戦闘の役に立ちそうもない『鍋奉行』の称号を与えられてしまったんだが
どうやら俺たちは、異世界に召喚されてしまったらしい。
地面には魔法陣のような紋様が描かれ、その上には俺と同年代の男女が4人、茫然と立ち尽くしているんだが──その周りでひれ伏している群衆のいでたちは、どう見ても現代日本人のそれじゃない。
そんな中、ただひとり立っていた神官とおぼしき老人が、杖を掲げて高らかに声を上げた。
「貴殿たちは大いなる神に選ばれ、異世界よりこの世界を救うべく召喚されたのです!
どうか、この世界を魔王の手より救ってくださりませ!」
「そ、そんなの無理です! 私はごく普通の女子高生で──」
ひとりの地味目の女の子がとまどったように反論しようとするが、神官殿はさらに続けた。
「いいえ、貴殿たちはとてつもなく大きな能力を秘めておられるのです。
神は貴殿たちの潜在能力を高め、それに応じた『称号』をお与えになられます。
貴方は──ミキ様ですな。貴殿は無限の癒しの力を持つ『聖女』となるのです」
神官殿がそう言うと、その子の姿がパァっと輝き、清楚なロングドレス姿に変わった。
なるほど、この神官は神の意志を聞き取り、伝えることが出来るんだな。
俺もこの手の小説やアニメは良く知っている。まさか、本当にあるとは思ってもいなかったんだが。
だが、非モテで影の薄いオタクな俺でも、この世界でなら世界を救った英雄として、全く違う人生を手にすることが出来るかもしれない。
ふはは、やってやるぞ。あんな冴えない人生に未練なんてない。俺はこの世界で新しい人生を手にするのだ!
──そんなことを考えているうちにも、他の連中にも次々と称号が付与され、それにふさわしいいでたちに様変わりしていく。
「タクマ様。貴殿は──あらゆる剣の技を習得した『剣聖』です!
トーコ様。貴女は全ての魔法を自在にあやつる『大賢者』となられます。
そしてケンジ様。貴殿はあらゆる戦闘技術と、なにより不屈の闘志を供えた『勇者』となられるのです!」
あっ、『勇者』枠を取られちまったか。となると俺の称号は──付与魔術に関するものかなぁ。
付与魔術とは、他人の様々な能力を向上させる極めて有効な能力なのだが、何しろ地味だ。
直接、敵を倒すわけでもなく、味方のピンチを救うわけでもない。
それゆえ、その能力の有用性に気づかないアホな勇者にパーティからの追放を宣告されたりしがちなのだが──その手のパターンの話はよく見てきている。俺なら上手く立ち回って、そんな展開は回避できるだろう。
だが、俺の顔を見た神官殿は、なぜか苦悩の表情を浮かべたのだ。
「召喚者シンゴ様、貴殿の称号は──い、いや、まさかそんな!? ──そんなのは今までに聞いたことも──⁉」
ずいぶんと勿体つけるなぁ。前代未聞ってことは、もしかして『勇者』以上なのか?
まあ、そんなに強そうに見えないあいつが『勇者』ってことは、俺はもっと凄い称号を得られるということなのか?
そう期待していた俺に、神官殿がためらいがちに告げる。
「シンゴ様。貴殿に神が与えたもうた称号は────『鍋奉行』です」
勇者ケンジからは危うくお払い箱にされるところだった。まあ、確かに『鍋奉行』なんて大して魔王討伐の役に立ちそうにないもんなぁ。
神官の爺さんが『この顔ぶれは神託なので、必ず意味があるはずです。ご一緒に行ってくだされ』と取りなしてくれたから良かったけどさ。
そういうわけで、俺たちは魔王討伐の旅に出たのだが──しかし、この格好は何とかならんのかな。
他のやつらはいかにもファンタジーに出てきそうな甲冑だとかローブとかなのに、俺は普通の村人のような服に、食材を入れるための巨大リュック、その後ろに巨大な中華鍋みたいなのを背負っている。たぶん、亀の怪人みたいに見えてるんだろう。
ケンジとタクマは、俺のことを見下しているのを隠そうともしていない。華々しい勇者パーティには不似合いだと思われてるんだろうな。
まあ、いいさ。ミキやトーコ、それに道案内兼荷運び係としてつけてもらった兵士一個中隊は、すでに胃袋をつかんでやったのですっかり俺の味方だ。
「凄いね、シンゴくん! これ、めちゃめちゃ美味しいよ!」
「あのアシッド・リザードの肉がこんなに旨いだなんて──毒があって、誰も食べようとはせんのですが、さすがはシンゴ様ですな!」
「ふふ、これはブラーブの葉でくるんで蒸し焼きにすると、毒が旨味に変化するんだよ」
さすがは神から授かった能力だけあって、どんな食材でも最適な下ごしらえや調理法、味付けが一目でわかる。とんでもないハズレ称号かと思っていたが、これなら一流の料理人として生きていけそうだ。
宮廷料理人だって夢じゃないだろうし──いや、そんなお堅いのはごめんだ。自分で店をやるのもいいな。
幸い、こちらの世界にも米のような穀物を炊く食べ方もあるし、粉に挽いてパンや麺にしたものもある。ならば、この世界にないような料理で、料理界に革命を起こしてやろうじゃないか。ここはやっぱり、『ラーメン』と『カレー』だよな!
──そうだ。魔法職ならともかく、ケンジやタクマのような戦闘職だと、魔王討伐後の身の振り方って限られるんじゃないか? 『騎士』として宮仕えするか、根無し草の『冒険者』になるか──。『貴族』にはしてもらえるかもしれんが、それはそれで責任が重そうだし。
それよりは気ままに商売できる方がいい。上手くすりゃ、大儲けできるかもしれないしな。
後々のことを考えたら、この称号ってむしろツブしがきく超有望な称号かもしれないぞ。
さて、魔王の拠点が近づくにつれ、さすがに敵の反撃も激しさを増してきた。
魔族自体は数も多くなく、人間と体格などそう変わりはないのだが、魔力で従属させた獣や魔獣を次々にけしかけてくるのだ。
「おいっ、シンゴ! お前だって包丁持ってるんだろ、少しは手伝えっ!」
前が見えないほどの毒虫の大軍に手を焼いたのか、ケンジが剣を振り回しながら怒鳴ってくる。
「えー? 『お前は足手まといだから戦闘には絶対手も口も出すな』って言ってたじゃん。
俺はほら、このキバイノシシの血抜きをしておかないと、味が落ちちゃうしさ」
「こ、この役立たずがっ!」
──いや、ケンジ、タクマ、お前らスタミナなさ過ぎ。
変な意地を張って、俺の飯を食わずに携行食ばかり食ってるからそうなっちゃうんだよ。
それでも、一般兵士よりはるかに強いのはさすがだけどさ。
──そして、大迷宮の最下層。俺たちは、いよいよ魔王のいる玉座の間へたどり着いた。
そこには魔王と、幹部らしい数人の魔族たちが待ち構えていた。
「ついに見つけたぞ、魔王ギルフェノーグ! 人の世に仇なす魔族の野望、今こそ我らが打ち砕いてくれよう!」
おーおー、ケンジ、恰好つけちゃって。
「ええい、黙れ! 元はと言えば、貴様らニンゲンのせいではないか!」
魔王も言い返すが──何だか様子がおかしい。魔王や周りの連中の表情からは、切羽詰まったような悲壮感すらにじみ出ているのだ。
これ、本当にやってしまってもいいんだろうか──?
そう思った俺は、とっさに──。
「うわっ、何だ、この臭いは⁉」
「あ、すまんすまん、手が滑っちまった」
俺が取り落としたのはマンダ油の瓶だ。瓶が割れ、辺りにゴマ油にも似た強い香りが広がる。
「いや、ホントにすまんな」
そう言って、俺は瓶の破片を拾うふりをしながら、床の上に魔石を使った携帯コンロを置き、鍋を乗せた。
「トーコ、ここに水を張ってくれないか」
「え? あ、はい」
トーコが水魔法で空気中から水を抽出して鍋に注ぎ入れていく。
「さて、腹がへっては何とやら、だ。まずは飯にしようじゃないか」
食材を刻んで、早くも湯が沸き始めた鍋に入れていく俺の言葉に、敵味方の皆がぽかんとした顔をしていたが、真っ先にケンジが我に返った。
「おい、シンゴ、ふざけるな! これから魔王との決戦で──!」
「まあまあ、いいから【全員鍋を囲んでおとなしく座れ】」
俺の言葉に、ケンジたちだけじゃなく魔王たちまでもがのそのそと歩いてきて、次々と鍋の周りを囲むように腰を下ろし始めた。
「な、何だ、体が勝手に──⁉」
「く、くそ、抗えない──!」
「シンゴ、何だこれは⁉」
ふふふ、ようやく俺の見せ場だな。
「忘れたのか、ケンジ。俺の称号は『料理人』ではなく『鍋奉行』だ。
──『鍋奉行』とは鍋の席を取り仕切るもの。鍋の席では『鍋奉行』の指図は絶対だ。何人たりとも抗うことなど出来ないんだよ」
「ふ、ふざけるな! すぐにこの術を解いて──」
「ふう、やれやれ。──【ケンジ、しばらく静かにしていろ】」
効果は覿面だ。ケンジは必死に何かをわめき立てているようだが、その口からは何の音も聞こえてこない。それに気づき、ケンジは青い顔で口を閉ざしてしまった。
──まあ、本当はそこまで強制力があるわけじゃないんだけどな。もっぱら食べる順番とか食事のマナーとか──。それに、これまでのケンジたちのように『絶対にシンゴの飯は食わない』とか固く決めている場合も従わせるのは難しい。
だから、まずは一番強い香りをかがせることで、自分がめちゃめちゃ空腹であることを無理やり思い出させてやったのさ。
これでケンジたちは、俺の命令には絶対に抗えないものだと錯覚してくれただろう。さて、お次は──。
「なあ、魔王殿。あんたたちにも何か、やむにやまれぬ事情があるように見えた。
良ければ聞かせてくれないか。飯を食いながら話し合おうじゃないか」
魔王殿は、魔族たちの事情についてとつとつと語ってくれた。
──魔族には不定期に、自身の持つ魔力が異常なまでに膨れ上がってしまうことがあるらしい。魔王殿や幹部などの格が高い者なら理性で押さえることも出来るが、下級・中級の魔物は理性を失い、魔力を暴走させてしまうのだそうだ。
「そうならないよう、我らは余剰の魔力を魔石に吸収させるのだ。しかし、ニンゲンはその魔石を持ち去ってしまう。まだ魔力を吸収させる余地は充分に残っているのに、だ!
我らとて、ニンゲンに害を成したいわけではない。しかし、魔石がなければほとんどの魔族は凶暴化を抑えられんのだ」
なるほど、そういうことだったのか。人間界では、魔力のこもった魔石は貴重なエネルギー源だ。このコンロや街灯など、使いどころはいくらでもある。
だから、冒険者たちは魔族を倒して魔石を集めて、金に換える。何で魔族を倒したら魔石が手に入るのか不思議に思ってたが、いざという時に暴走を鎮めるために持ち歩いていたというわけか。
うーん。魔族たちには魔力を吸収させるための魔石が不可欠。だが、人間の文明には魔力の込められた魔石が必要だということか。
──あれっ?
「なあ、ザパン。人間界では、魔力を使い切った魔石をどうしてるんだ?」
兵士たちの中隊長に聞いてみた。
「え? ああ、それならただの硬い石になるので、街道の敷石などに使われてますが──」
「魔王殿。魔力を使い切った魔石って、また魔力吸収用に使えるのか?」
「え? それはもちろんだ。それさえあれば魔力暴走は抑えられる」
「なら、話は簡単じゃないか。人間は魔力を使い切った魔石を魔族に返せばいい。
そして魔族は、魔力の溜まった魔石をまた人間に提供する。これなら双方に利のある解決策なんじゃないか?」
俺の提案に、誰もが言葉を失った。
「──そ、それなら確かに……」
「ううむ、その手があったか──」
やがてぽつぽつと皆がつぶやくと、制約が解けたのかケンジが強い声で言葉を発した。
「魔王殿! その約定が交わされたのなら、これ以後は人間に危害を加えぬと誓えるか!?」
「無論だ。境界を定め、双方不可侵ということにしようではないか」
「──境界を越えて暴れる魔族は、遠慮なく狩らせてもらうぞ?」
「こちらも、境界を越えて魔石を盗もうとするニンゲンには容赦はせんからな」
そう言い合って、ケンジと魔王は不敵な笑みを浮かべた。
よし、これで一件落着だな!
「さあて、話はまとまったな! ちょうど煮え具合もいい、【皆、存分に食え!】」
命令するまでもないな。皆、一斉に器に取り分けた鍋料理にむしゃぶりつく。
もう人間も魔族もない。そこにいるのは満面の笑みを浮かべて歓談する腹ペコどもだ。
「すごいよ、シンゴくん! 見事な解決だったよ!」
「ああ、見直したぞ、シンゴ。お前、すげえな!」
お、ケンジもようやく俺を認めたようだ。よし、ここはちょっといいセリフでも言ってみるか。
「なあに、同じ鍋を囲めば自然と仲も深まる。──『鍋』ってのはそういう不思議な力をもってるのさ」
──そのとたん、視界が真っ白になった。え、そんなに白けるほどひどいセリフだったか?
すると、真っ白な視界の中心に、人のような形をした光が見えてきた。
『ふおっほっほ、おぬしならこの難問を解決できると信じておったぞ、シンゴよ』
お、これが神ってやつなのか?
『その通りじゃ』
ふうん。そんなに難問とも思えなかったけどな。俺じゃなくても、そのうち誰かが思いついたと思うぞ。
『いいや、双方の言い分を同時に聞かねば、この解決には至らなかったじゃろう。やはりそれには鍋が一番じゃからの』
ふうん、そんなもんかねえ。──あ、でもここで神が出てきたってことは、この召喚自体が終わるってことなのか?
『おぬしは最大の功労者じゃからな、元の世界に戻してやっても良いのだが』
いやー、それはいいわ。こっちで生きる方が、充実した人生を送れそうだし。
『まあ、そう言うとは思うとった。おぬしなら、この後に起こるであろう最大の争いも解決できるやも知れんの』
え、おい、今なんかさらっととんでもないことを言わなかったか?
『では、達者でな。さらばじゃ──』
お、おい、ちょっと待てってば──!
ようやく視界が元に戻ったが──そこでは先ほどまでとはうって変わって、一触即発の険悪な空気が漂っていた。
「おい、タクマ! てめえ、何勝手に鍋に握り飯を入れようとしてるんだよ!」
「そうよ! 鍋の締めはうどんに決まってるでしょ!」
「──ああン? 馬鹿野郎、締めは雑炊一択だろうが!」
「吾輩も雑炊に賛成だな」
「いいえ、いくら魔王様といえどもそれには従えません! ここはうどんしかないでしょうが!」
──うわあ。『最大の争い』ってこれのことか。
これ、魔王討伐よりはるかに難問かもしれないぞ。さて、どうする──?