はじまり
「旅に出ないか」
いつもの面子でわいわい飲んでいたとき、突然カイトが言った。
私たちは、この街でずっと暮らしている。
カイト、ケイ、私ーーライラは、同い年の幼馴染で、リーシャも4歳の時に越してきてからずっと一緖にいる……実質、彼女も幼馴染だ。
学生時代は、学ぶことが違ったので少し疎遠になっていたが、成人して会ってみれば、カイトは剣士、ケイは錬金術師、リーシャは薬師、私は格闘家と、ものの見事に違う、且つバランスの取れたパーティができあがり、それからはずっと冒険者として稼いでいる。
以前は馬車で2日かかるところくらいまでは平気で行っていたけれど、5年前、突如降臨した魔王のせいで、この世界全体の魔物が強くなった。所謂、魔族侵攻だ。
危険を冒して遠くに行きたがる馬車ひきなんていないから、近隣しか行けなくなったけど、住んでる街が大きいお陰で、依頼が絶えることはなく。
魔王がいる間も、半年前にどこかの勇者がソレを倒した後も、私たちは変わりなく、お金を稼いで、分けて、喋って騒いで飲んで。
そんな生活を、何年も送っていた。
「旅に出るって……それは……目的があるの?」
少しの沈黙の後、それをおずおずと破ったのは、リーシャだった。
子犬みたいに大きな瞳を潤ませて、カイトの様子を伺っている。
私とケイも、カイトを見つめて、その答えを待つ。
「………目的は………」
ドンッ。カイトは大袈裟にジョッキを机に置く。
「…………ない!!!!!」
ーーまた、沈黙。
他3人の間には、やっぱりか、という空気が流れていた。
彼はたまに、思いつきで行動しようとするところがある。子供の頃からそうだった。
まだこうして行く前に話すようになっただけ成長してて、以前は「伝説の蝶を捕まえに行ってくる」という書き置きひとつ残して、1週間戻らないこともあった。
「……いや、目的がない、というのは、なんか違うな……」
カイトが察したのか、ぽりぽりと指で頬を掻く。
「本屋でな、たまたま目にして買ったんだよ」
そう言って鞄から出したのは、そこそこ分厚い1冊の本。
タイトルは、「英雄の見た世界」というものだった。
私が手に取って、パラパラとページをめくると、そこそこの文章量に、美しい挿絵。
覗きこんでいた他2人も、ほう、と溜息が漏れる。
「こんな綺麗な場所が、世界にはあるのですか……?」
「たしかに近場しか行ったことないから、他の地域にどんな景色があるかとか、知らないこと多いだろうなぁ」
「綺麗ね……」
思い思いの感想を聞いて、カイトはそうだろうと言いたげにうんうん頷く。
「魔王がいなくなって半年。魔物も以前より弱体化したくらいだし、国の外出自粛令もなくなった。
俺たちも、30手前だろ?いくら鍛えてても、少しずつ身体も衰えてくる。その前に、長くかかってもやりたいことやってもいいんじゃないかって」
「珍しくきちんと考えてるのね」
「……おまえ、馬鹿にしてるだろ」
素直に感心したのよ、と言いながら、私は本を閉じた。
「とはいえ、結構大きい決断になるよな、これ」
元の席に着いて、ケイは腕組みをする。
「まず、どれくらいかかる旅かわからない。金銭も時間もだ。
金銭に関しては、行く先々の依頼をこなせばなんとかなるが、時間はどう足掻いても取り戻せない。
やりたいことがある奴は、参加できないな」
幸い(?)にも、全員独身なので、この街に待つ人が……ということはない。
たとえば、もっと上級職を目指すとなったりすれば、無期限のあてのない旅は、年齢的に厳しくなる可能性もある。
「ふたつ。いくら魔物が弱体化したとはいえ、未知の領域に入れば、歯が立たないバケモノに会う可能性もある。遺跡やダンジョンでトラップにかかって、最悪、見知らぬ土地で死ぬ可能性だってあるーーその覚悟ができるか」
不安そうにリーシャが俯く。
ケイとリーシャは後衛職の為、体力的な面で私やカイトよりも死に近い。
私だって……多分カイトだって、死ぬのは怖い。
「みっつ。これは警告にも近いかもしれない」
ギ、と、ケイの座っている椅子が小さく鳴く。
「4人全員行くってならない場合、僕はどんな手を使ってでもこの旅を止めるぞ」
「え、なんで?」
頭に花を生やしたような能天気さで、カイトが聞き返した。ケイががっくりと項垂れる。
「お前な……まさか1人でも行くつもりだったのか?」
「普通に行くつもりだったぞ?」
「アホか!お前の奇行を僕たちが止めなかったら、お前はとっくの昔に死んでるんだよ!!
勝手に毒キノコ食って痺れて、リーシャの毒消しで治してもらったのは!?
ウルフの縄張りに踏み込んで360度囲まれてるところをライラに助太刀されたのは!?
死霊に誘われそうになって、僕の試作魔導具で事なきを得たのは!!どこの!!!どいつだ!!!?」
「うーん、心当たりが多すぎるなぁ」
詰め寄るように怒鳴るケイと、胸に手を当てつつ困ったように眉を八の字にするカイト。
…………繰り返すけれど、彼は思いつきで行動する人なのだ。
きっと、無期限の旅に付き合わせる傭兵を雇うお金も、ない。
「このバカをサポートできるのは、行動を把握してる僕たち以外いないだろうし、誰かが欠けてたらどうしようもなかった局面もあった!だから、4人全員行かない限り、確実にコイツはどこかでくたばる!!」
「ひどい言われようだな」
リーシャも私も否定しない。事実である。
「私は別に……旅をしながらでも鍛えられるけど……」
私はちらりと他2人を見る。
薬師と錬金術師は、昇級試験が年に1回ある。
年齢制限はないものの、試験日を逃せば数年後になってしまうのだ。
「30歳までにもう1回昇級できれば、とは思ってたけど……」
「なんだかんだ、上級職になるまでに、昇級試験5回必要だからなぁ……」
腕を組んで、ただただ唸っている。
節目にやりたいことは、人それぞれあって。
もちろんそれは、カイトだってわかっているはずだ。
「……どちらを優先するかは、もちろん各々に任せるよ」
俺は1人でも行くけど、と付け加えたカイトを、鬼のような形相で、ケイが睨む。
「魔王がいなくなって、この世界は平和になった。流通も元通り。この街も活気が戻ってきた。俺たちもいつも通り依頼を受けて、飲んで騒いで平和に過ごして、その後もみんな幸せに暮らしました、めでたしめでたし。
もちろん、それだって悪くないと思うよ」
カラン。ジョッキの中で、小さくなった氷が音を立てる。
「それでもいいけど、俺は……ここ以外の景色も見てみたいって、その本を見て思った。もしかしたら、もっと違うものを見つけられるかもしれない。実はそこに書かれていること以外にも発見があるかもしれない。それを直に感じたいんだ」
ひどくしおらしい。彼らしくない。
けれどーー真っ直ぐ私たちを見つめる彼の瞳は、いつもと変わりなくて。
「できれば、それをこの4人で、分かち合いたい」
何度目かわからない沈黙。酒場の喧騒が気にならないくらいには、聞き入っていた。
私たちは、ずっと一緒だった。疎遠になっていた数年なんて、会っていないに入らないくらい。
そうやって、ずっと過ごしてきた。
ーーたとえば、ここで残る選択をして。
いつかわからない未来まで……下手をしたら一生、会えなくなることがあるなんて。考えられるだろうか。
「……私は、カイトについていくよ。1人じゃ早死にするだろうし」
意を決して、私は言った。
「ケイとリーシャは、自分たちのしたいことして。2人がいないのは辛いけど、なんとかアイテムを駆使して」
「わたしも」
遮るように、リーシャがはっきりとした口調で言った。
「わたしも……行けるなら、行きたい。
まだ誰も知らない薬草もあるかもしれない。聞いたこともない製薬の技術があるかもしれない。
それを知る機会なんて……きっと、今回くらいしかないから」
昇級試験は年単位でいつでもやってるし!と、晴れやかな笑顔で話すリーシャ。いつもの大人しい性格はどこへやら。
「知的好奇心には勝てないわね……」
「まったくだ」
「ケイは?どうするの?」
「……お前、この流れで『僕は行かないぞ』とか言うと思ってるのか?」
「言うかもじゃない?ケイは自分のやりたいこと優先するから」
「ふっ……ライラ、お前はまだ僕のことをわかってないな……」
ケイがゆっくりと席を立つ。
「そんな面白そうなこと、僕が見逃すわけないだろう!!全員行くとなったら尚更だ!!試験なんか知ったことか!!!」
ーー錬成師なんて、好奇心の塊だもんなぁ。
私とリーシャが顔を見合わせる。
彼女の顔には、『さっきは慎重に、みたいなこと言ってたくせに』と書いてあった。きっと私の顔にも書いてあったんだろう。一緒にくすくすと笑った。
全員の賛成を聞いて、カイトの顔がぱっと明るくなる。
「よし!じゃあ出発する日を決めないとな!
それまで資金を貯めなきゃいけないから、しばらくは酒場通いは控えるぞ!!」
「今日は?もうやめとく?」
「今日は景気づけだ!もう少し飲もう!!」
こくりと4人は頷く。
ジョッキを持ち直し、再度乾杯をした。