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 ゴラ・パラベラムはエデニア大神巨塔中層に位置する、『深樹海洋』と名のある大森林に住んでいる。

 第六十一階層から九十階層までをぶち抜いて造られたこの森林は、およそ百五十ヘクタールの広さを持ち、捕まえてきた魔法生物や普通の動物なども多く生息している。

 輝水鏡面魔法によって上には現実と同じ太陽や青空が広がり、白い雲や風まで吹く有様だ。

 しかしながら、いくら巨塔といえども、流石に横の断面が百五十ヘクタールあるというわけではない。

 空間拡張魔法という内部を広げる魔法のお陰である。


 この魔法は基本的にすべての階層に使われているものだが、この大森林と図書館エリアのみ、自称天才のレルレロ・ベンジャミンが考案した『仮想・空間拡張魔法』とも呼ぶべきものが使用されている。

 細かい話を省いて端的に言えば、現実空間に依存しない・・・・・・・・・・)魔法だ。


 ゴラ・パラベラムに話を戻そう。

 人の背丈の二倍ほどもある巨大な単眼に触手が生えたような見た目の彼は、パッチモンと同じ有機成形族に属する存在だ。

 この種族の特徴の一つとして、性別という概念が存在しないことが挙げられる。

 繁殖することがなく、自然発生的に生まれる種族のために、そもそもそういうものが存在し得ない。


 そんな、種族を同じくするパッチモンゴラの最も大きな違いは、パッチモンは機械に似た内部構造をもとに自分を成形するのに対して、ゴラは生物のような構造成形を得意とすること。


 簡単な話、真っ二つに切り裂いた時に見えるのが〝機械か臓物か〟という違いである。

 それ以外にも細かな違いはあるが、種族特有の差異というよりは個人の好き嫌いに関係する部分と言えるだろう。


【おはよう】


 のそりのそり。起きてきたゴラが洞窟から出てくると、テーブルに料理を準備している少女の姿があった。

 ゆっくりとした温和な声がその少女──クェドラの頭の中に流れ込み、彼女ははっと顔を上げた。


「おはようございますゴラ様。プラムとアネカは動物たちのところへ行っていますよ」

【そうか。朝早くからご苦労】


 ゴラは口という器官を作りたがらないため、会話するときは魔力を込めた念波を使い、直接語りかけるように言葉を伝える方法を取る。


 さて彼にはプラム、アネカ、クェドラという三人の女性型の従者がいるのだが、彼女たちは皆、彼が手塩にかけて創り上げた人造生命体パーセルノイドだ。

 腰までかかる黒のロングヘア、切り揃えられた前髪、大人の半分ほどしかない背丈、整った幼気な顔立ち、長耳族のエルフのようにツンと尖った両耳。

 ──服は図書館の住人に織り上げてもらったゴスロリを着用しているらしい。

 そういった具合に三人とも容姿は一点を除いて全く同じであり、その唯一の違いは瞳の色。プラムは赤、アネカは黄、クェドラは水色といったささやかな違いがある。

 そんな人造人間パーセルノイドに関して、誰もが気になるであろう「どうやって作ったのか」を彼はあまり語りたがらないが、砂糖とスパイスと素敵な何かでできているわけではないのは確かといえるだろう。


【閣下が今日、北方大陸に向かわれるそうだ】

「戦争ですか?」

【いや違う。それは当分ないだろう】


 空中をふわふわ浮かびながら移動してテーブルの席に着く彼は、用意されたコーヒーに食腕を浸し、そこからゴクゴクとコーヒーを吸引する。

 クェドラがテーブルに揃えた料理は焼き立てのパンとバター、鶏卵を使った卵スープにスクランブルエッグ。新鮮な青野菜に、それから牛肉のほぐし煮。

 それが計四人分、四つある席の前にそれぞれ用意されていた。


「──おじさま、起きられたのね」


 ふと、森の方から声が聞こえた。

 クェドラは水場で料理に使った調理器具を洗い、ゴラは新しい連絡が来ていないかどうか、中空に浮かぶ青いディスプレイを触手で操作しながら確認しているところだった。

 彼が声のした方に目玉を動かすと、編みかごを両手で抱きかかえた少女がかけ足で近づいてくるのが見える。


「見ておじさま。今朝はとりさんが十六個も卵を産んでたの!」

【ほう】


 赤い瞳のプラムはゴラのもとまで駆け寄ると、持ってきたかごを、中が見えるようにゴラにかたむけた。

 たしかに、中にはこぶし大くらいの卵がたくさん入っている。


「産ませたの間違いだろプラム。なに自然に産んでましたみたいな言い方してんだ」


 プラムの後ろから新しい声がした。

 そこにいるのは三姉妹のうちのあと一人のアネカのはずなのだが、そんな彼女はいつもとは違い、なぜか分厚いサングラスをかけている。


【面白いものを着けているな、アネカ】


 その言葉にアネカはサングラスを外し、頭の上にかけなおしてセクシーポーズをとった。

 見てみればそれ以外にも服装が普段のゴスロリではなく、首元にチェーン、上着は赤の大きめのレザージャケット、下は黒のレザーパンツとかなり印象が変わる服を着ている。


「おはようございますですゴラ様。これはドトーノ様からの頂き物で、折角だから着てみようと思いまして!」


 どうやら今朝方、彼が起きるよりも前に図書館から遣いがやってきて、作るだけ作って使わなかった服をいくつか置いていったようだ。

 確かに毎日同じような服ばかりを着るのはどうなんだろう、とは思わなくもなかったが。

 ゴラは長い間ずっと共に暮らしてきた娘のような彼女が、百八十度のイメージチェンジをしている様を少しだけ複雑な気持ちで眺めていた。


「それより聞いてくださいゴラ様! プラムのやつ、鶏に圧かけて一羽につき二個も卵産ませたんですよ!」

「それは言わない約束だったじゃないアネカ!」

「そんな約束してませーん。お前が勝手に「今からすること内緒だからね」とか言ってただけだろ」


 しかしそんな彼をよそに、二人は彼を挟んで可愛らしい口喧嘩を始めてしまう。調理器具を洗い終えたクェドラはそれを腕を組んだ呆れた様子で眺めていた。


「プラムもアネカも、そのへんにして」


 やれやれといった様子でクェドラが二人を止め、それに続くように彼もプラムに少しばかりのお小言を述べる。


【あまり動物にストレスをかけないように。下手をしたら死んでしまうかもしれないぞ】

「ご、ごめんなさいおじさま。その、おおきなパンケーキを作りたかったの。それで卵が欲しくって…」

【パンケーキ?】


 子どものいたずらの一つ。おふざけが高じてやってしまったのだろうと思っていたゴラは、そんな予想外の理由に一つしかない目を見開いて聞き返す。


「この前、図書館で素敵な絵本を見つけたの。動物さんたちがね、このくらいおっきなパンケーキを、もっとおおきなフライパンで作ってたの」


 プラムは小さな躯体でうーんと、腕を目一杯に広げてその大きさを表現している。

 よく分からないが彼女が言うにはそのパンケーキは、この目の前のテーブルよりも大きいらしい。

 なるほど。

 一体どれくらいの大きさなのか見当もつかないが、少なくとも、プラムが持っているサイズの鶏卵では到底足りないであろうことは分かった。


【それならもっと大きな卵がいいだろうな】


 そのサイズならば、アピケイロスという巨大鳥の卵の方がずっと適しているように思える。

 残念なことにこの森林には生息していないが、ドラゴンの山嶺あたりに確か生息していたはずだった。特に珍しくもない鳥であるため、探せばすぐに見つかるに違いない。


【木人形に取りに行かせよう】


 ゴラがそう言って触手を軽く振ると、森の方から何かが三つほど飛ぶようにして現れ、彼の近くに降り立った。

 高さは二メートルほど。それらは木の枝やつるで創り上げられた人型の魔法人形であり、トレントなどの生体構造を参考にして作成されたもの。

 特徴的なのは大きく膨らんだり縮んだりと伸縮している、首から上半身にかけてあるエリマキのような網目状の部位。飛行時に大きく展開して姿勢を安定させる役割を持っている。


【我が知識を与える。任せたぞ】


 その言葉とともに彼は触手を一本ずつ人形の頭に近づける。

 すると触手の先端から白い光のようなものが空中に溢れ出し、人形に吸い込まれるようにして消えていく。


 数秒して、再び動き出した人形たちは揃って空へと舞い上がり、ゴラが開いた転移門を通り抜けて飛び去った。


「パンケーキ、食べれる?」

【ああ、あれが戻ってきたら食べれるだろう】


 ゴラは満面の笑みを浮かべたプラムの頭を優しく撫でると、皆をテーブルにつくよう促した。




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