ツインテ執事が有能なんだが 〜つよつよ死刑囚を召し上げたら沼~
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その日 グランデージ帝国では、1人の男の命の灯が途絶えようとしていた。
国王夫妻が坐す玉座の間にて、 両手を縛られ膝をついている男は、属国の宮廷騎士団長ソーヤ・ガリオンである。
彼の罪は叛逆罪。
祖国ランガルドの王政復権を目論み、数万の兵を率いてグランデージに攻め入る計画を練っていた。だが密告者によって 未然に侵攻は食い止められ、首謀者であったガリオンはその責を一身に背負い、今日 死罪に処されることになっていた。
「我が国は、引いては我が王家を脅かした罪は重いと心得よ。最後に何か、言い残すことはないか?」
「……」
「ないな、それで」
「うーん、ちょっといいか」
この緊迫した状況下で、恐る恐るではありながら間抜けな声を発したのは王妃だった。
「どうしたんだね、アイン」
「殿下、こやつ……顔良くない?」
確かに、騎士団長として日々鍛錬に励むガリオンの肉体は、一般的な男子よりも遥かに鍛え上げられている。身長も高く、肩幅も広い。顔は男性らしくエラが張っている一方、小顔で全身とのプロポーションもいい。
切れ長な目は、正しく無骨な武人といったクールさを出しており、いわゆるイケメンの部類に入るのは間違いないだろう。
「…だとしたら、何だというのかね?」
「このイケメン、殺すには惜しいわ」
「…あのねアイ」
「こやつは何を犯したのだ?」
王妃は口元を隠していた扇をピシャリと閉じて、ガリオンの脇を固める騎士を指し示す。
「は、はっ! 国家転覆を目論んだ叛逆罪でございます」
「それは顔が良くても罪になるの?」
「あ…」
「それともこの国には、顔が良いものを罰する法律があるのですか?」
「それは、ありませんが..」.
「では、顔の良い彼が無罪でも いいではありませんか」
三段論法もクソもない無茶苦茶すぎる言いがかりを前に、指名を受けた騎士は混乱している。君は悪くない、この問題は誰にも解けない。
暴君、といえば国王を指すのが常であったが、帝国グランデージではその限りではないらしい。横暴なる王妃は、何とも満足げに「うんうん」と頷き、続けた。
「その者は無罪だ!」
ダメダメっと焦る国王に、ボディーブローをかまし黙らせる。
そして、国王以上に動揺しているソーヤ・ガリオンに告げる。
「あ、でも祖国には帰らせんぞ……お前は妾の従僕になれ」
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いったい何が起こったというのだ。
忠臣だと思っていた部下に裏切られ、謀反の計画がばれた投獄された俺は、間違いなく殺されると覚悟を決めていた。
騎士長を拝命した時より、この命は祖国のために使うと決めていた。だから後悔も、命乞いもない。そう思っていた。だが
「その者は無罪だ!」
なぜか俺は解放されることになり、それだけに留まらず、この王妃の従僕として身辺の世話をすることになってしまった。
「おい、犬!こっちこい犬!」
「…私は犬ではございません、アインさま」
今の自分がおかれた状況にはもちろん混乱している。ただそれ以上に驚いていること、それはアインさまの幼さだ。
精神的にという意味でなく、文字通り幼いのだ。12,3さいくらいだろうか? 語彙力や知識量は大人顔負けかもしれないが、彼女はまだ一国の女王になるには幼すぎるように感じる。
「死ぬはずだったお前の命を私が拾ったんだ。お前のこの眉毛も、耳も、爪も、髪も、魂でさえ私に捧げろ、犬」
小さな暴君はそういうと、もちょもちょと俺の髪をいじる。
「それ、かわいいから取るなよ!」
言い残して昼寝の態勢に入った主は、どこからどう見ても「ワガママ姫」といった具合だ。
鏡台に映る自分を見ると、なるほど俺はツインテールにされたようだ。だが、もともと短い髪の毛を無理やり髪紐でくくるものだから、ツインテールというよりかは……鬼の角に見える。
「そういえば、祖国では鬼教官と呼ばれてたっけな」
感情を表に出さず、心を無にして命令を遂行する。
騎士団長時代の俺は、教官として新人の訓練も監督していた。甘えも妥協も一切許さず、規律違反者は容赦なく斬って捨てる俺を見て、団員からはだいぶ恐れられていたようだ。
命の応酬をする戦場で、一瞬の気の迷いは死に直結する。そう思って厳しく接していたのだが、きっと裏で反感がつのっていたのだろうな。
祖国のためを思っていたつもりが、守るべき国民の1人、なにより仲間である団員に裏切られてしまったのだから。
眠りについたアインさまを起こさないように、そっとため息をついた。
俺の従僕生活も、1か月を過ぎるころには だいぶ板についてきた。
「犬!」
「はい、本棚に手が届かないんですね。上にどうぞ」かがんで肩に乗せて、取りやすいように梯子代わりになってやる。
「犬~~」
「はい、髪を梳いて欲しいのですね」艶やかになるよう香油をつけてから、櫛を通していく。
「いーーぬーー!」
「はい、3時のおやつにはしょっぱい系の茶菓子が食べたいのですね」
かしこまりましたといって、塩と柑橘のシーズニングで味付けされた豆菓子を用意してやる。
「犬、私のことはご主人さまと呼べ」
「はい、仰せのままに」
「犬、舐めろ」彼女は俺の片手の半分もない素足を、突き出してくる。
不敵な笑みの裏には、俺が絶対に従うという自信があるのだろう。
俺は無言で、その通りにした。
この適応力には周りの使用人たちも驚いたようで、一目置いてくれたからか ツインテールという怪しい風貌にもかかわらず、いろいろと相談をしてくれるようにもなった。
「ガリオンさま、奥さまのお気に入りのアクセサリーをなくしてしまい…」
「大丈夫です。使っていない宝石入れに同じ石が使われているネックレスがあったので、それをリメイクしましょう」
「ありがとうございます…!」どうやら、俺は意外にも使用人の才能があったらしい。もしかすると騎士団長以上に。
ある朝、庭に隣接したティールームでスコーンと木苺のジャムを頬張っている時、国王殿下のお母さま…つまりは皇太后さまがお見えになった。
「ひと口で頬張るのではありません、はしたない」
「……申し訳ございません、わ」
「ふん。やることもやらずに、今日ものんきなことね」
皇太后さまは、わかりやすく悪態をつくと、答えを聞かずにティールームを後にした。いつものご主人なら、こういう場面では必ず食いつくと思ったのだが、意外にも静かなものだった。
「犬、お前はなぜ私がこの国の王女をしているか わかるか?」
謀反を企てた身だ、この国の情勢はある程度は把握しているつもりだ。そうでなくても、王家に嫁ぐことができる身分は限られているし、これはどの国でもきっと起きていることなのだろう」
「……ご生家の権力争いでしょうか……。」
そうだ。とこちらを見ずに頷くと、ご主人はそのまま続けた。
「この国では古くから3つの大公家がそれぞれの派閥を形成している。私はそのひとつ、ディアブロ大公家の長女。もともとそれぞれの大公家は、遠からず王家の血を交えている。3家にとっても、王家にとっても、いずれかの大公家から婚約者を決めることは己の権力を保持するために重要。ゆえに王は3人とも娶ったのだ。各家が擁立した婚約者候補をな」
「で、でも王女はあなたですし、序列はあるのでは…」
「あってないようなものよ。子を為せなければな」
ああそうか、先ほどの皇太后のセリフは そういう含みがあったわけだ。「お前の玉座は脆いものである」という。
そして、この方は生家からも圧力を受けている。第1皇子を産むことが、彼らの家の繁栄に繋がるからだ。競合する他家の令嬢に負けることは許されないだろう。それが大公家の長女としての役割で、この国の王女として生きるということなのだ。
「明日、国王の寝室に来るように言われた」
ご主人さまは依然として、空になったティーカップの虚空を見つめている。そして、ふり絞るように言葉を紡いでいった。
「ガリオン…妾は別に、偉いとかすごいとか、どうでもいいのだ。一族の者はみんな、私の器用さや才能を取り上げて神童だと囃し立てた。でも、そんなのどうでもいいのだ。
妾はただ学院に戻りたい。級友に会いたい。なぜ豚と夜を共にせねばならん…?子など、欲しくない。いやだ…いやだ」
俯いていても伝わってくる声の震え。この方は 小さい身体で、どれだけのものを背負っているのだろうか。誰かこの折れてしまいそうな肩を、抱きしめてあげる人はいなかったのだろうか。
「アインさま、お忘れですか。私はあなたの犬です。あなたがお望みであれば、どこまでも駆け、どんな骨でも拾ってきましょう」
約束しましょう、ご主人さま。あなたが勇気をふり絞って出した小さな声を、俺は決して聞き逃さない。
その夜、グランデージの王宮を、どこからともなく現れた5万の軍勢が囲った。
侵攻は静かなもので、グランデージの国民が傷つくことも、街が壊されることもなかった。彼らが提示した要求はたった1つ。
王宮内の騎士や使用人たちが慌てふためいている中、アインは自室のバルコニーでひとり、夜風にあたっていた。
「ご主人さま。ここは冷えますよ」
「犬」
「なんでしょうか」
「どうやらこの国の王が変わるそうだ。私も流刑になるものだと思ったが、年齢を鑑みてくれたのか国王以外のものは恩赦を受けることができた」
ご主人は、まっすぐ俺の瞳を見つめる。どんな時も気高いあなたに相応しい、炎のように燃ゆる紅の瞳で。
「褒美をやろう」
そういうと、ご主人は俺の胸倉をグッと掴んで近づける。そして額にそっと口づけをした。
「…っ」これがご褒美だなんて、いったい こんな知識をどこで覚えてきたんだか。でも
「ありがたき幸せです」
俺の小さな女王さま。あなたのそばにいられることが――――。
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定期的に短編投下していきますので、ほかの作品もチェックしていただけると嬉しいです。