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北村アカネと恋の文  作者: 夢民
二話:闇射す陽の目
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2-⑦

「おい赤根。コイツめちゃくちゃいい奴じゃねーか! お前、変に追い詰めたりしてねぇだろうなマジで」

「いやそれが高永先輩聞いてくださいよ~! 赤根先輩ったら急に私を呼び出してですね~……」


 ひと通りのあらましを伝えた途端にコレである。

 乙瀬さんの謝罪はすんなりと受け入れられ、高永君はというとその行動に痛く感銘を受けたらしかった。

 僕の隣に座っていたはずの彼はいつの間にやら乙瀬さんの隣に陣取っており、久しぶりに再会した旧知の友人同士が如く盛り上がりを見せている。繰り広げられる会話が僕の批判でなければ微笑ましいことこの上ない光景だ。


「とりあえず、これでこの前の相談は解決ってことでいいよね」


 話を切り上げさせるべく、無理やりに言葉をはさむ。

 いたのか、という視線を高永君が向けてきたので、そりゃいるよ、と視線で答える。


「とりあえずも何も完璧だっつの。さすがの赤根様様だ」

「本当にありがとうございます赤根先輩。おかげさまで謝罪を受け入れてもらえました」


 感謝の言葉は嬉しくもあるが、恥ずかしくもある。親に褒められた幼子が、天邪鬼にもそっぽをむいてしまうような振る舞いを、心ともなくしてしまう。


「この後はどうするの? 枕木さんに顛末を隠すにしろ話すにしろ、ラブレターへの返事は必須だと思うけど」

「あー、俺がこのまま『返事が遅れてスマン』つって返事すりゃあ、諸々無かったことになると思ってんだが……」


 視線を投げかけられた乙瀬さんは、瞼を閉じて、ゆっくりと首を横に振った。


「だろうな。そもそも赤根に任せときゃ、俺と会わなくてもそれなりに丸く収まる話だ。それをわざわざ対面で謝ろうってんだから、ソコをうやむやに出来る性格じゃーねぇわな」


 声音の重さとは裏腹に、高永くんの器の大きさと乙瀬さんの気持ちよのさとが溶け合って、二人が纏う空気はどこか晴れやかだ。


「というわけで、先ずは私がソッコーで朝陽に謝りますんで、その後お返事お願いします」

「わかった。俺が出てった方が話が付きやすそうなら声かけてくれ」


 ほらよ、と連絡先を交換してしまう。


「……赤根先輩、私、粉かけられてるとかではないんですよね?」

「驚くことにね」


 男女の機微に疎い自負のある僕だが、高永くんのそれが、そういった類のものでないことは解る。


「北村先輩を見慣れてるのでこういったタイプの人には耐性ある方だと思ってましたが、なかなかどうして凄まじいですね」


 全く同感である。僕も初めて北村君を知った際は、高永君で見慣れていたもののなかなかどうしてと思ったものだ。

 隠す気のないヒソヒソ話を終えると


「私が聞くのはルール違反かもしれませんが、実際のとこ朝陽に勝算はあったりします?」

「悪いが無いな。枕木がどうとかじゃなく、今は部活に集中してーんだ。それで良いなら~とか、失礼どころの話じゃないだろ」


 女子とのお付き合いについて興味がないことはないだろう。とは僕の高永君評だが、どうにも部活を盾にそういったものから逃げているというのが中学時代からの印象だった。彼の要領の良さをもってして、両立できない事もなし。彼女相手に良いとこ見せたさでプラスに働くような気さえする。というか、なる。そういう性格だ。


「んぐぐ……器が大きく、優しい上に硬派ときますか。朝陽の彼氏にもってこいなのに……もったいない」

「褒められるのは悪い気しねーが、こればっかりはスマンな」


 肩と首をガクンと落とし、わかりやすく落胆をアピールする乙瀬さんのつむじが、高永君の眼下に収まる。

 そんな様子を、僕はどこかドラマや舞台を見るような気持ちで眺めていた。

 というのも、枕木さんのラブレターが高永君に宛てたものだと知った時点で、手紙に施された細工の謎や、乙瀬さんが事に及んだ動機の謎よりも、真っ先に解っていたことがひとつあったからだ。


 それは、このお話の結末が「めでたし、めでたし」で締めくくられるという確信だった。


 いま目の前で落胆している乙瀬さんは高永君の好みを知らない。

 一方で、申し訳なさそうにしている高永君は枕木さんに会ったことがない。

 そして僕は、その両方を知っている。

 そういえば、夜野さん撮影の4人で映った写真があったはずだと、スマホのデータをスクロールする。頃合いを見て突きつけてやることにしよう。

 

 窓から差す橙色の明かりが、じんわりと机の色に溶け込んでいく。明るさを残す雲一つない空に、うっすらと星が浮かんでいた。

 カラコロと鳴くドアベルは、先ほどから帰路につく人を見送るために響いている。時計に目をやると、僕らが席についてから3度目の鳩が鳴く直前であることを示していた。いい時間である。

 同じく時計を見ていた高永君は「便所」と言って席を立ち、音もなく伝票を抜き取った。


「先に出てるよ」

「おう」

「?」


 手を振りながら振り返らずに、「お手洗い」の矢印の先へと向かう彼を見送り、乙瀬さんを店外に促す。


「あっ」


 きょろきょろ机の上を見渡す彼女は、やられた、と額をぺしりと打った。


「はぁー。男前ですねぇ……赤根先輩も見習って下さい」


 どうにも今日一日で、彼女の僕に対する評価が相対的に(と信じたいが)下がってしまったようである。

 外に出ると、家々の向こう側にいるであろう太陽が煌々と光を立ち昇らせていた。周囲にまとう透き通った橙の光を際立たせるかのように、建物の前面は黒で塗りぶされている。

 改めて周囲を見渡せば、この辺りの街並みはオシャレな喫茶店がスッと馴染んでしまう程に風情がある……ように思う。あたりの暗さがもどかしい。

 明日、気が向いたらなら少しだけ早起きをしてみてもいいかもしれない。

 登校前にちょっと寄り道をして、朝日を受けた街並を眺めて歩くのは、たぶん、とても気持ちがいい。

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