1-②
「夜野さん。手紙のある場所分かったかもしれない」
「わかる要素どこにもなかったくない!?」
見つかるかもという期待や安堵よりも、何故の気持ちが勝っているようだ。ジト目でこちらを訝しんでいる。
確認も含めて、手紙が消えるまでを実際に再現した方が納得してもらえるだろう。
帰宅準備を終えたパンパンの鞄から教科書類を取り出し、再度机に入れ直す。机の中がパンパンに逆戻りだ。
「この机の中にファイルを入れたって言ってたよね」
言いながら、A4サイズのプリントを半分に折って差し出す。
『手紙を挟んだ小さいファイル』を模したものだと説明せずとも伝わったようで、夜野さんは無言で受けとる。
怪訝な顔でこちらを観察する夜野さんは相変わらずジト目だ。
「そだね。で、この紙を机に入れる――ファイル入れたときの再現をしろってことで良い?」
こちらの頷きを確認すると、彼女は頭に疑問符を浮かべたまま手元の疑似ファイルを見る。
どうぞと促し自席から離れて夜野さんの動向を伺う。
僕の机の中を覗き込む夜野さんは、当時と環境が同じか確認しながら、うんと一つ頷いた。
「どーでもいいけど机の中整理した方がいいよマジで」
お小言と共に、彼女は机の中に疑似ファイルを入れる。中に積まれている教科書・ノート類の一番上――には入らない。
机の中には、これ以上荷物の侵入を許すものかとぎっちりモノが詰まっている。
夜野さんは、机の中ほどに位置するノート類の間を左手の人差し指と親指でかき分けて、無理やり紙を差し込んだ。
「入れたよ~」
やっぱりな、と思う。
「六限目、北村君に宿題写させて欲しいって頼まれて数学のノート貸してるんだよね」
「さっきの癪な付箋付きで返されてたノートね」
入れ替わるように自席についた僕は、紙が差し入れられたあたりから数冊の教科書とノートを抜き出し、その中からノートを一冊選んで夜野さんに手渡す。
流石に察しがついたようで、彼女は渡されたそれをパラパラとめくった。
案の定、先ほど差し入れられた紙はノートの間に挟まっていた。
「こうやって北村君の手元にファイルが移動したわけだけど、普通なら『おや、赤根のヤツ自分のファイルを挟んだままノートを貸してきたぞ』って考える。その場合、宿題を写し終わってノートを返すときファイルは元の状態にして僕に渡すはずだから、そのままこっちに返ってくる。でも、そうならなかった」
「自分に届くはずのファイルと特徴が一致してたから――」
なるほど、と夜野さんは小さく頷く。
「間違いで僕の席に届いた可能性に思い至って、そっと回収したんだと思う。中身がラブレターって事だから尚更ね。内容が内容だけに、夜野さんの事を思えば他の人に見られるわけにはいかないって考えた。確信は無かっただろうけど、違っていたら自分が怒られればいいとでも思ったんじゃない。北村君、いい人だから」
「………まぁ、そうね。その状況だったら、アイツの事だからそうすると思う」
不服そうな、それでいて照れを隠すような口ぶりだったが、そこには確かに気の置けない幼馴染の関係が見て取れた。
ここまで来れば後は答え合わせを残すだけだ。僕はポケットから自分のスマホを取りし、夜野さんへと差しだした。
「僕のスマホからなら北村君に電話つながると思うよ。確認するでしょ」
「………アタシ、アンタにどこまで話たか分かんなくなってきたんだけど。こっちから連絡つけらんないって話したっけ?」
「こっそり手紙を入れるなんてのはラブレターの定番だけど、北村君宛てじゃないなら普通に渡せばいいし、なんならLINEでもいい。LINEを使わずコソコソ手紙でやり取りするのは、なるべく人目につく接触と履歴の残るやりとりを避けて彼女さん?に幼馴染以上の関係だと疑われない為かなと思って。『北村』って呼び方も慣れて無さそうだから、最近変えたんでしょ?」
今までの話の流れから思い至った内容を説明していく。
説明を進める中で、少し得意な口調になっている自分をふと自覚し、羞恥心が湧いてきた。耳が熱い。
深呼吸を挟んで気持ちを落ち着かせると、木々を揺らす風の音が外から聞こえてきた。
「この状況から推測して『彼女ができたからには他の女子と仲良くしてはならない!』っていう北村くんの矜持みたいなものに付き合ってあげてるのかなって。それなら着信拒否……まではいかなくても、着信表示が夜野さんだったら北村君電話取らないとかありそう――みたいな感じ?」
デートの最中なら尚更である。
「アンタ全部わかっててアタシと話してる? てか、スゲー饒舌でビビったわ」
何をもって全部なのかは不明だが、最後の饒舌云々がコチラをからかっている事だけ理解できたので、ムッと眉を寄せ抗議する。とはいえ、得意になっていたのも事実なので顔が熱い。
「あははジョーダンだって! とにかくあんがと。スマホ借りんね」
夜野さんは通話ボタンを押して、右耳付近にスマホを浮かせる。呼び出し音に設定している題名も知らないクラシック音楽が、小さくこちらの耳にも届いた。
プツリと途切れたクラシックは、僕と夜野さんの会話に幕を閉じる合図のようだった。
「あっ、アカネ!? そう、佳澄よ! 赤根にスマホ借りて……デート中とか知らん!! つーかアンタ……」
幼馴染の戦いが始まった。
僕にできることはもう無いので、そそくさと帰り支度を再開する。荷物を詰め直した鞄は相変わらず重い。
真横で繰り広げられる舌戦から、ファイルが北村君の手元にあること、ファイルが渡った経緯は推測の通りだったことが伺い知れた。
ついでに夜野さんの下の名前が佳澄だということが判明した。
「だーかーらー! こうなったらすぐ渡すしかないでしょうが!! 今日の夜までに添削してもってこいバカッ!」
家が近所でないとまかり通らない超特急の依頼だ。どうやら幼馴染間におけるヒエラルキーは彼女の方が上らしい。
明日が土曜日であることを考えれば、休日返上でのクオリティ向上を強いられなかっただけマシなのかもしれない。
捨て台詞のように言葉を放った夜野さんは、スマホの画面を小気味よくタンッと叩いて通話を切る。
勝ち誇った顔にどこか安堵を含せた面持ちで、スマホを両手のひらのせてをこちらに差し出す。
「サンキューね! 助かった」
夜野さんの両手に包まれたソレを、手に触れないよう摘まみ上げそそくさとポケットの中にしまった。
「さぁ帰ろっ! 電話代とか協力の諸々含めて帰りに何か奢るからさ。校門出て右っしょ帰り道、おんなじ!!」
「……ありがたく頂くよ」
断ると長いパターンだと判断して申し出を受けることにした。帰りに寄る予定だったリサイクルショップはお預けだ。
揃って教室から出て昇降口へと向かう。道中「あ、バッグ」と言うやいなや、夜野さんは自分のクラスの中へと消えた。
教室の前で待っているべきか、先に昇降口に向かうべきなのか分からずその場で悩んでいるうちに、友人への「って訳で先帰んね~!」の挨拶と共に退室してくる。
夜野さんを追ったのであろう友人たちの視線は、開けっ放しのドア向こうにいた僕にも刺さった。
「あれが?」
「らしいよ」
というヒソヒソ声は、そのひとつひとつにトゲが生えたような、それでいて僕に投げられたもののように聞こえてくる。実際は僕の自意識過剰で、こちらの事なんか意識していないと分かっていても、怖いものは怖い。
肩を並べて校門を出ると右に曲がる。てっきり最寄りのお店で事を済ませるのかと思ったがそうではないようだ。たわいも無い会話を交わしながら十分程歩く間に、二軒ほどコンビニの前を通り過ぎていた。
「夜野さんは道、こっちで大丈夫なの? 僕の方はもう家に着きそうなんだけど」
百メートル程先、T字路突き当りにある一軒家を指差す。
「あそこね。りょーかいりょーかい! んじゃそこのコンビニだなー。ちょい待ってて」
店から出てきた夜野さんの両手の中で、ちょっと良いタイプのカフェラテがふたつ、湯気を立てている。
一方をこちらに渡すと、自分のカップに口をつけて再び歩き始めた。
どうやら夜野さんの家は僕の家と同じ方向にあるらしい。
「今日はあんがとね。 はぁ~、北村が今日中に手紙持ってきたとして……夜中に清書できれば明日には渡せる!」
アクティブ加減とポジティブ思考がすごい。卒業まで二年もあるというのに、告白が失敗したときのことを考えていない。
僕が夜野さんの立場なら、振られた後の気まずい二年間に思いを飛ばしてしまい、行動に移せそうにない。
「それじゃあ」
気が付けば自宅前、門扉をあけて中に入る。敷地内からポストの中を確認しつつ夜野さんに声をかけた。
なんだか変な放課後だったがそれも終わりだ。明日からはまた平々凡々な素晴らしい日常がまっているハズである。
少なくとも、今日の善行を見た神様には『卒業までギャルに絡まれるような非日常から遠ざけてくれる』程度のご利益は期待したい。
「んじゃね~!」
僕のそれより数段大きい挨拶と共に、夜野さんは門扉に背を向けた。かと思うと、そのままくるりと一回転してこちらに向き直る。
「ところでアンタ、明日って暇?」
「……暇じゃないです」
早々ギャルに絡まれた。どうやら神様は多忙な様だ。
ラブレターの受け渡しに関する雑務を押し付けられると第六感が告げたため、急遽明日は畳の目を数える予定ができた。
お喋り好きな夜野さんが告白手段にわざわざラブレターを選ぶような相手だ。癖がありそうというか、単純に面倒くさい性格の男性像が頭に浮かんでしまう。お近づきになりたくはないタイプと見た。
とにもかくにも、キラキラグループの惚れた腫れたに関わると碌なことがなさそうだ。君子でなくとも危うきには近寄らないのである。
「そっかー暇かー」
だから暇ではない。
「じゃあ明日の……うん、一二時くらいにこの中確認すると良いコトあるかもね!」
言葉尻に合わせてウチのポストをひと撫ですると、夜野さんは二人来た道を小走りで戻っていった。
彼女の背中が見えなくなるまで門扉の前で見送る。
良いコトと言い切れるのはポジティブというより自信なんだろうな、などと考えつつ玄関まで歩いた。
せっかく色々頑張ったというのに、結局モヤモヤを抱えた状態で一日が終わりそうだ。
面倒くさい性格の男はため息と共に家のドアノブに手をかける。
ひと口啜ったカフェラテは酷く甘かった。