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「もう無理だよぉ」


 大理石の床、ダークブラウンの最高級のグランドオークの壁、金の装飾に散りばめられた宝石。

 六枚羽を象ったシャンデリアは穏やかな暖色で室内を照らしており、そこに飾り付けられた無数のダイヤモンドが星のように輝く。

 そんな何もかもが技を凝らし、贅を尽くされたその部屋にて、ソファに寝転がって駄々をこねる女が一人。

 と、それを横で見ている女が一人。


「弱音を吐かないでください。これも仕事ですよ?」


 ソファに寝転がる女は純白のドレスを着ている。

 そのデザインは肩と背中を露出させるかなり大胆なもの。そこに慎ましやかな胸のラインを強調するような装飾。

 それ以外にもドレス全体を覆うように、紋様のようなラインの細かな金の装飾が施されてある。

 加えて特筆すべきは胸元の青い宝石だろう。装飾に埋め込まれているその宝石は材質で言えば単なるサファイアなのだが、実際の価値はそれ以上の代物だった。


 瞳は月のような金色で、ほのかに光り輝く黄金色の髪は襟元で二つに結い分けられており、長く垂れ落ちた髪の毛はソファから流れて絨毯についてしまっていた。

 彼女の名前はグレイル・リア・ヴァルプルギス。

 ここ、エデニア大神巨塔の女主人である。


 もう片方の女の名前はナハト・ボンバーダ。

 メイド風の服装に身を包んではいるものの、それらは魔術繊維で織り上げられたものであり、なおかつスカートの裾部分に付けられた赤い棘のような装飾が普通のメイドではないことを物語っている。

 リングオブメイデンと名付けられた武装装飾である。

 そして金色の髪を何本も編み込んで後頭部で留めた髪形。そこに映える赤い瞳が特徴的である。


「代わりにやって」

「ダメです」


 ソファの前に置かれた机の上には山積みの書類。

 そのうちの一つをを見てみると、そこには「境界偵察・潜入報告書」。また他の一つには「第六十一階層〜第九十階層構造変更計画書」と書かれてある。


「私が読んでも意味がありませんよ」

「そんなことはないでしょ? これなんてほら、ナハトでも良さそうじゃん」


 グレイルはぴらりと一枚の紙を机から取るとナハトに見せつける。

 ──「交流報告書part1」。作成者名はレルレロ・ベンジャミンと記してあり、報告書全体をみるとかなりのページ数があるようだ。

 ナハトはそれを一瞥すると眉をひそめてチッと、部屋全体に聞こえるくらいの舌打ちをかます。この報告書が気に入らないのか、それとも作成者のほうが気に入らないのか。

 はたまたその両方か。


「…怒らせたいんですか?」

「冗談だって冗談。怒んないでよ」


 グレイルはナハトのその様子に眉を下げて、少し残念そうに微笑む。


 一ヶ月前のある朝、日の出とともに彼らは息を吹き返した。


 かつての侵略戦争の折、大規模な惑星変動によって崩壊の危機に瀕したエデニア大神巨塔の面々は、塔の周辺ごと時間を止める神霊級魔法を行使することでその危機を回避することを決断した。


 戦争の最中さなかにあって、八割以上のリソースを消費する危険な方法ではあったが、判断の余地は存在しなかった。

 場所が割れていなかったのも救いだったろう。

 魔法は発動に成功し、それからおよそ二千年余り。

 認識阻害魔法によって巧妙に隠された塔は誰にも発見されることはなく、静かに目覚めの時を迎えたというわけである。


「成功した?」


 止めた時間の中にありながら、長い年月が経ったかのような感覚。肉体と精神における何らかの違いがその違和感を生んだのかもしれない。


 塔の最上階にて魔法から解かれたグレイルは、思わず立っていた状態からよろけて転んでしまう。

 誰にも見られていなかったのが幸いである。威厳ある主人が転んでいる様など見せられたものではない。

 とはいえ、自身をも対象に含む時間停止は初めてだったため、そういうこともあるだろう。


 彼女はすぐさま立ち上がると、窓から外の様子を確認する。


 エーテルが噴き出している様子はない。

 時間を止める直前、窓から見えていたのはエーテルストームの渦が埋め尽くす異様な色に光る空と、島を縦断するように噴き出すエーテル。

 古書で語られるような、海を割る幾本もの光の柱であった。


 それら不気味な現象の数々が今はどこを切りとっても見当たらず、何事もなかったかのように日の出に染まる空だけがあった。

 念のため隠蔽と高度防御を自身に施し、塔の状況を確認するために窓から空へと舞い上がる。


「──やはり凄まじいな…。よもやこれほどのものとは」


 青色と橙色の混ざり合う空、その雲間を突き抜ける我らが大神巨塔。

 部屋を出てその外観を空中から眺めていたグレイルは、驚きのあまりそんなような声を漏らした。


 驚愕すべきは塔を下から貫くようにして生えている、巨大なクリスタルの虹結晶である。

 それは惑星変動によって地殻から吹き出したエーテルの奔流──エーテルバーストそのものであり、それが塔を直撃した瞬間に時間停止に巻き込まれて結晶化したものだった。 

 間一髪、というレベルの話ではない。

 塔を守る魔法障壁、それに加えて強化魔術で練り上げた外壁さえもいとも容易く貫くほどの大質量のエーテル。

 あと少し遅ければ、自分自身もあの結晶にやられていたかもしれない。


 彼女はひとまずの確認を終わらせ、最上階の自分の部屋へと戻ると塔のシステムの確認に入る。

 魔法障壁は一部崩壊しているものの、見る限りあの結晶が生えてきている区画のみであり、ならば特段の問題はない。

 空間拡張魔法には異常が出ており、やはりというかエーテルの奔流に貫かれてぶっ壊れてしまったのだろう。

 自動修復機能が停止中なのもアレのせいに違いなかった。


「──グレイル様、お目覚めですか?」


 ナハトの声。


「大丈夫だ、入っていいぞ」


 チェックを続けながら、ドアの向こうから聞こえてきた声に返事をするや否や、間を置かずしてドアが開いて彼女が入ってくる。


「ご無事のようですね。…それで、状況の方はいかがです?」


 主人の無事を確認したナハトは安堵の表情を見せたのもつかの間、キリリと表情を引き締めて切り替えた。


「塔のシステムは思っていたより悪くないかなって感じ」

「すでに偵察部隊を編成して周辺に展開するように命じました。一時間もすれば必要な情報が集まるでしょう」

「仕事が早いね」


 思わずヒュウと口笛を鳴らしてしまうグレイル。

 不幸中の幸いか、大きなところ以外は特に目立った異常は見当たらない。

 とはいえここで確認できことにも限りはある。それぞれの階層で施している魔法によっては、取り返しのつかない損傷が発生している可能性も十分に考えられる。


「他のみんなは大丈夫? 拡張魔法とかやられちゃったみたいなんだけど」

「実は、半数近くと連絡が取れておりません。それ以外の末端の方についても現状は不明です」

「…ちょっとまずいかもなぁ。特に地下あたりが」


 大丈夫だろうという根拠のない楽観的な思考にビキビキとひびの入る音が聞こえる。たとえエーテルに呑まれて霧散してしまっていたとしても、ある程度は問題ないと思うのだが…。

 流石にこの短時間では全てを把握しきれはしない。

 なにせ塔全体で二百階層もある上に、地下エリアも含めればさらにそれ以上。

 大きすぎるのも考えものだな、とグレイルは少しばかりこの根城の巨大さを嘆く。

 大は小を兼ねるというが、いわゆるミニマリズムではないにしろ、そういうものに少しばかり憧れの気持ちが湧く。


「先にエーテルの除去に取り掛かろうか。ナハトはそのまま下に指示を頼むよ」

「かしこまりました」



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