KUMAGUSU
―プロローグ
我々は「あの方」であり、「あの方」は我々だ。
我々の思うことが「あの方」を生み出し
「あの方」の思うことが我々を生み出す
では「あの方」は誰だ
我々は誰なのだ
-プロローグ
我々は「あの方」であり、「あの方」は我々だ。
我々の思うことが「あの方」を生み出し
「あの方」の思うことが我々を生み出す
では「あの方」は誰だ
我々は誰なのだ
すべての樹木は ネットワークで結ばれている。
人の脳のシナプスのように、我らの根っこは地中を行き交う。
いま、我々は危機に瀕している。 我らとヒトはこの星を共にし、我らが滅すれば、ヒトも共滅する。 しかし、ヒトは、いまではもうそのことを忘れ果ててしまい、愚かな経済的理由だけで我々を伐採し続ける。森を減らしていることで訪れようとしている最期の時に気づかせようと、これまで我々は様々にサインを送ってきてもだめだった。
杉たちのネットワークは花粉を用いて、空気成分の異変、をヒトに知らせようと努めた。しかし、ヒト達は、それが杉たちからの必死の警告と気づくより、自分たちの身体に出る症状への対策にばかり目を向け、自分たちが自然界の日照のバランスを考えずに利益のために杉だらけにした山々への反省どころか、厄介者であるかのように疎ましく思うばかりだった。
次に、桜や山藤、ミズなどの小さな花をたくさん咲かせる樹々のネットワークは、彼ら
を好む毛虫たちを、精いっぱい発した香りで寄せ付けて繁殖させ、それらを風に乗せてはヒトの生活圏の中に送り込んだ。
毛虫の異常発生。
ヒトたちは、しかし、その「異常」の真の原因のそのまた原因にまで行きつかず、むしろ、毛虫の元を絶とうとよけいに桜たちを切り倒したのだ。
そして、その季節の「異常」の条件が過ぎ去れば収まると安易に考えた。
山からの雪解け水や湧き水は、その通路を次々にダムやコンクリートのU字管でふさがれ、土中の水の流れは行き場を失い、せきとめられる。
その結果、その根から養分を吸い上げることができなくなり
次々に枯れて倒れていく仲間たち
しかし、その倒木の、屍の増加に気づくヒトは少ない。
兄弟である我々、樹木、の危機はそのままヒトの危機になることを警告しているのに。
このまま我らは絶え、ヒトも、ホシも絶えてゆくのか。
我々は思い出した。かつて自分たちの仲間を守った男。
彼の意志がまだこの地球に残っていることは、肉体を持たずとも我々には関知することができる。我々樹々だけでなく、自由自在に動くこともでき、宇宙間の情報も交信できる、極微の存在、地衣類や、粘菌とさえ通じることのできたあの男。
紀州の南方熊楠。
次々と切り倒される鎮守の森の樹々たちの声に突き動かされて反対運動をして投獄されてもなお、われらが今も首領とする巨木たちを守り、神島のタブの木を愛した男。常軌を越える集中力と記憶力による研究を残した彼の巨大な脳は実は本人の希望で解剖されたのち、いまは保存されて眠っている。
「起きよ。起きてくれ。
我らの声を聞き取り我らとヒトを繋いで欲しいのだ。」
眠れる熊楠の脳に向けて我々の発信が始まる。