フラワー・ドラゴンの歌(★)
花竜のハイビスとアロアロを見分けるのは簡単だ。
何しろ二匹の首を飾る襟飾りはそれぞれ色が違う。
ハイビスの方はよく熟れた桃のようなピンク色で、アロアロの方は日本人がハイビスカスと聞いたら真っ先に連想するであろうあの鮮やかな赤。最初にこいつらを見たときは、ひょっとすると雌雄で襟飾りの色が違うのだろうかと予測したのだがラドニアの見解は違うらしい。あいつの仮説によると花竜の襟飾りの発色は、個体ごとの狩りの成功率によって変わるのではないか、とのことだった。
つまり狩りが上手で獲物をたくさん捕食している個体ほど襟飾りの発色がよく、生存競争に強い証となる。とすれば襟飾りが赤ければ赤いほど花竜は異性にモテやすく、子孫を残しやすいのではないかという説だ。
この仮説はなかなか筋が通っていて面白い。というのも地球にも、アオアシカツオドリという似たような生態を持つ鳥がいたからだ。
アオアシカツオドリとは名前のとおり、ペンキで塗られたような青い脚が特徴の海鳥で、あの青色は彼らが餌とする魚の色素が沈着することで呈される。狩りがうまくてたらふく魚を食べている個体ほど、より青い脚を持つというわけだ。
そしてアオアシカツオドリは繁殖の季節になると、オスが自らの足の青さを見せつける求愛のダンスを踊ってメスの気を引こうとする。要は、
「ヘイ、カノジョ! 見なよ、おれの脚の青さを! 脚がこんなに青いってことはさ、分かるだろ? おれはめちゃくちゃ稼ぎがいいんだ。つがいに選んでくれたなら、絶対に苦労はさせないぜ?」
とアピールすることで、メスの心を射止めるというわけだ。
ゆえに花竜にも同じことが言えるのではないかとするラドニアの仮説は、俺の中ではだいぶしっくりきている。だがそうなるとこいつらに与える餌には、襟飾りの赤さを維持するための火素──アゴログンドではこの源素が赤い色素の役割を兼ねている──を盛り込んでやる必要がありそうだ。
「花竜は襟巻竜と同じ、木属性の竜……だから餌はとりあえず木竜用の汎用ペレットを与えてるが、もしも今後襟飾りの色が落ちてくるようなら、花竜用に火素量を調整したペレットも必要になってくるな……」
とついひとりでぶつぶつ言いながら、俺はハイビスとアロアロが入れられた檻の前にどっかと腰を下ろし、自分用の日誌に思いついたことを書き込んでいく。
ひとつの檻の中で一緒に飼育されているハイビスとアロアロは幸い仲は悪くないようで、いつも隅の方にうずくまり、互いに身を寄せ合っていた。手前の鉄格子に寄ってこないのは襟巻竜のカールと同じで金属が苦手だからだろうし、大人しく二匹一緒にいるのも種としての性格が温厚だからだろうと解釈できる。
が、ラドニアの所見によれば二匹の健康状態は悪くはないものの、ちょっと大人しすぎるという印象を受けているようだ。かつて野生下で観察した花竜は木々の間を活発に飛び回り、まるで森の妖精のごとく美しい鳴き声を響かせていたが、ここにいる二頭は元気なく萎れているばかりで鳴きもしないのが気にかかる、と。
「夏を迎えて生息域の気温に近づけば少しは活発になるかと思ったが、やっぱりそんな兆候はなし……とすると餌に何かが足りてないのか? いや、あるいは……」
と、俺が檻の奥で丸くなっている二匹を見やりながら、うーんとうなって考え込んでいたときだった。不意にハイビスとアロアロが、アサガオの蕾に似た角をぴくりともたげたかと思うと、二匹揃って園の入り口の方を振り返る。
それに気づいた俺がどうしたのかと二匹の様子に目を凝らしていると、ほどなくハイビスたちの見つめる先から足音が聞こえ始めた。人数はひとり分。そこでようやく待ち人が来たかと気づいた俺は日誌を閉じて、ヘスペルたちが作ってくれたドラゴン・パークジャケットの懐へ、自作の鉛筆と一緒に押し込んでおく。
「よう、アスバル。待ってたぞ」
次いで床に胡座をかいたままそう言って出迎えれば、やっと姿を現した待ち人はやはり威嚇するマンドリルよろしく顔を歪めた。が、そんなアスバルとは裏腹に、檻の中のハイビスとアロアロがにわかにそわそわし始めたのを俺は見逃さない。
別に疑っていたわけじゃないが、どうやら昨日シエルから聞いた話は本当だったようだ。あいつはこう言っていた──どうもハイビスとアロアロは、アスバルにだけは恐れの感情を抱いていないようだ、と。
「……いきなりこんなところに呼び出して何の用だよ。つーかいつも連れてるメスガキどもはどうした? 珍しく今日は侍らせてないのか?」
「おう、誤解を招くような発言は慎んでもらおうか。こちとらただでさえ風評被害が深刻で、まったく身に覚えがない罪で懲罰房にまでぶち込まれたんだからな」
「ハッ、身に覚えがない? オレらの目の前で、娼婦まがいの女とあんだけ熱烈にまぐわっておいてか?」
「こっちはいきなり空から降ってきた人間の下敷きになって、危うく死にかけた被害者だぞ。あんな状況じゃ勃つもんも勃たねえっつーの」
と改めて己の無実を主張してから、俺はようよう腰を上げた。だがアスバルの言うとおり、今日の俺は珍しくイヴもジュンコも、もちろんティアも連れていない。
何故なら今日はアスバルと一対一で、男の話をしに来たからだ。
ゆえに俺はアスバルもまたいつもの取り巻きを連れていないのをちらと確認してから、ケツ周りの砂や埃をパンパンと払って言った。
「ま、とは言え急に呼び出して悪かったな。実は今日はおまえにひとつ、ある試験を受けてもらいたくて呼んだんだ」
「……試験?」
「うむ。と言ってもまったく難しいもんじゃない。今ここで簡単にできちまうような内容だ」
と言うが早いか、俺は足もとに置いていた木製のバケツを持ち上げた。バケツにはにおいが漏れないようにしっかり蓋をしてあるが、何匹かの竜は中身に気がついているようで、俺の気を引こうと低く鳴いたり物音を立てたりしている。
されど残念ながらこいつは試験用だ。よって俺は竜たちのおねだりを鬼の心で無視をして、問題のバケツをずいとアスバルの前へ突き出した。
「こいつを使え。今さっき調餌室で用意してきた新鮮な生肉だ」
「……」
「試験内容は単純明快。今からこのトングを使って、花竜に直接餌やりをしてもらう。ハイビスとアロアロ、どっちかが制限時間内にトングから餌を食べれば合格、食べなければ不合格だ」
「そんなもん、わざわざ試して何になるっつーんだよ」
「おまえを今後も園に置いておくべきか否かを見極めるための試験だよ。言っておくがただの餌やりだと思って甘く見るなよ? おまえもとっくに気づいてると思うが、ここにいる竜は人間に対する警戒心がすこぶる強い。檻の中に置かれた餌だって、最初のうちは近くに人間がいると一切口をつけなかったろ? メシを食ってる間ってのは、睡眠中と同じくらい生き物が無防備になる瞬間だからな」
「……」
「ま、最近はようやく餌を置けばすぐにがっつくようになってきたが、それでも担当がついたカールでさえ、トングでの餌やりはまだ嫌がるくらいだ。長年ラドニアと一緒に竜の研究をしてきたあいつにもできないことが、果たしておまえにできるかな?」
と、俺がわざと挑発するような態度と口調でそう言えば、予想どおりアスバルの片眉がぴくりと跳ねた。直後、やつは俺の手からバケツとトングを引ったくるように奪い取るや、ためらいもなくつかつかと花竜の檻へ近づいていく。
隅の方で縮こまっていたハイビスとアロアロは、そんなアスバルの動きを明らかに目で追っていた。そしてやつが無造作にバケツの中から肉片を掴み出し、鉄格子の間から奥に向かって突き出すと、二匹揃ってトングの先に釘づけになる。
が、来ない。ハイビスもアロアロも首を伸ばし、小さな鼻をフンフン鳴らしてにおいを嗅いではいるものの、見慣れないトングを使っての給餌に警戒心をあらわにしているようだ。木竜である二匹のためにバケツもトングも木製にして、金素が付着しないよう気をつければあるいはと思ったんだが、やっぱり無理か。
アスバルの背後に立って経過を見守っていた俺はそう思い、肩を落としかけた。
けれども、刹那、
「ヒュウッ」
と、突如園内に甲高く澄んだ口笛の音が響き渡る。
当然俺は面食らった。が、なおも口笛の音色は続く。
「ヒュウッ、ヒュウッ、ヒューヒュヒューヒュヒューヒュヒュー……」
さらに美しい旋律を紡ぐ口笛は言わずもがな、檻の前にしゃがみ込んだアスバルが鳴らしているものだった。
一体何のメロディーなのか、伸びやかで透き通るようなその音色は、前世の俺がブラジルのアマゾンで聴き惚れたウタミソサザイの歌に似ている。
だが驚いたのは乱暴者で強面のアスバルに、口笛ひとつでこれほど流麗な音色を奏でられる特技があったことだけではない。
なんとやつの口笛を耳にするや否や、ぱっと頭をもたげたハイビスとアロアロが目を輝かせ、うずくまっていた姿勢からにわかに立ち上がったではないか。
「ジッジッ、ヒューヒュヒューヒュヒューヒュー……」
かと思えば真っ赤な襟飾りを嬉しそうに揺らしたアロアロが、天井に向かって鼻を掲げ、アスバルの口笛によく似た鳴き声を返した。
このとき俺は、愕然とするあまり声も出なかったのは言うまでもない。
何しろ竜の園の管理責任者に任じられてからじき四ヶ月になろうとしているが、その間、花竜の鳴き声を聞いたのは今日が初めてだったからだ。
ところがほどなく、さらに驚くべきことが起こった。というのもアスバルの口笛を聞いて恐る恐る前へ出てきたハイビスが、限界まで首を伸ばしてトングの先の肉のにおいを嗅いだのち──ぱくり、と、まるで怯えて奪い取るように、されど確かに餌に食らいつき、咀嚼して飲み込んでみせたのである。
「ハッ……楽勝だな。これでひとつはっきりしたろ。あのヘタレたモジャモジャ頭なんかより、オレの方が断然優秀だってことがな」
依然檻の前にしゃがみ込んだまま、俺を振り向いてそう告げたアスバルは、まるでお手本のようなドヤ顔をしていた。が、そんなことはもはやどうでもいい。俺はハイビスが間違いなくアスバルの与えた肉を取り、しっかりと飲み込んだのを確かめた途端、いてもたってもいられなくなってガッとアスバルの肩を掴んだ。さすがのアスバルもこれには面食らったようで、ぎょっとしながら見返してくる。
「アスバル、よくやった。試験は文句なしの合格だ」
「あ? お、おう、そうかよ……」
「本当にあいつの言ったとおりだったな。というわけで今日、この瞬間をもっておまえをハイビスとアロアロの担当飼育員に任命する。ただしいきなりひとりで二匹の世話をするのは大変だろうから、当面はシエルとふたりで業務に当たるように」
▼アオアシカツオドリ
名前のとおり、真っ青な脚が特徴のカツオドリの仲間。全長は約80cm。
メキシコからペルーにかけての太平洋沿岸にかけて生息する種と、ガラパゴス諸島の固有亜種がいる。脚の発色がよいオスほどメスにモテる傾向があり、繁殖形態は一夫一婦制。他のカツオドリと同じく上空20~30mの高さからミサイルのごとく海面に突っ込み、海中の魚を捕らえる見事な狩りをする。ただし近年、アオアシカツオドリたちが餌とする魚を人間が乱獲しているのが原因で、餓死したり繁殖活動を行わない個体が増加したりと絶滅の危機に瀕しつつある。なお現在、日本国内でアオアシカツオドリの飼育展示を行っている動物園は存在しない。
参考・画像引用元:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AA%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%82%AB%E3%83%84%E3%82%AA%E3%83%89%E3%83%AA
https://youtu.be/fcxSB9o0dj0
https://youtu.be/v_tTY_LwZrc
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/9176/
▼ウタミソサザイ
アマゾンの熱帯雨林を中心にペルー、ベネズエラ、ボリビア、エクアドルなどの南米北部に生息するミソサザイの仲間。体長は12~13cm。
英語では「Musician Wren(音楽家のミソサザイ)」の名で親しまれ、名前のとおり歌うような、あるいは口笛のような美しい鳴き声を披露する。
その声の美しさから特にブラジルにはウタミソサザイに関する伝説や寓話が数多く残されており、この鳥を神の使いと信じる原住民も存在する。
このためウタミソサザイを殺して巣や体の一部をお守りとする人間がおり、現地の市場では幸運を呼ぶお守りとして人気を博している。残念ながら現在、日本国内でウタミソサザイの飼育展示をしている動物園は存在しないが、同じミソサザイ科のミソサザイは日本にも広く生息しており、野生で姿を見ることができる。
参考・画像引用元:
https://en.wikipedia.org/wiki/Musician_wren
https://basilio-fundaj-gov-br.translate.goog/pesquisaescolar_en/index.php?option=com_content&view=article&id=1618:musician-wren-uirapuru&catid=46:letter-m&Itemid=1&_x_tr_sch=http&_x_tr_sl=en&_x_tr_tl=ja&_x_tr_hl=ja&_x_tr_pto=wapp
https://youtu.be/mfkuYFvWut8




