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北村アカネと恋の文  作者: 夢民
二話:闇射す陽の目
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2-③

 自虐的な発言はあったものの、元々人気者な夜野さんである。すんなりと恋話(コイバナ)のアドバイザーに就任し、3人の会話は盛り上がりを見せていた。

 一方、誤解が解けたことで『頼りになる先輩』から『役立たずな男』になり下がった僕なのだが、何故か退場を許されずボックス席に軟禁されている。

 2杯目のコーヒーが僕と夜野さんに届くと、対面にはレモンを添えた紅茶が運ばれてきた。どうやら後輩2人は紅茶党らしい。一緒に運ばれてきたケーキは2皿ともに、焼き色鮮やかなベイクドチーズケーキだ。どのケーキにするか決めあぐねる枕木さんが、乙瀬さんのチーズケーキおすすめ攻勢に屈した結果である。

 各々が飲み物をひと口すするのを合図に作戦会議が開始され、戦力ゼロの男も流れでそのまま混ざる形となった。

 

「私と朝陽で選んだ超良い感じのレターセットです!」


 じゃん! と乙瀬さんがよくあるレジ袋からオシャレなパッケージを取り出した。レシートがひらりと舞って机に着地する。つい先ほど買ってきたらしく、駅近にある雑貨屋の名前が書かれたソレには商品名が一品のみ記載されていた。横には千円を超える金額が印字されている。目の前に出された『良い感じのレターセット』は、どう見ても一組しか封入されておらず、レターセット事情に明るくない僕としては額面に驚くばかりである。よく見ると和紙製のようで、装丁もきめ細やかだ.


「値段が全てじゃないけど、相当に出来が良い……コレ貰ったら嬉しいだろうな」


 僕の感嘆を受けて、レシートを拾い上げた夜野さんが僅かに口角を上げる。


「アタシは同じシリーズの紙質違いのやつをアンタに渡したはずだけどね。薄緑のやつ」


 コチラに視線を投げかけられ、うっと唸る。意地が悪い。


「佳澄ちゃんわかってる~! これアタシのイチオシだったんですよ~。めっちゃ種類あったんですけどコレが一番可愛かった!」


 気まずさに耐えかねて、そういえばと話題をそらす。


「何で読んだか忘れたけど、便箋に香水を振るっていう工夫があるらしいよ。封を開けたときにいい香りがするんだって。なんとなくお洒落で良い印象与えそうじゃない?」

「変に小洒落たコト知ってんのねアンタ……そういや昔、ラブレターの縁をラメのマニキュアで塗るとかいうおまじないあったなぁ」


 いいですね~先輩。マニキュアは無いけどラメペンなら今あるよ! あと、宛名の横にクローバーの絵を描き添えると良いとか、封筒をアイロンでパリっとさせ聞いたコトあるかも!」


「ハジメか朝陽、香水持ってる? 無いならアタシの貸したげる。何個かあるから好きなの試していいよ~」


 統一感のある小瓶がずらりと夜野さんの前に並べられる。どうやら香水というものは、持ち運びの際別の容器にわざわざ移すものらしい。


「あ、ありがとう佳澄ちゃん。香水もだけど、皆のアイデアも全部試したいな……」

「あっ、でもこれ和紙だよ朝陽。香水かけて大丈夫かな~? 一組セットで予備も入ってないし」

「多分大丈夫だと思うよ。和紙って意外と水に強いし、何よりインクで濡れる前提のモノだからね便箋は」

「大丈夫かな~……朝陽はどう思う?」

「え? えっと……」

「まぁ、もしダメになったらその時は僕がもう一組買ってくるよ」


 乗り掛かった舟である。もしもの場合、ケーキセットよりお高くつくが、役立たずも少しはいいところを見せたいのである。


「お、かっこつけたね~。じゃあ、はいこれ」


 夜野さんは、手に持ったままだったレシートを僕に押し付けてくる。


「赤根先輩かっこい~! まだいくらか在庫あったんで、もしもの時はよろしくお願いしまーす!」


 この手の調子の良さは、僕にとって割合苦手な部類に入るのだが、不思議と不快感は感じなかった。後輩は先輩に似るのかもしれない。

 お店の迷惑にならない様、手元で丸めたティッシュに香水を吹き付け、レターセットの上でポンポンと弾ませる。

 香水が乾くのを待つ間に、枕木さんが取り出したラブレターの下書きノートに、あーでもない、こーでもないと僕以外の2人がアドバイスを重ねていく。内容がまとまる頃には、便箋の水分もすっかり乾いていた。


「よっし! じゃあ書いてもらいますか!」


 その一言と共に、乙瀬さんがペンを差し出す。

 向けられた視線とその言葉には、背中を強く押すような、心を鼓舞する応援のような力強さがある。ペンを受けた枕木さんも、視線を交わして黙ったまま力強く頷いた。

 先ほどまでの喧騒が嘘のように、場に緊張感が漂う。ラッキーカラーのインクだという、淡くカラフルなペンの筆跡が、柔らかく、ふわり優しく便箋の上を踊る。

 

「~~よ・ろ・し・け・れ・ば……お・返・事・下・さい……っと」


 書き終えた枕木さんは、ふぅと一息つき、手の甲で優しく文字をなでてインクが付かないことを確認した。誤字脱字、自分の名前と連絡先が書いてあるこ口に出して何度も確認したのち、便箋を二つ折りにして宝物を仕舞うように封筒へと収めた。付属の紅葉のシールを張って封をする。


「あら、誰に出すかは秘密なんだ~」


 封筒の、本来宛名が書かれるべき場所を指さしてニヤニヤする夜野さんは、2人にとって本当にいい先輩なのだろうか。


「秘密ですひ・み・つ。勢いそのまま、これから相手の下駄箱に投げ込みに行くんで、その直前で書きますよ! うまくいったらご報告に上がります! ね、朝陽」

「う、うん……」


 誰が言ったか「さて」の一言で解散の運びとなった。気が付けば17時直前だ。途中、16時のタイミングで鳩時計が鳴いたはずだが、集中していたせいか全く気がなかった。

 5度鳴く鳩に押されるようにドアから外に出たのは、僕と乙瀬さんの2人だ。振り返ったドアのガラス越し、少々人並びのある会計列の最後尾で、夜野さんと枕木さんが談笑している。

 奢り、奢られの人間がドアを境に隔てられる形だ。


「先輩、男としてそれはどうかと」

「僕もそう思う」


 何を言っても格好悪くなりそうなので、どうしようもない。

 

「あはは、冗談ですって。説明なしに『奢るから来い!』って感じだったんですよね多分。佳澄ちゃん言い出したら聞かないし」

「理解ある後輩で助かるね」

「朝陽も、いいって言ってるのに『相談乗って貰ってるから』って聞かなくて」


 ドアの向こうにいる2人を並んで眺める。こちらの視線に気づいたのか、夜野さんはゆらゆらと手を振っている。

 乙瀬さんはそれに返す形で手を振り返しながら、視線をそのままに口を開いた。


「……失礼な質問だったらそう言って欲しいんですけど、なんで佳澄ちゃんの事振っちゃったんですか?」


 ここまで明け透けだと、もはや好感が持てるのだなぁ。発見である。

 調子の良さ、というより人懐っこさがそうさせるのだろうか。


「お友達からでどうですか? って答えは振ったうちに入る?」

「そういう事じゃなくてですね……ちょっと言い方悪くなっちゃいますけど『なんで付き合っちゃわなかったんですか』って意味です」

「ラブレターを貰った時は夜野さんの事特別好きって訳じゃなかったからね。それで答えが『付き合いましょう』は夜野さんに失礼でしょ……っていう答えは的外れたりする? ごめん、質問意図を汲めてる自信が、あまりない」


 はぁ~、という声と共に浮かべられた表情は、理解不能、もしくは呆れといったニュアンスだろう。

 なるほどなるほど、と何かに納得したような乙瀬さんは、ポツリとつぶやく。


「朝陽が好きになった相手、先輩みたいな人だったら良かったのに」


 うつむき加減でつぶやく彼女の表情は、どことなく暗い。


「それこそどういう意図か分からないけど、それは無理だろうね。僕みたいなのってことは漏れなく『コレ』だろうし、一目惚れには向かないと思うよ。良くて友達止まりだね」


 自分の顔を指差して、言う。

 はい? と顔を上げたかと思うと、乙瀬さんは声をあげて笑いだした。


「あっははは! っは~……いや、いいじゃないですか。先輩の顔、親しみやすくて私は好きですよ。ぜひお友達にしてくださいよ……っふふふふ」


 と目尻の涙を人差し指で拭いながら、乙瀬さんは再度ドアの方に顔を向ける。

 会計を済ませようという2人を確認してから、再び口を開いたのは、あちらに聞かれたくない話だからだろうか。


「実は佳澄ちゃんのことも心配だったんで、ちょっと安心しました。中学の頃からめちゃモテてましたけど、男の人と付き合うってなってたら多分初めての事だろうし。でも、相手が先輩なら問題なさそう」


 人伝手で聞いてはいけなさそうな話がさらっと流れてきたので、ひとまず聞かなかったことにする。


「まぁ、佳澄ちゃんと付き合うことになったら教えてください。私の淹れた紅茶と朝陽の作ったケーキでお祝いしますよ。コーヒー党の先輩達を鞍替えさせられるヤツを淹れてやります!」


 曰く、それぞれ腕前はちょっとしたモノらしい。

 喫茶店での注文が頭をよぎる。


「僕、紅茶も砂糖とミルク派なんだけど」

「そりゃダメですね。私、厳密には紅茶党のレモン派なんでそこは強制です」


 何度目かのドアベルの音に目をやると、夜野さんと枕木さんが揃って出てくる。向こうも向こうで分かれる前より、幾分か楽しげである。


「いいねいいね~。陽介、ハジメと急に仲良さげじゃん!? アンタにしちゃ珍しい」


 乙瀬さんは、一瞬こっちを見たかと思うと、いかにもな悪だくみ顔で夜野さんに向き直る。


「いろいろお話聞いてました! たった今『お友達』にもしてもらいましたよ!」

「……ははぁ~ん。そりゃ凄い。アタシなんか『お友達』になるまで1年かかったっつーのに。ねぇ陽介くん」


 にやけた顔が2つ、こちらを覗いている。

 夜野さんは、真横でポカンとする枕木さんを輪に引き込むと、一枚ぱしゃりとスマホのインカメラで4人を収めた。

 「グループ作って送ったから♪」の一言と同時に、LINEの通知が響く。画面に映し出された僕の顔は、まんざらでもなさそうにしていて少々腹立たしい。

 後輩2人の連絡先と、屈辱の写真が僕のスマホに保存されたところで、その日は解散となった。

 それからしばらくして、枕木さんからLINIに届いた報告は、簡潔に一言


 『お返事貰えませんでした』


 のメッセージだった。

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