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ドラゴン・パークをつくろう!  作者: 伊栄寿 大好
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マン・トゥ・ドラゴン


 というわけで、ヘスペルの飼育員生活は幕を開けた。


 竜の園(ドラゴンメナジェリー)では初となる人間と竜の一対一(マンツーマン)体制だ。ヘスペルをカールの担当に指名した翌日から、俺は園の運営体制をがらりと変えた。


 まず竜の園の上階で寝起きしているその他の飼育員も含め、起床は朝五時。

 六時半までに朝飯と身支度を済ませたら、園の入り口前に全員集合。

 そこで円陣を組んで朝礼を開き、前日の業務内容や連絡事項の報告をする。


 今までは担当竜を持つ飼育員がおらず、わざわざ朝礼や夕礼といった情報共有の場を設ける利点がなかったのだが、今後はヘスペルに逐一カールの飼育状況を報告させることで、他の飼育員たちに飼育方法を学ばせることにした。


 こいつらにもいずれは担当竜を持ってもらうことになるわけだからな。


 んで、朝礼が済んだら次は調餌(ちょうじ)


 竜の園の一階にある調餌室で竜たちの朝食を用意する。これは園にいる奴隷の中から担当を決めて専従させていたのを、ヘスペルにもやらせることにした。つまりカールの朝食と夕食はヘスペルが自分で用意する必要があるというわけだ。


 と言っても今のところ、園にいる竜の大半は生肉を食べている。


 だからヘスペルの仕事は簡単。前日の夜に調餌係が血抜きなどの下処理を済ませた牛やら馬やらを解体し、カールが食べやすい大きさに切ってやるだけだ。


 けれども飼育動物への給餌というのは、毎日同じものを同じ量だけ準備すればいいという単純な話ではない。


 一定の目安こそあるものの、動物の年齢や体調、栄養バランスなんかを考えて、日々与える量や餌の種類、給餌(きゅうじ)方法などを変えることも必要だ。


 だから俺は、最初の数日はヘスペルに付きっきりで餌やりの極意を教え、毎日欠かさず餌への食いつきや食い残し、糞のチェックをするよう指導した。


 で、餌の準備ができたら実際に(おり)まで運んでいき、給餌する。


 ヘスペルは相変わらず檻へ近づくたびにシャーーーッと威嚇されているが、安全上の問題はない。何故ならこのひと月半の間に俺はすべての竜の檻を改造し、一頭の竜につき連結したふたつの個室を準備した。


 そうすることで竜が右の檻にいる間、左の檻に餌を置き、竜が左の檻で食事をしている間には、右の檻の掃除ができるという体制を作ったわけだ。


 だからどんなに隣の檻から威嚇されようが、さっさと餌を置いてトンズラしてしまえば噛まれたり引っかかれたりするおそれはない。


 給餌を済ませ、檻を出たら、ふたつの檻の間にある扉を外から開閉する。


 すると腹ぺこの竜たちは、よほどのことがない限り餌のある方の檻へ移動するから、食事に夢中になっている間にもう一方の檻を点検するという寸法だ。


 前日に与えた餌を残していないか。吐き戻した形跡はないか。

 糞は硬すぎないか、やわらかすぎないか。下痢や異物が混じってはいないか。

 壁や床に血が落ちていたりしないか。檻の構造に異常はないか。


 そういった部分を細かく点検し、異常なしと分かればあとは掃除。

 糞を掻き出し、床に水を()いて、頑固な汚れはデッキブラシで退治。

 で、合間合間に隣でメシを食ってる竜の様子も注視。

 食いっぷりや偏食の傾向がないかチェック。


 ここで食いつきがよくなかったり、食べにくそうにしていたら要改善だ。そうして竜の食事が済んだら、追加のおやつを使ってハズバンダリートレーニング。


 これは動物が飼育員の合図に合わせ、指示どおりの行動ができたらご褒美におやつを差し出す、という条件づけの訓練だ。このトレーニングを動物に覚えさせることで、個体の健康管理や観察が格段にしやすくなる。たとえば飼育員が笛を吹きながら手を上げたら動物は口を開いてみせる。そうすることで口内に異常はないか、虫歯や炎症を起こしていないか等々の情報が得られるわけだ。


 とは言え園の竜たちとトレーニングを始めるのはまだ早い。何しろほとんどの竜が人間に敵対的で、訓練しようにも言うことなんか聞くはずがないからな。


「とりあえず朝の業務はここまで。檻の清掃と給餌が済んだら観察したことを忘れる前に記録に残すこと。放飼場(ほうしじょう)が完成したら朝の餌やりは外ですることになるだろうが、まあそこはまだ考えなくていい。まずはこのルーチンを頭と体に叩き込め。んでカールがある程度おまえに慣れてきたら、トレーニングを始めるための準備として手渡しでの給餌ができるようになってもらう。あ、いや、手渡しっつってもトング経由だから。直接(てのひら)に乗せて食わせるわけじゃないから。だからその世界の終わりみたいな顔をやめろ。カールになつかれない原因はそういうとこだぞ」


 ……なんて指導も挟みつつ。


 ひとまずここまでの仕事が終わったら、あとは夕方まで勉強の時間だ。


 本格的な動物園なら空いた時間は来園者向けの企画を考えたり、広報活動をしたり、新しい飼育計画を作成したり剥製を作ったり園内美化に努めたりと他にもやることが目白押しなのだが、竜の園はまだ動物園としての体を成していないから、飼育員はあんまりやることがない。


 というわけで、そんな空白の時間を埋めるために用意されたのが手習い塾。


 これは俺が飼育員の識字率向上を強硬に訴えたおかげで実現した。


 奴隷たちはあくまで園の運営のために字を習うのであって、他の目的で読み書きを行った場合は厳重に処罰するという厳しい制限つきではあるけどな。


 だけど最初から読み書きのできる奴隷をイチから買い集めるよりは、金銭的にも効率的にも今いる奴隷に文字を教えた方が早いとフーヴェルオも判断したようだ。


 例によってフリーダは激しく反対していたものの、かと言って他に妙案が出るでもなく、結果としてフーヴェルオは手習い塾を開くことを許可した。


 簡単な読み書きができるようになるまでには最短でも半年はかかる見込みだというが、それでもドラゴン・パーク計画の実現に向けて、ようやく具体的かつ大きな一歩を踏み出せたと言っていいだろう。


「で、おんしは一緒に文字を習わんでええのかえ? 園の管理責任者ともあろう者が、アゴログンドの共通語である英語の読み書きもできんとはこれ如何(いか)に」

「しょうがないだろ、俺は言霊(ネセス)の影響でアゴログンド人の言葉が日本語に聞こえちまうんだから。この状態で英語の(つづ)りやら文法やらを習ってもちんぷんかんぷんでついていけないに決まってる。だいたい俺は他にやることが山積みだからな。カールの放飼場の設計に人工飼料(ペレット)開発、今後の園の運営に必要な設備のリストアップと稟議書(りんぎしょ)作成……あとはヘスペル以外の飼育員と竜の相性を見て、担当決めもしていかねえと」

「ふむ、園長の仕事というのも大変じゃのう。果たして万年平飼育員じゃったおんしにその大役が務まるか、お手並み拝見といったところじゃな」

「いいよな、幼女(おまえ)は毎日が春休みで……」


 と、俺が羽根ペン片手に頬を()()らせたのは、ヘスペルをカールの担当に任命してから十日目のこと。


 飼育員たちが揃って手習い塾の授業に出ている間に、俺はアルコル宮の寝室兼執務室へ戻り、アリスター博士との定時連絡を終えて次の業務に取りかかっていた。


 部屋には今日も今日とてブルーと戯れるイヴの他、俺とジュンコがいるばかり。


 手習い塾に出る必要のないラドニアは竜たちのカルテの整理と、残った時間で何匹かの竜の検便をすると言っていた。つい昨日、ラドニアがかねてより熱望していた最新型の顕微鏡が届いたから、早速使ってみたいのだろう。


「むう、失礼な。わしもこう見えてたびたび園の運営に必要な助言を呈しておるではないか。立場的にはさしずめ運営顧問といったところじゃな」

「へいへい……おかげさまで助かってますよ、運営顧問殿。いきなり竜の通訳を始めたり、幼女のくせにめちゃくちゃ偉そうな態度で飼育員を叱り飛ばしたりされるもんで、こっちとしては寿命が縮まりっぱなしですけどね」

「それは人間どもが竜族(わしら)について無知すぎるのが悪いのじゃ。現状、おんしとラドニア以外の関係者はまるで使いものにならん。じゃから火神竜(エドゥ・ファルグム)たるわしがさりげなく、竜と人との橋渡し役を買って出てやっておるのではないか」

「気持ちは有り難いんだが、どうも〝さりげなく〟という言葉の解釈には、竜と人間の間に大きな隔たりがあるみたいだな」


 果たしてこいつは正体を隠す気があるのかないのか、守ってほしいと言いながら身バレギリギリの言動を繰り返すジュンコに、俺は何度も肝を冷やしていた。


 とは言え園の運営が少なからずジュンコに助けられていることは事実だ。何しろジュンコの言うとおり、俺たちは竜の飼育に必要な知識がまるで足りてない。


 竜の分類、食性、生息環境、種ごとの生態……そういった情報がほとんどゼロに等しい中で、最初から順風満帆に園を運営するなんてのは土台無理な話だった。


 その点、ジュンコは竜の生き字引的存在で、竜学者のラドニアさえ知り得ない知識を無尽蔵に持っている。


 でもって竜たちの声なき声を心読(レフィタヘト)で聞き取れるのもかなり強い。こいつは動物と言葉を交わせる超能力者が飼育員をやるような、チート級の能力だ。


 竜格(ランク)の低い竜たちは園の檻に施された細工(まじない)のせいで自ら言霊を発せないが、(ブレイズ・)王竜(キングドラゴン)たるジュンコはそんな竜たちの魂にも外側から強引に触れることができる。


 だから竜たちが何を求め、何を訴えかけているのか、俺たちはジュンコを通じてある程度把握することができた。さらに言えばその事実は、ジュンコが命じれば園の竜たちは人間(おれたち)にも大人しく従うだろうことを意味している。


 けれども俺は、それだけは決してジュンコに助力を頼まなかった。何故なら竜との共存は、人類が自らの手で成し得なければ意味のないことだから。


「けどそういや、結局フーヴェルオたちはあれから何も仕掛けてこないな。ほんとにおまえの正体がバレたなら、てっきり何か動きがあるんじゃないかと思ったが」

「うむ……言われてみれば確かにそうじゃの。しかし何もなさすぎるのがかえって不気味じゃ」

「もしかしておまえの正体がバレたってのも、フーヴェルオの魂が半分竜だってのも、全部何かの思い違いなんじゃないか? 先帝があんまりイカレポンチだったもんだから、つい先入観ありきであいつのことも見ちまったんじゃ……」

「いーや。他の竜ならいざ知らず、わしが兄弟の魂を読み違えるなど断じてありえぬ。あれは間違いなく天神竜(イクス)魄動(はくどう)じゃった。あるいは彼奴(きゃつ)らが動かぬのは、わしらの油断を誘うためという可能性も──」

「──リュージ、入るぞ」


 ところが幼女姿のジュンコがふんぞり返り、意固地に答えたときだった。突然扉を叩く音と共にギゼルの声が飛び込んできて、俺たちは図らずも縮み上がる。


 お、おいおい。今の会話、まさか聞かれてないよな……!?


 と俺たちがとっさに目だけで会話する間にも、ギゼルは無遠慮に扉を開けて室内へ押し入ってきた。せ、せめて返事があるまで待機しろよな!


「お、おい、ギゼル! 俺はまだ入っていいとはひと言も……!」

「は? 何故伯爵家の葉末(はずえ)たる私が、奴隷ごときにいちいち入室の許可を取らねばならんのだ?」

「い、いや確かにそうだけども、もし中でイヴやジュンコが着替えてたらどうするつもりだったんだよ!?」

「ほう。それはつまり貴君が同室しているにもかかわらず、彼女らが着衣を脱ぎ捨てるような事態が発生する可能性を示唆しているのか? だとすればついに馬脚を(あら)わしたな、変質者め」

「やばい! 思ったより俺への風評被害が深刻!」


 唐突なギゼルの来訪に慌てたのを誤魔化そうと思ったら、思わぬところで墓穴を掘った。どうやらこいつらはどうあっても俺をロリコンで節操なしの変態ということにしたいらしい。俺はただ一途にアゴログンドの生態系を守りたいだけなのに、一体どうしてこうなった? そろそろ我慢の限界だぞ? 主に俺の涙腺が。


「え、えっと……それで? 俺になんか用だったんだろ?」

「ああ。貴君が帝立竜術研究所インペリアル・マジカルアカデミーに試作を依頼していた例の品が届いた。開発者も共に来ているが、話をしたいのだろう?」


 と、俺が平静を装いつつうっすら涙目で尋ねれば、返ってきたのは予想外の答えだった。竜術研究所(アカデミー)に頼んでいた例の品──そうか、ようやく()()が届いたのか!


 そうと分かった途端に直前までの傷心は吹き飛んだ。むしろ予想よりも早い試作品の到着に心躍り、思わずがばりと椅子から立ち上がる。


「おお、そうか、もうできたのか! そういうことなら早速見せてくれ──襟巻(ラペット・)(ドラゴン)飼育計画の秘密兵器をな!」


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