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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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お早い再会(★)


 どこをどう走ったのかは、自分でも分からなかった。


 ただ、気づけば素足(あし)は血だらけ。体もあちこち枝やら葉っぱやらに引っかけて擦り傷だらけになっている。されどふと我に返ったとき、目の前には根もとに謎の卵を抱いたあの大樹があり、俺は茫然とそれを見上げていた。道を覚えていたわけでも、目印をつけて歩いていたわけでもないのに、どうして戻ってこられたのか。


 俺は八百万(やおよろず)の神がいると言われる国で生まれ育ちながら、神仏の存在をまともに信じたことがなかった。が、今だけは見えざる何かに手を引かれ、ここまで導かれたかのような感覚を拭えない。母星を遠く離れ、見知らぬ異世界に迷い込んで初めて神のご加護を信じられるだなんて、我ながら皮肉な話だ。


「ハア、ハア……よし、ここならそう簡単には見つからないだろ。もう大丈夫だからな……あいつらも、こんなところまでは追ってこないはずだ」


 ともあれこの僥倖(ぎょうこう)に乗じない手はない。俺は肩で息をしながら白竜(ちびすけ)へそう呼びかけると、呼吸が整うのも待たずに()いつくばり、大樹の(うろ)へ上半身を突っ込んだ。


 そうしてずっと小脇に抱えていたチビ助を暗い空洞の奥へと放す。


 そこには先刻俺が()()()()卵の残骸と、例の化石みたいな卵がそっくりそのまま残っており、ふたつの卵の狭間でチビ助はおろおろしていた。


 未だ状況が飲み込めていないせいだろうが、しかしやつらから逃げる最中、一度も放せと暴れなかったことを褒めてやりたい。


 いや、あるいはひどい怪我のせいで暴れる体力も残っていないのだろうか。


 俺は洞の中で身を竦め、ぶるぶると震えているチビ助の姿に心を痛めた。


 さっきのヤマネコどもの話のとおりなら、こいつは竜の幼体らしいが、近くに親竜はいないのだろうか。仮に竜が卵生だとして、鳥類のように抱卵し子育てする生き物なら、こいつは一時的に親竜とはぐれただけとも考えられる。逆に同じ卵生でも爬虫類(はちゅうるい)のような()()()()()()なら、親竜が助けに現れる可能性はかなり低いが。


「あー、仮に子育てする生き物だとしても、人間のにおいがベッタリついちまったしな……無事に親竜と会えたところで、これじゃ育児放棄される可能性も……」


 少なくとも地球に生きる野生動物は、たとえ我が子であっても人間のにおいがつくと警戒し、そのまま育児放棄してしまうというケースが少なくない。


 当然ながら親に捨てられた子を待つのは死のみだ。


 天敵から守ってもらえず、餌の取り方も教えてもらえず、猛獣の子であっても他の捕食者に食われて死ぬか飢えて孤独に死を待つか。もしかしたらこいつもそんな末路を辿(たど)るかもしれないと思うと、ここにひとり置いていくのは気が引けた。


 だが仮に連れて逃げたとして何をしてやれる?


 今の俺にはこいつを育てる術はおろか、自分の身を守るものすらない。


 武器も、金も、服も、食糧すらも。


「……ごめんな」


 だったら親竜──いや、こいつ自身が持つ〝生きる力〟を信じて、俺が取れ得る選択肢の中で最も信頼できそうなものを選び取るしかない。


 俺はそう腹を決め、最後にそっと手を伸ばして、未だチビ助の翼に刺さったままになっている矢を掴んだ。俺の指先が近づくと、チビ助はさらにびくりと震えて縮み上がったが、観念してしまったのかやはり最初のようには暴れない。


 おかげで難なく矢を折ることができた。矢羽が引っかかっていたようなので、真ん中からふたつに折ってそれぞれを前後に引き抜く。


 そうして取り除いた矢を〝もう大丈夫だ〟と教えるために、敢えて白竜の鼻先で見せた。するとチビ助は、硬石膏(エンジェライト)を嵌め込んだような空色の瞳を束の間瞬かせる。


 次いでじっとこちらを見つめ、再び矢へ視線を戻したと思ったら──直後、ピンク色の小さな舌でぺろぺろと俺の右手を舐め始めた。


 チビ助が一生懸命舐めているのは、先程噛まれた人差し指だ。



 ──ごめんなさい。ごめんなさい。



 人間様お得意の都合のいい妄想かもしれないが、俺にはチビ助がそう言っているように見えた。動物にとって相手を舐めるという行為は、愛情表現の一種であることが多いからだ。もちろんここはまったくの異世界で、竜のすべての行動が地球生物のそれに()()まるとは限らない。


 されど健気に傷を舐め続けるチビ助に、俺の頬はふっと緩んだ。


「……気にするな。こんなちっちぇ傷、大したことない。今は俺の心配より、自分の傷を治すことに専念しろ。さっきの連中は、俺がここから遠ざけておくからな」


 言葉は通じないと分かっていながらそう言い聞かせ、試しにもう一度手を伸ばしてみた。チビ助はほんの一瞬怯むような仕草をしたものの、やはり逃げない。


 おかげで額に触れることができた。(うろこ)の感触は思ったより(すべ)らかで触り心地がいい。(たてがみ)も生まれて間もないネコの毛みたいにやわらかくてふわふわだ。


「キュ……」


 と、親指の腹で何度も額を撫でられたチビ助は、最後にはうっとりと目を細めていた。ひょっとしたら親竜も、こんな風に子の鬣を(つくろ)うのかもしれない。


 ──無事に親御さんと会えるといいな。


 最後にそんな願いを込めて、俺はチビ助から手を離した。


 気づいてぱちっと目を開けた白竜が、暗がりから見上げてくる。


「無事でいろよ」


 そのひと言を別れの言葉に代えて、俺はついに洞を出た。キュ、キュ、と根っこの奥から呼び止めるようなチビ助の鳴き声が聞こえるが、俺と一緒にいたのでは目立ちすぎる。が、それなら俺が(おとり)になって追っ手の気を引けばいいのだ。


 見たくもない男のイチモツを見せつけられたさっきのオオヤマネコは相当ご立腹の様子だったし、何なら今は竜よりも俺を追いかける方を優先するかもしれない。


 いや、むしろそうであってくれと祈りながら、俺は再び奇天烈(きてれつ)な色彩の中へと飛び込んだ。チビ助を隠した大樹から可能な限り離れつつ、あわよくばもう一度あのクワズイモっぽい葉っぱを見つけて、(ふんどし)二号を手に入れられないかと入念に(やぶ)を掻き分ける。されど最初に森へ分け入ったときとは違うルートを進んでいるのか、行けども行けども褌にできそうなサイズの葉は見つからなかった。


 おかしいな。かなり広い範囲に群生しているように見えたんだが……。


「お?」


 ところがあちらでもない、こちらでもないとあてどなくさまよい歩いていると、やがてわずかに視界が開け既視感のある場所に出た。


 さっきチビ助を助けたのと同じ場所かどうかは分からないが、獣道だ。


 下草は踏み倒され、道に突き出していたと思しい木の枝もところどころ折れている。おかげである程度見通しがよく歩きやすい。一体何の動物が使っている道か分からないとは言え、獣道があるということは、餌場や水場をある程度決まったルートで行き来する生き物が暮らしているということだ。


 日本の山林で言えばシカやイノシシ、クマなどがよく使う道が獣道となることが多い。ということはこの森にも獣道を利用する大型哺乳類(ほにゅうるい)がいるのだろうか。


 さっきのチビ助を見てもそうだが、ドラゴンというやつは通常空を飛んで移動するイメージがあるから、竜が獣道を作るとは考えづらい。


 まあ、飛ばない竜がいるとしたら、ここはそいつが作った道という可能性も捨て切れないけどな……と考察を巡らせつつ、俺は足もとを注視して歩いた。


 というのも猟師が罠を仕掛けるとしたら、まず獣道を選ぶからだ。さっきの連中の注意を引くためには見つけてもらいやすいであろう獣道を歩くのが一番だが、だからと言って俺までトラバサミに食われるのは勘弁願いたい。何より下を向いて歩いていれば、罠を警戒するついでに、この道を行き来する生き物の痕跡も探せる。


 たとえば糞とか、足跡とか。


 糞を見れば道の主が草食か肉食か判別できるかもしれないし、足跡の形状や数も森の生態系を知る手がかりになることは言うまでもなかった。


 何しろ俺は過去にも同じように、野生動物の生態調査を試みた経験がある。


 飼育員の仕事というのは飼っている動物の世話だけと思われがちだが、実は野生動物の実態を知るために生息地へ(おもむ)いて調査・研究することもあるのだ。ここだけの話、日本の動物園は野生動物の研究や保全を主目的とする欧米の動物園と違って単なる娯楽施設としての色が強く、フィールド調査に力を入れている園はそう多くはない。が、幸いにして俺が三十年余り籍を置いていた九木山(くぎやま)動物園は敏腕園長の欧米寄りな思想と経営論に支えられ、研究面にもかなり力を入れていた。


 ゆえに俺も若いうちから国内外を問わず、様々な動物の生息地や研究機関へ足を運ぶ機会に恵まれ、豊富な知識を(つちか)うことができたわけだ。


 その知識が異世界(アゴログンド)でどの程度通用するのか未知数ではあるものの、まったく役に立たないということもあるまい。現にあのチビ助を罠から助け出してやれたのだって、ベンガルトラの密猟と戦うインドのトラ保護区で受けた研修の賜物だし……。


「んん?」


 ところがそんな思索を巡らせつつしばらく歩いていると視線の先に、明らかに自然物ではない何かが見えてきた。


 深い緑色をしたそれは、マントのような形状の布切れに見える。なんでこんなところにマントが……と初めは不審に思ったが、そう言えば先刻オオヤマネコが従えていた連中の中に、これと似た外套(がいとう)を羽織っているやつを見かけた。


 連中が獣の毛皮(かわ)で作った衣服をまとっていたのは、恐らく人間のにおいを誤魔化し、獲物に警戒されにくくするため。とすれば外套が緑色なのも、いざというとき下草の間に伏せて保護色の役割を持たせるためだろう。


「……つまり連中はかなり手練(てだ)れの猟師ってわけか。そういやジュンコは前世で竜狩人(ドラゴンハンター)に殺されたとか言ってたが、あいつらがそうなのか? のわりにはわざわざ翼を狙って、あのチビを生け捕りにしようとしてたっぽいのが気になるが……」


 などとひとりごちつつ、そろそろと近寄ってマントを摘まみ上げてみた。


 ひょっとしたら近くに罠でも仕掛けられているのではないかと警戒したが、マントを持ち上げてみたところで何ともない。マント自体はやや使い古された印象を受けるものの状態は良好で、特に破れたり穴が開いたりしている様子はなかった。


 そんなものが何故獣道に落ちているのかは謎だが、ぶっちゃけこいつはかなり有り難い。持ち主が何らかの理由で置いていったもんだとしたら、俺がいただいても構わないよな? 相変わらず例のクワズイモっぽい葉の群生地は見つからず、いつまで()()()のままでいればいいのかと途方に暮れていたから助かった。


 ああ、これでやっと失われつつあった人間性を取り戻すことができる──


「──動くな」


 と、俺が満面の笑みを浮かべてしっかとマントを全裸に羽織った、直後だった。


 突然あたりの(くさむら)がガサリと揺れて、木立の間に複数の人影が立ち上がる。


 言わずもがなさっきの連中だった。大半の者が上着や外套のフードを目深(まぶか)に被り、まったく表情が見えない状態でこちらに弓を向けている。


 が、制止を促す声は頭上から聞こえた。


 ゆえに俺がぽかんと口を開けたまま天を仰げば、そこには赤い葉に覆われた木の上で、血走った目を見開き弓を構えたあのオオヤマネコの姿がある。


「待っていたぞ、下郎(げろう)


 ……前言撤回。


 どうやらこいつは雪原のカナダオオヤマネコではなく、密林の樹上から獲物を狙うペルシャヒョウだったらしい。


▼ペルシャヒョウ

挿絵(By みてみん)


 別名イランヒョウ。ヒョウ科亜種の中で最大の種。体長150~180cm。

 生息地はイラン北部を始めとする西アジア。野生下での生息数は500頭未満と見られる絶滅危惧種。木登りを得意とし、樹上から獲物に襲いかかって狩りをすることもある。自らの体重の三倍もある獲物も木の上に運ぶことができる。

 日本国内ではかつて円山動物園(北海道札幌市)や東北サファリパーク(福島県二本松市)、東山動植物園(愛知県名古屋市)、京都市動物園(京都府京都市)などで飼育展示されていたものの、現在はいずれの動物園でも非展示となっている。


参考・画像引用元:

https://en.wikipedia.org/wiki/Panthera_pardus_tulliana

https://www.ariescom.jp/entry/persianleopard#%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%92%E3%83%A7%E3%82%A6%E3%81%A8%E3%81%AF

https://youtu.be/T9dXXiwG8a8

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