真実は樹海に眠る(★)
俺とラドニアが額を突き合わせて計画書の最終チェックを進める書斎にやってきたエレノアは、ここにいる人数分用意してきたらしいマグを、向かいのラドニアにも差し出した。
「あら? エレノアさん、これって……」
「はい、最近お上から配給のあったお紅茶です。毎日暑いので、水出ししたものを地下で冷やしておりました。おふたりとも、少し休憩されてはいかがですか?」
そう話す口振りはいつもどおり物静かで、いかにもよく気がきく家政婦といった感じだ。エレノアは俺が竜の園の管理を任された日からずっとアルコル宮に滞在し、何くれとなく身の回りの世話を焼いてくれているが、しかし頼まれてもいないのに差し入れを持って現れるというのは、俺の記憶にある限り初めてのことだった。普段の彼女はこちらから声をかけない限り、まるで空気に擬態しようと努めているかのように口を閉ざし、気配を消しているのが常なのだ。
「紅茶って……へえ、そうか、こんなもんも支給してもらえるようになったのか。紅茶なんてアリスター魔獣研究所に初めて行ったとき以来だな。皇宮じゃ飲み物っつったら水か白湯かの二択だし……」
「ええ、リュージさんがわたくしたちの待遇改善をお上に訴えて下さったおかげですわ。先日から食事にもパンやお肉が増えて、皆とても喜んでいるんです。今までは宮殿の調理場で余った野菜の切れ端や、骨に残ったわずかな肉を削ぎ落としていただくばかりでしたから……」
「まあ、パンと言っても安価な黒パンだし、肉も傷むギリギリの売れ残りみたいなものだけど、それすら満足に食べさせてもらえなかった頃に比べれば劇的な改善よね。ここ数日で奴隷たちの目つきもずいぶん変わった気がするわ。特に初めての休日を経験した奴隷は、顔つきもかなり変わったわね」
「はい。ですが我々にお休みを与えて下さった当のリュージさんは、ずっと休みなく働いておられるので、少し心配で……わたくしにできることがあれば、何でもお申しつけ下さい」
そう言ってトレーを抱えながら、エレノアは遠慮がちにうつむいた。
あー……そうか。俺も若返ったおかげで無理が効くようになったもんだから、ついがむしゃらに働きまくってたが、知らないうちに周りに心配かけてたんだな。
加えてどうやらエレノアは、俺が奴隷の待遇改善に動いた件について思った以上に感謝してくれているみたいだ。今までは言われたことだけをただ黙々とこなすだけの、どこか機械じみた印象だったが、恐らくはエレノアも自らが置かれた境遇について色々と思うところがあったのだろう。
そう悟った俺は彼女の心遣いに礼を言い、彼女が淹れてくれた紅茶に早速口をつけた。……うむ、思ったよりイケるな。
奴隷に下賜される茶葉なんて安物だろうと思ったが、苦味と渋味のバランスがよく飲みやすい。こいつにシロップなんかが入ってりゃさらに最高なんだけどな。
アゴログンドじゃ甘味はまだまだ貴重品らしいから、贅沢は言うまい。
地球でも砂糖が安価で出回るようになったのは、産業革命で砂糖の製造工程が機械化され、大量生産できるようになってからだったもんな……。
「しかし甘味といや……なあ、ラドニア。おまえ、花竜の生息地に生えてるらしい竜樹って木を知ってるか? 現地の人間がよくその実を採取して食ってたって話なんだが」
「竜樹? ああ……もしかしてあのあたりの地域でドラゴンフルーツとか呼ばれてた果物の生る木のことかしら? どうして名前が〝ドラゴン〟フルーツなのかと尋ねたら、竜が棲む木から採れる果実だからだと聞いた覚えがあるわ」
「ドラゴンフルーツって……いや、地球のドラゴンフルーツはサボテンの実だからさすがに別物だよな? けど〝竜が棲む木〟ってのは?」
「ドラゴンフルーツの木は他でもない、花竜が好んで巣を作る樹木だったらしいわよ。雨期が終わる頃に咲く花も花竜の襟飾りによく似ていて、地元では〝寿命を迎えた花竜は死後ドラゴンフルーツの木になる〟なんて言い伝えもあったみたい。だけどそんな伝承のせいか、竜族狩りのさなかにほとんど伐採されてしまって……」
「はあ? おいおい……坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってか? いくら竜の名を冠してるからってそりゃやりすぎだろ」
「私もそう思うわ。おかげで花竜は棲み処を追われて数を減らし、森の生態系も大きく乱れて……当時話を聞かせてくれた現地の古老は〝かつての森はもはや死んでしまった〟と寂しそうにしてたわね。竜使いほど竜と密接に関わっていたわけではないけれど、ラスタバン半島の人々にとって、花竜は恐怖の対象ではなかったのよ。むしろ伝承を信じて、恵みをもたらしてくれる益獣だと思っていた節もあったみたい。花竜も有翼類にしては臆病かつ温厚で、人間と敵対することもなかったから、それもあって理想的な共存関係を築けていたのでしょうね」
とため息混じりに言いながら、ラドニアもまた紅茶のマグに口をつけた。
俺の傍らで未だ正座したままのイヴとティアもエレノアからマグを受け取ったらしく、興味深げにすんすんとにおいを嗅いだり、中身を舐めてみたりしている。
そんなふたりの様子を見るともなしに眺めながら、そうか、と俺は内心深く納得した。何を納得したかって、アスバルの祖父さんが孫に鳴き真似を教えるほど花竜を好いていた理由についてだ。今のラドニアの話が事実なら、ラスタバン半島では確かに人間と竜の共存関係が出来上がっていたと言える。
が、その関係もまた先帝の暴挙によってものの見事にぶち壊された。
『ラスタバン樹海』と呼ばれるらしい密林の豊かな生態系と一緒にな。
「……行ってみたいな、ラスタバン半島」
「え?」
「俺もドラゴンフルーツの木ってのを見てみたい。何よりカールのときみたいに、現地で野生の花竜の生態も研究しておきたいし、可能ならドラゴンフルーツの種か苗木を手に入れて、メアレストで育成できれば最高だな。で、こっちでもちゃんと育つようなら、そいつをハイビスとアロアロの放飼場に植えてやって……」
「ちょ、ちょっと待ってちょうだい、リュージ。確かに気持ちは分かるけど、今回は襟巻竜のときとはわけが違うわ。何せラスタバン樹海は帝都から三〇〇〇キロも離れた北の彼方だし、そもそも今は大事な元老院会議の開催が迫ってるのよ?」
「もちろん今は元老院の承認を取りつけるのが最優先だ。けど、承認さえ下りちまえばあとはこっちのもんだろ? フーヴェルオは元老院の認可が下り次第、ドラゴン・パーク計画の内容を大々的に布告して資金や協力者を募るって言ってたし、そうなりゃ俺たちだってもっと大っぴらに動けるはずだ。まあ、それまでに片づけなきゃならん課題は山ほどあるが……」
さっきのラドニアの話が事実なら、花竜と竜樹の間には切っても切れない密接な関係があるはず。そいつを調査することは、ハイビスとアロアロの飼育を成功させる上で欠かせない要素になるはずだ。
何よりアスバルが爺さんから聞いたという花竜の歌の話も気になるし──叶うことなら、調査のついでにあいつもラスタバン半島へ連れていってやりたい。
というのも昨日、アスバルと一対一で話をして分かったことがあるのだ。
それは奴隷として生きることを拒みながらもどこかで諦め、自暴自棄になるしかなかったあいつの苦しみ。アスバルの抱える歪みや凶暴性は、人間として扱われてこなかった半生によって生じたものだ。そしてアスバルはエレノアのようにじっと口を閉ざし、心を殺してその苦しみに耐えるということができなかった。
ゆえにやり場のない感情を暴れることで発散し、ほんの一時気をまぎらわせていたのだろう。だがそんなやり方じゃいつまで経っても根本的な問題は解決しない。
むしろより立場を悪化させ、自分の首を締めるだけだ。
だから俺はあいつに思い出させてやりたい。
かつて爺さんが愛したという血の故郷へ連れていき、おまえのルーツはここにあるのだと──ただモノとして生まれ、モノとして消費されるだけの存在なんかじゃない、尊い生命の営みの果てに生まれたひとりの人間なんだってことを。
「ふふん。そういうことならわしも協力するぞ、竜司。ラスタバン樹海の調査にはわしも大変興味がある。じゃが実現のためには、やはり元老院とやらの承認を得ることが必要不可欠じゃろう。というわけで、ほれ」
ところが俺がそんな物思いに耽っていると、にわかに視界の端から差し出された紙切れがあった。なんだと思って目をやれば、すぐそこで得意満面の顔をして胸を張っているのは他でもない、ジュンコだ。
ジュンコは執拗に構って攻撃を仕掛けてくるイヴやティアとは違い、ラドニアが書斎に連れてきたブルー&スカイ母子を見守っていたはずだった。
が、ならばこの紙切れは何だと受け取ったところで仰天する。
何故ならそれは、元老院会議が始まってさらに忙しくなる前に着手しておかなければと思っていた来月後半分のシフト表だったからだ。
「……は!? お、おい、ジュンコ、これって……!?」
「フッ……エレノアの言うとおり、おんしは少々働きすぎじゃ。というわけで代わりにわしがシフトを組んでおいた。こうすればおんしも気兼ねなく計画書の最終確認に集中できるじゃろう」
「お、おおぉぉ……!? けどおまえ、いつの間に字を……!?」
「クク……おんしはわしを誰じゃと思うておるのじゃ? 火神竜たるわしがその気になれば、アルファベットの習得程度造作もない。実はラドニアが聞き取りをもとに飼育日誌をつけるさまを盗み見て、少しずつ読み書きを覚えておったのじゃ。どうじゃ、度肝を抜かれたろう?」
「まあ、すごいわ、ジュンコ! 筆跡はまだだいぶ拙いし、綴りもかなり間違ってるみたいだけど……でもちゃんとシフト表になってるじゃない! ただ〝エドゥ・ファルグム〟って……?」
「あ、あああああありがとうなジュンコ! まさかおまえが陰でそんな涙ぐましい努力をしてたとは! イチからシフト表を作るなんて大変だったろ!? いやあ~こいつは助かるな~再来月以降のシフトもおまえに頼んじゃおっかな~!?」
とラドニアが聞き慣れない単語に首を傾げているのを見て取った俺は大慌てで、ジュンコの献身に感謝を述べつつ話をうやむやにした。けど、古代竜たるジュンコが人間の文字を独学で習得してみせたというのは純粋に驚きだ。
多忙を極める俺を手伝おうと思ってのことなのか、はたまた人間に対する単純な興味がそうさせたのかは分からないが、そうして得た知識を使ってシフト表まで組んでみせるというのは、やはり竜がアゴログンドの知的生命体であることの何よりの証左だろう。
だのについつい幼女の見た目につられて、俺はこいつを見くびっていたようだ。
その一方で、俺やラドニアに褒められてドヤ顔をしてるところを見ると、こいつは本当に何百年も生きてる神竜の末裔なのか? という疑問が浮かばなくもないのだが。
「……」
でもってこのとき、俺はまだ気づいていなかった。くしゃくしゃと俺に頭を撫でられるジュンコを見つめたティアの眼が、キラリと怪しく光ったことに。
▼ドラゴンフルーツ
中央~南アメリカを原産とする森林性のサボテンの果実。果皮がドラゴンの鱗のように見えることからこの名で呼ばれ、中国語でも「火龍果」と書く。
またスペイン語では「ピタヤ」と呼ばれ、果肉の白いホワイトピタヤ、果肉まで赤いレッドピタヤ、果皮が黄色のイエローピタヤなど様々な品種がある。
日本でも沖縄県、鹿児島県、千葉県等で栽培されており、6~11月頃に市場へ流通。また近年、園芸用のサボテンとしても人気が高まっており、果実だけでなくサボテン自体もドラゴンフルーツという園芸名で流通し始めている。
参考・画像引用元:
https://agri.mynavi.jp/2020_05_07_117551/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%84




