2-④
頭の中で先日の整理が終わった頃、電話の呼び出し音がプツリと切れた。
「あの……赤根先輩?」
電話口の枕木さんは戸惑った様子だったが、思っていたよりも元気そうで、ひとまず安心した。
カラ元気かもしれないが、カラ元気だって元気のうちである。
「急で悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあって」
そんな元気に水を差すような話を切り出すのが申し訳ない。
しかし、あの日僕らと別れてから手紙を出すまでに、何か特別なことが起こらなかったか確認は必要だ。
「どの程度を特別と言うかによりますけど、そういったことはなかったと思います。精々、学校までの道すがら犬に吠えられたのと、水溜まりをおもいきり踏んじゃったくらいです]
中々に不運が続いたらしい。
「学校についてからは、あの日頂いたアイデアやおまじないをひと通り全部ためして、宛名を書いて……そのまま下駄箱に手紙を入れました」
「その間、手紙はずっと枕木さんが持ってた?」
「? はい、喫茶店からずっと鞄に入れてましたし、手紙を取り出してから下駄箱に入れるまで、ずっと私が持ってましたよ。ハジメちゃんとずっと一緒だったので聞いて貰えばわかると思いますけど……?」
何でそんなことを? という言葉が、言われてもいないのに聞こえてくる。
「ありがとう。ごめんね急に変なこと聞いて」
「いえ。……あの、えっと、こちらこそありがとうございます」
何に対する感謝なのかわからず、無言で答える。
「多分、なんですけど、この前の件で何かご迷惑かけているのかなと」
おっとりしているようで案外鋭い。迷惑という点だけは見当違いだが。
「佳澄ちゃんが言ってました。『アイツ、変な気まわしておせっかい焼いてくるかもしれないけど、ありがたがる必要ないからね。勝手にやってるだけだから』って」
夜野さんの差し金だった。
「その、良くわかってなくて申し訳ないんですけど、ありがとうございます」
自分の為にやっている事なので、夜野さんの言う通り全くありがたがる必要はない。質問の答えも想像通りだったので、事と次第によっては枕木さんに追い打ちをかける可能性が高く、尚更である。
通話を切って喫茶店の中へと戻る。
高永君には2~3日で結論が出る旨を伝え、その場は解散となった。去り際、手紙を預かることを忘れない。
呪いの手紙などと間違っても呼んではいけないそれを封筒から取り出し、頭上にかざして仰ぎ見る。街灯が目に痛い。
無機物に責められているような感覚は、これかやろうとしている事への後ろめたさからだろうか。
便箋を目一杯使って書かれた『呪』の文字は、毛筆での荒々しい筆致も相まって、そこに込められた黒々とした感情でこちらを襲ってくるかのように思えた。
先ほどの通話で乙瀬さんへの確認を促されたので、おそらく現状、枕木さんのそばに彼女はいないはずだ。
話したい事があるという雑なお誘いのメッセージを乙瀬さんに入れる。
幸いにも明日は土曜日。休日なら自由が利くだろうとの判断だったが、どうやら我が校のテニス部は休日にも活動があるらしかった。
「午前は部活あるんで午後なら大丈夫ですよ! 何ですか? 告白ですか!?」
返信後半の文章には触れず、「先日皆で集まった喫茶店で15時に会えないか」と打診する。1人で来てほしい旨を、ついでのように、なるべく事も無げに添えて。
「マジで告白のヤツじゃないですか~」
気だるげな犬のスタンプを返すと、応じる形で『OK』が描かれた見知らぬマスコットのスタンプが送られてきた。
友人関係の狭さから普段使用しないLINEではあるが、スタンプというのは発明だなと思う。
嘘の文章を羅列して、こちらの隠したい部分が文面から読み取られることがない。コミュニケーションに必要なめんどくさい部分を、パッケージされた型に委ねられる上、受け取り方は相手次第だ。
「そうではなくて、つまりは乙瀬さんが枕木さんのラブレターに悪質な細工をした件について問い詰めたいので、ひとつ1人で尋問を受けに来てくれまいか」
などと言えるわけもなく、これ等はすべて『気だるげな犬のスタンプ』に込めることとした。
じっとスタンプを見つめると、気だるげな瞳がこちらを見返しているような錯覚に陥る。まぁ、がんばれ、と気だるげに言われているようだ。
よしと力をひとつ入れて、帰りがけにスーパーでジップロックを買う。自宅にあるブリーザーパックは偽物然とした安価なものだったと記憶していて、いまいち気密性の信用に欠ける。
夜、預かったラブレターを買ったソレに収めると、冷凍庫に放り込み、床に就いた。
明日を思うと気は重いが、筋道は全て見えていたので、その日はとてもよく眠れた。