不老不死の大賢者、健康のために剣始めました
初めての読切短編です!
「まさか武者修行のさなかに、双紫花の賢者……マオ様に出会えるなんて!!」
「いやぁ~、そんな大したものじゃないよ~」
霊峰ギトチ山の麓、精霊の宿る癒しの泉。
ある時は魔王に対抗する力を得んとする強者が、ある時は不老不死を求める探究者が。
数多の者達がこの山に集い、修行に明け暮れ、癒しの泉で身を清めた。
「えっと、マリーちゃんだっけ? こんなご時世、人々のために剣の武者修行だなんてすごいことだよ。尊い、実に尊いなぁ~」
「そんな……私はただ、大切な人たちを守りたいだけで……」
身を清め、濡れた体を拭く剣士の少女――マリーは照れくさそうに答える。
まだ幼さを残す剣士の少女が、尊敬の眼差しで賢者の女性を見つめた。
そんな視線の先の賢者――マオはというと、だらしなく仰向けに寝っ転がっていた。ローブをたくし上げ、ひざ下を泉に突っ込んで足湯をしながら。
「賢者様は、なぜこちらに?」
「うん、健康のためにね。山頂近くの家から、この泉まで毎日散歩してるんだ」
「健康のため、ですか?」
少女は不思議そうに、きょとんとする。というのも、双紫花の賢者は不老不死だと有名だったからだ。
不老不死とは怪我や病気とは無縁だと、少女は思っていたから。
「双紫花の賢者様は、不老不死を会得されたと伺っております。それなのに、健康のために運動が必要なのですか?」
「まぁね~」
マオは泉に浸けた足で、パチャパチャと水を叩く。
すっかり脱力した口元から、愚痴がこぼれ出る。
「不老不死になったのが、三十代の後半でさ~。やっぱり、あっちこっちガタがきてるっていうの?」
そして何かを思い出したかのように、寝そべったまま腕のストレッチを始める。ストレッチとは名ばかりの、ぎこちないポーズだが……。
「ちょ~っと気を抜くと、す~ぐに体重増えるし。筋力もあっっっという間に落ちて、肩こりで頭痛する。疲れも取れにくくて、傷もなっかなか治らない。不老不死ったって、そんなもんだよ~」
「そ……そうでしたか……」
「そう! それで体が衰えないように、こうやって毎日運動してるってわけ!」
ひとしきり愚痴り終わると、マオは大きなため息をつく。
それはマオ自身、山道の散歩では健康効果が感じられないでいたからだ。
「でもちょっと物足りないというか、負荷が軽いというか……何か他に、良い運動ないかなぁ……」
「他の良い運動……」
すっかり身支度を整えたマリーが、マオの横に腰を下ろす。
ギトチ山は山道の険しさで有名である。マオはその山頂付近の自宅から麓の泉まで、毎日往復しているというのだ。
並みの人間であったなら、想像を絶する苦行であろう。それをいまいち負荷が足りない、というのである。
「それでしたら、剣舞などいかがでしょう?」
「剣舞?」
「はい!」
何気なく口にした提案であったが、マリーはそれが最善であると確信していた。
毎朝日課で行う剣舞が、彼女の体と技の基礎となっていることを身をもって実感していたからである。
「剣舞の型を覚え、自らの枷とするのです。通常の歩行よりも負荷がかかり、良い修行になりますよ」
「なるほど」
「興味がおありなら、私が指南いたします。よろしければ、私の剣を差し上げますよ」
「え?いいの?」
「ええ」
マリーは自身の荷物を手繰り寄せ、そこから一本の剣を取り出す。
それはとてもシンプルなアイアンソードで、グリップには金で花の模様が描かれている。
「今は不要になった剣ですが……思い入れがあって、なかなか処分できなくて。でも賢者様の健康に寄与できるのでしたら、私も心置きなく手放せます」
「ふうん。そういうことなら、ありがたくいただこうかな」
剣を受け取ると、マオはパタパタと自分の身に着けているものを見回した。そして腕のブレスレットに目を留め、それを外しマリーへと手渡す。
「じゃぁ、お礼に私からはこれを」
「そんな……こんな高価なもの、釣り合いませんよ」
「いいのいいの! 友好の印に、ね?」
「! ありがとう……ございます……」
嬉しそうにブレスレットを受け取ると、マリーはすぐに身に着けた。
マオは立ち上がって、もらった剣を腰に装着しようとする。もたつく彼女を、マリーが手伝う。
準備が終わると互いに視線が合い、どちらとなくニッコリと微笑む。
「それじゃ、よろしくお願いします! マリー先生」
「はい。謹んで、お受けします。マオ様」
二人は互いに礼をし、剣舞の手ほどきが始まった。
■■■
豊かな大地と海に恵まれた、キイバラ王国。
王都には人々が集まり、大規模な祭典が行われていた。
町中に酒や料理の屋台が立ち並び、人々の笑顔が溢れている。はしゃいで駆け回る子供たちの頭には、紫陽花を模した飾りが揺らめく。
「もうすぐ、賢者様のお話が始まるって!」
「え、行こう行こう!」
中央広場の噴水に、一つ。王城内の広間に、一つ。
賢者との交信を行う巨大な魔石が、設置されていた。その傍には、交信を行うための魔導士が待機している。
城内の広間には、多くの貴族や来賓が集まっていた。
「我が同胞よ!今日、共に平和を祝えることを嬉しく思う! そして――」
国王の演説に合わせ、交信の魔導士たちが魔石に魔力を送り始めた。
外には交信が始まる合図に、鐘の音が響き渡る。
「我が王国に多大なる助力をいただいた、双紫花の賢者! 彼女らに感謝を!」
交信の魔石に魔力が満ちるとともに、魔石の上に女性の姿が浮かび上がった。
青く艶めく黒髪に、青紫の紫陽花があしらわれたローブ。神秘的な立ち姿の女性が、ゆったりと微笑む。
「グララばぁば、あれだぁれ?」
「あの方はね、双紫花の賢者、リラン様だよ」
「けっじゃ? りらっちゃま?」
「あぁ。とても強くて、とてもお優しい方――」
広場では大人たちが、子供たちに賢者について語り聞かせる。
彼女たちが、この国の救世主であること。修行の果てに、不老不死となったこと――
「リラン様! 私はアライオの村長であります――」
王城の広間では、有力者たちが順々に賢者の前に歩み出る。
そして深く頭を下げ、感謝の言葉を口にした。
「昨年の疫病の蔓延の際、救援をいただき感謝いたします」
「私はツバーク郡のアマク族族長です。わが故郷でのリザード大量発生、その殲滅作戦の共闘、ありがとうございました」
「トミィ商業区の区長であります。商業区内への水路施工事業、ご助言感謝いたします。今日の繁栄、賢者様なしでは実現しませんでした」
各地の有力者たちの感謝の演説が終わると、再び国王が立ち上がる。
「私からも、改めて感謝の言葉を述べよう。賢者リランよ、我が国への果てなき助力、感謝する」
国王の言葉に呼応するように、国中から人々の歓声が沸き上がった。
≪キイバラは私の故郷。そこに住まう人々のために、協力を惜しみません。平和と繁栄のため、これからも尽力いたします≫
リランが胸に手を当て、優しく微笑む。その姿に、さらに高まる歓声。
双紫花の賢者の守護による、平和と安寧。人々はそんな日々を、祭りの中で感謝し、酔いしれていた。
■■■
「んん~っ! 終わった――!」
私は立ち上がり、閉め切っていた窓を開ける。昼の温かい日差しで、部屋の中が満たされた。
雰囲気を出すために真っ暗にしていたけど、むっとして暑かったぁ。
のどはカラカラだし、お腹も空いてる。
「祭典の交信終わったの~? リランもお昼食べる~?」
「食べる――!」
バタバタと私が動き始めたのを察して、一階からマオが声をかけてきた。
同時に、おいしそうな香りが部屋に到着する。甘酸っぱいバタ―の香り……フルーツのパイかタルトを、焼いてるのかしら?
魅惑の香りに導かれて、一階のキッチンに向かう。そこではピクニックの準備のように、バスケットいっぱいにごちそうが詰め込まれていた。
「すごく天気がいいからさ~、テラスで食べようと思って」
「いいわね!」
「外にテーブルの準備してくるから、お茶の用意お願いしちゃっていい?」
「ええ、まかせて」
お茶の準備をしながら、ちらりとバスケットの中を見る。
サラダにミートローフ、野菜のトマト煮にアップルタルト――さっき二階まで香りがしてきたのは、これね。
どの料理も美味しそうで、ついつい見入ってしまう。
「つまみ食いしないでね」
背後から声をかけられ、ビクリとする。振り向くと、マオがニヤニヤと私を見ている。
「し、しないわよ!」
――本当は、ちょっと食べたい。
でもマオの料理って、盛り付けもキレイなのよ。つまみ食いで形を崩すなんて、もったいないことできないわ。
そうこうしているうちにお茶が沸いて、私たちは食事を持ってテラスに向かった。
「んんん!! 美味しいっ!!」
「へへ……よかった!」
ギトチの山々の雄大な景色を眺めに、美味しい食事。
山頂近くに建てた家でゆったり過ごしながら、たまに王国からの要請で仕事をして。
あとは好きなだけ自分の研究をする、理想的な日々。
「はぁ……しあわせ……」
思わず言葉がこぼれた瞬間、対面に座っているマオと目が合う。彼女も、私の生活に欠かせない存在だ。
不老不死の秘術を会得するため、ギトチ山に入山しようとした。そのとき、山の麓でマオに出会ったのよね。
あの日から不老不死になった今に至るまで、私たちはずっと一緒に暮らしている。
自分の両親や妹よりも、ずっとずっと長く――
「そういえば今日の祭典、ローブで出たんだね。この前、祭典用って新しいスカート買ってたのに」
「うっ」
不意に、マオから質問が飛んできた。これからデザートのアップルタルトを食べるってときに、なんてこと聞いてくれるのよ……。
そういうところは、めざといんだから……忘れてくれてれば、よかったのに。
「あれは……」
「あれは?」
「う……」
その答えは、恥ずかしさと屈辱の塊である。――まぁ、マオに隠すようなことではないけど……
「ウエストが入らなかったのよ!!」
「あ~……」
正直に答えたが、頬が熱くなる。やっぱり恥ずかしい……。
この私の理想的な生活の、唯一にして最大の弱点――すぐに太ってしまうの!!
「……結構、買ったばっかりじゃなかった?」
「うるさいっ!!」
自分も困ってるくせに、なんで追い打ちかけるのよ!
それもこれもマオの食事が美味しいのが、いけないんだから!
大体、毎日同じようなもの食べてるんだからマオだって……マオだって……
「……なんでマオは太ってないのよ? ――っていうか……ちょっと……痩せた?」
あまり気にしていなかったけど、お茶を飲むマオの姿勢がとても良い。よく見ると、肌つやも良くなってるような……。
「ん? ……ああ! 実は私、剣舞始めたんだ~。もしかしたら、そのせいかも!」
「剣舞?」
「山の麓で剣士の女の子に会ってさ。教えてもらったんだ!」
「へぇ……」
毎日のように、山を上り下りしてるのは知ってたけど……。
いつの間に剣舞なんて、始めてたのよ。全然知らなかったし。
一人でそんな健康運動してるの、なんかズルい。
「そうだ! せっかくだから、剣舞やってるところ見てよ!」
「えっ……別にいいけど……」
マオは立ち上がり、庭の方へ歩き出した。開けた場所に立つと、空間魔法で空中から一本の剣を取り出す。
振り向いて私に手を振ると、剣を構えた。
「ふっ……はっ……」
軽やかな身のこなしで、剣を操り舞い踊る。マオの赤紫の髪が、花開くようになびく。
想像していたより、かなり本格的じゃない。
それに、結構カッコいいかも――
「たぁっ!!」
最後に大きく剣を振り下ろすと、その波動が隣の山へと飛んでいく。
そして激しい爆音とともに、隣山を吹き飛ばしたのだ。
「え……はぁっ!?」
ちょっと健康のために始めました、って雰囲気だったじゃない!
どうなってるのよ!?
「どうかな?」
「どうって!! 隣の山が吹き飛んだんだけど!?」
そんな照れくさそうに感想を求められても、困る状況なんですが!?
私の顔と吹き飛ばした山を、マオは交互に見つめる。
「ん~……あの山、強い魔物ばっかりで普通の人は歩いてないから大丈夫だよ!」
「そういう問題じゃなくて……はぁ」
ギトチ山に籠って早数十年。
私たちは賢者として修業を積み、魔王に対抗しうるほどの力を得た。
不慣れな武器であったとしても、圧倒的な威力が出るのも不思議ではない。
それをとやかく言ったところで、仕方のないこと。
とりあえず――
「剣舞で無暗に技を出すのは禁止」
「え~」
マオは不服そうに、うなだれる。
はぁ……うちは賢者で売ってるんで、そういうのは困ります!
私の気持ちをよそに、マオはすぐに立ち直ってすり寄ってきた。
「ねぇねぇ、リランも剣舞やろうよ~」
「やりません」
「体軽くなるし、肩こりも解消して、調子良いんだよ~?」
「他の方法を探します」
「むぅ……」
つまらなそうに、ジト目でマオが見てくる。
そんな顔されたって、私はそんなに運動好きじゃないんだもん。
山道毎日通うような、マオとは違うんだから――
「じゃぁ、しばらくおやつとデザートは無しにする?」
「そ、それはダメ!!」
甘味は日々のうるおいで、癒しなのよ!
やめられるわけがないじゃない!
「痩せたいんじゃないの?」
「だから! 他の方法を探すって言ってるでしょ!」
「ほら、ここは健康のために一緒に剣舞を――」
「やりません!!」
もし一緒に剣舞をしたって、私の方がヘタでカッコ悪いに決まってるし……そんなの、恥ずかしいじゃない……。
■■■
剣舞は一時の趣味、だと思っていたのに……。その後、マオは毎日欠かさず舞い続けていた。
春の花と共に、夏の日差しに照らされ、秋の雲の流れのように、冬の雪に舞い降りながら――
何年も、何年も。
そんなある日――
≪王国に……港町アライオの方角より、魔物の群れが迫っております! どうか双紫花の賢者様のお力を、貸してください!≫
交信の魔導士から、火急の知らせだった。
あまりに急なことだったのか、映像はなく音声だけの交信である。
「わかりました。双紫花の賢者、リラン、マオ。共にアライオへ向かいます。王国兵には、不要な交戦は避け、住民たちの避難に専念するよう伝えてください」
≪承知しました≫
手短に王国兵への支持を伝え、通信を終えた。急いで王国へ向かわなくては!
振り向くと、マオが待ち構えるようにこちらを見つめている。
「――と、いうことよ。急いで準備してアライオに向かいましょう、マオ」
「わかった」
「海からの襲撃か……見晴らしの良い、アライオ海崖神殿から迎え撃つのがいいかしら? 準備ができ次第、神殿の前に転移して落ち合いましょう」
「了解っ!」
私たちはそれぞれの部屋に戻り、装備を整える。
特別なクローゼットにかけられた、青の紫陽花の柄のローブ――魔力を高める特殊な素材で作られた、特注品。赤の色違いで、同様のローブをマオにも作ってある。
魔物の群れと交戦するような、危険を伴うときに最適な装備だ。
そして何より……マオとお揃いでカワイイ!!
「よしっ!」
準備を整え、気を引き締める。
不老不死の大賢者として、ふさわしい顔をしないとね。
「さっ、行きますか」
魔法の杖を手にして、転移の魔法を唱える。
青白い光を放つ魔法陣を潜り、私はアライオ海崖神殿へ転移した。
「もうすぐ大賢者様がいらっしゃいます! みんなさん、落ち着いて避難してください!」
「飛竜、接近中!! 隊列を組め!!」
「ママ―ッ! ママ―ッ!!」
神殿の前は王国兵と、崖下から避難してくる住民たちであふれかえっている。
そこに魔物まで迫っていて、パニックになっているわね。
「アイスニードル!!」
上空を旋回していた飛竜を、魔法で海に撃ち落とす。近くには、他に魔物はいないようだ。
魔物の群れは、まだ遠い海の向こうでうごめいている。空も海も魔物に覆われ、闇が迫ってくるよう。
先走った魔物が数体、群れから離れて先行しているみたい。
兵士には積極的に襲ってこないけど、ずっと旋回してる――孤立した一般人を、狙ってるのかもしれないわ。
「リラン様!! ご助力、感謝します!!」
王国兵……おそらく隊長格の男性が、声をかけてきた。それに続くように、他の兵士たちも集まってくる。
町の救援には、十分な人手が集められているようね。
「魔物の群れの本隊は、まだそれほど近くありません。今はとにかく、住民の避難を急ぎましょう。魔物の応戦は、私にお任せください」
「わかりました」
兵士たちは避難対応に集中すると、住民たちも落ち着き順調に移動していく。
先ほどまでの混乱が嘘のように、あっという間に避難が完了した。
「我々は、このまま避難民たちのしんがりを務めます!!」
「よろしくお願いします、隊長さん。まもなくマオも到着するでしょう。魔物達は私たちが討伐します」
「はっ!! リラン様、ご武運を!!」
魔物の群れを殲滅するには、かなりの大魔法を放つことになるだろう。
被害を抑えるために、兵士たちも含め避難してもらった方が都合が良い。
私はなるべく自愛に満ちた表情を務め、王都へ向かう避難民と兵士たちを見送った。
――それにしても、マオ……遅いわね……。
「リラン~! お待たせ~!!」
背後から、マオが声をかけてきた。
ようやく到着したのね。本当に、何をやってたのかしら?
「遅かったじゃない。何に手間取ってたのょ――」
振り向くとそこには腰に剣をさした、剣士服姿のマオが満面の笑みで駆け寄ってくる。
いつの間に、そんな服買ってたの!?
「あんた!! なんでそんな格好してるのよ!?」
「ん? せっかくの魔物の群れだから、剣技で倒してみようと思って。どお? 似合ってる?」
うんうん、シュッとしてて赤い剣士服が似合ってる。さすが私のマオ。
――って、そうじゃない!!
「そぉいっ!!」
「うわっ!!」
私はマオのローブを空間魔法から取り出して、頭から思いっきり被せた。
マオは食事でも戦いでもすぐにローブを汚すので、予備を持ち歩いているのである。
「いい? 私たちは大賢者として、売り出してるの。だから公式の場で、剣で戦うのは禁止です」
「えーっ!! 多様性! 多様性も大事だと思います!!」
「却下!! その剣も、どこかに置いて来なさい!!」
「そんなぁっ!? 横暴だーっ!!」
たまにこういう強情なところがあるのよね……。
とはいえ、どこで誰が見てるかわからないんだから。ブランディングのためにも、魔法で戦ってもらわないと。
少しばかりマオと揉めていると、坂下から人の声が聞こえてきた。
「グララおばあちゃん、しっかりして! あともう少しだから」
「うぅ……わしはもうダメじゃ……お前だけでも、先にお逃げなさい」
「そんなこと、できるわけないじゃないっ!!」
若い女性が、老婆を支えながら坂を上ってくる。
老婆は足を痛めているのか、膝をかばうようにヨタヨタと歩いていた。
「逃げ遅れがいたのね……まずいわ、魔物の群れがだいぶ近づいてるのに……」
女性と老婆……このまま近くで守りながら、戦うべきか。
それとも二人には、頑張って先行してる避難民を追ってもらう……?
考えを巡らせていると、マオが二人の前に歩み出た。
「ご婦人、大丈夫ですよ」
「おぉ……あなたは……賢者マオさま……後生ですじゃ……どうか、孫娘をお助け下さいっ……」
「えぇ。あなたもお嬢さんも、お助けします」
そしてマオは、持っていた剣を二人に差し出す。
「さぁ、この剣をお持ちください。必ず、お二人を守ってくれることでしょう」
「あぁ……ありがとうございます……ありがとうございます……!!」
なんだか良い雰囲気だけど……体よく剣を預けてないか?
いやいや! 一般人の女性と老婆に剣を持たせたって、どうにもならないでしょう!?
「我と盟約せし風の精霊よ、この者たちを守護したまえ――」
私は精霊を呼び出し、女性たちを守るように頼んだ。
精霊について行ってもらえば、彼らを通して彼女たちの行動を見守ることができるし、簡単な魔法で救援することもできる。
応急策ではあるけど、これが一番安全だろう。
「この精霊も、あなた達を守ってくれます。大変かと思いますが、他の避難した人たちを追って下さい」
「わかりました。グララおばあちゃん、もう少しがんばろうね。賢者様、ありがとうございます」
「ありがたやぁ……ありがたやぁ……」
老婆はしっかりとマオの剣を抱きかかえ、深々と頭を下げる。
そして孫娘に支えられ、避難民たちが向かった先へと続いていった。
「彼女たちのためにも、さっさと魔物を倒さないとね。大技で一気にいくよ、マオ!!」
「アレだね。りょーかい!!」
私たちは共に並び立ち、共に杖を振りかざす。
そしてお互いの魔力が対流して、大きくうねり纏まっていく。
双紫花の賢者の力、見せつけてやるわ!!
「「エーテルスォーム!!」」
二人の魔力の塊が、海を左右に分かつ。魔力の塊は海底ごと海を押しのけ、光速で魔物の群れへと襲い掛かる。
群れと衝突するやいなや、魔力は爆散し海上の魔物達を殲滅した。
「よし、殲滅完了っと」
「空を飛んでる魔物も、散ってってるね~」
魔物達が一気に減って、空に青みが戻ってくる。魔力で分かたれた海に激しく海水が押し寄せてくるが、それが収まると元の穏やかな海へと戻った。
空を覆うような魔物の群れも、私たち二人にかかればこんなものね。
仕事は終わった――そう胸をなでおろした次の瞬間
≪ひいっ……ひいいぃぃぃっ!!≫
≪おばあちゃん!! 助けてっ!! グララおばあちゃん!!≫
≪避難民だ!! 後方で避難民が魔物に襲われている!! 救援に向かうぞ!!≫
先ほど女性たちの護衛につけた風の精霊から、現場の状況が伝わってきた。
どうやら先行した避難民や兵士たちに追いつく直前に、魔物に襲われてしまったようだ。
精霊が結界を張って守っているが、動けなくなっている。
「そんな……すり抜けた魔物がいるの!? すぐに助けに行かなきゃ――」
しかも魔物の数が多い……飛竜に、オーガ、魔法を使ってる魔物もいるみたいね。
こんなの、兵士たちでも対応できるかどうか……。
私とマオは顔を見合わせ、転移の魔法を発動させ――
≪わっ……わしの孫娘に手を出すんじゃないよおぉぉぉぉっ!!≫
魔法の発動を遮るように、老婆の咆哮が脳内に響き渡った。
一体、何が起きているというの……?
≪うおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっ!!≫
精霊から脳内に送られてくる映像は、すさまじいものであった。
老婆はマオに渡された剣を構え、魔物達を次々となぎ倒していく。
彼女たちを覆うほどの魔物達が、あっという間に殲滅されてしまったのだ。
あまりに一瞬のことで、呆然としてしまう。私たちも、現場の兵士たちも……。
≪どうだいっ!! 思い知ったかっ!!≫
そこに立っていたのは、ヒザを痛めてヨボヨボ歩く老婆ではなかった。
■■■
魔物の襲来事件から一年後――私とマオは王都キイバラを訪れていた。
大規模な魔物の発生だったため、その後異変がないかの確認。それに双紫花の賢者として回復援助や、住民たちの慰問も兼ねて。
そしてその同行案内をしてくれたのが――
「いや~、すごい出世ですね!」
「ほっほっ。この老骨には、勿体ないお話ですじゃ」
あの日、マオが剣を預けたグララ老である。
彼女は孫娘を……多くの避難民と王国兵たちを魔物の群れから守った功績として、騎士の叙勲を受けたのである。
小柄ながらも勇ましく鎧を纏っており、すっと背筋が伸びていて……昨年お孫さんに支えられて避難していたのが、嘘のようだ。
「今では孫やひ孫たちまで、剣の道に目覚めましてなぁ。子々孫々、この国を守っていく所存です。これもすべては、賢者様のお導きのおかげですじゃ」
「うんうん、やっぱり剣は健康にいいんだねぇ」
「ほっほっほっ、誠にそうですなぁ」
そうかもしれないけど、そうじゃないような……あとこれ、話かみ合ってるの?
それにしても、あのお婆ちゃんがこんなに強く元気になるなんて……。
件の剣はごくごく普通のアイアンソードだったはずなのに。
マオが使用しつづけたことによって、特殊な効果が付与されたってことなのかしら?
だとしても――
「グララさんがこんなに健康になるなんて……」
「本当にすごいよね!!」
思わず漏れ出た言葉に、マオが返事をくれた。
そしてキラキラした目で、嬉しそうに私に言う。
「だからリランもさ、剣舞始めようよ!」
「やりません」
■■■
「そういえばあの剣、グララさんにあげちゃったけど良かったの? 大事なものだったんじゃないの?」
「うーん?」
私たちはギトチ山の、麓の泉で足湯をしていた。
足を温めることで発汗を促し、痩せられるという噂を試すためにね。
これなら毎日続けても、苦じゃないから! なお、結果は伴っていない。
「確かに大事だったけどね。でもあの剣を上げることで幸せになれる人がいるなら、それでいいと思うんだ」
「ふうん。そうなのね」
あんなに続けていた剣舞も、ここ数か月見ていない。
まさかこんな理由で終わることになるなんて、なんだか意外だったな。
「とはいえ……」
マオは退屈そうに、ぱちゃぱちゃと泉の水面を蹴る。
「ちょっと剣舞をやらないだけで、なんか肩こりが再発してきたというか……でも、丁度いい剣がなかなか見つからなくて……」
「そ……そう……」
次の剣が見つからないだけで、完全にやめたわけじゃないんだ。
ま、まぁ私はこのまま一緒に太っ……辞めてもらっても構わないんだけど?
≪賢者様……もし……賢者様……≫
私たちが他愛のない話をしていると、泉から柔らかい光が立ち上る。
そして泉の精霊が姿を現した。
≪お話、聞かせていただきました。よろしければ、こちらの剣をお持ちください≫
そういうと精霊は、水色の波のような刀身の剣をマオに差し出した。
これは精霊が、懇意にしている人間に渡すと言われている――
「これ……泉の精霊剣じゃない!?」
「うわ~! こんなすごい剣、もらっていいの?」
マオの言葉に精霊はやんわりと微笑み、うなづいた。
≪賢者様には、この地を守護してもらっていますので。どうぞお役立て下さい≫
「わわっ! 精霊さん、ありがとう!!」
本当にすごい……。
精霊剣は、数百年に一度しか生成されないのだ。精霊と仲が良いからと、おいそれともらえるものではない。
なんて奇跡的なことなの……!?
「うんうん。丁度いい重さで、しっくりくるよ!」
「ちょっとそれ、稀代の精霊剣なんだけど!?」
剣の希少性などお構いなしに、マオは素振りをしている。
彼女にとっては、剣舞に使えれば何でもいいのだろう。
「よーし、じゃぁさっそく――」
剣を持って立ち上がると、マオは裸足のまま剣舞を始めた。
それはそれは、とても美しい剣舞で――
そしてこの新たな剣が、新たな運命を導くのは、また別のお話――
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