承知の上であり、彼女はその上で次のように言葉を続ける。


「地下の三名はそれぞれの事情で欠席となっておる。キンエマキは塔のシステム管理、テンパランスは警備任務、アンダーグリーンは整備不良の動作不良とのことでな。理解してやってほしい」 


 それを聞いた面々はなるほどと頷くと同時に、「ならば」と残る二つの席に目を向ける。


「そこな二名は行方不明でな。生きておるのは確かじゃろうが、いかんせん居所がわからん」


 皆が疑問を言葉にするよりも先にグレイルが告げた。

 結晶に巻き込まれていた者は全て助け出したはずだったが、それでも数が二名足りないと発覚したのは一時間ほど前のこと。

 ギフトが戻ってきていないことから、おそらく生きているであろうと推測できるものの、その居場所は全くの不明と言わざるを得なかった。


「さて話を始めるにあたり、皆に先に言っておかねばならぬことがあってのう。結論から言うと今現在、あの時頃からどれほどの時間が経過しておるのか全く分かっておらぬのじゃ」


 静寂。

 さらりと言ってしまったせいか、彼らから特にこれといった反応はない様子である。

 何とも思っていないのなら…それならそれで別に構わないし、むしろありがたいくらいではあるのだが。

 グレイルは一応の念押しをしておく必要があると感じ取り、咳払いを一つしてさらに言葉を続ける。


「…つまり、あれから一年しか経過しておらぬかもしれぬし、ともすれば百年以上経過しておるやもしれぬということじゃ」


 誰かはわからないが何名かが小さく驚きの声を漏らした。

 グレイルはその反応に謎の安心感を覚え、無い胸を撫で下ろして気を取り直す。


「委細は現在調査中ではあるが…しかし、外界の変わりようを見るにそう短くない年月が経過しておることが予想されておる」


 まあ言葉だけでは分かりづらかろう、と彼女が空を切るように手を振るうと、石のこすれるような音とともに円卓の中心から目玉のついたトーテムが現れる。

 ゆっくりと現れたそのトーテムは、パチリと指を鳴らすことで紫色に光り輝き、目玉から天井に向けて半円錐状の投影魔法を展開する。

 そこに映し出されたのは真っ白な景色。

 どこを切り取っても白しかない、描く前のキャンバスのようにホワイトアウトした景色だった。


「グレイル様、これは?」

「塔の周辺海域、アズラの天輪の範囲外を映したものじゃ。あたり一面雪と氷で覆われておる」


 白く映るのはすべて雪。

 大海原を覆う氷の層。そこまで厚さはないとのこ報告だが、その上に雪が降り積もることでまるで雪原のような風景を作り出しているようだ。


 また、そもそもエデニア大神巨塔のある海域は、温暖な気候により雪など一つも降らないはずの場所である。

 イルカなどが楽し気に泳ぎ回り、オーシャンフィッシングも楽しめるような賑やかな海であった。

 それがどういうわけかこの有り様。空の青さを忘れてしまいそうな曇り空に、雪の寒さで冷え切った海はかつての陽気さなど微塵も感じさせない。

 考えたところでどうしようもないが、一体何がどうしてこうなったのか。


「この様子だと洋上キャンプも無くなってますかねぇ」

「いや、あれは私が回収した。島の西岸に固定しておいたはずだ」

「なるほど。なら心配すべきは経年劣化のほうですね」


 頭の上で手を組みながら、パッチモンがナハトの言葉に肩をすくめる。


「そして大陸のほうじゃな。こちらもだいぶ奇妙なことになっておる」


 グレイルのジェスチャーで真っ白な投影が切り替わり、新たに映し出されたのは降り続ける雪と、エーテルと氷の結晶群。

 それらに大地のことごとくを覆われた異様な光景であった。

 更に目を引くのはそびえ立つ幾本もの黒い柱。周囲が雪で白いこともあり、その柱は遠くからでも見えるくらいかなり際立っている。

 またその付近には街のようなものも確認することでき、人が住んでいるであろうことも何となく推測できる。


 グレイルの記憶が正しければこの地域もまた、雪が降るような場所ではなかった。

 青々とした山々にのどかな海岸線。平野には畑が広がり、巨大な港に立ち寄る船団にもたらされる交易で、首都に次いで栄える大きな港町が存在していたはずだった。

 まあ記憶の中で、そのすべてを一掃したのはほかならぬ彼女だったわけだが。


「さて諸君。いま見てもらっただけでも相当な変化が起きているのが分かるじゃろう。儂らが時を止める前と比べて、今はだいぶ様相の異なる世界が展開されておるようじゃ」


 彼女は扇子で手のひらを叩きながらため息をつく。


「こんなザマでは戦争の続きをするわけにもいかぬ。偵察部隊も運用しておるがまだまだ情報が足りぬ。安全の確保もできておらぬ。備蓄しているリソースもほとんど底をついておる状況じゃ」


時の牢獄エニグマ】の発動で使用した八割に加え、塔の修復で残る二割近くもリソースを消費した。急いで補填しなければいざという時に指をくわえる羽目になるだろう。

 食糧は備蓄があるため今のところ問題ないが、外がこの有様ではいろいろと考えなくてならない。

 そこまで思考したところで。グレイルは扇子を叩く手を止めて、次に円卓に座す面々をじろりと見やる。


「加えて、儂がもっとも不安に感じておることはこの状況でさらに面倒ごとが増えることじゃ。別におぬしらを悪く言うつもりはないが、おぬしらちょっと──普通じゃなかろう?」

「──ごふっ!?」


 毎度というわけではないが、彼らが何かするとちょっとした騒ぎが起きるのは恒例のこと。

 そのたびに何かしらの対応を迫られてきた彼女にとって、この何もわかっていない段階でさらに問題を作ってこられるのが、彼女が想像する中で一番いやなことだった。

 もしそうなれば、苦虫を噛み潰すどころの話ではないだろう。顔がくしゃくしゃになってしまうに違いない。


 投影を眺めながらコーヒーを飲んでいたパッチモンが、グレイルのその言いざまに、盛大にむせながら口と鼻からコーヒーを噴き出した。顔に手ぬぐいを当てて苦しそうに咳込んでいる。

 一方で、そんな彼の対岸に座っていたクイーンは彼の噴出物コーヒーを真正面から受け、額に太い青筋を浮かべている。


「…汚いですわねパッチモンさん。あなた、コーヒーもまともに飲めないのですか? さすが一番のトラブルメーカー」

「…お前に言われたくはないです。その言葉、そっくりそのままお返ししときます」


「トラブルメーカーはお前ら両方だ」という喉元まで出かかった言葉をグレイルはごくりと飲み込む。

 他の連中も大概だが、この二人に至ってはその比ではない。少しは優良児なゴラ・パラベラムを見習ってほしいものである。

 円卓を挟んでにらみ合う二人を死んだ目で眺めながら、彼女は扇子で円卓をバシリと強く叩き、今にも喧嘩が起きそうな雰囲気を鎮静化させる。


「…まあよって、非常に心苦しいが一ヶ月ほど諸君らの外界との接触を禁止する。これになにか意見のある者はいるか?」


 パッチモンとクイーンの二人は委縮してしまい、少しだけビクビクとした様子である。こうして大人しくしていればかわいいものなのだが、そうはならないのが悲しい現状。

 グレイルが軽く怒気を発したのもあってか、手を挙げたりする者はとくに現れない。


「まあ安心せい。対処できると分かればすぐにでも撤回するでな。儂も息苦しいのは嫌いじゃ」




 と──ここまでが、今からおよそ一か月前の話である。




 ◇




「にせんねん!?」


 そんな声が部屋の中に響いた。


「はい。戦争の痕跡を使用した年代測定の結果、およそ二千年経過しているだろうという結論に至りました」

「いやいや流石に冗談だよね」

「残念ながら、冗談でも嘘でもございません」


 グレイルはナハトからそんな報告を受けて、深く息を吐きながらソファに力なく座り込む。

 予想だにしない、まさかの事態であった。

 二千年間も止まった時の中にいたなど、予想外にも程がある。


 発動させた【時の牢獄エニグマ】に何らかの不具合が生じたのだろうか?

 そんなことをつい考えてしまうが、彼女はそれを即座に否定する。

 素人が構築した魔法でもなければ、魔法が発動したあとで壊れることなど考えにくい。問題が起こったのならそれは人為的ミスを疑うべきだ。


 あの魔法は封印魔法として構築された性質上、自分にかけることなど全く想定されていない。

 そのためその発動に際しても、他の魔法とは違う少しだけ特殊な部分が存在している。


 それが時間の指定。

 発動させた後、封印させておきたい年月と同等の魔力量を流し込んで時間を刻み込むという特徴的な手順が存在する。

 そして構築詠唱を唱えて、やっと封印として完成させるわけなのだが、魔法に自分をも対象にした状況ではそんなことをできるわけがない。

 グレイルはその問題に対する解決策として、適当な魔力を詰め込んだ「黒魔石」を魔印を使って【時の牢獄エニグマ】に繋ぐという強引な手段をとったのだが……それでも二千年と同等の魔力など詰め込んだ覚えはない。


 魔法の燃費がめちゃくちゃ良かったということもありえそうだが、今まで何度か使った感覚ではそんなことは決してないだろう。


「……もしや構築詠唱か?」


 考えられるのは、黒魔石から魔力を吸収しても魔法が完成することなく、そのまま周囲に溢れかえるエーテルさえも吸収してしまった可能性。

 【時の牢獄エニグマ】の封印時間に上限が存在するのかは定かではないが、もしかするとその限界までエーテルを吸ってしまったのではなかろうか。

 そうでもなければ二千年などという馬鹿げた時間になるわけがない。


 そしてそれが唯一起こり得るのは、構築詠唱をしていなかった場合のみである。


 グレイルは自分の記憶とにらめっこする。

 黒魔石と魔印を用意していた記憶はたしかに存在している。

 急ぎながらも準備を終えて、「あとは勝手に時間を刻み込んでくれるから」と【時の牢獄エニグマ】を発動させたときの安心感は今でも思い出せる。

 では問題の構築詠唱はどうだっただろうか。

 構築詠唱を唱えることができない代わりにその魔法陣を、魔印を用いて時間差で発動させるところまではちゃんと考えていたはずだ。

 あとはそれを抜かりなく実行したかどうか、という話になるのだが……。


「…………」


 グレイルは頭をひねる。

 まるで雑巾の水を絞るかのように、さらに自分の頭をひねる。

 その記憶がどこにも存在しないためだ。 

 どうやら残念なことに、その瞬間の記憶だけが綺麗にどこかに消えてしまったと言うわけでもなさそうである。


「……まあ、もういいじゃろう」

「なにがです?」

「なんでもない。気にしないで」


 しばらくして彼女は考えることをやめた。

 自分のミスを認めた上で大人しく開き直ることにした。

 まあそもそも、言わなければバレることはないはずである。


 ……実際問題、あの惑星変動がどのくらいで収束したのかも定かではない。詰められたとて、「安全に安全を重ねた」という言い訳ならまだそれらしく聞こえるだろう。

「天狗も木から落ちる」というトグロの国の言葉があるように、私にもそのくらいの間違いは許容されるべきではないだろうか?


 


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