春雷
春雷
K大学。
雷鳴と共にいきなり、すべての灯りが消えた。
停電!? ここだけか?ブレーカーには異常はない。住宅街も他の建物も停電はしていない。 携帯での問い合わせや検索に追われるスタッフ。
いつかも変電所にヘビが入り込んで死んだせいで町の一部が停電になったことがあった。
が、この建物だけだぞ。そんなことがあるのか?
『古代ハワイの神話クムリポなどでも、植物と人間は兄弟だという。
動かずに進化することを選んだのが樹木で 動いて進化することを選んだのがヒト。』
一階の教室でパワポに映し出された言葉をノートに書き写している太田みわ。
『私たちが本に囲まれた部屋で息苦しくないだけでなく、なぜか落ち着くのは、本が元は木だったから。本は紙で、木からできていて、木はプラスティックのような石油製品ではなく、生きて呼吸をしているから』・・・感動に息をつめて講師の脇坂守とパワポの文字を見比べる。植物生態学の学者の中でも変わり者と呼ばれてきた脇坂博士の、k大学主催シンポジウム週間の講演会場である教室。その部屋でも、いきなり電灯もパワポも消えた。
「どうやら停電のようですね」脇坂が、窓の外をしばらく見やった後、腕時計を確かめた。「仕方ない、では、残りの資料はお帰りになられてからレジュメでご覧いただくことにして、時間がもったいないから、復旧するまで、質問タイムとしましょう。何か、この際ですから、聞いておきたいこととかありませんか」
みわの斜め前に座っていた男性が手を挙げた。
岡山からやってきたというその男性が、自分の地域に一番ふさわしいと思われる植生について脇坂に確認をした。
「他にはいかがですか」と脇坂が光った頭部に手をやりながら促す。
みわは躊躇していた。手をあげようかどうか。こんなチャンスはまたとないのだ。
みわは、25歳で勤め先を辞めてからは、いわゆるリゾートバイトで全国の観光地を滞在しながら写真を撮りためてきてもう7年になる。
樹々たちに会いに各地を回るうちに、みわは気づいた。どこに行っても、どこの樹々も、あらかじめ、みわのことを知って待っているようなのだ。絶妙なタイミングで、花を散らさず、或いは、紅葉を盛りにして、みわがなにを求めてやってくるのか、すでに情報を得ている気がする。 最初は、ただの偶然だと思った。 何度もあるうちに、まさかね、から、やっぱりね、に変わった。
桜には、桜のネットワークが、銀杏には銀杏のネットワークがあり、東京の街路樹の桜を見上げて思ったこと、語ったこと、が、吉野の山の桜に伝わっていて、つまり、樹木たちからは、こちらが何者かを知られているのではないか・・・と。
そんな突拍子もないことをこの場で質問をしたら、迷惑だろうか、ただのロマンだのと一笑に伏されて終わりだろうか。
意を決して手をあげて、緊張した早口で、一気に自分の質問を言い終えたみわ。
脇坂が数秒、じっと、顔を紅潮させたみわをみつめて、それから口を開いた。
「それが、樹木です。私も、長年、樹々と接していると、彼らは、自然界や目に見えないものへの畏怖を忘れた私たちのことをみんなわかっていて、なおかつそれを許容し、協力さえしてくれているのではないかと思うことがあります。ただ、残念なことに、そのことに気づく人がまだあまりにも少ないのです。」
ああ、やっぱり、ここまでやってきてよかった・・・と、みわがこみあげてくるものを抑えながら、質問に立ったまま動けずにいると、脇坂がさらに続けた。
「いまではただの友好か記念のためのように思われている皇室の方々による全国の僻地にまで及ぶ植樹ですが、 あれは、本来は森の守人であったヤマトの民族は植物が交信すること、情報網を持つことを知っていたという伝えがあります。思いを込めて木を植えるとき、樹々とヒトには関係ができる。神代のスメラたちはそれを用いたという話です。」